【トランキライザー】 ───家を焼くぞ、アル。 神妙な。それでいて力強い声…国家錬金術師となると宣言した時と同じ声で兄に言われた言葉に、弟はゆっくりと頷いた。 硬く握り締めた己の拳と、頷いた拍子に胴体と擦れた頭部が小さな金属音を立てる。 多くを語る必要は自分達にはない。 互いに思う事は同じ。 ───うん。そうだね。 決心が鈍らないうちにと。 気持ちを振り払うよう声に出してアルフォンスが言うと、エドワードは微かに笑ってみせた。 服の下に隠された右手と左足の鋼の義肢…機械鎧(オートメイル)に気付かなければ、何処にでもいるヤンチャな子供にしか見えない。 しかし最年少で国家錬金術師の称号を得た天才錬金術師というのが今の彼の立場だ。 ───それじゃ、まずはばっちゃん家に行くか。火事だって驚かせる訳にもいかねーし、黙ってオレ達だけでやっちまったら後で何言われるか分かったもんじゃないからな。 ───あはは。そうだね、ウィンリィなんかきっと鬼のように怒るよ。スパナ攻撃で済まないかも。 ───げ、思い出させんなよ。ちょっとアルと組み手したくらいであいつ、人のアタマをあんなもんでばかばか殴りやがって…背が縮んだらあいつのせいだ! ───縮む前に伸びないとねぇ。本気で牛乳嫌いを直した方がいいよ、兄さん。 ───うるせーぞアル!! ほら、とっとと行くからな!! いつものように他愛ない会話をしながら、生まれ育った家に背を向けて並んで歩き出す。 鋼鉄の鎧姿の為に表情を作れない弟。必死で表情を殺す、強がりな兄。 それでもその時はそれが互いに有難かった。 ─────そしてそれが、二人で見た最後の『家』の姿だった。 からりと晴れた秋の空。白い雲。紅く色を染めた落ち葉。 田舎特有の長閑な空気が辺り一面に漂っているような、平和な午後。 「あ──……う──………」 「……兄さん。いつまでも唸ってないでいいかげん諦めなよ。」 そんな中、さっきから単語にならない言葉を発するエドワードにアルフォンスは静かに突っ込みを入れた。 生身の身体がないので実際に溜息をつく事はできないが、その声質だけでいかに弟が兄に対して呆れているかが見て取れる。 何せこの兄はリゼンブールの駅に着いてから目的地まで向かう道すがらずっと、この調子なのだ。 人口が少ないので道行く人に変な目で見られるような事はないものの、隣を歩く方としては鬱陶しいというのが正直なところである。 途端、エドワードはキッと顔を上げて自分より遥かに高い位置にある弟の顔を見返した。 「だって考えてもみろ!! あいつぜってー、めちゃくちゃ怒るぞ!!」 「そりゃあメンテナンスをさぼったあげく、無茶な使い方して右手をそんな風にしちゃえばウィンリィも怒るよねぇ。」 「てめ、他人事みたいに軽く言うなよ!!」 「だって他人事だもん。ボクの忠告を聞かなかったのは兄さんじゃないか。まったく、そんなになるまでほっとくなんて考えられないよ。」 「うぐっ…」 スパッと容赦なく言い切る弟に、エドワードも咽喉を詰まらせるしかない。 それに弟に言い返したところで、ぎしぎしと立て付けの悪い扉のような派手な音を立てる右腕は直りはしないのだ。 もともと機械鎧のメンテナンスを自分でするのは苦手な上に、賢者の石の情報を遠方で仕入れて奔走したり中央で査定があったりで、何だかんだと長い間リゼンブールに寄る事ができなかった。 いや、本当にその気になれば合間を縫って行く事はできただろうに、必要ないとばかりに背を向けていたのはエドワード自身。 兄の心配をしたアルフォンスは何度かメンテナンスに行った方がいいのではないかと進言したのだが、それは至極明るく当の兄に却下された。 そのあげく、先日の派手な喧嘩沙汰だ。 武器を振り回すろくでもない集団に喧嘩を売られて売値以上で買ったまではいつもの事。 錬金術を使いこなすには精神を鍛えよ。精神を鍛えるにはまず肉体を鍛えよというのが二人の師匠の教えだ。 よってエドワードもアルフォンスも錬金術に加えて体術にも心得があるのでそれ自体は大した問題ではない。 しかし生身の身体の方は掠り傷で済んだものの、それまでの酷使に加えて多大な負荷を強いられた機械鎧の右手の方はそれだけで済まなかった。 ここまで精密な機械となると錬金術で直すのにも限度がある。 今は辛うじて動きはするが、この様子だといかに最高級機械鎧とて単なる飾りと化すのも時間の問題だ。 表面についた細かい傷など数え上げたらきりがないだろう。 右手程ではないが左足の方もかなり痛んでいるし、多少左右のバランスがとり難くなってきている。 どちらにせよ、どんなに文句を言っても一刻も早くリゼンブール村の整備師の所に行くしかエドワードに選択肢はないのだ。 その点、兄の腕が少しでも動く限りはどうとでも修復できる(背中の内側の印が崩れたらそれこそお終いだが)弟の方はある意味気楽である。 「…なぁ。前に行ったのはいつだったっけ?」 「えーと。…2、3、4ヶ月前だね。うわーこれって過去最高記録じゃない?」 「……マジか?」 「これはもうスパナは確実だね、覚悟しときなよ兄さん。せめて電話くらいしとけばまだ救いがあったかもしれないのにねー。」 「がー!! 過ぎた事を今更言うな!!」 「じゃ、今度からちゃんと電話する?」 「誰がするかっ!!」 相変わらずというか予想通りの台詞に、アルフォンスは鎧の中で密かに笑った。 アルフォンスとしてはあちらにも仕事の都合があるだろうし、ウィンリィが毎度口を酸っぱくして言うように事前に電話の一本くらいしてもいいのではないかとも思うのだが、兄の気持ちも分からないでもない。 幼馴染みに電話をするという行為そのものが照れ臭いという以上に、予め知らせるという事はどういう事なのか。 腕が壊れたと正直に言えば何があったのかと確実に心配させてしまう。 電話で上手く説明できるようなものでもないし、ウィンリィの事だ、実際に自分の目で二人の無事な姿を見るまでずっと気が気でないだろう。 それくらいなら、いきなり行って怒られた方がまだマシというものだ。 ───それに。リゼンブールに『行く』と改めて言葉にするのはあれから3年近く経つ今でも…いや時間が経ったからこそ、少々心理的にきついものがあるのも否めない。 兄弟のどちらもあえて口にする事はないが。 だからアルフォンスも反対する兄に黙って電話するような事はしなかった。 尤も、ウィンリィに電話しなかったところで怒られるのは自分ではなく兄の方だというのが分かっているから、というのもあるかもしれない。 今は大抵の大人より大きな図体をしているアルフォンスだが、幼馴染みの少女に頭が上がらないのは兄といい勝負だろう。 「あー…とうとう着いちまった…」 「そりゃそうだよ、ここを目指してたんだから。」 まだしつこくぶつぶつ言いながら眉を顰めて立ち止まった兄に御丁寧に返事を返しながら、アルフォンスも一旦足を止める。 駅から田舎道を歩く事暫し、視界に現れたのは見慣れた二階建ての家。 それこそ赤ん坊の頃から出入りし、母親が亡くなってからは散々この家で世話になった。 そして今のエドワードがあるのも、この義肢装具屋ロックベル家の腕利き技師達のおかげ。 階段の前で昼寝をしていたらしい黒犬が二人の姿に逸早く気付き、一声上げてこちらに駆け寄ってくる。 「やぁデン、久しぶりー。」 尻尾を振って擦り寄る顔見知りの頭を大きな鎧の手で撫でてやると、デンと呼ばれた機械鎧を付けた黒犬は嬉しそうに甘えた声を出した。 例え魂だけの存在となってもこの賢い犬には鎧がアルフォンス・エルリックだと分かるのだ。 匂いも全然変わってしまっているだろうに、考えてみれば結構凄い事かもしれない。 「デン、ばっちゃんとウィンリィはいる?」 「別にばっちゃんだけでいいような気もするけどなー……ぐはっ!?」 余程ウィンリィが怖いのか。 道に膝をついてほのぼのとデンと会話するアルフォンスの後ろでぼそっと呟いたエドワードの言葉は、最後まで語られる事なく途切れた。 ───アルフォンスの頭上を越えてひゅるるるる、と勢いよく前方から飛んできたスパナとガキィッという生々しい音によって。 結果、金色の三つ編みを肩に垂らした少年は左手に下げていたトランクごと見事に地面に沈み、どくどくと頭から流れ出したものが海のように広がる。 「………兄さん、バカ………?」 それでなくても怒られる要素満載だというのに余計に怒らせてどうするのか。 我が兄ながらあまりに情けない姿を見下ろし、呆れるしかないアルフォンスである。 「……ッテーなこの凶暴女……がっ!?」 ガコンッ。 ようやく立ち上がりかけた少年の額に、今度はドライバーが命中する。 アルフォンスがドライバーの飛んできた方向に目をやると、案の定長い髪をポニーテールにした少女が扉を開け放ってこちらに駆け寄ってくるところだった。 …流石は若干12歳にしてエドワードの整備師を自認した少女。 機械鎧整備師としての腕もさる事ながら、素晴らしきコントロールである(関係ない)。 彼女は再び地面に沈んだ兄とその弟の元へと辿り着くと、立ち上がったアルフォンスの手をぶんぶんと振ってにこやかな笑みを見せた。 「お帰りー、アル。」 「ウィンリィ、元気そうで良かった。…時間差とはやるねぇ。」 「まぁね。ホントこのバカ兄の面倒を見るのも大変でしょう。」 「もう慣れたけどねー。」 あははははは、と約一名を除いて和やかな空気が幼馴染み達の間に漂う。 「………あはは、じゃね────!! 何すんだウィンリィてめぇっ!!!」 がばり、と飛び起きてそこに割り込むエドワード。 国家錬金術師だろうと四肢の半分が機械鎧だろうと生身の部分にあんな凶器をぶつけられたらかなり痛い。 いつもの事とはいえ、打ちどころが悪ければ死ぬ。冗談ではなく。 じろりと幼馴染みの少女を睨みつけるが、それは逆にウィンリィの怒りの視線をまともに受ける事になった。 両手を腰にやり、空よりも蒼い瞳がエドワードの金の瞳を思いっきり見下ろす。 ───エドワードにしてみれば悔しくて仕方ないだろうが、同い年でしかも男女の差があるにも関わらずウィンリィの方が彼より背が高いのだ。 これは少女が特に高身長という訳ではなく、エドワードが年齢の割に小柄なせいである。 「もっとマメにメンテナンスに来いってあれだけ言ったのに4ヶ月も来なかった上に電話も寄越さない豆に文句を言う資格はないっ!! それでさっきの言い草はどーゆーつもりよ、この恩知らず!!」 「マメマメ言うな─────っっ!!!」 「何よあたしより全然ちっこいくせに、豆は豆じゃないの!! この小豆!!!」 「だからちっこい言うな豆言うな!! てか小豆って何だよ変な呼び方増やすな!! 言っとくがオレもまだまだ背伸びてんだかんなっ!!」 「うっさいわねー、じゃあ大豆でいいわよ。………あ───っ!! やっぱり右腕、すっごいボロボロになってんじゃないの!!」 「いいかげん豆から離れろ─────!!! そしていきなり人の服捲んな!!!」 「あたしが作ったんだからこれはあたしのなの! うわー何よこれ、一体どんな扱いしてた訳!? ああ、あたしの可愛い機械鎧ちゃんが〜〜〜。」 「ちゃんと金払っただろうが、何が『あたしの』だ!! つか、いつまでも腕抱えてんじゃねぇよ暑苦しい!!!」 「………ごめん。もしかしてボク、邪魔だった?」 「待てアル、誤解を生む言い方残して一人で去ろうとすんな───っ!!!」 いつもの光景。変わらない関係。この空気がひどく心地よい。 ぎゃいぎゃいと喚く同い年の二人に、一つ年下のアルフォンスがのほほんと口を挟む。 …心外だとばかりに青筋を立てて弟を睨む兄の姿をからかうのは、はっきり言って面白い。 この二人の間に幼馴染み以上の特別な感情があるのかは今のところ謎だが。 あったとしても、素直に表そうとしないのは明白だが。 うんと幼い頃に「どちらがウィンリィをお嫁さんにするか」で喧嘩し、兄弟揃って振られた事などきっとこの兄は忘れているのだろう。 アルフォンスにとってウィンリィが大切な人であるのは昔と変わらないが、二人が幸せになれるのならそれを見守るのが自分の一番の幸せかもしれない、とも思う。 ウィンリィも兄もどちらも大好きだから。 ほんの少し、寂しいとか悔しいとか思わないでもないけれど。 兄の言葉を聞き流し、なんとなくしんみりしかけたところでアルフォンスはもう一人の訪ね人の存在に気が付いた。 扉の前に立った彼女はアルフォンスの視線に気付いたのかにっとこちらに向けて笑うと、今度は孫娘達の背中に声を掛ける。 「───それはいいから、いいかげん家の中に入りなお前達。どうせ腹を空かせて来たんだろう、ウィンリィも皿を並べるのを手伝っておくれ。」 「え? あ、うん、分かったすぐ行く。」 「でっ!? 急に腕放すなよ、肩捻っちまっただろーが!!」 「あんたが乱暴な扱いするからこの程度で痛くなんのよ!」 「しつこいぞてめ!!」 「ばっちゃんも元気そうだね。いつから其処にいたの?」 「さっきからいたよ、あれだけ騒げば誰だって気付くさ。ほれ、さっさとおいで。アルの身体用のオイルもあるから。」 「うん、有難うばっちゃん。」 不義理にも長い間音沙汰なしだったというのに、突然の訪問者達を当たり前のように迎え入れてくれるこの家の主──外科医で義肢装具師で機械鎧整備師で実の祖母も同然の人。 その小さな背中が家の中に消えていくのをゆっくりと目で追いながら、本当に有難いと思う。 アルフォンスが家の前の階段を数段昇ったところで、まだぎゃーぎゃー騒ぎながら同じように階段に続く二人の会話が耳に届く。 「───そうだ忘れてた。お帰り、エド。」 「……………おう。」 憮然としながら答える兄の顔が見なくても想像できて、アルフォンスはくすりと笑った。 ────まだ『ただいま』は言わない。 リゼンブールに『帰る』とも言わない。 まだ、自分達兄弟の目的は達成されていないから。 かつて。 流行り病で早くに亡くなった母を生き返らせようと…優しい母の笑顔がまた見たいという無邪気な子供心だけで、決して犯してはならない禁忌の錬金術──人体錬成を行った自分達。 これが普通の子供達であったならば、最初から神の聖域とやらに踏み込む事など考えもしなかったかもしれない。 挑戦したところで単なる不発動で済んだかもしれない。 だが錬金術師であった父譲りなのか、幼い兄弟には過ぎる才能と優秀な師匠に出会えた運があったのが結果的に仇となった。 師匠にあれ程やるなと言われていたのに、絶対の自信と万全の準備の元で構築式が組まれ。 そして二人掛かりで行われた人体錬成は──────失敗。 作られた『母』は人の形すらしておらず、おぞましい姿ですぐに息絶えた。 ────間違っていたのは理論でも構築式でもなく、自分達。 錬金術は何でも作り出せる便利な術ではない。人には決して触れてはならない領域があるのだ。 それに気付いた代償はあまりにも大きかった。 錬成過程のリバウンドによって弟は身体の全てを失い──正確には『持って行かれ』。 兄は左足を『持って行かれ』、血まみれの重傷のまま更に己の命を捨てる覚悟で右手を『持って行かせて』消えた弟の魂を錬成した。 それがエドワード11歳、アルフォンス10歳の時の出来事だ。 今のアルフォンスは兄の血で描かれた印によって空っぽの鎧に辛うじて魂だけが繋ぎ止められている存在。 エドワードは右手と左足を鋼の機械鎧に変えてやっと生き長らえている。 自分達の目的は、元の身体に戻る事。 その為に、エドワードは12歳という異例の若さで国家錬金術師となる試験を受けた。 試験に先立ち、普通は手術とリハビリで3年は掛かるという機械鎧の身体を、まさに血反吐を吐く努力と根性によって1年で使いこなせるまでにした。 国家錬金術師。軍においては年齢に関係なく少佐に相当する地位。───軍の狗。 軍から要請されれば人間兵器として戦場に駆り出される存在。 特に優秀な錬金術師にだけ与えられるこの称号は、『錬金術師よ、大衆の為にあれ』という術師の基本的な誇りを捨てるのに等しい。 実際、戦場での彼らは大量殺戮兵器となんら変わりはないのだ。 よって内乱の頻発するこの国では国家錬金術師に対する一般人の目は好意的なものとは限らない。 それでもエドワードにはその肩書きが必要であり、そしてずば抜けた錬金術師としての実力で合格してみせた。 国家錬金術師になれば、普通の仕事では考えられない莫大な研究費用が支給される。 何より国家機密級の軍の資料を閲覧し、情報を入手する事が可能となる。 それがあれば、もしかしたら完全な人体練成の方法──母を生き返らせようとした時とは違う、元あったものを戻すもの──が見つかるかもしれない。 例えこの先、戦場に駆り出されるとしても。軍の狗と非難を受ける身になっても。 それらを利用しなければ、弟の身体を。兄の身体を。 取り戻す為に必要なものを手に入れる事などできないのだ。 常識で考えれば途方もない目的。 何年掛かるかも分からず、どんなに努力しても一生達成できないかもしれない。 だから。 エドワードが国家錬金術師として旅立つ日、兄弟は生まれ育った家に火をつけた。 自ら帰る家を焼く事によって、後戻りする術を失わせた。 そうまでしなければ、ならなかった。 あれからもうすぐ3年。 『鋼の錬金術師』エドワード・エルリックと、自らも錬金術師として兄をサポートする弟アルフォンスは『エルリック兄弟』という名でその筋で広く知られるようになった。 だが、目的を達成するのに必要なものは未だ見つかってはいない。 だからリゼンブールに帰る事はできず、有益な情報を求めて根無し草のように旅を重ねる毎日を続けている。 今回もエドワードの機械鎧が直ればすぐに出発する事になるだろう。 でも。 兄弟にとってリゼンブールは生まれ故郷であるのに変わりはない。 何より、いつ来ても本当の家族のように迎えてくれるピナコとウィンリィがいる。 機械鎧整備師としてだけではなく、彼女達の存在そのものが間違いなく今の自分達を支えていた。 全てを知った上で自分達を送り出し、迎えてくれる彼女達。 いつか『ただいま』と言える場所。 帰る『家』がなくても『迎えてくれる場所』があるという事が、先の見えない泥の河を進む自分達にとってどんなに支えになっているだろうか。 言わば、彼女達は自分達兄弟にとっての精神安定剤。 神の聖域に触れて地に堕とされた自分達が、人としての希望を繋ぎ止める最後の拠り所。 そして。 ともすれば、己の命を投げ捨ててでも兄弟の片方を救おうとしてしまう自分達。 兄は、弟の身体を取り戻す為に国家錬金術師になった。 弟は、兄の身体を取り戻す為に兄を何処までもサポートしようと決めた。 でもウィンリィ達がいるから。 どちらか片方でも欠けたら烈火の如く怒るに違いない彼女達がいるから。 『兄弟二人揃って無事で』帰るという新たな目的と強さも生まれる。 居心地のいい彼女達の元にぐずぐずと長居をすれば、決意が揺らがないとも限らない。 だからいつだって機械鎧の調整が終わればすぐにここを出る。 彼女達の顔を見れば嬉しいのと同時に別れ難い気分になるから、メンテナンスにも本当にぎりぎりになるまで訪れない。 余計な心配をさせたくないから、懐かしい想いに駆られたくないから、電話もしない。 意地っ張りな兄は決してそんな事を口にしないが、おそらく彼女達はそれも全てお見通しなのだろう。 「おい、アル? そんなトコでぼーっとしてないでさっさと行こうぜ。」 「───うん。そうだね兄さん。」 でも、必ず。 必ず二人揃って身体を取り戻してここに帰ってくるから。 その時こそ、今までの感謝を込めて『ただいま』を言おう───────。 【初書きっつーかやっちまったよどうしよう座談会】 アル「うわぁ…ホントにやっちゃったねこの人。」 エド「無謀というか、救いがねーな。お題も殆ど無理矢理だし終わり方も中途半端だし。」 アル「うん。100企画の第14弾として今流行の『ハガレン』に手を出したというよりも、 コミック買って1週間で嵌りまくった萌えを何かに吐き出したかったんだろうね。 あと、ゲーム作りで作者の脳がお疲れ状態だったせいもあるかな。」 エド「それって前にヒカ碁でやったのと似てねーか? ったく懲りてないっつーか…」 アル「その時より激しいと思うよ、ヒカ碁は土台が何年もあったのに鋼は真っ白の状態から一気にだから。 けど、それでSS書く対象がエド×ウィンリィ=幼馴染みカップルなのもヒカ碁に通じるものがあるよねぇ。 初見でホークアイ中尉に惚れたらしいから大佐×中尉で書くかとも思ったんだけどさ。 単に作者が公式カップルに嵌り易いだけとも言えるけどね。」 エド「…ちょっと待て『×』って何だよそれは!! つか、いつそんな事になった!? オレはあんな機械オタ…」 アル「はいはいはい興奮しないでね兄さん。心配しなくてもこの時点ではカップルじゃないから。 一応、SSの時期的には原作1話のちょっと前くらいを想定してるらしいしねー。 作者的にはどっちかというと甘々よりは微妙に匂うかくらいの、いつもの二人がツボらしいよ。 …そもそも兄さんの性格的に、ボク達が元の身体に戻るまで恋愛に走る事はできないでしょ。 『アルは好きな人に触れる事もできないのに自分だけ幸せになれない』とか普通に考えてそうだもん。 まったく、全部の責任が自分にあるみたいに抱え込み過ぎというか強情というか意地っ張りというか……」 エド「……………………………」 アル「ウィンリィも兄さんの性格をよく判ってるから自分から言い出す事はなさそうだよねぇ。 そういう意味では何気に悲恋系だよね、公式なのに。きっと両想いでも延々一方通行が続くんだよ。 それはそれで見てるボクの方も辛いんだけどねー。だからこそ燃える恋ってのもあるかもしれないけどさ。 あ、その勢いでいきなり暴走ってのもあり得るかなぁ。…ダメだよ兄さん、無理矢理は。」 エド「………ナニ勝手に悟りきったような事ぬかしてんだよ………(怒)」 アル「うーん。喧嘩っ早くて強情な兄を持つといろいろ苦労が多くて悟りもするよねぇ。」 エド「アル、てめ本気でオレに喧嘩売ってんのか!?」 アル「何だかんだと二人を見守る立場になっちゃってるボクとしては、からかう権利くらいはあると思うけど? それと一度でも喧嘩でボクに勝ってからそういう台詞は言った方がいいよ、兄さん。不意打ちはなしでね。」 エド「…………勝ってやろーじゃねーかぁぁぁっ!!」 以下、不毛な兄弟喧嘩が始まったので座談会強制終了(コラ)。 トランキライザー=精神安定剤・抗鬱剤です念の為。 |