【眠り王子】 天気は、快晴。 ようやく茹だるような夏の暑さも影をひそめた初秋の休日。 踊り出したくなるような明るい音楽と子供達の歓声が溢れるここ遊園地で。
私はベンチに座る少年──葉月 珪に思いっきり頭を下げた。
葉月は整った顔に苦笑を浮かべてそんな私をやんわりと見返した。 でもその顔色は、はっきり言ってかなり悪い。 私を心配させまいと無理しているのがよく分かる。 「俺、もともとコーヒーカップとか…ああいう回る系の乗り物って弱いんだ。言わなかった俺が悪いから。」 つまり、彼は私の我侭に付き合って朝から散々絶叫系のアトラクションを梯子した後に超高速のコーヒーカップに乗ってしまったのだ。 結果、こうしてベンチに緊急避難する事になったのである。 「あっ!そういえば、前にメリーゴーランドに乗った時も…本当にごめんなさい!!」 「………あれはそういう問題じゃ………いや、なんでもない……」 私の言葉に何故か更に苦笑を深くすると、葉月はもう一度安心させるようにベンチの前に立つ私を見上げた。 「本当に、平気だから。ちょっと…寝不足だったんだ。少し休めば、楽になると思う。」 だから少しの間、おまえもそこに座っててくれないか。 そう言うと彼は自分の脇のベンチを指差した。 「うん…」 冷たい清涼飲料水でも買って来た方がいいかと思っていた矢先だったが、本人にそう言われると何も言えない。 私はほんの少し躊躇った後、彼の隣にそろそろと腰掛けた。
「……………」 「……………」 「……………」
周りがやたらと賑やかなだけに、余計に沈黙が気まずい。 だいたい、喫茶店とかで真正面に座るならまだしも、男の子のすぐ横…それも肩がくっ付きそうなくらいの至近距離で並んで座るというのは結構緊張するものだ。 …それが、彼なら尚更に。 あんまりじろじろ隣を見るのも憚れるので、結局は真正面を見るしかないのだけど。
すると案の定。
…とはなんとなく思っていたが、この喧しいくらい賑やかな場所でこんな短時間にすやすやと寝息を立てれるのはもしかしなくてもかなり凄い事なのかもしれない。 流石に趣味は昼寝と言い切り、テスト中にも堂々と爆睡するだけはある、とヘンに感心してしまう。
硬い背もたれは体重を預けるといかにも痛そうで。 日頃の特訓の成果(?)か器用にも座ったままずり落ちない格好で眠ってはいるけれど、この体勢が楽ではないのは確かだろう。 そんな事を思っているとちょうどふわりとそよ風が吹いて彼の色素の薄い髪が揺れ、伏せられた長い睫が露になった。
心臓が、跳ねる。
綺麗すぎて───触れるのが戸惑われる存在。 まるで夢の中の住人のような、儚さ。 それが今まで彼に壁を作らせてしまっていたのだろうか。 いつだったかなんとはなしに中学時代の事を尋ねた時に聞いた話を思い出し、胸が痛んだ。 本当の彼はあんなに優しく笑う、ごく普通の少年なのに。
棘が刺さったような違和感。 もやもやとした霧のようなものが記憶の小箱に覆い被さっている。
ぐらりと倒れかけた肩を、寸でのところで両腕で支える。
まずはそれにホッと胸を撫で下ろした。 だが決して筋骨逞しいとは言えない私の腕に人間一人の体重のかかったこの体勢はちょっと…いやかなり、辛い。 かと言って再びベンチの硬い背もたれに預けるのも躊躇われる。
重さと同時に暖かい体温が直接伝わって、自分でも顔が真っ赤になってるのが分かる。 そして壊れ物を扱うように…彼の頭をベンチに座る自分の膝にそっと乗せたのだった。
「あ、起きた?」 それからどれくらいの時間が過ぎたのだろうか。 あれ程賑やかだった園内も半分以上人口密度が減り、夕焼け空に一番星が浮かぶ頃。 眠りの森の王子様(──なんて面と向かって言ったら怒るんだろうな…)が小さな呟きと共に目を開けた。 葉月は一瞬自分の置かれた状況が飲み込めなかったのか、目を瞬かせ。 そして慌てて私の膝から上半身を起こした。 驚いたように私を見返すその顔には珍しく動揺の色が見える。心持ち赤いのは夕日が反射しているせいだけではないかもしれない。 「俺…」 「あ、ごめん勝手な事してっ。この方が楽かと思ったんだけど…」 「いや…」 う。その短い返答はどういう意味ですか葉月サン。 起きた本人を前にして改めて自分の行動が恥ずかしくなってしまい、私の顔も火照る。 眠っている彼があまりにも綺麗でそれでいて子供のように穏やかで可愛らしくて、ついまじまじと見つめてしまった事とか。 夕日に輝くさらさらの髪を撫でたくて撫でたくて仕方なかった事とか(起こしてしまいそうだったので何とか思い留まった)。 そんな私の気持ちを見透かされてしまいそうで怖い。 そもそも恋人でもない女の子に膝枕されるのって、実は男の子にしたらかなり抵抗あるのかも…怒っていたらどうしよう〜(汗)。
だがどこか遠くを見るようにしてぽつりと呟かれた彼の言葉はちょっと、意味不明だった。
「………夢、見てた。」 「夢?」 「ああ。…おまえの、夢。」 「…私?」 どきり。 今日、何度目か分からない心臓のダンス。それは…。
「って私はゴジラっすか!?」
いくら夢とはいえ…それは酷くないですか葉月サン(涙)。 どんな顔をすればいいのか分からないんですけど。 うう…私の存在って一体…。
だがしかし、次の瞬間には彼はふわりと微笑んだ。 一気に脱力して私は彼をじろりとねめつけた。 「…………面白がってるでしょ?」 「面白いからな。」 「……………」
複雑な気持ちの私を余所に彼はすっくとベンチから立ち上がると、夕日を背にして振り返った。 ───ドイツ人のお祖父さん譲りだという日本人離れしたその姿は、こうして見ると本当に御伽噺に出てくる王子様のようにカッコ良くて、綺麗で。
少し照れたように笑う彼の言葉に、私はこれ以上ないくらい顔が赤くなったのを自覚したのだった。
運命の人とか赤い糸とか、そういうのを信じる訳じゃないけれど。 この気持ちはもう止められない。 ………ちょっと、期待してしまってもいいですか?
閉園時刻になっても長時間膝枕をしていた為に足が痺れて立てない私を「…馬鹿だな。」と呆れつつもおんぶして家まで送ってくれた彼に、暫く頭が上がらなかったのは言うまでもない。
作者 「…という事でまたやっちまったよ王子ネタ!単純な自分に乾杯!!(ヤケその2)」 主人公「うう…そしてまた私の名前はないのね……主人公なのに……(涙)」 作者 「だってデフォルトの名前ないんだもん、ときメモGSって。(たぶん) 考えるのが面倒…じゃなくて適当に作っちゃったら読者が感情移入できないっしょ? これでも悩んだんだよー。ゲーム中では読み方が『わたし』なんだよね主人公。 だから前作みたく本文もそうしようと思ってたんだけど、王子が『俺』な分、 長文ではバランス悪くてさー。PC打ってても勝手に変換しちゃってやり難いし。 そんで結局、今回は『私』にしたんだけどね。」 葉月 「……尤もらしい事を言うヤツに限って信用できないんだ。」 作者 「普段喋らんくせに、いらんツッコミ入れない!!(ビシッ)」 葉月 「……………(げんなり)」 作者 「ふ…そもそも私に逆らっていいのか王子。実はコレには逆バージョンがあるのだよ。」 主人公「…え?」 葉月 「!!!」 作者 「…という事でお暇な方は王子から見た男の事情(笑)バージョンもどうぞv 勢いとはいえ書いてて砂吐いたね俺は。馬鹿ップル、知らぬは本人ばかりなり。 いつもの後書きもそっちにあります〜。」 葉月 「待…っ!!(汗)」 |