「ふー……」
兄さんが汗を拭いながら大きく息をつく。
そしてどっかりと地面に腰を下ろし、腕を伸ばしながら空を見上げた。
頭上では黄色い小鳥が気持ち良さそうに空を飛んでいる。
ここは昔からボク達兄弟がお世話になってるロックベル家。
その庭先の木陰でボクらは組み手の後の休憩に入っていた。
「…ねぇ兄さん、まだ謝ってないの?」
「………ほっとけ」
何の脈略もないボクの問い掛けに、兄さんが嫌な話題を振られたとでも言うようにそっぽを向く。
───ひと悶着あった兄さんの怪我も漸く回復し、明日の朝にはボク達は旅立つ。
なのに相変わらず兄さんとウィンリィはギクシャクしたまま。
ボクは溜息交じりで(実際は溜息なんて出ないけど、気分としては間違ってない)言葉を続けた。
「まったくもう…兄さんが悪いんだから、早く謝ってきなよ」
「…待て、オレはマジであいつに殺されそうになったんだぞ!?
そもそも完全に不可抗力だ、偶然だ!! それでもオレが悪いのか!?」
「でもねぇ、ベッドに押し倒されてそんなモノ擦りつけられたら普通誰でも怒るよ。女の子なら」
「人聞きの悪い言い方すなッ!!
寝ボケてて全然覚えてねーし、アレだって生理現象なんだからどーしよーもねぇよ!!
好きで勃たせた訳じゃ…ってアルお前意味分かってんのか!?」
兄さんが今更ながら驚いたように目を丸くしてボクを見返す。
現在のボクの身体は空っぽの鋼の鎧で。
実年齢は14歳とはいえ、思春期の少年にお決まりの身体の変化なんてある訳なくて。
「錬金術師は科学者だし。日々の勉強って大切だよね」
「いや待て、それ関係ないだろ!? って何の勉強!?」
兄さんのツッコミには軽く笑って受け流す。
これでもボクだってお年頃。
人並みに女の子に興味はあるし、彼女だって欲しい。
…とまぁ、今はそんな事はどうでもよくて。
「それより。寝ボケてたにせよ、兄さんがウィンリィを怒らせたのは事実でしょ。
顔を合わせづらいのは分かるけど、今仲直りしとかないと絶対後悔するよ」
「うっ………」
ストレートな忠告に、兄さんが反論できず眉を顰める。
兄さんとボクとウィンリィ。
ボク達3人は幼い頃からずっと一緒で。
ボク達が《こんな身体》になっても彼女は変わらずに接してくれて。
それどころか兄さんの身体を支える機械鎧はウィンリィの手作りで。
きっとウィンリィなしでは、今のボク達の存在はない。
物理的にも。精神的にも。
そして。
ボク達が探しているものは、とてつもなく大きなもので。
危険がいっぱいで。
あえて口に出さなくても、いつ何があるか───分からないから。
ガチャリ。
離れたところで扉の開く音がする。
顔を上げると、ちょうどウィンリィが庭の花に水をやりに出てきたところだった。
ボクの視線に気付いたウィンリィはこちらに笑みを向け掛けて──
ボクの隣に座る兄さんに気付き、慌てて顔を僅かに背けた。
その顔がちょっと赤かったのは見間違いじゃないと思う。
「ホラ、行ってきなよ! でないとボクがウィンリィを取っちゃうよ!」
ばしんと背中を叩き、兄さんをたきつける。
「な、何をワケ分かんねー事言って…………、クソッ!!」
勢いに押されて立ち上がった兄さんは何か言いたげに一度ボクを見下ろすと。
頭をがしがしと掻き、やがて気持ちを振り払うようにウィンリィの方へと走り出した。
兄さんに呼び止められたウィンリィが驚いたように振り返ったのが分かる。
「………………ほんと、どっちも意地っ張りなんだから」
邪魔をしないように二人に背を向け、丘の方に向かって歩き出しながら呟く。
好きなくせに、とは面と向かって言わない。
それをボクが言うのは反則だから。
「…………空が青いなぁ」
大好きな幼馴染みの瞳と同じ色の空を見上げ、ボクは鎧の中で小さく笑った。
…という事で弟視点バージョンのオマケ小話でございました。
前頁だけじゃあまりにもエドが気の毒だったんで救済っす。
これでもエドウィン。誰がナンと言おうとエドウィン。
いや、エドウィンアルか。
しかしこのアルは黒いのか白いのか微妙なところだ…。
上の絵にカーソルを合わせると二人の会話が見れます。
ああ楽しい。
(04.07.19.UP)
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