【残暑】




 
「…なぁ、景麒。」

「何でございましょうか。」



 慶東国、金波宮。その内殿奥に位置する書房にて。

主から唐突に名を呼ばれた麒麟はいつも以上に慇懃無礼な声を返した。

 というのも、先程から彼は春官長の奏上文を読み上げていたのだが、それを検討すべき彼の主は一向にその内容が耳に入っている様子がないのだ。彼女が雲海の見える窓の外を見つめたまま、何やら物思いに耽っているのはいかに鈍い景麒でも容易く見て取れる。

下界の気候とは関係のない雲の上とはいえここのところ残暑が厳しくて身体が堪えているのは分かるが、そろそろ文句の一つでも言ってやろうかと思った矢先にその本人から声が掛かったという訳だった。

 半身とも言うべき下僕がそんな事を考えていたとは全く気付いていない様子の王──慶東国景王陽子は、窓か
ら向き直ると翡翠の瞳を真っ直ぐにこちらに向けた。



「慶の民にとって、雲海の上の金波宮は天にも近い処だよな?」

「まぁ、大抵の民にとってはそうでしょうね。官吏にでもならなければまず昇る事もありませんし。」

「女王は神みたいなものだよな?」

「王は神籍に入りますから間違いではありませんね。」



 何を今更。そう言いたいのを辛うじて飲み込み、僅かに眉を寄せる。

彼女が王ではなく、わざわざ女王と表したのには何か意味があるのだろうか。



「でもって、麒麟は民にとって光を施す存在だよな?」

「王を選び、国を支える礎になるという意味ではそうとも言えますが。」



 
益々もって、この主が何を言いたいのか分からない。

景麒の疑問を余所に、陽子は視線を足元に落として何やらぶつぶつと呟き出した。



「そうだよな、やっぱり。髪も金だし、堅っ苦しいのも雰囲気もそのまんま光なんだよ。だとしたら対になる闇は
浩瀚で決まりだろうな。性格的には景麒と逆のような気もするけど立場的にも他に考えられないし。」

「…はい?」

「問題はここからなんだよね。できるだけ自国で間に合わせたいけど、どう考えてもキャラの性格的にも年齢的にも無理があるのが殆どなんだよなぁ…。うーん…似合うのは桂桂を緑に、くらいかな?」

「……主上?」

「この際、他国も混ぜるしかないな。えーと、炎…は、やっぱり延王か。雰囲気が微妙に違う気はするけど、優れた剣客である事と女癖から考えればまぁ妥当だろう。となると対する水は氾王だな。女性らしい雰囲気と毒舌はぴったりかも。あ、でもそうすると夢に合うのがいなくなるな。…仕方ない、水は廉王にしよう。廉麟とラブラブらしいから私としても対象にはできないけど大層穏やかな方だというし。それで、夢が氾王。うわ、なんかそのまんま!」

「……………あの、主上?」

「地は楽俊がいいなぁ。なんたって物知りだし安らげるし。後は鋼…は性格的にも見た目的にも延麒だな絶対。だったら風は泰麒だ。まぁ、これはちょっと性格的に苦しいかもしれないけど真面目なところは同じだし。」

「……………ですから、何を………」

「ついでに教官も行くか。精神はうちの禁軍左将軍か泰王で。品性は…雰囲気と将来性で夕暉を推そう。問題は感性だけど…うーん…そうだ、喰えない性格の美形って事で雁の朱衡殿がいた! でもって、謎の商人は噂に聞く奏の放浪太子でいいよね。利広殿だっけ? よし、それなら研究員主任はその兄上の利達殿で決まりだな。うわーホントに揃っちゃったよ! でもって私がこっちに来てから金波宮に入るまでやたら苦労したのは実は女王試験だったとか! んーだけど実際あそこまでやられるとゲームバランスとしては厳しいよなぁ。私はたまたま運良くクリアできたが、下手すれば女王エンディングすら行けずにリセットの嵐だぞ。補佐官エンディングどころか学園に戻るのも絶対ムリだし。」

「………………」



 完全に自分の世界に入ってしまった王に、半身の声など届いてはいない。

やがて。興奮したように何処かで聞いた人名を列挙し、「確か聖地で1年が外界での40年なんだよね。あれ、違ったっけ? 本当に老化が止まるだけこっちの方が得なのか微妙なところだよなぁ。ラブラブフラッシュは祥瓊に頼めば凄く効きそうだけど…」等と更に訳の分からない事を呟いていた陽子はふう、と息を吐いた。


やっと思い出したかのように顔を上げて傍らに立つ景麒を見返すと、ふわりと微笑む。



「……いいんだ、今のは忘れてくれ景麒。ちょっと…この暑さでおかしくなっていたのかもしれない…」



 その笑みは今まで景麒が見た陽子の笑顔の中でも一番、儚くて。綺麗で。

遥か遠くを見ているようで。───彼女が遠い故郷を思い出していたのは明らかで。

…彼女をこの世界に無理矢理連れてきた張本人である麒麟の胸を、珍しくきりりと締め付けたのだった。




 後日、少しでも主の心を慰める事ができればと。

陽子が呟いた言葉の意味を探るべく、頻繁に蓬莱に渡る隣国の麒麟に問い合わせたものの(もっと詳しそうな泰麒は現在行方不明中の王探しでそれどころではない)、その彼をもってしてもその謎の言葉の正確な意味がこちらに知れる事はついぞなかったという───。










ごめんなさいごめんなさい石を投げないで!!
乙女ゲーマー陽子です。
いや彼女はそういうタイプじゃないのは私も分かってますので、
ここはギャグと割り切って大目に見てやって下さいませ(汗)。
ていうかこのネタが分かった十二国ファンはどれだけいるんだろう…?