【予感】 「あーいたいた! まどかくん見っけ!!」 私立はばたき学園、放課後。校舎の屋上に少女の明るい声が響く。
それが自分の事だと気が付いたのは数秒後の事。 初夏を思わせる日差しの中、給水塔の影で寝転がっていた姫条はようやく目を開けた。 「うおっ!?」 途端に目に飛び込んだのは蒼い空ならぬ姫条を上から覗き込むような少女の顔…と、制服のスカートから伸びるすらりとした脚。 慌てて身を起こすとその少女は仁王立ちしたまま、少し怒ったように腰に手を当てた。 「失礼しちゃうなぁ。そんなに驚く事ないじゃない。」 「なんや、自分か。そりゃ驚くなってのが無理っちゅーもんやで。」 「どういう意味よ。」 「いや、脚線美を間近で拝見できたのはラッキーなんやけど、どうせならもうちょい近寄ってくれてたら見えた…」 ばしっ。 正直な感想は、脳天に綺麗に打ち下ろされた平手で遮られる。 「…怒るよ?」 にこにこにこ。 ……………静かな笑顔が、怖い。 もう怒ってるやんか、というツッコミを辛うじて飲み込み、姫条は話を本題に戻す事にした。 「…それは置いといて。どうしたん、こんなトコで。今日は部活とちゃうかった?」 こんな漫才を繰り広げてはいるが、実は彼女と正式に知り合ったのはほんの数日前の事である。 姫条がアルバイトしているガソリンスタンドに彼女もまた新しいバイト要員として現れたのがきっかけだ。 尤も、高校入学数ヶ月にして学年の可愛い女子は全てチェック済みな姫条からすれば隣のクラスに在籍していた彼女もしっかりチェックリストに上っており、日々話しかけるチャンスを狙っていたのだがそれは彼女の知るところではない。 とにかく、初対面とは思えないくらい彼女とウマが合ったのは幸運だった。 わざとらしく話題を変えた姫条に少女は小さく溜息をつくと、諦めたように話を続けた。 「うん、そうなんだけどね。さっき廊下で氷室先生に遭って、まどかくんを探すように頼まれちゃったのよ。また宿題をやってこなかったんだって?」 「あちゃ〜…ヒムロッチめ、スパイを雇うとはやるなぁ。ここなら見つからへんと思ってたのに。」 「もう、逃げるくらいならちゃんとやってくればいいんだよ。あの様子じゃ次は補習で済まないよ?」 「宿題なんてモンは時間の無駄や。青春は短い! 時間は有意義に使わな損や!!」 「それで昼寝してたら世話ないでしょ。」 「…キッツイなぁ、自分…」 「まどかくんにはそれくらいでちょうどいいんじゃない。」 「……………」 ぽんぽんと軽口の応酬が続く。 ぱっと見は大人しい感じの娘なのに、どうやら彼女に口で勝つのは難しいようだ。 人は見掛けによらないというか何というか。それもまた魅力的ではあるのだが。
姫条はぽりぽりと頭を掻くと、改めて横に立つ彼女を見上げた。 「なぁ、その…」 「ん?」 「悪いんやけど『まどかくん』って呼ぶの止めてくれへんか?」
子供の頃、散々女みたいだとからかわれたのが主な要因ではあるが、この名前をつけたのがあの父親だと知ってから余計に嫌いになった。 よって余程の事がない限り、他人に自分を名前で呼ばせないようにしている。 それはやたらと親しげに振る舞いたがる女友達にしても同じ。 母が亡くなり、大阪からこっちに引っ越してきてからは、姫条を名前で呼ぶ人間は皆無と言っていい。 ───だからさっきの彼女の第一声も、名前を呼ばれてすぐには自分の事だと分からなかった。
案の定、ここにいる少女もきょとんと首を傾げた。 それから今気付いたように、手をぽんと叩く。 「あっ、ごめん!! 馴れ馴れしかったよね。」 「ちゃうちゃう、そうやなくてっ!」 一人納得したように頷く彼女に、姫条は慌てて首を振った。 せっかく仲良くなりかけてるのにこれで変に誤解されてはつまらない。 彼女に限らず、『姫条』と苗字を呼び捨てされたりするのは全然構わないのだ。センスはともかく『ニィやん』なんて呼ばれたりもする。 「だって女みたいな名前やろ?…俺、気に入ってないんや。」 極力冗談っぽく聞こえるように言えば大抵はこれで引き下がる。 決り文句のように言葉を続けようとして─── 「そんなの駄目だよ!!」 突然遮られた事に、姫条は目を瞬いた。 「…へ?」 気まずい雰囲気になる事はあれど、こういう反応は珍しい。 どう答えたものか迷っているとそれまで横に立っていた彼女は膝をついて姫条に視線を合わせ、怒ったように──どうやら本気で怒っているようだ──詰め寄った。 「せっかく、いい名前なんだよ! 好きになってあげなきゃ可愛そうじゃない!!」 「可愛そうって…あのなぁ…」 他人の名前に可愛そうも何もないと思うのだが。 そんな姫条の気持ちを察したのか、彼女はひとつ息を吐くと膝を揃えて姫条に向き合った。 「苗字って、自分で決められないでしょ。家族親戚縁者、同じ場合が多いよね。」 「そりゃまぁ、そうやな。結婚すれば変わる事もあるやろうけど。」 「うん、そう。そうやってずーっと家を繋いでいくの。」 これではまるで先生と出来の悪い生徒である。 「名前も、確かに自分自身では決められない。戸籍に載せる時は赤ちゃんなんだから当たり前だけどね。」 「そりゃそうや。」 「でも、そんな自分の代わりにお父さんやお母さんが一生懸命、考えてくれたんだよ。この子が幸せになりますようにって。」 「………………」 「苗字は選べないけど、名前はその子だけのものなの。この世に生まれてきたのを喜んでくれた、証だと思う。それを好きにならないなんて、絶対損だよ。」 「………………」 「『まどか』って確かに男の子には珍しいかもしれないけど、それだけ凄く考えてくれた証拠だと思わない? たぶん『まどか』って『円』って漢字を当て嵌めるんじゃないかな。『円』は『輪』の事でしょ。『輪』は人の絆と無限の可能性を示すんだよ。皆に愛される人間になって欲しい。無限の可能性を秘めた大きな人間になって欲しい。きっと、私達には想像できないくらい沢山の想いが込められてるんだよ、その名前には。」 「………………」
そこには真剣な眼差しで一心に語る少女が、いた。 お互い知り合って間もないというのに。真っ直ぐに、一生懸命に。
気が付けば、姫条は肩を震わせて笑っていた。 こんな風に、心の底から笑ったのは久しぶりだ。目の奥が熱くなる。 「わ、笑う事ないでしょ! そりゃ私なんかが言っても説得力ないかもだけど…」 「いや、自分の事やないって、だから怒らんといてや。可笑しいのは、俺なんやから。」 「???」
彼女の話は正論なのに、そんな事にすら気付かなかった…いや全く考えようともせずに恥ずかしがっていた己の愚かさが今はただ可笑しかった。 母だって。あの、父だって。 自分が生まれた事を、喜んでくれていたのは間違いないのに。 幸せな時間は確かに存在していたのに、忘れてしまっていた自分が情けない。 これでは一方的に父を責める資格などないではないか。 ───そして、それをまるで我が事のように必死で教えてくれた彼女がひどく眩しくて。
「うん!!」 彼女の満面の笑顔に、心臓が跳ねる。 女友達は大勢いた。過去に付き合った女だっている。 ───だけどこんな気持ちになったのは、彼女が初めてかもしれない。
「なに?」 「すぐにとは言わへん。『名前』だけやなくて『俺』自身も好きになってくれたら嬉しいんやけど?」
今度は姫条の方から少女の顔を覗き込むようにして、笑顔で提案してみせる。 これは、予感。 今はまだ、冗談混じりにしか言えないけれど。
真っ赤になって手を振り上げる彼女の拳を、紙一重で避ける。 「よっ、と。」 掛け声と共に勢いよく立ち上がり、姫条は隣に座ったままの少女に右手を差し出した。 「姫様、お手をどうぞ♪」 「…………まどかくんには負けるよ。」 呆れたように、それでも笑って手を延ばす彼女をゆっくりと引っ張り上げる。
「───こちらこそ。」
────本当の恋を知って、本当の告白をするのはまだまだ先の話である。
作者「うーん…王子だけでなくとうとうこの男まで書いちまったか…恐るべしGS。」 姫条「ってなに他人事みたいに言っとんのや。」 作者「いや、そんな予感はあったんだけどさ。実はさり気に関西弁キャラに弱いんだよ私。 某商人とか中国人留学生とか。どれも本命ではなく2番手ではあるんだけどねー。 やっぱギャグキャラは外せないというか、完璧な奴より弄りやすいんだよ。」 姫条「そこかい!!」 作者「あ、でも、現実にいるとすれば絶対1番手より2番手だね。理想より現実!!」 姫条「あんたに言われても嬉しない…つーかゲームキャラに現実もないやろ。(スパッ) それより俺の喋ってる関西弁、ホンマにこれでええんか? この話を書いてる間、全くゲームも攻略本もチェックしとらんかったやろ。 その商人とか留学生は本場の育ちやないから少々ヘンでも誤魔化しが利くとして、 俺は公式に大阪生まれの大阪育ちやで?」 作者「…………………………どうだろう。」 姫条「オイ!! 自分、大阪在住ちゃうんかい!!」 作者「生まれも育ちも違うし、それまでのジプシー生活が長かったからねぇ…。(しみじみ) 前に劉話を書いた時も言ったが、本気で自分が何弁喋ってるのか分からないんだよ。 関西系なのは確かだけど片親が関東人だから標準語も混じってるし。取り敢えず、 生粋の大阪人には『あんたは絶対大阪人じゃない』とのお墨付きを貰ってますv」 姫条「アカンやろ────!!!(ビシィッ)」 ここの主人公ちゃんは対王子の娘とは別人です。 |