【名前】 「…えーと…」 数多く張られた天幕の間をすり抜けて一旦立ち止まると、二十代前半に見える男は目を凝らした。 その男───利広が捜し求めている人物はとにかく小さい。 故意にせよ偶然にせよ、物陰にでも隠れられたら簡単には見つからないだろう。 騎獣に乗って上空から探せばもっと楽に探せるだろうが、ここは蓬山。 黄海ならともかく、女仙達の頭上をそうそう騒がす事はできない。 よって彼の騎獣はすぐに出立できる状態で大人しく広場の隅に繋がれていた。 「尤も、こんな処にいたら既に騒ぎになっているか…」 蓬山の奥には麒麟の住まう蓬廬宮がある。 その広大な岩の迷路の外側に存在するのが離宮である甫渡宮。 甫渡宮の周りに点在する広場は昇山してきた者達の逗留場だ。 彼らはもう、自分が王に選ばれる事はないのだと知っている。 それが何故なのかも。 もしここに彼女が現れれば、大騒ぎどころではないだろう。 さわ、と涼やかな風が吹き抜けた。 人にとって過酷な土地でしかない黄海とは違い、蓬山には季節というものがない。 過ごし易い気候の中で年中花が咲き乱れ、そして散ってゆく。 風に運ばれてきた甘い花の香に誘われるように、彼は再び足を動かした。 ───いた。 利広は目的の人物を視界に捕らえると、目を細めた。 甫渡宮からも広場からも幾分か離れた岩場。あれは何の花だったか、白い花弁の浮かぶ小さな泉。 かの人物はこちらに背を向けたまま、泉をじっと見据えるようにして立っていた。 「───供王。」 できるだけ驚かせないように声を掛け、その場に膝をつく。 利広は蓬山の南に位置する奏の国の生まれであり、恭の民ではなかった。 だから昇山の者達のように、今ここにいる彼女を主上と呼ぶ事はできない。 利広の声に振り返った人物───齢十二にしかならない少女は、にこりと微笑んだ。 「顔を上げて、立って。利広にそんなに畏まれると凄く変な感じだから。ついでに敬語も結構よ。」 「しかし…」 「そりゃ他にも大勢人がいたら障りがあるでしょうけど、ここにはあたしと利広しかいないわ。あたしがいいって言ったらいいの、分かった? ───まぁ、あたしには供麒の使令が四六時中くっ付いてるみたいだから本当の二人っきりって訳じゃないんだけどね。全く、蓬山には妖魔も入れないのに過保護ったらないわ。あたしがすごーく大切だってのは分かるけど、まるで見張られてるみたい。」 いかにも少女───珠晶らしい言い分に、利広も笑みが零れる。 言われた通りに立ち上がって彼女の側まで歩み寄ると、珠晶は満足そうに頷いた。 今の彼女は黄海に入った時に着ていた粗末な袍ではなく、見事な刺繍の襦裙を纏っている。 綺麗に結われた髪に飾られた玉や簪も、その辺の町に売られているような安物ではない。 元々裕福な育ちだという先入観もあるかもしれないが、やはりこのような格好の方が少女には似合うように思えた。 ただ、彼女の寸法に合う襦裙を用意する為に女仙達がおおわらわだったのは想像に難くない。 もしかしたらかつて蓬山にいた麟の襦裙を急遽仕立て直したのかもしれなかった。 つまりそれだけ彼女の登極は意表をついている。 「それにしてもよくここが分かったわね、利広。」 「女仙にね、ちょっとだけ融通が利くんだ私は。それで供王がいそうな場所を教えて貰ったんだよ。」 「……本当に利広って不思議よねぇ。どうせ訊いても教えてくれないんでしょう?」 「うん、よく分かったね。」 軽く笑って答えると、少女は肩を竦めてみせた。 実年齢的にこういう仕草は不釣合いにも思えるが、珠晶がすると妙に違和感がない。 「短い付き合いだけど、それくらいは分かるわ。優しそうな顔と嘘八百で女仙をたらし込んだって言われても驚かないけど。」 「……何処でそんな言葉を習ったんだろうね。どうも私は誤解され易いのかなあ。」 「それは日頃の行いって言うのよ。」 悪びれもせずにくすくすと笑う少女に、今度は利広が密かに肩を落とす。 「それで、供王こそ供も付けずにどうしてこんな場所へ? 確か、天勅を受ける吉日までは丹桂宮に留まるのが慣わしじゃなかったかな。」 「吉日まではまだ七日もあるのよ、ずっと一箇所にいたら息が詰まっちゃうわ。それでなくても久しぶりの簪や首飾りは重いし、堅苦しいし。どうせなら蓬山のあちこちを見物しておきたいじゃない。」 極めて明るく言い放った後、珠晶はくるりと背を向けて泉を見やった。 「───あたしは、もう二度とここに足を踏み入れるつもりはないんだから。」 こちらから表情は伺えないが、子供らしからぬ真摯で重い声。 ───昇山は生涯に一度しか許されない。 そして王となった者が蓬山に再び赴くという事も、余程の緊急事態でない限り考えられない。 考えられる第一の理由は───退位。王朝の最期に、自ら幕を引く時。 それと同時に王は神でなくなり、ここで死を迎える。 引き返す事の許されない少女の最後の決意を目の当たりにしたような気がして、利広は一瞬声を失った。 「それで利広はどうしたの? わざわざ探しに来たくらいだから、あたしに用があったんでしょう?」 しかしすぐに振り返り、再び何でもないように笑みを向ける少女に、利広も慌てて言葉を返す。 「───ああ、そうだったね。下山の前に供王にお別れを言おうと思って。」 そう。利広は供王即位を一刻も早く故国の王に伝えなければならない。 そして慶賀の式典までに、僅か十二の女王の為の後ろ盾を用意する。 それが、珠晶に対する自分の存在価値───治世五百年を誇る大国、奏の太子の役目だ。 普通に考えれば理解不能であろう利広の言葉に案の定、珠晶は目を丸くした。 「もう? だって、夏至まではまだ随分あるじゃない。」 「ちょっと、緊急の知らせがあってね。今から出発しないと間に合わないんだ。」 「まさか一人で蓬山を降りるの? 本当に大丈夫?」 「ああ、私には星彩がいるから心配ないよ。頑丘にも挨拶は済ませてある。」 「………そう。ね、利広。」 「うん?」 「忘れてしまったようだけど、あたしの名前は供王でなく珠晶よ。もうすぐ天勅を受けて本当に王になって、誰もがあたしを供王と呼ぶ。でも、珠晶でなくなるつもりはないわ。だから人目がない時くらいは、利広はあたしを名前で呼んでちょうだい。次に会った時もね。」 また会えるかとは訊かない。 絶対に会えるだろうという確信を込めて、鮮やかに言い放つ少女。 この世の頂点を極めても、決して己自身を見失う事はない。 ───そんな彼女だから、自分は彼女を助けようと思ったのかもしれない。 「…だったら約束してくれるかな。私の事も、これからもずっと利広と呼んでくれると。」 「勿論、いいわ。約束よ。」 「うん。───それじゃまたね、珠晶。」 「ええ。利広も気をつけてね。」 ───次に会う時を、楽しみに。 きっと、自分達はその日の為に出会ったのだから。 自分達には永い永い時間があるのだから。 主上、と少女を呼ぶ男の声と女仙らしい数人が近付く足音を背後に、利広は騎獣の待つ広場へと軽やかな足を向けた。 「───初にお目もじ仕ります。私は奏国が太子、櫨利広と申します。供王には心からお慶び申し上げます。」 「……………遠路はるばる、有難う存じます。後程、もう少しお話させて頂いてもよろしいでしょうか?」 「ええ、勿論ですとも。喜んで。」 ───そうして、あれから九十年が過ぎる今でもこの縁は続いている────。 【初の十二国記だよなんだこりゃ座談会】 作者「という事で。100企画第12弾は意表をついて十二国記でしたー!! …いや別に、ダジャレで選んだワケじゃないんですが。たまたま12番目がコレになっただけです。」 利広「こういうのを本当の行き当たりばったりと言うんだろうね。ジャンル違いどころか話に起伏もオチもないし、 肝心のお題にしてもいかにもムリヤリ組み込んだのが見え見えだし。」 作者「うっさい、そこの放蕩息子! …チクショウ、今、本気でスランプなんだよー。 幻水とか魔人で書こうとしてもネタが浮かばないんだよー。ゲームも作りかけなのにー。」 利広「それで現実逃避に十二国の原作を読み返して、これなら何とかなりそうと踏んだ、と。…単純だねぇ。」 作者「…う。まぁ、その通りなんだけど。ちょうど幻水絵で十二国パロを続けてやったんで、 余計に私のアタマの中が十二国に染まってたんだよなー。その状態で図南を読んだら、 もう利広が書きたくて書きたくて。珠晶と並べても、ナッシュとちびクリスに思えて仕方ないっつーの。」 利広「………念の為に言っておくけど、私はロリコンじゃないよ。」 作者「安心しろ、私もそのつもりでは書いてないから。あくまでこのSSは「&」。 珠晶があと3歳外見上も年くってたら、喜んでくっつけたんだけどねー。 あ、どっちにしても500歳以上年下だったな。どう転んでもロリコンの称号を漏れなくプレゼントって感じ?」 利広「…………………」←にこやかに微笑みを浮かべたまま抜刀 ハイ。分かる人は分かったでしょうが、 |