【これから】





 湖の城の地下から続く、ボロ船の甲板。

誰ひとりいないその場所に男がやって来てから、かなりの時間が過ぎていた。





───ほら、呑んでるか!?

───もう充分ですってば…

───お料理、まだまだありますよ〜!

───おいおい、こんなとこで寝る奴があるかよ…





 夜風に乗って、人々の賑やかな話し声がここまで届いてくる。

それに混じる笑いと歓声。

トッポ達の見事な演奏に加え、誰が吹いているのか下手なラッパの音も。





 今日は、記念すべき日だった。

新たな炎の英雄の誕生。

そして50年前のあの時のようにゼクセンとグラスランドが手を結んでハルモニア軍を見事撃退し、このビュッデヒュッケ城が彼らの本拠地となった。

その祝いの席が、現在進行形で城の中庭にて催されている。

───束の間の休息。

未知の力を要する大国との戦いはまだ始まったばかりだ。

この城にいる誰もがそれを判っていて、だからこそ今この瞬間を楽しもうとしている。








「………………」

 船の手摺に肘をつき、長い間湖を眺めていた男──ゲドの手元のグラスでカラン、と氷が鳴った。

「……用があるなら、こっちに来たらどうだ。」

「え、あ、はい。」

 ふいに声を掛けられ、つい先程甲板に現れた少年が慌てて答える。

全く後ろを振り返っていないのに彼の存在に気付いたという事実に驚いたらしい。

尤も、危険と隣り合わせの傭兵生活を長年続けてきたゲドにしてみれば、例え目を瞑っていても少年──ヒューゴの生気溢れる気配に気付くなという方が難しいのだが、それをわざわざ言う必要はない。

「よくここが分かったな。」

 自分のすぐ後ろまで走り寄ってきた少年に、おざなりながらも話を振る。

寡黙だとか人嫌いだとか評されがちなゲドだが、これくらいの会話はこの男だってするのだ。

───本日の主役であるはずのヒューゴが、パーティ会場から離れたこんな人気のない場所までやって来たのはゲドを探しての事だとしか思えない。

「ええと…クイーンさんに聞いたら、たぶんここじゃないかって。」

「そうか。」

 かと言って、決してお喋りな人間ではないのでぽんぽん会話が弾むという事はないのだが。

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

 案の定、すぐに会話は途切れてヒューゴにしてみれば少々気まずい空気が流れる。

それでも彼は意を決したように顔を上げると、ゲドの背中に言葉を投げかけた。




「───さんって、どういう人だったんですか?」




 唐突な。しかしある意味、予想通りの質問。

ゲドが手摺から離れてゆっくりと振り返ると、古い友人の志を継いで新たな炎の英雄となった少年の真剣な瞳がじっとこちらを見つめていた。

「それを聞いてどうする?」

「おれ……」

 質問に質問で返したゲドの問いかけに、ヒューゴが一瞬喉を詰まらせる。

「あいつはお前に紋章を託したんだ。それがあいつの答えだ。」

「でもおれは…っ!」

 ヒューゴの顔に、少年に相応しくない苦渋の色が浮かぶ。

視線をゲドから逸らし。足元に目をやりながら彼は堰を切ったように言葉を吐き出した。

「おれ…あの時は夢中だった。英雄になって、おれが皆を護るって。…ルルを護れなかった分、今度こそ護ってやるって。そう思ったら、身体が自然に動いてた。クランの皆とゼクセンの人達がバラバラだったら奴らには勝てない。そう思ったから、炎の英雄の名前を使って皆を説得した。」

「……………」

「でもおれ…本当は、全然子供だったんだ。志を継ぐなんて偉そうな事を言っても、結局は英雄のやった事に縋っているだけなんだ。」

「……………」

「皆がこうしてこの城に集まったのは、おれの力じゃない。………ルルを斬ったあの人を心の底でまだ許せていないおれが英雄を名乗る資格なんか、本当はないんだ!! 本当はおれなんかより、炎の英雄の友達だったゲドさんの方が………っ!!」





───真の紋章を継ぐ者の不安は、尽きない。

理性や理屈で納得しようとしても、その重さを知れば知るほど押し潰されそうになる。

生まれてまだ十数年しか生きていない少年の肩に突如圧し掛かった宿命の重さは、計り知れないものがあるだろう。

それが伝説に名高い真の火の紋章ともなれば尚更だ。

 しかもその紋章に認められたのはカラヤ族の少年ヒューゴだけではない。

ゼクセン連邦騎士団長クリス・ライトフェロー、そしてゲドもまた真の火の紋章に選ばれた人間だった。

最終的に紋章が選んだのはヒューゴだったが、この中の誰が『炎の英雄』となっても可笑しくない状況だったのだ。




───どうして、一番年若くて経験も浅い自分が? そう彼が考えても不思議はない。






「………言いたい事は、それだけか?」

 一気に捲くし立て、肩で息をする少年にいっそ冷たいともとれる声が降る。

「………………………すみません。」

───ヒューゴも今、こんな事を言っても仕方ないのは分かっているのだろう。

現に紋章は彼の右手に宿っている。この事実は変えられない。

それでも胸のうちを明かさずにはいられなかった。

誰かに聞いて貰いたかった。答えが欲しかった。

己を信じてくれているジョー軍曹やルシア、そしてクリスには絶対に言えない事だろうが。

 カラヤの村の焼き討ちはゲドの記憶にも刻まれている。

12小隊のメンバーは怪しい女との遭遇、騎士団との鉢合わせでばたばたしていた為に早々に引き上げたのだが、その直後にクリスがヒューゴの幼馴染の少年を斬ったという話を聞いた。

彼女の立場を考慮し、非公式ながら彼女自身による真摯な謝罪の言葉を受けてもなお己を納得させる事ができず苦しむヒューゴの気持ちも分からないでもない。

クリスが憎むに値する人間ならまだ気は楽だろうが、彼女はそうではなかったのだ。

 かつての炎の英雄の友人であり、真の火の紋章に選ばれた人間であり、そして長い間真の雷の紋章を宿しているゲドを相談相手に選んだのはヒューゴにすれば当然の選択と言えるかもしれない。







 拳を堅く握り締め、唇を噛む少年に目をやるとゲドは小さく首を振った。

殆ど氷の溶けたグラスがまた、手の中でカランと音を立てる。僅かに残っていた琥珀色の液体が揺れた。

「お前は、勘違いをしている。英雄というのは本人が名乗るものではない。」

「………え?」

「少なくともおれにとってのあいつは、無鉄砲で楽天的で強引で、とんでもない男だった。奴に友人と呼ばれるようになってからは苦労した覚えしかない。」

「……炎の英雄が……?」

 ゲドの言葉に、ヒューゴが目を丸くする。

真の火の紋章の眠っていた地でサナが夫の事を少し語ったが、それでも『グラスランドに平和をもたらした英雄』としての名ばかり広まっている男の更に意外な側面に、驚きが隠せないのだろう。

「本人も自分が英雄という柄でないのをよく判っていた。だからあの戦争の時もそう呼ばれるのをずっと嫌がっていたな。」

「そう…だったんですか?」

「最終的には開き直りだ。どうせその名が消えないなら言いたい奴には言わせておこう、その名が利用できるなら利用してやろう、というところか。そんな男でも、周りには英雄と呼ばれたんだ。…そんな男の後継者になるのに大層な理由が必要だと思うか?」

「………………」

「あいつは、自分に正直だっただけだ。黙って敵の言いなりになるのは気に食わないから、戦う。その為には大勢の力がいる。───ただ、あいつの成そうとした事がたまたま他の人間にとっても都合が良かったから、あいつは英雄と呼ばれたんだ。不思議と人を惹きつける奴ではあったがな。…そして、最期には惚れた女と共に生きる事のみを願って紋章を封印し、死んだ。本当に最期まで自分勝手な男だった訳だ。」

 少年に昔の友人像を説明しながら、その男の奔放ぶりに改めて呆れるゲドである。

自然と苦笑が漏れた。

───残される者の痛みやその後の混乱など、知った事ではない。

そこまで割り切れるのはいっそ見事とも言えるだろう。

あの戦争が終結した直後に奴は姿を消したから、数時間前にサナから聞かされるまで男がその後どうなったのか正確に知る機会はなかった訳だが、まったくあの男らしい結末だった。





───真の紋章は、その辺に数多ある紋章とは格が違う。

人に一旦宿った真の紋章を外すのには、想像を絶する苦痛を伴うのだ。

本来あるはずの寿命を大幅に削る程の苦痛と体力の消費。

それでもあの男は、永遠の若さと命を捨て。

僅かな時間でも惚れた女と同じように年老いるのを望み、短い生涯を閉じた。

───ゲドが、彼と同じ真の紋章を持て余したまま何十年も無為に生きている間に。





「…羨ましかった、ですか?」

 少年の、素朴な問い掛けにゲドは微かに目を細めた。

「…………………そうだな。」

 満天の星空を見上げ、大きく息を吐く。





───賑やかな祝いの席から離れて一人になったのは、そんな男を偲びたかったのかもしれない。

それでもあの男はゲドにとって、かけがえのない友人だった。

自分にはできなかった事をいとも簡単にやってのけた彼。







「───ヒューゴォ────? 何処だ─────?」

 何処からか、少年を呼ぶ声が風の乗って聞こえた。

消えた主役を心配して探しに来たに違いない。次いで、グリフォンの独特の鳴き声もする。

「軍曹だ!! フーバーも!!」

 ヒューゴの声に、ぱっと明るさが差す。

なんだかんだ言っても、この少年にとってあのダック達の存在は一際大きいのだろう。

それを見やり、ゲドは僅かに手を払った。

「行け。」

「…でも…」




「お前は、お前なりの生き方をしろ。悩みたいなら飽きるまで悩めばいい。あいつの真似をする必要も、あいつを超える必要もない。それをあいつも望んでいる。だからヒューゴ、お前に紋章を託したんだ。」

「───はい!!!」 




 ゲドの言いたい事が伝わったのだろう。ようやく吹っ切れたように少年の顔に元気が戻る。

敬礼し、ばたばたと船の階段を走り降りるヒューゴをゲドは静かに見送った。





───そうだ。あの男の真似をする必要はない。

それは自分にも当て嵌まるのだ。

少年への言葉は、そのままゲド自身への言葉だ。

あいつの影を追う必要は、ない。

これまでも。これからも。




『今頃、判ったのか? だからお前はカタイって言うんだよ。』




遠いあの日のあの姿のまま、自分に笑いかける男の声が聞こえるような気が…した。








 ゲドは唇の端に微かな笑みを浮かべると、自らも祝いの席に戻るべくゆっくりと歩き出した─────。







        【珍しくカップリングでもギャグでもないぞ!しかも幻水だ座談会】

作者「うーわー本当に珍しい…つーか3年以上創作SSやってきて初めてじゃないのか? 

   野郎だけで最後までシリアスで終わったのは。

   ギャグが1つも入ってないなんて信じられねぇ!!(他人事のように)」

ゲド「………………」

作者「まぁ、ゲドでギャグってのは余程才能がないと難しいだろうけどさ(笑)。

   しかし幻水の中では好きなキャラではあったけど(周りに洗脳された部分もあり・笑)、

   本当に自分で書くとは思わなかったよゲドSS。あ、念の為言っときますが、

   これは断じてゲドvヒューゴでもゲドv炎の英雄でもありませんぜ?」

ゲド「………………」

作者「でも思った通り難しいね〜この人。お喋りなゲドはゲドじゃない!!と言いつつ、

   気が付けばマシンガンのように喋る喋る。ああ別人…っ(涙)。」

ゲド「………………」

作者「ヒューゴも好きなんだよ。凄く純粋でいい子だよね〜この子。今時珍しいくらい。

   なのになんでこうなっちゃったかなぁ…やっぱ一度も継承者ヒューゴバージョンを

   プレイした事ないのも問題だったか。いろいろ適当だし。(待て!!)

   うう〜クリスの件ももうちょっと突っ込みたかったのに〜…(以下延々と続く)」

ゲド「………………」

ヒューゴ「…ゲドさん、もしかして目を開けたまま寝てる…?」







はい。2周年とか記念とか言いつつ、全く関係ありません(殴)。
ほんっとーに急に思い付いた話だったしなぁ…中途半端にも程があるっての。
別人っぷりを直すにも、クリス継承者しかED見てないので台詞に全然自信ないし。
本気でファンの方々には申し訳なく(号泣)。