【壁】





 がりがりがり。

地面を木の枝で引っ掻く音が暗い森に響く。

「───よし。この線からこっちに入ったら、朝陽を拝めなくなるからな。」

 続いて堅く張り詰めたような若い女性の声が放たれた。

親しみの全く感じられない、睨み付けるような視線が突き刺さる。

「…はいはい、肝に命じておきますよ。」

 そしてナッシュはやれやれと肩を竦めた。






 ぱち、と焚き火にくべられた枝が小さな音を立てる。

最小限に火力を抑えた焚き火の向こう側では、長い銀の髪の女がこちらに背を向けて薄い毛布に包まっていた。

なんとか眠ろうと努力しているようだが、背中に未だ緊張が現れている。

装備の手入れを済ませたら自分もすぐに休むから先に寝ていろとは言ったものの、やはり完全には信頼されていないらしい。

2人のちょうど真ん中辺りの地面に引かれた線がそれを強調している。

ナッシュは長年愛用しているスパイクのギミックに油を注す手を止めて新しい枝を火に放り込むと、苦笑を浮かべた。

(うーん…どうしたもんかねぇ…)

 うら若き女性、それも滅多にお目に掛かれないような美女と二人旅。

表面だけ見ればこの状況は世の大半の男から羨ましがられる事は間違いないが、実際はそう気楽に言い切れないのが難しいところだ。

なにしろ彼女は誇り高きゼクセンの騎士団長様にして『銀の乙女』『白き英雄』と呼ばれる人物。

その辺の町娘とは訳が違う。

 古い知人であり騎士団の参謀でもあるサロメの計らいで彼女の護衛を引き受け、チシャの村を目指してグラスランドに入ってから既に3日が過ぎていた。

その間、彼女…クリス・ライトフェローとナッシュ・クロービスとの間柄は平行線を辿っている。

既婚者を名乗っている以上(というか、既婚者だと言わなければまずサロメが彼女を引き渡さなかっただろうし、彼女も得体の知れない男と二人旅をしようとはしなかっただろう)、ナッシュは彼女と男女間の関係を深めようという邪な思惑はない。

口から先に生まれたような男ではあるが、これでもフェミニストを自認しているのだ。

彼女が美人なのは認めるがそれだけの話であり、美人なら誰でもいいと言うほど女に飢えているつもりもなかった。

第一、15も年下の娘に入れ込めるほど若くはないし、そんな立場でもない。

 しかし、旅の同行者にこうも頑なに拒絶されると気が滅入るのも確かだ。

全く警戒されないのも男として哀しいものがあるが、あまり警戒され過ぎるのも人として哀しいものがある。

どうやらブラス城を出たばかりの頃、慣れない隠密行動でがちがちになっている彼女の緊張をほぐそうと肩を抱いて軽口を囁いてみせたのが仇になってしまっているようだ。

おそらく彼女は男を知らないというのが分かったのと引き換えに見事な右ストレートを頂き、以来今のようにきっかりかっきり距離を取られる始末である。

根っから生真面目な彼女にとってナッシュのような人間は軽薄な尻軽男にしか見えないのだろう。

それでも黙って一緒に行動するのは、地理に明るくないグラスランドを横断するには道案内が必要だという事情と一人旅の危険さよりはマシだという理由ゆえか。

 それともうひとつ。

(お姫様、なんだよな…)

 イクセの村で初めて言葉を交した時にもその美貌と纏う硬質な雰囲気からなんとなくそう思ったが、ここ数日ではっきり分かった事がある。

彼女はこの若さで騎士団長の位を任されるだけあって並の男よりずっと強い。

襲い掛かるモンスターも、よほどの大物でない限りその剣の一振りで退治してしまうだろう。

───しかしやはり、『お姫様』…つまり『温室育ちの騎士様』なのである。

全くと言っていいほど、クリスはこういった歩きでの旅に慣れていなかった。

 火の起こし方、水の確保、食料の調達、調理、その他諸々。

旅というものはいつも宿屋がある訳ではない。寧ろ、宿に泊まれる事の方が少ない。

それなのに当たり前の事全てが危なっかしく、とてもじゃないが彼女にそのような雑用を任せられなかった。

何より彼女は剣術以外はとことん不器用らしく、ナッシュ一人で二人分やった方がずっと早い。

もともと彼女に過度な期待もしていなかったのでナッシュにとってそれは大した手間とは言えないのだが、現実問題として貴重な食料や燃料を下手に彼女の手に掛けて無駄に費やす訳にもいかないのだ。

最初は頑なに自分の事は自分でやろうとしていたクリスだが、2日目には彼女も嫌でも自覚せざるを得ず、口には出さずともそれをかなり気に病んでいるようだった。

一人では満足に旅ひとつできない己に対する苛立ちとナッシュに対する申し訳なさ、気まずさが余計に彼女に境界線を──『壁』を作らせている。

 勿論クリスも仕事柄戦場で野営をする事はあっただろうが、一介の兵士とは違い、名家出身の騎士である彼女の身の回りの事は専用の係や従者がやっていたのだろう。

寝る時もそれなりの天幕を張り、こうして本当に地面にごろ寝する事などなかったに違いない。

そんな慣れない事の連続で彼女の疲れと緊張はピークに来ていた。

せめてもう少し同行者を信頼し、休める時に休めるようにしないと潰れてしまうのも時間の問題だ。

(…いっそ本当に手を出してみるとか?)

 絶対に実行に移せそうもない事をちらりと考えてみたりするナッシュだが、やはり苦笑いが出るに留まった。

そんな事をしたら冗談抜きで朝陽が拝めなくなりそうだ。

運良くここで彼女の剣から逃れる事ができたとしても、団長親衛隊の皆さんにバレた日にはコマ斬りにされるのは想像に難くない。

決して順風満帆とは言えない人生ではあったが、無謀な賭けに出て死にたくはなかった。







 と。

「……ん?」

 再び何気なくクリスを見やったナッシュは、焚き火の向こうに見える彼女の肩が必要以上に震えているのに気が付いた。

夜ともなれば昼に比べて一気に気温は低下するものの、グラスランドは基本的に暑い地域だ。

特にカラヤクランに程近いこの辺りは亜熱帯と言ってもいい。

よってこの周辺の民達には熱い風呂に入る習慣もなく、専ら水浴びで身を清める。

それがゼクセン人にして彼らを蛮族と呼ばせる理由のひとつにもなっているらしいが、こういう土地だからこそ野宿でもなんとか夜を凌げるのである。

───それなのに毛布に包まり、冬山で遭難しているかの如くがたがたと震えているクリス。

これは緊張しているからで済むレベルではない。

「…まさか…おい、クリス!?」

 地面に引かれた境界線など完全無視。

慌てて彼女の側に走り寄ると、背を向けたままのクリスを毛布ごと抱き起こし、膝に乗せる。

昼間までの彼女なら身体に触れただけで剣が飛んできただろうが、今のクリスはぐったりとしたまま熱っぽい目でナッシュを睨んだだけだった。

「線を、越えるなと、言っただろう…わたしは、大丈夫、だから…」

「嘘つけ!!」

 自称フェミニストも何処へやら、思わず怒鳴り返す。

お姫様の強情さにも呆れるが、この「大丈夫」ほど当てにならないものはないだろう。

クリスの顔は見るからに真っ赤で、腕に抱えた見た目よりもずっと細い身体も熱い。

(くそ…っ!)

 彼女が参っていたのは分かっていたのに、どうしてもっと早く気が付かなかったのか。

これは完全に自分の落ち度だ。旅慣れない彼女にもっと合わせなければならなかったのに。

さっきの怒鳴り声はどちらかというとクリスへというよりは自分への怒りの現れだ。

それにしてもこんなに急激に熱を出すとは────。

そこまで考えて、ふと思い当たる事があるのにナッシュは気付いた。

「クリス! お前さん、もしかしてモンスターの毒を受けなかったか!?」

 もはやナッシュの腕を振り払う気力もないのか、荒い呼吸を繰り返すクリスの耳元で問いかける。

この辺りの森には毒を持つモンスターも多い。実際、今日だって何匹も遭遇した。

その度にそれぞれ得意の武器を駆使して事なきを得たはずだったが。

「…ああ…そういえば夕食の前、うっかりやられたが…ちゃんと、退治して毒消しを…」

 思い出したようにクリスが呟く。

それか、とナッシュは心の中で舌打ちした。

夕食前というと、ナッシュが今夜の食料の調達に野兎を捕まえに出ていた頃だろう。

その間クリスはこの周辺で薪になる枝拾いをしていた筈だが、その時に問題のモンスターに出くわしたのか。

確かにちょっとやそこらの毒なら普通に街の道具屋で売られている毒消しを飲めば大抵は治まる。今までもそうしてきた。

だが、中には少々やっかいな種類のものもあるのだ。

一見すると普通の毒と同じ症状だから分かりにくいが、そういう場合はきちんと患部から毒を吸い出してから処置してやらないと毒が体内に残る事がある。

ただ、体調が万全な時なら人間に初めから備わっている治癒力と抵抗力で表立ってどうこうなる前に自然に消える事も多いのであまり知られていないだけだ。

しかし体力が落ちている時のそれはじわじわと身体を侵食し、下手すれば命取りにもなりかねない。

───『お姫様』には縁のない話だから、彼女がわざわざナッシュに報告しなかったのも無理はない。

どちらにせよナッシュの落ち度であるのに変わりはないだろう。

「何処だ、刺されたのは!?」

 やられたのが夕食前だと言うなら少々時間が経ち過ぎているが、今からでも処置をやらないよりはましだ。

「………それは………」

 ナッシュの膝の上で苦しげに眉を寄せたクリスが、言葉に詰まる。

その視線の先に事情を察して、ナッシュはひとつ息を吐いた。こうなったら仕方がない。

「───苦情は後でいくらでも聞くから、今はおじさんに任せろ。」

 一言断ると、問答無用でクリスを包んでいた毛布を剥ぎ取り───更にアンダーシャツごと彼女の上着に手をかける。

さすがに一瞬息を呑んで身体を強張らせたクリスだが、こちらの意図を察したのだろう、意外にも彼女は黙ってナッシュの為すがままに身を委ねた。

もっと抵抗するかとも思ったが、こういった潔さは年頃の女としてより戦士としての彼女の成せるところなのかもしれない。

やがて、クリスの上半身は胸元を覆う小さな下着一枚となってナッシュの前に晒された。

熱で桃色に染まった白くきめ細かな肌と豊かな胸は普通の状況で見ればかなり扇情的ではあるのだろうが、今はそれどころではない。

余計な感想を意図的に遠ざけて焚き火の明かりを頼りに彼女の身体を見やると、左肩から背中にかけての一箇所が赤く腫れており、その中央がぷくりと膨れ上がって紫色に変色していた。

服の上から刺されたのだろうが、場所が場所なだけにクリスもナッシュが戻る前に毒消しを飲むのが関の山だったのだろう。

そして本人も気付かないうちに毒が廻り、身体の異常に気付いてからもナッシュに余計な負担をかけまいと黙っていたというところか。

それくらいは短い付き合いながら簡単に推測できるが、相当痛みもあったろうに口にしない豪胆さは呆れるを通り越して感心してしまう。

一歩間違えば大事になるかと内心焦っていたのだが、幸いな事にこの状態ならナッシュの知識と持ち薬があればなんとかなるだろう。

「ちょっと痛いが、我慢してくれよ。」

 ナッシュはクリスをうつ伏せに抱え直すと、上着の内ポケットから取り出した道具一式を足元に並べた。

そして皮ケースから出した小さな針を焚き火にかざし、じっくりと炎で先端を焼いて消毒したそれを患部に慎重に射す。

ぷつりと皮膚に開けられた穴から溢れる濁った血を清潔な布で拭い、更にそこに己の唇を当てて何度も毒を吸い出しては地面に吐き捨てた。

「……っ!」

 羞恥か痛みか。クリスの肩がびくりと反応したが、敢えて無視する。

ナッシュは彼女に特別な感情を抱いてはいない。その筈だ。

しかし半裸の女の滑らかな肌に唇を這わすのは、よほどの聖人でもない限り一種の拷問なのかもしれない、と他人事のように思う。

抱えた腕に体重ごと押し付けられる柔らかな胸も凶器以外の何物でもない。

とにかく何も考えないようにして黙々と「作業」を繰り返し、最後に小瓶に入った特製の薬を塗って丁寧に包帯を巻いた。

「ほら、お嬢さん手を上げて。」

「あ…うん……」

 仕上げとばかりに彼女にアンダーシャツと上着を着せてやり。

再び毛布で包んでようやくナッシュは一息ついた。

(おれもまだまだ修行が足りないって事か…)

 我ながらなんとも情けないが、モンスター10匹を相手にした時より疲れたような気がする。

そしてまだ熱っぽい顔をしているクリスを下ろして木の幹にもたれさせると、小指の爪の半分くらいの大きさの錠剤と一緒に水筒を彼女の口にあてがった。

「飲みな、解熱剤だ。これで明日の朝にはけろりとしているだろう。傷痕も残らないから安心していいさ。」

「…ああ…すまない…」

 子供のように素直に錠剤を飲み下すクリスを見ていると、この娘が騎士団長なんて大層な職に就いているのが嘘のように思える。

こんな胡散臭い男の言葉を信じて身を任せ、正体の分からない薬を飲むのは地位のある人間としては本当は許される行為ではないかもしれない。

だけど彼女は最終的に自分を信じてくれた。今はそれだけで充分だろう。

「…それはこっちの台詞だ。本当にすまなかった。」

 ナッシュは彼女の前に膝を着くと、頭を下げた。

訳が分からないといった様子でクリスがきょとんと目を瞬かせる。

こういう表情は本当に無邪気な子供のようだ。それに対し、もう一度言葉を紡ぐ。

「わたしがもっと気を付けておくべきでした。毒の事もあなたの体調も。わたしの落ち度です。」

「違う!!」

 途端、クリスが苦しげな声を張り上げた。そのままぎゅ、とナッシュの上着の袖を掴む。

一刻前までの彼女なら考えられなかった行動に少し驚きはしたが、何事にも真面目な彼女の言いたい事は聞かずとも分かった。

「お前のせいじゃない。わたしが悪いんだ。わたしがしっかり自己管理していれば、お前の手を煩わせる事もなかった。わたしは本当に何も知らなくて、何もできない。なのにずっとお前をその、変に誤解して、八つ当たりして、酷い態度をとって、自分でも凄く自分が嫌で。最低だ、わたしは…っ!」

 未だ熱のある身体を木に半分預けたまま、堰を切ったように語るクリス。

今まで溜まっていた感情が溢れ出したのだろう。紫水晶の瞳には悲痛な色が見える。





 銀の乙女。白き英雄。ゼクセン連邦騎士団団長。

ゼクセンで英雄として求められている彼女と、本来の彼女は違う。

どんなに強くても肩肘を張っていても、彼女はまだ22歳になったばかりの娘だ。

至らない事もあれば、悩みもする。不安にもなる。完璧である筈がない。

初めてナッシュに面と向かって放たれた言葉は、クリスの心の叫びの断片だった。

それらがたまたま今回の旅で表面化したに過ぎないのだろう。

きっと彼女は騎士団ではここまで己を曝け出すような事などなかったに違いない。

どんなに理解ある部下に恵まれていても、クリスは彼らの上に立つ人物だ。

彼らに心配かけまいと、迷惑をかけまいと、自分一人でなんとかしようとするのが癖になってしまっている。

要するに他人に頼る事に慣れてないのだ。

他人に頼るのが怖く、己を曝け出すのが怖い。

それを自分でも分かっていて、でもどうしようもなくて。

(…辛いよな、そういう立場も。)

 理由があったとはいえ、本来ならハルモニア貴族社会のトップとして指導する立場であった己を早々に放棄して野に下ったナッシュには、彼女を責める資格などない。





 ナッシュはクリスの頭をあやすようにぽんぽんと軽く叩くと、彼女に目線を合わせて微笑んだ。

「…いや。お姫様を塔から連れ出したナイトはお姫様を護るのが仕事だからな、今日のところはおれに謝らせてくれ。最初に変に誤解させたおれも悪いしな。その代わり、これからはもっとおじさんを頼ってくれよ?」

「でも、それでは…!」

 クリスがまだ何か言おうとするのを、掌でやんわりと塞ぐ。

言葉だけならいくらでも彼女を慰める事はできる。

しかしそれでは何の解決にもならない。

彼女の問題は、彼女自身で整理しなければならない。

これは彼女のナッシュに対する姿勢だけの問題ではないのだから。

目を丸くするクリスから手を離すと、ナッシュは片目を瞑ってみせた。

「この話はもう終わりです。これ以上ご自分を責めるのなら、誤解ではなく本当にお姫様を襲いますよ?」

「な…っ」

 わざとおどけたように言うと、クリスの顔が熱のせいだけではなくボッと赤くなった。

───彼女も、ナッシュの言いたい事に気付かないほど鈍くはない。

それでもしっかりこのテの台詞に反応してしまう辺りがクリスらしいというか。

呼吸もさっきよりだいぶ落ち着いてきたし、もう大丈夫だろう。

薬も確実に効いているようだ。

ナッシュが密かに笑いを堪えていると、再びぐい、と袖を引っ張られた。




「……ありがとう……ナッシュ。」



 
 聞こえるか聞こえないかくらいの、小さな声。

それでもナッシュの目前で囁かれたその声は確かに届いた。

すぐに袖から手を離し、頬を染めるクリス。

そして彼女は次の瞬間には、真っ直ぐにこちらを見返した。




「───これからは遠慮なくナッシュを頼りにさせて貰う。そのように努力する。だが、お前もわたしを少しは頼って欲しい。確かにわたしは何も知らない。また迷惑をかけるかもしれない。でも、この剣の腕と決意くらいは信じて欲しいんだ。」




 クリスの銀の髪が夜風に吹かれてさらりと揺れた。




「わたしはお前に言われたからではなく、自分の意志でブラス城を離れた。わたしはクリスという名の人間であるに過ぎないんだ。だからナイトに護られるだけの『お姫様』でいるつもりはない。わたしはナイトも護りたい。それでこそ旅の仲間だろう?」




 紫水晶の瞳にはもう悲痛な色はなくなっている。

まだ体調は万全ではない筈だが、新たに強い意志を秘めたその瞳に射抜かれてナッシュは一瞬言葉を失った。





───そうだ。彼女と共に旅をしてきて。

信頼していなかったのは。『壁』を作っていたのは。

もしかしたらクリスではなくナッシュの方だったのではないか。

クリスの強さを認めながらも、何処か侮ってはいなかったと、本当に言い切れるのか。

 彼女が女性だから。まだ若いから。旅慣れていないから。

素早いのを良い事に、モンスターとの戦いで先陣を切るのは何時だって自分。

そして隣で縦横無尽に剣を振るうクリスの援護に全神経を注いだ。

例え彼女が仕留め損なっても大丈夫なように。少しの怪我も負う事のないように。

今まで何の疑問も持たずにやってきた事だが、それは特殊工作員として長い間単独任務をこなしてきた習性から無意識に彼女を──自分以外の人間を信じていなかったからではないか。

 だとするとクリスがナッシュに対し距離を作っていたのと何処が違うと言うのか。

彼女を『自分が護らなければならない人』として認識した時点で。

騎士団長、銀の乙女、白き英雄という肩書きを当て嵌めてから彼女を見た時点で。

それは裏返せばクリスという人間個人に対して、とても失礼な事だったのではないか。




 クリスはナッシュ自身が意識していなかった事に気が付きながらも、ナッシュを責める事もなく自分の非を認めた。

改善を明言した。

その上で、未だ真の目的も正体も明かさない目の前の男を信用し。

同じラインに並ぶ『仲間』として共に行くのだと宣言したのだ。





(……これは……)

 洞察力も然る事ながら、どうやらこの人物はただの『お姫様』ではなかったらしい。

容貌の美しさだけではない。

剣の腕だけではない。

年頃の娘としての脆さを補って余りある、確かな強さが彼女の根底にはある。

魂の強さ、器の大きさ、誇り高さとでも言うべきか。

こういう表現も可笑しいかもしれないが、これが本物の『人の上に立つ人間』としての『お姫様』のあるべき姿なのかもしれない。

 あの夜ブラス城の橋の上から彼女の旅立ちを見送った大小6つの鎧の主達の、彼女を慕う気持ちが今ならなんとなく分かるような気がした。





「………了解。これからよろしくな、クリス。」

「ああ。こちらこそ。」




 どちらからともなく自然に伸ばされた2人の右手が重なる。

殆ど消え掛けた焚き火の明かりに代わり、傾いた月が目の前の女性の顔を暗闇で照らした。

思い起こせば出会ってから初めてまともに見る、『クリスという名の一人の女性』の眩しい笑顔に。

───ナッシュは胸の奥で何かが動き出しかけたのを、静かに認識したのだった。











 その後。

無事健康を取り戻したものの、あまりにも無防備に隣で眠るクリスにナッシュが連夜いらぬ疲れを感じるはめになったり。

なんだかんだとドツキ漫才もどきのコミュニケーションを重ねたおかげで培いつつあった信用が、ダッククランで別の道案内を雇う(しかもクリスの懐金から)事によって少なからず崩壊する事になったりもするのだが。

───金髪のナイトとお姫様の微妙な関係が変化していくのは、もう暫く先の話である。









                  【あーもうやっぱり梨視点は難しいよ(泣)座談会】

作者  「は─────────…」

ナッシュ「おい。あんたが溜息ついてどうすんだ。(怒)」

作者  「お前に言われたくないわいっ。誰のせいでこんな駄文になったと思ってんだ!」

ナッシュ「そりゃ誰かさんの文才がないせい…」

        すぱーん。

作者  「(スリッパを片付ける)前々から言ってるけど、本当に書き難いんだよこの金髪男は。

     何考えてるか分からないし敬語とタメ口混ざるし何より秘密が多過ぎ!!

     でもクリス視点では相手を意識する過程を結構書いているのに、ナッシュ視点では

     全くと言うくらい書いてなかった事に気付いちゃったから仕方なかったんだよなぁ。

     3章冒頭の、お互い全然意識していなかった頃を書きたかったってのもあるけどさー。」

ナッシュ「…にしてもムリヤリだけどな。大体ワンパターンにも限度がないか?

     意識のない(今回は起きてはいるが)女の服を脱がせるって話を書いたのはこれで何度目…」

        すぱぱぱーん。

作者  「(スリッパを略)ああもう自分でもすげー消化不良なんだよ本当にー!! 

     最初考えていたネタの後半を丸々カットしてクリスのカッコ良さ50%減だし。

     これじゃ梨栗どころか冷戦状態、いいトコなしだっつーの。 

     なんかねー、最近SSが上手く纏められない病にかかっちゃってさぁ(涙)。」

ナッシュ「……それは前からだろう……」

作者  「…お前、いつかその口のせいで死ぬぞ? 駄文書き人間をナメんな?

     気分次第で銀髪の乙女2人と修羅場せる事もできるんだぞオラ?(にこ)」

ナッシュ「………………」

クリス 「ああ、こんな所にいたのかナッシュ。…何の話だ? 」

ナッシュ「何でもありませんっ! ほらクリス、美味い飯を出す店があるって聞いたからそこに行こうっ!!」

クリス 「え? こ、こら押すな!(背中を押されてムリヤリ退場)」

作者  「……心当たりあるのかよ……」








えー、必ずしも今まで出した梨栗話及びナッシエ話と繋がってる訳ではないです(汗)。
こーゆー過去もありかも、という程度で…。(またいいかげんな…)
でないとカップル100質での「ハダカを見たことない」会話も成り立たないしね。
ただ、ウチのナッシュがクリスをやたらお姫様呼ばわりするのは
基本的にこんな感じの理由だと思っていて下さい。
しかしやっぱり梨栗話はクリス視点の方が書き易い〜。
考えの読めるナッシュ(梨視点なんだから当たり前だ)はナッシュじゃないって!!