【少年讃歌】 ハボック&エド





「……ん?」



 夕暮れ時のイーストシティ。地元有力者を軍用車で自宅まで送るという面白くもない任務を終え、東方司令部に戻る途中だったハボックは前方に珍しい人物を発見して目を細めた。

この前遭ったのは半年ばかり前だろうか。

商店街の片隅でショーケースを覗き込む後ろ姿から顔は判別できないが、彼と少しでも面識のある人間ならば特徴ある真っ赤なコートに厚底ブーツ、金色の三つ編み、そしてその小さな身長を見間違う事はない。

いつもはその隣に大きな鎧がいるのでもっと分かり易いのだが。



「よお、大将。一人とは珍しいじゃねぇか」

「ぎゃああああああ!!!!」

「うお!?」



 車を歩道に寄せて窓から声を掛けた途端、辺り一面に響き渡るような叫びにこっちの方が飛び上がりそうになる。



「な、なんだ、ハボック少尉か……びっくりさせんなよ」

「びっくりしたのはこっちだ! 心臓止まるかと思ったぞ」

「そっちがいきなり声掛けんのが悪いんだろ!」

「はいはいそれは悪うございました」



 何故か顔を赤くして怒鳴る少年──エドワードを、とりあえず「どうどう」と宥める。

実際のところ史上最年少で国家錬金術師の資格を取得したエドワードは少佐相当官であり、少尉であるハボックよりもずっと上官になるのだが、傍から見れば軍人が子供を補導しているように見えるだろう。

それを自覚してるのかしてないのか、エドワードはむすっと顔を顰めたまま車中のハボックを振り仰いだ。



「んで? なんでハボック少尉がこんなとこにいるんだよ。サボってると中尉に言い付けんぞ」

「失礼な、俺は尊い仕事を終えた帰りでこれから司令部に戻るんだ。そっちこそ珍しいな、弟はどうした」

「オレはさっき報告書出して来たとこ。アルは先にホテル手配して貰ってる」

「なるほど。───で、お前さんは何を見てたんだ?」

「……………」



 煙草に火を点けながらにやりと笑って本題に入ると、話を逸らせなかった少年はいかにも嫌そうに更に眉を顰めた。

仮にも上官に対して敬語も何もないものだが、エドワードの方も人生の先輩に対して全く敬意を払う事もないのでその辺はお互い様である。

そしてエドワードが先程から真剣にショーケースを睨んでいたのは、いかにも若い女の子が喜びそうなアクセサリーショップで─────



「彼女へのプレゼントか、大将もやるなぁ」

「かっ………そんなんじゃね─────ッ!!!!」

「あー分かったから怒鳴るな、通行人の迷惑になるだろ」



 またも道に響き渡る叫び声。…………本当に分かり易い少年だ。ハボックの知るだけでもその辺のチンピラより余程大人びた考え方をし、修羅場を潜ってきている彼だが、こういう類のポーカーフェイスは苦手らしい。

沸騰しそうに顔を火照らせるエドワードを再び宥めながら、「俺にもこんな時代があったなぁ」となんだか遠い目をしてしまうハボックである。その経験が今現在活かされてるかと訊かれると微妙なところだが。

言われてやっと自分が注目を浴びてる事に気付いたのか、エドワードは肩で息をしながらハボックを睨み付けた。



「ったく誰のせいだよ………言っとくけどな、ホントにカノジョとかじゃないからな! ちょっと、たまたま、あいつ…リゼンブールの幼馴染を思い出しただけで! 別に買うつもりもねぇし!」

「はいはい、そういう事にしといてやるよ少年」

「まだなんか疑ってるだろ……」

「別にー。で、ドレだ? あのシルバーのピアスか? いいんじゃねーの、買ってやれば喜ぶぜきっと」

「…………だから人の話聞けよ…………」



 流石にもう叫ぶ気力もなくなったのか。代わりに心底嫌そうに眉を顰める少年が微笑ましい。

頬がまだ赤い事に本人は気付いているのだろうか。

───と。そのエドワードがふいっと視線を逸らした。何処か苦笑するように、独り言のように呟く。



「どのみち、ピアスは絶対やんねー」

「はぁ? なんでだよ。あ、ピアスホールないのか?」

「逆。あり過ぎんだよ」

「なんだそりゃ。ピアス好きな子なのか?」

「っつーか、ただの馬鹿なんだ、あいつ。オレとアルから貰ったのは全部付けたいからって……気が付いたら6コだぜ、ピアスホール。こっちは単に機械鎧壊したの誤魔化すつもりの土産だったのに……信じらんねー」



 そう言って肩を竦めるエドワードの声はその『幼馴染』とやらに呆れている様子ながらも、今までハボックが聞いた事がないくらい穏やかで。



「これ以上、あいつを傷付ける訳にはいかないだろ。だからピアスはダメだ」



 至極当然のように、言い切る少年。

いつもはその勝気で生意気な性格を示すが如く…実年齢以上に激しく居抜くような眼差しを湛えている金色の瞳には、確かに慈愛の色が浮かんでいて。

その幼馴染──おそらく彼と同世代の少女だろう──が本当に大切なんだと、赤の他人の自分にも見て取れて。



(───ああ。こいつも、こういう表情(カオ)するんじゃねぇか)



 今更ながらハボックの胸に何か、安堵なようなものが広がる。

国家錬金術師は人間兵器とも呼称される。並大抵の実力でなれるものでもなく、与えられる特権には軍の狗としての義務も付随した。まだ10代前半でしかないエドワードが、何故その資格を必要としたのか。上司からの又聞きであり、詳しい経緯までは知らされてないが、ハボックはその事情を知る数少ない人間の一人だ。

知るからこそ、生意気な態度の影で必死に気を張っているように見えるエドワードを密かに懸念もしていた。

大人に混ざって肩を並べるだけでも子供には相当な負担だろうに、失った身体を取り戻すという目的の為には手段を選ばないような。

自分の感情を押し殺して突っ走りかねない危うさ、それでいてガラス細工のような脆さをこの少年は感じさせる。

それはおそらくハボックだけではなく彼に関わりを持つ…ロイ・マスタング大佐配下の者達共通の意見だろう。

自分達職業軍人は、彼が子供だからと言って甘やかしたりはしない。できない。やってはならない。

彼が自ら大人の世界に飛び込んできたからには、こちらから必要以上に手を差し伸べてやるのは不可能だ。

だけど、そのエドワードにもちゃんとそういう相手がいて。

そういう感情があった、という当たり前の事がなんだか妙にほっとさせる。



───こいつは、まだ大丈夫。まだ染まっちゃいない。



大人になれば色々な柵と同時に諦めという感情も覚える。汚い部分も見えてくる。それが軍人ならば尚更だ。

国家錬金術師が軍属である以上、エドワードもいずれ知る時が来るだろう。それはそう遠くない事かもしれない。

だが、少年にはもう暫くの間……できる限り長くそういう『大人の世界』を知らないでいて欲しいと思う。

───もしかしたら彼の存在によって少しでも長く救われたいのは、この世界に染まってしまった大人である自分達の方なのかもしれない。

要するに、『子供』はそこに居るだけで無条件に空気を和ませてくれるものなのだ。



「…ハボック少尉?」



 つい物思いに耽ってしまったハボックを、エドワードが怪訝そうに見上げる。

きっとこの少年は自分の存在が『軍』ではなく『軍人』に及ぼす作用など気にも留めてないのだろう。

手を伸ばしてその金色の頭をがしがしと掻き混ぜてやりながら、ハボックは口元を綻ばせた。



「ピアスがダメならいつか指輪買ってやれよ、大将。ついでに花束も付けてやれ」

「なっ…………誰がだ、誰にだ─────────ッッッ!!!!」



 ぎゃいぎゃいと予想通り最大級に暴れてくれる少年を軽くあしらいながら、思う。






────とりあえず司令部の皆にいい話のネタができたな────と。











夏のパソ長期クラッシュ中に完成したSS。
この時エドウィンは腐るほど書(描)いたのでそれ以外で何かネタないかー!?
…とぼんやり考えてたらこんなのが生まれました。
ハボメインにするつもりだったのに、結局エドウィンかい……
無意識ノロケは兄さんの十八番。

(06.12.14.再UP)