【待ち人】 ランファン&リン ───ピチャン。 水の音が、暗闇に響いた。 「は…ぁ……」 どれだけの時間が過ぎたのだろうか。 もう、歩くのはおろか……息をするのも困難だ。 肩の痛みも麻痺し、恐ろしいまでの寒気と同時に頭の中が朦朧としてくる。 「…あっ」 バシャッ。 溝に足をとられ、決して綺麗とは言えない水の中に片膝をついた。 慌てて立ち上がろうとするものの、意思に反して足に全く力が入らない。 狭い配水管の端に作られた歩道にすがるようにして、辛うじて水中に上体が沈むのを防ぐ。 幼い頃からの訓練によって夜目が利く筈の視界が霞み、いよいよ自分が危険な状態になっているのを悟った。 (若…………) 脳裏に浮かぶのは、自分が唯一絶対として仕える少年の姿。 あの方は、無事だろうか。 人造人間とやらを捕らえたのだろうか。 あの錬金術師の兄弟と合流できたのだろうか。 いや。 (ただ、無事でいてくれればそれでいい……) ゆるゆると目を閉じる。 彼は、ヤオ族全ての民にとって必要な人間。 彼の為だけに自分は存在し───彼の為になら、何を犠牲にしても構わない。 (私は、少しは役に立てましたか? 若………) 『待ってろ!! 奴を捕らえて必ず、迎えに来る!!』 そう言って、自らの服を裂いて。 不甲斐なくも左腕を切り落とす羽目になった私の傷口を処置し、護衛一族特製の手榴弾を手に再び戦場へと向かった彼。 (もう、充分です………) あなたは、充分に良くしてくれた。 重荷でしかなかった私を抱え、最後まで捨てなかった。 (だから………) どうかこのまま、逃げて下さい。 血の滴る腕を囮にして一旦やり過ごしたとはいえ、まだまだ油断はできない。 この周辺をあの奇妙な男達が探し回っているだろう事は容易に想像つく。 あれは、面と向かってまともに闘り合える類ではない。 皇子自ら危険を冒して戻ってくる必要はどこにもなかった。 (───あなたは、シンの王となるべき人なのだから) 頬を伝ったのは、ひび割れた天井から滴る雫か。汗か。涙か。それすらも判断つかなくなっている。 ───ただ、心残りなのは。最後まであなたを護る事ができなかった事。 (ごめんなさい………) 「ランファン!!!!」 その時。 突如、頭上で響いた声に沈みかけた意識が浮上する。 まさか。 これは。 「しっかりしろ!! すぐにちゃんと手当てしてやる!!」 ジャブジャブと水を掻き分ける音がして、すがりついていた水路から自分が抱き上げられたのが分かった。 「わ……か……?」 「じっとしてろ!!───お前のおかげで人造人間も捕らえた、大丈夫だ。この上で車も待ってる」 …………ああ。本当に、この方は。 当たり前のように、約束を果たして。 当たり前のように、私を迎えに来てしまった。 ここに戻る事の危険性など、百も承知しているだろうに。 (だから、私は……………) ───そんなあなたが心配で、一人で逝けないのです。心の奥底で、あなたを待ってしまうのです。 それならば、残された方法はひとつ。 私は、強くあろう。 これまでより。もっともっと。誰よりも強く。 無くした腕の分も、あなたを護れるように。 あなたの足手纏いになど、絶対にならないように。 そして。 今度こそ最期まで、お供してみせましょう──────。 そのまま12巻ネタ。一度、リンラン書きたいなーと思ってたのです。 |