【いたずら】 ばっちゃん+チビ幼馴染み3人+おまけ





 
トントントンッ。

「───はいよ、今行くよ」

 一人と一匹だけの寂しい夕食を終えて一息ついた頃。

玄関の扉を叩くどこかリズミカルな音に、ピナコ・ロックベルはほんの少し眉を顰めて椅子から立ち上がった。

年老いたピナコを幼心に気遣っているのだろう、いつもなら「はーい」という明るい声と共に真っ先に扉に向かう孫娘は今はいない。今夜は近所に住む幼馴染み兄弟の家に泊りがけで遊びに行っているのだ。

さてはその孫に何かあったか、それとも村に急患でも出たか。

リゼンブールは平和な土地だが田舎なだけに医者の数も少なく、緊急時には外科医を兼ねる機械鎧整備師である自分にお呼びがかかる事もない訳じゃない。

 が。



「「「お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!!」」」



 鍵を開けた途端、自分を囲むようにして部屋に雪崩れ込んできた者達にピナコは呆気にとられてしまった。

白いシーツに目鼻口がついたこれは所謂お化け、だろう。その隙間からは良く知る少年の笑顔が覗いている。

隣には子供らしいぷっくりした頬にヒゲを絵の具で描いて、ボサボサに金の髪を立て、ズボンからは作り物の尻尾がひょっこりと出て……もしかしたら狼男なのかもしれない。

そして最後に、とんがり帽子に黒いワンピース、ご丁寧に小型サイズの箒を持つ少女。



「…………どういう遊びだい、これは?」

「あのね、ハロウィンって言うんだって」

 ようやくピナコの口から出た質問に、小さな魔女がにこりと笑って答える。



「うちにあった外国の本に書いてあったんだ。その国では収穫祭が終わった頃、子供がお化けの変装をして近所の家を驚かして回るんだよ」

「そ! お菓子をくれなきゃいたずらしていいんだ! いたずらされたくなかったらお菓子をくれよな!」

 白いお化けが魔女を補足し、狼男がにかーっと笑って小さな掌をピナコに突き出す。



…随分前からやけに今日のお泊りを楽しみにしていたと思ったら、こういう事か。

年齢の割りに聡く、大人でも難しい錬金術の本を軽く読みこなす兄弟が自宅の書庫でまたも変わった本を掘り起こしたらしい。

尤も、その解釈が正しいかどうかはピナコにも判断つかないのだが。

兄弟の母の手作りであろう、ワンピースをひらひらさせる孫は何か得意気である。

ピナコは3人の侵入者をもう一度じろりと眺めると、そのまま彼らを置いて家の奥へと足を向けた。



「あ…」

「ばっちゃん…」

「お、おい…」

 瞬間、子供達のいかにもがっかりしたような空気が背中越しに伝わる。

ピナコは必死で笑いを堪え、わざと困った風に溜息をついてみせた。



「仕方ないね。いたずらの被害を広げる訳にもいかないし、ここはとっておきを出す事にするよ」

「やったあ!」

「ありがとう、ばっちゃん!」

「ほら、大成功だっただろ!」



 アメストリス国東部の戦争は日々悪化し、少しずつではあるがリゼンブールにもその影を落としている。

───それでも子供達の笑い声だけは永遠に続くといいのに。

子供達の笑顔を背に、そう願ってやまないピナコの隣で。

まるでピナコの気持ちに賛同するかのように愛犬が一声小さく吠えたのだった。










【おまけ】





「────そんな事もあったわねぇ」

「…だね。懐かしいなぁ」

 アルバムのページをめくりながら息をつくウィンリィに。

同じようにアルバムを覗き込んでいた、今はいかつい鎧姿の少年がしみじみと頷く。

そこにある写真に写っているのは、魔女を中心としたお化けご一行。

もう8、9年近くも前になるだろうか。あの日、せっかくだからと記念写真を撮って貰ったうちの一枚である。



「んだよ、そんな古いもん持ち出して。バッカみてぇ」



 しかし。ほのぼのとした雰囲気を面白くもなさそうにぶち壊す、今年16歳になる少年が一人。

たまたま弟と幼馴染みの後ろを通り掛かったエドワードとしては「そんな事より早く昼食の用意をしてくれ」と言いたいだけで特に悪気はないのだが、頭はいいくせに不器用な性格と口の悪さが災いする事は何気に多い。

瞬間。室内の気温が5度は下がった。……と、アルフォンスは思った。

幸か不幸か、今の自分の体では実際に体感する事はできないが。



「……ふーん。そんな事言っていいんだ?」



案の定、ウィンリィのいつもより格段に低い声と鋭い視線がエドワードに突き刺さる。



「あん? 何が───」

「人がせっかく水に流してあげようと思ってたのに。そうか、そんな事言うんだ」

「だから何だって────」

「あんたは忘れてるかもしれないけど、あの日──『お菓子をくれなきゃいたずらするぞ』ってあんたが言ったのはばっちゃんに対してだけじゃなかったのよね。…あろう事かあたしにも言ってんのよ、エド」

「え、そうだったの?」

「それがどうし─────ああああッ!!!」



 今の今まで自分の知らなかった事実に、アルフォンスが軽い驚きの声をあげ。

やっと何かを思い出したようにエドワードが叫ぶ。

ウィンリィはそんなエドワードを無視してアルフォンスに向かってにこりと微笑んで見せた。



「で、当然ながらあたしも自分じゃお菓子を持ち歩いてない訳よ。元々ばっちゃんに貰うつもりだったし、箒で手が塞がってたしね。そしたらこのバカ、『だったらいたずらしていいんだよな?』ってにやりと笑ってあたしのスカートをいきなり…」

「わーわーわーわー!!!!」

「……に、兄さん。まさか犯罪……」

アホ!! ガキの単なるスカートめくりじゃねーか、それくらいガキなら普通だろ普通!! 深い意味も何もない、そーゆートシゴロだったんだよ!!!」

「ああッ……あたし、もうお嫁に行けない……ッ!」

「不潔だよ兄さん。子供でも何でも、セクハラはセクハラ。それもボクがいない所でなんて、悪質だ。ここは責任とるのが筋ってもんでしょ」

「責任って何だよ!! ウィンリィてめ、わざとらしく泣きマネなんかすな!!!」

「酷いわエドッ! 乙女心をこんなに傷つけといて!! …………これは慰謝料として今回の整備代、2割増しじゃ済まないわよ」

「なっ……暴利だ───────!!!!」





───あれから幾年。いろいろあって、今の少年達は決して平和でも平穏でもないけれど。

それでもピナコが願ったように。───彼らの根っこの部分は昔と何も変わっていないのかもしれない。










04年10月某日の日記より。
台風で早く帰れたのを幸いとばかり、何書いてんでしょね私(笑)。
幼馴染み3人の力関係ってウィン>アル>エドのような気がしてならない今日この頃。

(05.03.05.再UP)