【恋せよ乙女】 ウィンリィ&メイ





「───え?」

「だから、ウィンリィさんはアルフォンス様とどういう関係なんですカ?」



 鉱山の町からブリッグズ砦へと向かう暗い地下通路の中。

一同で火を囲んでの休憩中、隣から唐突に向けられた質問にウィンリィは思わず聞き返した。

言わずもがな、質問の主は東の国シンから来たという少女・メイである。

そのやけに真剣な表情からして、退屈だから暇潰しに軽い会話でも…という理由でもなさそうだ。

そういえば彼女は初めて会った時──正確にはアルフォンスの鎧の中からウィンリィが出てきた時にも妙に突っ掛かってきていた。どうやらこの少女はウィンリィを一方的にライバル視しているらしい。

 ふと見れば周りの大人達も多かれ少なかれ興味を持ってこちらの様子を窺っているようだ。

それでもわざと余所見をしたり地図や文献を開いてみたりと、こちらの会話に気付かない振りをしてくれている。

おそらくメイにとっては真剣でも、大人達にしてみれば微笑ましいものなのだろう。

捕虜だったり一時の共闘だったり逃亡者だったりと、生きるか死ぬかの結構深刻な現状の中ではこの手の会話はいい気休めになるのかもしれない。



「ええと、アルが言ったように幼馴染……」

「それは聞きましタ。それ以上の関係はないのですカ?」

「え?」



 更に突っ込まれてウィンリィは目を瞬いた。

それ以上の関係……というと、あれか。コイビトだとか将来を約束しているとかそういう意味だろうか。

腕を組みつつ改めて考える。それはない。絶対ない。勿論、アルフォンスの兄エドワードに対しても答えは同じだ。

5歳の頃に兄弟揃ってプロポーズされた事はあるが、そんなのは幼い息子が母親に「大きくなったらお母さんをお嫁さんにする!」と言うのと同じレベルであり、一番身近な異性に対する子供共通のイベントみたいなものだろう。

当事のウィンリィも「あたしより背の低い男は嫌」という実も蓋もない台詞で幼馴染二人を一刀両断したのである意味お互い様な訳だが、あのプロポーズが未だに有効だとはいくらなんでも思っていない。

現に先日セントラルのホテルで昔の記憶の確認だとかでその時の話題が出たが、エドワードはすっかり忘れていたようだった。

だが。



「うん……ただの幼馴染、ではないかな」

「やっぱり!!」



 呟いた途端、メイが息巻いて乗り出す。

それを慌てて制して、ウィンリィは微笑んだ。



「ああごめん、そういう意味じゃなくて。あいつらは幼馴染……というより家族なの」

「……家族ですカ? 血の繋がりはないんですよネ?」

「うん。ばっちゃんと、デン…って家で飼ってる犬なんだけどね、それとエドとアルとあたし。うんと小さい時からずっと一緒にいたの。あいつらの両親がいなくなって、あたしの両親も亡くなって。楽しい時も辛い時もずっと一緒だった。あたしはあいつらを家族だと思ってる。凄く大切なの。あいつらの力になれるなら何だってするわ。……ヘン、かな?」



 尤も、あの兄弟が本当に辛かった時──亡くなった母親を錬成しようとした時、ウィンリィは力になれなかった。

兄弟に言うつもりはないが、その時の事は今でもウィンリィの胸の中にしこりとして残っている。

 ウィンリィは彼らを止める事ができなかった。助ける事ができなかった。彼らの計画に気付く事すらできなかった。

あの時、ウィンリィは彼ら兄弟と苦しみを分かち合うような──本当の家族ではなかったのだ。

それを悔しく思った事がないと言えば嘘になる。

弟子入りまでして必要以上に錬金術にのめり込んでいた彼らに何故もっと踏み込まなかったのかと後悔もした。

 だけど、今現在あの兄弟がウィンリィをどういう存在だと認識していようと、自分は自分でしかないから。

それでもウィンリィが彼らを大切に思う気持ちは本物だから。

彼らが自分を大切にしてくれているのも痛いほど分かるから。

先ほど傷の男と一緒に行くと提案した時も彼らは本気で怒ってくれた。心配してくれた。

だから自分はこれからも彼らの為にできるだけの事をしたい。彼らには絶対に幸せになって欲しい。

例えこの先、彼らがウィンリィの知らない誰か素敵な女性と結ばれる事になっても笑顔で応援したい。

……それについてはほんの少し……エドワードについてはもう少し多く、寂しさと胸の痛みを伴うかもしれないけれど。



───どれくらい沈黙の時間が流れただろうか。



「……ヘン、じゃないでス」



 やがて、静かな声と共に細く長い三つ編みが小さく左右に揺れた。

焚き火に照らされた少女の顔には、幼い顔立ちに似合わない複雑なものが浮かんでいる。

アメストリスでは珍しい白黒のネコがきゅ〜んとメイの肩の上で鼻を鳴らした。



「正直、よく分かりませン。私の国では…シンの皇族は、本当に血の繋がった親兄弟でも暗殺の対象になりまス。どんなに幼くても兄弟は皇位継承権を巡る政敵……隙を見せたら最後なんでス。父である皇帝とも殆ど顔を合わせる事はありませン。だから家族の絆…ましてや血の繋がらない家族の絆なんて想像もつかないのでス。だけど………少し羨ましいと、思いまス」

「メイ……」



 この少女は、この年頃にありがちな恋に恋する乙女というだけではない。

詳しい話は聞いていないが、おそらくウィンリィの想像以上に厳しい現実と血生臭い世界を見てきたのだろう。

だからこそ。たった一人と一匹だけで危険な砂漠越えまでして、異国の地にやって来たのだ。

小さな皇女の肩には弱小一族の命運がずっしりと圧し掛かっている。



「でモ!! 家族愛が真実の愛に!…なんてのは小説でもよくある事でス!!」

「…は?」

「ウィンリィさんはそのつもりでも、アルフォンス様の方はどう思ってるか分かりませン! ウィンリィさんもこれからアルフォンス様への真実の愛に目覚めるかもしれませン!」

「え、え、ええ!?」

「私、負けませんかラ!! 正々堂々戦いましょウ!!」



 両手の拳をぐっと握り締めての力説に加えて宣戦布告。

このバイタリティも流石は皇女と感心するべきなのだろうか。

 というか、ウィンリィは兄弟二人について語ったつもりだったのだが、思いっきりアルフォンスをピンポイントで指名されてしまった。

本人達の意思はどうあれ兄の方は全くメイの眼中にないのがいっそ見事である。

確かにぶっきらぼうでデリカシーがなくて男女平等と言いながら女の子を殴ってしまうようなエドワードに比べ、アルフォンスは紳士的で女の子に優しくて昔からモテていた記憶はあるが……少々極端ではなかろうか。

これはメイの趣味からエドワードがよほど掛け離れているのか、エドワードがメイに何か嫌われるような事をしでかして怒らせたのか。

その辺りの詳細が気にならないでもないが、かといってここでウィンリィがエドワードの良さを主張したところで余計な方向へ墓穴を掘るのは自明の理。



「えー……と……よろしく、ね………」

「はイ!!」



 何故か交わされる熱い握手。

ウィンリィは乾いた笑いと共に、パワフルな皇女様のハートを射止めたアルフォンスに向けて「色んな意味で頑張れ」と心の中でエールを送ったのだった───。





 その後ブリッグズ砦に入れない事を知らせに来たアルフォンス本人と合流し、幼馴染達の何気ない会話からウィンリィの想い人を察したメイが「ウィンリィさんって……物好きですよネ」と溜息をつく事になるのはもう少し先の話である。









書き掛けのまま1年半放置していたブツを発掘リメイクしたもの。今となっては懐かし過ぎる。
ところでメイのお母さんって健在なんでしょうかね?
全く話に出てこないのでメイが幼いうちに亡くなったのか、
それで余計に自分が頑張らなくちゃって考えてメイは砂漠越えしてきたのかなーと思ったり。
まぁそれ言ったらリンやランファンもお母さんの話が出て来ないので微妙なんですが。
鋼に出てくるお子様達は揃いも揃って両親に縁がない……両方健在なのって1人もいないんじゃ?(汗)

(10.09.25.再UP)