【嵐の前】 エド+日陰組





 パン。両の掌を合わせるのと同時に、薄暗い路地裏にバチバチと眩しい錬成光が光る。

ほんの僅かな時間差を置いて、工事現場の屑鉄置き場から失敬してきた数種類の金属片は金色の塊へと変化した。

刻印といい、どっしりとした重量といい、何処からどう見ても本物の金の延べ棒である。

実際に完全混じりっ気なしの純金なのだからどんなに精密に鑑定されても何の問題もないだろう。

───国家錬金術師の三大制限に反するという事以外は。

エドワードの周りを囲むように覗き込んでいた男達から感心するような溜息が洩れる。

物心ついた頃から錬金術に慣れ親しみ、真理まで見てきたエドワードにしてみれば複数の金属を原子レベルで分解・融合させ、別の金属に再構築する事など朝飯前なのだが、術師でない彼らからすれば何度見ても驚くものらしい。

エドワードは小さく苦笑して地面の上の金塊を拾うと、すぐ横に立っていたハインケルに手渡した。



「───ほらよ。じゃ、頼むなおっさん」

「ああ。とっとと行ってくるとするか」

「気をつけろよ」

「分かってる」

「帰ってきたら今日の夕飯は奮発しようぜ」

「お、いいねぇ。缶詰めばかりも飽きてきたところだ」



 エドワードから受け取った金塊をコートの懐に仕舞ったハインケルが路地裏を抜けて大通りの貴金属店に向かうのを、残りのメンバーが見送る。

上手くいけばこれでまた男4人が一ヶ月は生活できるだろう。

店に持ち込むのが何故ハインケルかというと、単に前回はダリウスが行ったから次はハインケルになったというだけの事である。

ここにいる全員が軍に目を付けられている以上、換金するにも同じ人間が連続で行くのは避けるべきだった。

尤も、外見上は少年であるエドワードやリン…グリードの場合、純金の塊を換金なんてしようものならそれだけで出所を疑われて警察沙汰になるのがオチなので、どちらにせよハインケルかダリウスが行くしかないのだが。

エドワードレベルの術師になればプラチナや銀など他の貴金属類を錬成して換金する事もやろうと思えば可能だが、1s単位の相場が分かり易く換金業者も多い金塊の方が何かと扱い易いだろうというのが全員の見解だった。

路地の片隅に積まれた木箱に座ってふう、と息をつくエドワードにグリードがクッと笑う。



「───錬金術師の良心が咎めるってか?」

「あ? 今更そんな甘い事言わねーよ。別に経済崩壊するほど大量の金を錬成した訳じゃねぇし、こっちだって食わなきゃ死ぬんだ。全部終わったら研究費から買い戻せば済む話だしな」



 12歳で国家錬金術師になってからエドワードの研究費口座には毎年数千万センズが振り込まれている。

その中で使う金といえば賢者の石を探す旅で使った2人分の旅費と生活費と壊した機械鎧の修理代くらいなので、口座が凍結されていなければ今でも名義上は何千万センズか手付かずで残っている筈だ。

最初から銀行で研究費を引き出せれば何の問題もなかったのだが、一度それをやって足が付いてしまったので同じ手は使えない。

あの時ダリウスに下ろしてきて貰った金の殆どは入院費に消えてしまい、どうせ見つかるならもっと多く下ろしておけば良かったと後悔もしたが後の祭りだった。

 だがそこは腐っても国家錬金術師、いくらでも当面の生活費を稼ぐ事はできる。

勿論、スカーをおびき出す為にセントラルでやった「何でも修理屋」のように錬金術を使ってその等価交換として小金を稼ぐ方法もあるにはあるが、今回はそんな素性が割れるような危険を踏む事もできない。

よって違法と知りつつ手っ取り早く安全で確実な手段に頼る事にした。

本当に後で買い戻せば済む話なのかは流通・法律的に難しいところであり、手付かずの研究費がそのままエドワードの手元に残るかも怪しいところだが───全てはリンの言っていた「約束の日」とやらが終わってからの話だ。

その時アメストリス国や軍がどうなっているかは、終わってみなければ分からない。

セントラルの地下にいる「お父様」とホムンクルス達がエドワードを「人柱」にして何かとんでもない事を企んでいるのは疑いようがなく、エドワードも弟の身体を取り戻す方法を探るのと平行して奴らの陰謀を止めるつもりで動いてはいるが、現実問題として今の戦力ではその計画を止められるかどうかも厳しい。

この国を牛耳ってる軍上層部が黒幕である以上、止めた後アメストリスがどうなるかも全くの未知数なのである。

表面上は未だ穏やかだが、この国は今まさに経済崩壊どころかアメストリス人全滅の危機に直面していた。

───あの、一夜にして滅んだクセルクセスのように。

 それらを考えれば、今少しくらい違法行為をしたところで些細な問題に思えた。

そもそもエドワードは国家資格を取得する前から国家錬金術師の「人を造るべからず」という規則に反しているのだ。

現在こうして軍……正確にはホムンクルスである大総統から隠れる形で「軍に忠誠を誓うべし」に反している以上、それに最後の「金を造るべからず」も加わったところで大した差はない。

こうして改めて並べてみると、若干15歳──もうすぐ16になるが──にして超級の重犯罪者もいいところだ。



「……買い戻せばいいとか、一度でいいからそういう事言ってみたいもんだぜ。俺がおまえくらいの年の頃は小遣い稼ぎに躍起になってたもんだがなぁ」



 エドワードの心情を知ってか知らずか、半ば羨ましげにしみじみと呟くダリウスを見たのも何度目か。

ダリウスとハインケルは戸籍上存在しない人間になっている為に軍に隠し口座を持っていたらしいが、どさくさに紛れて炭鉱事故で死亡した事にしたのでその口座が使えなくなっているのは確かめるまでもなく。

素性を偽って日雇い労働者として働くにしても、何処から軍にバレるか分かったものじゃないので今は極力人との関りを避ける必要があった。

よって病院に担ぎ込まれて一緒に行動するようになってからの生活費諸々は専らエドワードが担っていた訳だが、もっと金を錬成しろだの贅沢させろだの言わないのは、彼らも弁えているからだろう。

彼らのかつての上司キンブリーは自他共に認める相当いかれた人物だったが、幸か不幸かキメラに改造された部下達は揃いも揃って真っ当な人間だったらしい。



「ま、オレも色々あったからな。つーかゴリさんはともかくグリード! おまえ偉そうにオレらを手下にするとか自分がボスだとか言いながらどうやって食わせるつもりだったんだよ。まさか本当に1センズも持ってないとは思わなかったぜ」

「ゴリ言うなダリウスだ! おまえは何度言ったら────」

「ああ? ボスの為に働くのも手下の仕事だろうが」

「最初からオレをアテにしてたのかよ!!」

「頼りにしてるぜ錬金術師」

「おまえなぁ……」



 がははと悪びれもなく豪快に笑うグリードに、エドワードは思わず肩を落とした。

それでも不思議と怒る気になれないのは「ボス」……いや「仲間」としてのグリードを信頼しているからか、先程の言葉にいつだったかグラトニーの腹の中でリンに言われた言葉が重なったからか。



『…信用してるぞ錬金術師!』



 セントラル郊外の隠れ家で再会した時から一度も表に出て来てはいないが、グリードの中に確かにリンはいる。

グラトニーに飲み込まれ、リンと共にエンヴィーと闘ったのはほんの数ヶ月前の事なのに、なんだかとても昔の出来事のように思えた。

あれから色々な事があって、色々な事が新たに分かった。

自分も、今一緒に行動している彼らも変わった。

だけど過去に耽っている暇はない。

今はここにいる誰もが前に進むしかないのだ。



「お、ハインケルの奴戻ってきたか」

「あの様子だと上手くいったみたいだな」

「よっしゃ、飯だ飯! 今日は肉食うぞ肉!」

「おう!」

「ちょ、おまえら少しは自重しろよそれでなくても目立つんだから!!」

「どうせ今日の夜中にはこの街を出るんだ、構わねぇって」

「それよりエドはもっと食えよ、でないといつまでも小さいままだぜ」

「誰がどチビか──────!! オレが小さいんじゃなくておっさんらが異様にでかいんだよ!!!」



 ハインケルの方に向かってのんびりと歩き出したグリードとダリウスの後ろを、エドワードが慌てて追い駆ける。

今はこいつらを信じて、自分にできる事をするだけだ。

全てが終わった時に皆の笑顔を見る為に。





 その日。とある街の小さなレストランで、屈強な中年男2人に外国人の少年と金髪金目の少年という奇妙に目立つ4人組がその店の大食い記録を塗り替えたという──────。










特にオチも面白みもなくてすまぬ。
時期は年末〜年始くらい、日陰組結成からリゼンブールに戻るまでの中間くらいですかね。
ずっと考えていた「どうやって日陰組は生活していたか」を文章にしたかったのよー。
金がなければ何ヶ月も生活できんからね。あのメンバーで金ヅルはエドだけだからね。
そんな訳で結構いいとこ突いてるとは思うんですが……実際どうなんでしょ?
本当に錬金術で金が簡単に作れるのかというと怪しいんだよね(苦笑)。
1巻でボタ山から金を錬成してるエドですが、あれは一瞬ヨキの目を誤魔化す為のフェイク&すぐに戻してるからなぁ。
「少量でも金が含まれている大量の鉱物」から「金だけを抜き出す」なら簡単なんだろうけど、
原子レベルで0から金を合成するのは実はかなり厳しい気もします。
北用機械鎧は炭素繊維たっぷり含まれてるから炭素硬化が可能…って感じで一応のルールはあると思うのよ。
でも本当に金が作れないようなら「金を造るべからず」みたいな規則もないだろうし……
「超こち亀」でも両さんに金作れるだろと言われて「オレはできるけどね」って言ってたしね兄さん。
って事で今回は複数の金属から作った事にして誤魔化しました。
ふ、深く考えないでー!!

余談ですが、わざわざエドを小さいと言ったのはゴリさんなりの仕返しと思われます(笑)。

(10.07.31.再UP)