【閑話休題】 未来エド+マスタン組(乙女兄さんシリーズです。時期はエドウィン41と43の間) 「───で。昨日、今日の朝一に来るという連絡を入れておきながら、到着が昼になった理由は聞かせて貰えるんだろうな。汽車が遅れたという知らせは受けてないぞ」 国家錬金術師も引退して──ほぼ同時に制度そのものが廃案になったが──軍属でなくなったにも関わらず、何の因果か軍属時代よりも頻繁に訪れるようになったアメストリス国セントラル中央司令部。 そこで個人用の執務室を構える若き准将の一言に、エドワードはぎくりと頬を引き攣らせた。 准将の周りに全員集合しているいつものメンバーの視線が一斉に自分に突き刺さるのを感じる。 いや、違う。よく見れば一人だけ足りない。 東方司令部時代から続くメンバーの中で一番の良心とでも言うべき彼女が不在のせいか、准将を除く他のメンバーが何処か面白がってこの成り行きを見守っているように感じるのはエドワードの気のせいではないだろう。 「あー……スミマセン。寝坊、シマシタ……」 これは嘘ではない。本当にホテルのチェックアウトぎりぎりまで眠っていたのだから。 何故寝坊したのかまでを目の前の人物に正直に告げるつもりはエドワードには毛頭なかった。 少しでも言い訳しようものなら、確実にやぶ蛇になる。 それは先程エドワードをホテルまで迎えに来たアームストロング中佐とのやり取りで立証済みだった。 机の上で両肘を組むマスタングの目がすっと細められる。 「ほう、寝坊……か。それは悠長な事だ。ところでアームストロング中佐、エドワードは1人だったのかね?」 「ちょっ、それは関係ねーだろ!!」 反射的に叫んで、「しまった」と口を噤んでも遅い。これでは1人でなかったと自ら認めているようなものだ。 案の定、執務室が一気にざわついた。 「おい、マジかよ大将!?」 「女か!? 女なんだなこの野郎!!」 「エドワード君もそんな年頃になったんですねぇ……」 「み、皆さん、エドワード君にもプライベートが……」 数ヶ月前にシン式の治療とリハビリを終えて軍に復帰したハボックとブレダの突っ込みに、ファルマンとフュリーのフォローにもならないフォローが入る。 「相手は誰だ」「そりゃアレだろ、アルの言っていた幼馴染の彼女に決まってるじゃねーか」「ああ機械鎧整備師の」「ブロッシュの奴にも聞いた事があるが、長いブロンドに蒼い目のすっげー可愛い子らしいな。スタイルも抜群だとさ」「なんつー羨ましさだ!」「というか、エドワード君に他の女性をたらし込むような甲斐性はないでしょう」「確かに」という、腹立たしい事に完全に的を得たやり取りまでこちらに丸聞こえだ。 「───そうなのかね?」 黙って部下達のやりとりに耳を傾けていたマスタングが、エドワードではなくエドワードの後ろに立つアームストロングに視線を送る。それはもう質問ではなく、確認だ。 「は、はぁ………」 「………もういいよ中佐………ありがとな。そうだ、たまたまウィンリィもセントラルに用事があったから一緒に来たんだ。何か問題あるか」 うさぎの刺繍入りハンカチで額の汗を拭きながら言葉を濁らせるアームストロングに苦笑を向け、エドワードは改めてマスタングに向き直った。 人の良いアームストロングは黙っていると約束してくれたが、上官命令となれば仕方ない。 そもそも最初にマスタングとの約束の時間に遅れ、うっかり口を滑らせた自分が悪いのだ。 彼が暫く黙っていてくれたとしても、いずれ何処かでバレただろう。 昔は女関係の話題に少し触れただけで真っ赤になって激しく否定していた初心な少年が素直に認めた事に、背後で「おおお」と再びざわめきが走る。 「あの大将が認めたぞ!」 「本当に大人になったんですねぇ、エドワード君」 「そうかぁ、エドもとうとう大人の階段登ったか……オレも年をとる訳だ」 「〜〜〜さっきから喧しいぞ、そこの暇人組!! 仕事しろよ!!」 ダン!!と机を機械鎧の拳で叩き付けて後ろを睨みつけるも、昔のエドワードを知る大人達にはどこ吹く風。 次の瞬間、がたんと椅子が鳴った。 同時に背後から凄まじい殺気を感じて恐る恐るエドワードがそちらを見やると、かつて焔の錬金術師と呼ばれたこの部屋の主が氷のような笑みを浮かべて立ち上がり、何やら記号の書かれた白い手袋を両手に嵌めているのが視界に入った。 「そうか……朝一に司令部に来るという知らせを受けて朝から待機していた私を待たせておいて、君はお楽しみ中だったという訳か……私は二ヶ月振りのデー…市内視察をキャンセルせざるを得なかったというのに……」 「ちょ……ちょい待て大佐…じゃない准将!! なに発火布準備してんだよ!?」 「ああ、発火布ではないから安心したまえ。この国に錬金術がなくなった今、焔の錬金術は封印されたも同然だ。しかし君も知ってのとおり、世の中には錬丹術という便利な物もあってね。人一人をどうにかする術をマスターするくらい、私には容易い事だったよ」 「はぁ!? なんだそりゃ、反則くせぇ!!」 「諦めろ、エド。マスタング准将は今日の午前中ホークアイ大尉と視察予定だった計画を潰されて機嫌悪いんだ。お前だけいい目に合うのは面白くないから大人しく犠牲になれ」 「ごめんね、エドワード君……准将が君を待っている間、大尉が別の仕事に呼ばれてしまって。僕達もついさっきまで准将のとばっちりを受けていたんだ。だから今度は君の番でお願いするよ。骨は拾ってあげるから」 「ふ、ふざけんなぁぁぁぁ!!」 こんな連中が新政府の重要ポストにいるなんて、絶対世の中間違っている。 そう心の中で叫ぶエドワードはきっと正しいのだろう。 じりじりと間合いを詰めてくるマスタングを警戒しながら後ろに下がるも、大して広くもない部屋ではすぐに壁にぶち当たってしまった。 純粋な格闘技ならばおそらくマスタングよりエドワードの方が(年齢的に)有利だろうが、彼の新しい術の正体が分からない限り下手に動く事はできない。 何より、いくらエドワードが直属の部下ではなくなったとはいえ准将クラスの人間に一般人が危害を加えて(逮捕的な意味で)無事でいられるとも思えない。 冷や汗を流すエドワードを余所に、マスタングは静かに次の一言を放った。 「………で。どうだったんだ?」 「……は?」 「彼女との事だ。人生の先輩達が、ちゃんとできたか一部始終を聞いてやろうと言うのだ。場合によっては、それで許してやらん事もない」 「何処のエロ親父だテメェは────!!!!」 准将の言葉にうんうんと大きく頷く外野達が視界の端に映り、エドワードは今度こそがっくりと肩を落とした。 本当にこの国は終わっているのかもしれない。いや、それだけ平和になったという事なのだろうか。 なんだか恥とか外聞とか一気にどうでもよくなってしまった。 「………ねーよ………」 「何?」 「だからっ、あいつとは一緒に泊まっただけで何もなかったっつってんだよ!!!」 こうなればヤケだ。笑いたければ笑え。 キッと真正面からマスタングを見返すエドワードに、准将は意外そうに目を瞬いた。 「……そんな言い訳が我々に通用するとでも? 部屋は同じだったのだろう?」 「本当なんだから嘘ついても仕方ねぇだろ!!」 「……まさか、今まで一度も? アルフォンスから君と彼女が漸く想いを通わせたと聞いていたが、それから1年は過ぎているだろう?」 「って待て、アルの奴そんな事まで報告してたのかよ!?」 「私の情報網を甘く見ない事だな。今はシンへの親善大使として国を離れているが、軍を離れた君と違ってアルフォンスは正式に私の部下だ。部下の身内の状況を知るのは上司の務めでもあるのだよ。それより、本当に昨夜は泊まっただけで手を出していないのか? 今までも?」 「だから何度もそう言ってんだろが!! 第一、オレは18になるまであいつに手ぇ出さないって決めてんだよ!!」 「……なんでまた18?」 「あいつが大切だからに決まってんだろ!! オレがウィンリィに見合うだけの男になるまで、胸を張って責任取るって言えるようになるまで気安く手なんか出せるかよ!!」 しーん、と一瞬部屋が水を打ったように静まり返る。 そして。 「それでこそ大将だよな!!!」 「ぃで!?」 いつの間にこちらに近寄ってきていたのか。 ハボックにバーン!!と全力で肩を叩かれ、エドワードは思わず苦痛の声を上げた。 身体ごと吹っ飛びそうな容赦ない一撃に涙が浮かびそうになる。 1年以上軍籍を離れていたハボックだが、脚のリハビリをする間に腕力は人並み以上に強化されていたらしい。 「は、ハボ……っ、なにすん……っ」 「いやぁ、なんだか安心したぜー。ちょっとだけでかくなってもエドはエドらしいっつーか。そーかそーか。今、お前さん17だっけ?」 「そうだけど、それがどう……つか、ちょっとだけでかくって何だよ、だいぶ背ぇ伸びたっつの! まだ伸びてるし!!」 「あと1年弱ってところか。色々辛いだろうが頑張れ、青少年。応援してるぞ」 「……ブレダ中尉までなんでそんなに嬉しそうなんだよ……そしてオレの主張は無視かよ……」 「うーん青春ですねぇ。私にもそんな時代があった覚えが……」 「いいなぁ、エドワード君。ちょっと羨ましいよ」 次々と周りに集まってきた軍人達が、エドワードの頭をぐしゃぐしゃと撫でたりバンバン背中を叩いたりと好き勝手な事をしては自分の仕事に戻っていく。 そしてマスタングもまた、溜息ひとつを残してエドワードに背を向けると、手袋を外しながらすたすたと自分の執務机の方へと向かった。 「お、おい、たい…准将!?」 「……なかなか面白い話だったよ、エドワード。長い間苦労を掛けたんだ、どうせなら彼女を生涯幸せにしたまえよ」 「お、おう。言われなくても!」 「……否定もしないか。本当に大人になったものだな」 「………え……あ!」 「しかも無意識ときたか。そういう単純で分かり易いところは昔から変わらないな」 「余計なお世話だ!! それよりさっきの奴……錬金術ならともかく錬丹術を仕込める手袋なんてアルにも聞いた事ないぞ、原理を教えろよ!」 真っ赤になって話を逸らすエドワードに、どさりと席に腰を下ろしたマスタングがさも楽しそうに笑う。 そして机の上に放り投げられたのは、何の意味もなさない記号が羅列されただけの何の変哲もない白い手袋。 「そんな都合の良いものがある訳ないだろう。ハッタリだ。やはりまだまだお子様だな、エドワード」 「っな──!?」 堪えきれないとでもいうように執務室が爆笑で包まれる。 その直後、執務室に戻ってきたホークアイ大尉が全く仕事を進めていなかった准将に雷を落としたり。 遅刻の罰としていつも以上に……それこそ馬車馬のようにセントラルで働かされたエドワードが約2週間の仕事を終えて帰郷する際、紙袋いっぱい分の「写真雑誌」やら「グッズ」やらが土産という名で軍部有志よりカンパされたり。 その場で捨てるに捨てられずリゼンブールまで持って帰った大量のそれを、数ヵ月後お約束のようにウィンリィに発見されてエドワードが顔を青くする事になるのはまた余談である。 アメストリスは、今日も平和なようだった─────。
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