【Rice cake】 映画その後兄弟 「…………」 一際強い風が吹いたのだろう。カタンと大きな音を立てて揺れた窓に、エドワードはふと顔を上げた。 机の横の小窓から見える外の景色はこの数ヶ月変わらない。 薄汚れた下町の裏通り。ざわざわと落ち着かない喧騒。どんよりと曇った空。埃っぽい空気。 ───何もかもが生まれ育った村とは違う。 あの澄んだ青い空と緑の大地、のどかに放牧された羊達を最後に見たのはいつの事だっただろうか。 朝から何時間も紙の上を走らせていたペンを握る指に、無意識に力が入った。 「ただいまー……って、どうしたの兄さん思いつめた顔して」 「おう、アル早かったな」 ガチャリと扉を開けて部屋に入ってきた15,6歳の金髪の少年に微かに笑ってみせる。 尤も、本当に笑えていたかどうかは微妙なところだ。 それに対してアルフォンスも深くは追求しない。 胸に抱えていた紙袋をテーブルの上にどさりと置き、ひとつずつ中身を取り出していく。 「別に早くはないよ、今はどこも品不足で買出しも楽じゃないね」 「……悪いな、任せちまって」 「適材適所。その分その論理を早く完成させてくれた方が嬉しいよ。兄さんより僕の方がこういうのは得意だしね」 ほら、と何やら丸いものを放り投げられ、エドワードは慌てて空中でそれを受け止めた。 機械鎧の右腕はまだ大丈夫、ちゃんと動く──だが整備師なしで一体いつまで耐えられるのか? ───自分は「あいつ」なしで生きる事ができるのか? あの時から常に抱えるようになった不安を抑え、冷たい掌を開く。 「……なんだこれ」 「市場で見つけたんだ、珍しいでしょ。お餅、だよ」 「モチ?……ああ、米から作る非常食か。この前読んだ中国の本に載ってた」 「まさかそのまま中国から流れてきたって訳じゃないだろうけどね。年越しに食べるものらしいから、ちょうどいいかなって」 「それはいいが、どうやって食べるんだこれ」 「さあ? 適当にフライパンかオーブンで焼いてみる?」 「分からなくて買ってきたのかよ……」 「これは買ったんじゃなくて、戦利品。たまには面白さを求めても罰は当たらないと思うよ」 「おいおい」 楽しげに数個の餅をテーブルに並べる弟に「何の戦利品だ?」とは訊けず、苦笑する。 この弟なら誰に何で勝ってもおかしくない気がするのは何故だろうか。 同時に。 アメストリスには存在しない珍しい食べ物を見ると、好奇心旺盛な幼馴染が思い出された。 『うわぁ、面白い! どうやって食べるの!?』 『エド、アル! ほら手伝ってよ!』 笑顔で自分達兄弟を呼び、心尽くしの手料理でもてなそうとする彼女の姿が容易に思い浮かぶ。 故郷とも離れた街で最後に彼女に会えたのは幸運だったとしか言えないだろう。 あの日から季節は何度も巡った。 エドワードが大人になったように、彼女もまた大人になったのは間違いようがない事で。 美しい大人の女性となった彼女を想像する事は難しいが、どんなに年月が経っても彼女の自分達に対する態度は変わらないだろうと確信できた。 ──結局のところ、今の自分は何をしても何を見ても彼女の事を思い出すのだ。かなり重症と言えるだろう。 「ウィンリィにも食べさせてあげたいね」 考えを見透かされたように言われ、思わず弟の方を見やるとにこりと笑うアルフォンスと目が合った。 「……アメストリスには米もねぇぞ」 「シンならあるんじゃない? 文化的にこっちの中国と似ているもの」 「食べ方以前に、作り方だって道具だって──」 「それこそ錬金術でなんとかなるでしょ」 「…………………」 ダメだ。やっぱりこの弟には勝てない。全部、見透かされている。 エドワードは大きく息をつくと、アルフォンスに向けて手にしていた餅を勢い良く投げた。 難なく片手でキャッチした弟に、ビシッと鋼の指を突き付ける。 「マズイってあいつにスパナで殴られたらおまえも連帯責任で殴られろよ!!」 「あはは、喜んで。とりあえず、今あるこれを美味しく食べられるよう努力してみるよ」 上機嫌で台所へ消えていく弟に背を向け、夕食までの少しの時間も無駄にしないよう机に再び向かう。 バレバレで結構。それくらいでメゲていては、この波乱万丈の人生とっくに終わってる。 手元にはいくつもの錬成陣と計算式、航空技術に宇宙科学に魔法陣。やらずに後悔なんてナンセンス。 機械鎧の不安云々は単なる口実だ。 遠く離れてから気付いた想いを、なかった事にしたくはない。 ───決して諦めない。 弟の身体を取り戻す事が出来て、それしきの事が出来ない筈がない。 だから再びあの国へ。大切な人の待つ場所へ帰ろう─── 正月明け、インフルで篭り中に日記に書いたブツをちょっとだけ加筆修正。初映画話。 |