【わすれない】 ウィンリィ独白 ぱたぱた。ぱたぱた。 愛用のサンダルで廊下を軽やかに走る音が古い家に響く。 ウィンリィ・ロックベルは忙しい。 本格的に機械鎧技師として生きる道を選んで2年。 まだまだヒヨッ子にも満たない駆け出しの少女には、覚えるべき事も磨くべき技術も山ほどある。 技師装具店を切り盛りする祖母の仕事の手伝いは勿論の事、分担されている家事や愛犬デンの世話も疎かにはできない。 時間はいくらあっても足りず、1日は驚くほど短かった。 「…トーマスさんとこのニックお爺さん……来週末の10時、2回目の動作チェック…と」 本日最後の患者を玄関まで見送り、小走りで診察室に戻る。 そこで祖母の作成したカルテを見ながらカレンダーに必要事項を記入し、手術や診察の予定を調整するのもウィンリィの仕事だ。ちょうど月末だった為、いつものようにぺらりとカレンダーの1番上の頁を捲り、週末の欄に書き込もうとして。 (あ………) 明日から10月だという事に、やっと気付いた。どうりで少し肌寒くなってきたはずだ。 無意識のまま、ウィンリィの目はカレンダーの一点で止まる。 10月3日。 ちょうど1年前───幼馴染の少年達がリゼンブールを旅立った日。 赤い炎の前で赤いコートをはためかせていたエドワード。 『泣き虫なのは変わんねーな』 (……何よ、自分の方が泣きそうな顔してたくせに) ウィンリィ自身、物心ついた頃から毎日のように出入りしていたエルリック家。 あの家を飲み込んだ炎を、あの時の幼馴染の顔を、声を、自分は一生忘れる事はないだろう。 じわりと自然に浮かんできたものを、ごしごしと目の淵を擦る事によってどうにか誤魔化す。 あれから1年。 長いようで、本当にあっという間だった。 ───少しは、自分は成長したのだろうか。きちんと彼のサポートをできているのだろうか。 顔を上げると、診察室の窓からすっかり暗くなったリゼンブールの空と一番星が見えた。 今頃、あの兄弟もどこかの街で同じように星を眺めているのだろうか。 もしかしたら図書館にでも篭ったまま没頭して動かない兄を、しっかり者の弟が無理矢理ご飯に引っ張り出している頃かもしれない。 (……ったく、あの馬鹿は全然連絡も寄越さないんだから) 数ヶ月振りに帰って来たと思えば、鋼鉄製の機械鎧をボロボロにしているのだから始末に終えない。 お土産なんかで誤魔化そうという魂胆は気に食わないが、機械鎧を壊した理由を彼らが言いたがらないのなら無理に聞き出す事はできなかった。 それでも、エドワードはウィンリィを専属整備師として認めてくれた。信じてくれた。 機械鎧は人体に直接装着する精密機械であり、普通の義肢に比べて格段に高価だ。 その性質上、優れた機械鎧技師の熟練の技術と経験が必要不可欠である。 合わない機械鎧を無理に装着した場合、それでなくとも四肢を失って弱っている患者の身体に取り返しのつかないダメージを与えてしまう事さえあるのだ。 エドワード以外の一体誰が、ピナコの全面的なサポートがあったとはいえ僅か11歳の少女が作った機械鎧を装着してくれるだろうか。サポートすると宣言したウィンリィを笑わずに受け入れるだろうか。 あの時もし、彼がウィンリィの申し出を断っていたら今のウィンリィはなかったかもしれない。 「……よっし、あたしも頑張らなきゃ!!」 カレンダーへの記入を終え、大きく伸びをする。 ────頑張ろう。 少しでも早く、一人前の整備師になろう。彼の期待に応えよう。 彼らが元の身体を取り戻すまで、サポートするのだと決めたのは他でもないウィンリィ自身。 そして───焼けてしまったエルリック家の代わりに、自分が彼らの『家』になろう。 彼らが帰る場所は消えてはいない。 ここにちゃんとあるのだと、教えてあげよう。 「───ウィンリィ、何してるんだい? そっちが終わったら夕飯の支度を手伝っておくれ」 「あ、はーい!」 台所から届く祖母の声に慌てて返事をする。 そういえば、昨夜ピナコが言っていた。今日の夕食のメニューは──── ウィンリィは小さく笑うと、まずは彼らの好物であるシチューのレシピをマスターすべく診察室を飛び出したのだった。 何年も鋼やってて初めて真面目にやった「忘れるなの日」記念SSです。 |