【破壊の裏側】





 カツ、カツ、カツ。

ズシャ。バキ。ドカッ。

カツカツカツカツカツカツ。

ギャォォォン。ポロロン。バシュッ。


 
 大小4人分の靴音に続き、黒い影が縦横無尽に剣を振る音が古い遺跡に鳴り響く。

何度となく繰り返される音。動作。



───そして、殆ど変わらぬ景色。



「…………ルック様。」

「……何だ、アルベルト。」

「………………道に迷っておられるのですね?」

「…………………」



 先頭を歩く人物の無言の返事は肯定となんら変わりはない。

軍師アルベルトは赤毛を揺らすと、大きく溜息をついた。







「だから言ったじゃないですか、さっきの分かれ道は右に曲がるのだと。」

 破壊者御一行が真の水の紋章を解放すべくシンダル遺跡に入ってから既に数時間が過ぎている。

それなのに目的地に着く様子もなく、ただただ同じような景色が続くばかり。

下手に雑魚モンスターの相手をしてしまったが為に、(一応)リーダーである仮面の神官将と女魔術師の紋章使用回数もとっくの昔に限度を超えてしまっている。

今では唯一の肉体派戦闘要員である黒ずくめの男の剣に頼って辛うじて前に進んでいる状態だ。

周りは雑魚モンスターばかりとはいえ、数が多ければ馬鹿にできない。

ろくな回復手段がない以上、このままでは全滅も考えられる。



───各々の最終目的は違えど、真の紋章の破壊などという壮大な計画を企む破壊者ズとしてはかなりマヌケだ。



「何を言うのですアルベルト。ルック様は深いお考えがあって遠回りされてるに決まってるじゃないですか。ええきっとそうです。そうに違いありません。誰が何と言おうとセラだけはルック様を信じていますから。」

「セラ……有難う、もういいよ。」

 女魔術師セラのフォローしているのか追い詰めてるのか分からない台詞に、仮面の神官将ルックがふるふると首を振る。

趣味がいいとは言えない仮面のせいでその表情は窺えないが、もしかしたら涙ぐんでいるのかもしれない。

「…ところでずっと疑問に思っていたんですが、いつもの転移魔法は使えないのですか?」

 ルック様命のセラには意見するだけ無駄だ。

歩き通しで棒のようになった足を宥めながら、アルベルトはさり気なく話題をずらす事にした。

 そもそもルックもセラもついでに黒ずくめの男ユーバーも、転移の術が使える筈だ。

彼ら独特の技術なのか瞬き魔法とは微妙に違うそれを、幾度となくアルベルトも利用していた。

紋章のあるその場所まで直接テレポートできれば何もこんな苦労をする必要はないのだが。

当然の如くそう考えるアルベルトに対し、セラの透き通った蒼い瞳がす、と侮蔑の色を示した。

なまじ美少女であるだけにこういった表情はいっそう冷たい印象を受ける。

「この遺跡には封印の術が巧みに施されていたのですよ。入り口はどうにか解けたものの、内部には未だその術が残っています。必要以上に干渉すればどうなるのか予想もつきません。それくらい分からないようでよく軍師を名乗れますね。」

「………………勉強しておきます。」

 本当に、ルック以外には容赦のない娘である。

思わず拳を握り締めるアルベルトだが、ここで拳に訴えようと考えるほど愚かではない。

単に己が頭脳労働派だという理由だけではない。

口には出さないが彼女に勝てる自信はないのだ────魔法抜きでも。

ルックはセラを恋人…というより我が娘のように可愛がっており、セラもルックの前では可憐な少女ではある。

しかしその実、魔法よりもロッド攻撃こそ最強だと代々続く軍師の血が見抜いていた。

現に今も疲れの色を隠せないアルベルトやルックに対し、彼女はぴんぴんしている(ユーバーは人外の為、最初から除外)。

勝てない戦いはしない。それが軍略の基本である。





 と。

「…腹減った。」

 今まで無視を決め込んでいた人外の男がいきなり口を挟んだ。

「ガス欠ですか、ユーバー。燃費の悪い男ですね。」

 旧シンダル語なのかそれとも別の言語なのか、博識を誇るアルベルトにしても『がすけつ』なる単語の意味は分からないが、明らかに見下した口調でセラが眉をひそめる。

会話に割り込まれたのがお気に召さなかったらしい。

 アルベルトに対する以上に、ユーバーへのセラの態度は冷たい。

何かと不遜な態度をとる男を目的の為とはいえルックが重宝するのが面白くないのだろう。

同時に生理的に相容れないものがあるらしいが、アルベルトに言わせれば方向性が違うだけの同属嫌悪ではないかと思われる。

そして当のユーバーはセラの冷たい視線を知ってか知らずか、気にする様子もなくあくまで我が道をゆくのが常であった。



……つくづく、よくこれでパーティを組めたものだ。



「………ぼくも少し疲れた。休憩にしよう。」

 悲しきかな中間管理職…ではなく(一応)リーダー。

不穏な空気を感じ取ってか、ルックが間を取り成した。

「そうですね。わたしも少々疲れました。お弁当にしましょう、ルック様。」

 途端にセラの顔に美しい笑みが浮かぶ。

全てはルック様の仰せのままに───毎度の事ながら見事な変わり身である。

口では疲れたと言いながら全くそんな素振りは見せず、いそいそと何処からかレジャーシートと風呂敷包みを取り出すセラの後ろでルックがそっと溜息をついたのは見なかった事にするアルベルト。

 やがて、ここがモンスターの巣の真っ只中だという緊張感の欠片もなくシートの上に風呂敷が広げられた。



───セラの初期装備、「おべんとう」が4つ。



「…………………ちょっといいですか、セラ殿。」

「何ですか、アルベルト。」

「これってリザードクランを襲撃した時に持っておられたのと同じでは?」

「よく分かりましたね。」



(───絶対腐ってる!!!)

 アルベルト、心の叫び。

一体あれから何日過ぎたと思っているのか。少なくとも数週間なんて可愛いものではない。

それでなくても無駄に暑いカラヤクランやカレリアを通過しているのだ。

人外のユーバーや鉄の胃を持っていそうなセラなら大丈夫のような気もするが、できるものなら自分は謹んで辞退したい。

そんな怪しげなものを食べるくらいなら道端に生えてる雑草…もとい薬草を食べた方がましだ。

「セラ……あれから随分経つけど大丈夫なのかい?」

 ああ。面と向かってセラに問える上司が今は神様(がいるとすればだが)のように輝いて見える。

ルックの至極当然な質問にセラは誰もが息を飲むような素晴らしい微笑みを浮かべてみせた。



「大丈夫です。わたしの愛情が詰まっていますから。」

「そうか…それなら大丈夫だな。」



(この親馬鹿が───────!!!)

 この娘にしてこの親あり。結局ルックはセラに逆らえないらしい。

しかも本人、なんだかんだ言って幸せそうである。

これでアルベルトが逃げる道は完全に失われた。

なにせ、あのセラがわざわざ「4人分」用意しているのだ。ルックの分だけではなく。

どんなに協調性がなくともパーティメンバーであるからには彼女なりに体裁を考えたのだろうが、ここで自分だけ拒否したりしたらどうなるのか考えたくもない。

「これがアルベルト、こっちがユーバーの分です。じっくり味わって下さいね。」

 目の前にぽんと置かれた弁当箱を遠い目で見つめるも、それで存在が消えてくれる筈もなく。

何の変哲もない長方形の箱が今は異次元へ繋がっている扉のように思える。

蓋を開けるのがひたすら怖い。



「ルック様、あーんして下さいませ。」

「い、いいよセラ…自分で食べれるから…」



 その時、これでもかという馬鹿ップルの見本のような会話が隣から聞こえた。

反射的に顔を上げると、上手い具合にルックの弁当箱の中身が見える。

3色おにぎり、鶏の唐揚げ、卵焼き、きんぴら、シャケの塩焼き、タコウィンナーにプチトマト。

…意外にまともである。風に乗って微かに漂う匂いも特に怪しげではなく、普通だ。

アルベルトの視線に気付かないのか気付かない振りをしているのか、とうとう根負けしたようにセラが手ずから差し出した卵焼きを頬張るルック。

因みに仮面を付けたままでは食べられないので流石に今はそれを外している。

次の瞬間、ルックの瞳が輝いた。



「凄い、凄いよセラ! ぼくの技をここまで受け継いでいたなんて!」  

「有難うございます。でもまだまだルック様の腕前には適いませんわ。今度はシフォンケーキの焼き方を教えて下さいね。」

「もちろんだよ。レックナート様が好きで昔散々作らされたから、あれには自信あるんだ。」



………どうやらセラの料理の師匠はルックらしい。

レックナート様は全く家事をしない人だったからなぁ、と遠くを眺めながらしみじみと語る神官将の言葉には言い表しようのない深みがあった。

───本当に貴方達は真の紋章の破壊なんて大それた事を考えてるんですか。

ていうか何があったんですか、その人の下で。

本人に聞きたいのはやまやまだが、なんだか触れてはいけないような気がする。

 とにかく、どんな魔法が弁当に掛けられているかは知らないが、食べてすぐどうにかなるという事はなさそうだとアルベルトは必死で己を納得させる事にした。

目線を己の前に置かれた箱に移し、覚悟を決めて蓋を外す。



「………………」

 時間が、止まった。


 
(───お約束か!!!)

 そこにあったのはルック用の弁当…の残骸としか言いようのない物体。

いやそれともコレが本来の正しい姿と表現すべきなのか。

おそらくこの茶色の物体は唐揚げの出来損ない、こっちは元シャケの塩焼き。

この真っ黒なモノは…何だろうか。

 パコ。

すさまじい異臭を放つそれらを視界から遮るべく、アルベルトは静かに蓋を被せた。

もういい。少しでも期待した自分が愚かだった。

自分は彼らとは違ってごく普通の人間なのだ。

これを食べるくらいなら安らかな死を選ぼう。

…そういえば。

「…ユーバー?」

 すっかり失念していたが、さっきまで隣にいたはずの黒ずくめの男がいつの間にやら消えている。

しかも彼の分の「セラ特製弁当」は既に空っぽだ。

一体どんな技を使ったのか、蓋の開いた米粒ひとつ残っていない弁当箱がぽつんとシートの上に残されている。

………恐るべき人外。

おそらくユーバーの分の弁当もアルベルトと大差なかっただろうに(いや、もっと容赦なかった可能性の方が高い)、あっさり片付けてしまった男に今は尊敬に近いものすら感じてしまう。

上手くやればあの男に自分の分の弁当も片付けて貰えるかもしれない。

いや何としても彼に食べさせる。己が生きる為に。

「ユーバー、何処にいるんですか?」

 涼しい顔で非情な事を考えつつ、姿の見えない男を呼ばわる。

いくら協調性のない彼でも一人で先に進む事はないだろう。この辺りにいるとは思うのだが。

「何だ?」

「うわっ!?」

 唐突に真後ろから返事が返ってきて、アルベルトは思わず飛び上がりそうになった。

慌てて振り返ると、いつ戻ったのか、黒ずくめの男が相変わらずの仏頂面で突っ立っている。

…どうでもいいが、この男に黙って背後に立たれるのは酷く心臓に悪い。

本人は無自覚だから余計に。

アルベルトはひとつ咳払いしてどうにか平常心を繕うと、本来の目的を遂げるべく慎重に言葉を紡いだ。

「いえ、大した事ではないのですが。あなたの事ですからお弁当も一人前では足りなかったのではないかと思いましてね。」

 極力にこやかに。自然に。

「心配ない。生きの良さそうなのを調達してきた。」

 だが、こちらの意に反してユーバーはあっさりと答えてみせた。

そして背後にぶら下げていたものをぬっと突き出す。



「…アイウオ〜。」

 そこにあるのは何処で見つけてきたのか、風呂敷を首に巻いた黒い犬。

首根っこを掴まれた犬の、なんとも言えない哀愁の漂う鳴き声がその場に響いた。



「………まさか………」

「お待ちなさい、ユーバー。」

 嫌な考え(しかもたぶん間違ってはいない)に一瞬言葉を失ったアルベルトの声に静かな女の声が被さった。

こちらを見咎めたらしいセラの形の良い眉がしかめられている。

彼女とて年頃の娘。この犬の運命を哀れむくらいの情は持ち合わせているらしい。



「犬は赤毛の方が美味しいのですよ。」

「そうか。つまらん。」



(────そこかぁぁぁぁぁ!!!!)

 ぽいっと放り投げられた風呂敷犬が一目散に逃げていくのを遠い目で見送りながら、心の中で突っ込むアルベルト。

やっぱり、この2人は同属だ。

決して犬を助けようとしただけではない、セラの本気の目がそれを語っている。

そんな彼女を眺めながら「本当に逞しく育ってくれたね…」などと目頭を押さえて呟く親馬鹿…もといルックの頭に蹴りを入れたい衝動にかられるアルベルトは果たして間違っているのだろうか。

思想はどうあれパーティメンバーで唯一の常識人だと思われた少年(注:姿だけ)も、所詮こういうキャラだったらしい。

 一方、ユーバーはアルベルトが父娘に気を取られている間にさっさと次の獲物を探して姿を消してしまっている。

次に彼が捕らえてくるのは青いドラゴンか、人間の顔が埋め込まれた柱か、ハープを抱えた人魚もどきか。

どちらにせよ、自分の目の届く範囲でそれらを料理するのだけは止めてほしいと切に思う。



「ところでアルベルト。あなたの分のお弁当がまだ残っているようですが、まさか食べないなどとは言わないでしょうね?」



 そして。爽やかな笑みを浮かべながらロッドを握る手に力を込める少女の姿に、職場に恵まれない軍師は本気で早期転職を考えたのだった。






 数時間後。真の水の紋章を開放するべく訪れたジンバ及び英雄達の前にようやく現れた破壊者御一行だったが、そのうちの約一名は何故か既に半死半生状態であり(黒ずくめの男にずるずると引き摺られて登場)、彼の弟に何とも言えない哀れみの目を向けられた事によって再起不能になったとかなんとか────。







────天才軍師(たぶん)アルベルトと愉快な仲間達の明日は、どっちか。

それを知るのは遥か遠い国の塔に住む長い黒髪の女だけ…なのかもしれない。








                  【これでいいのか初登場だよ破壊者ズ座談会】

作者「本気で久々のキリリク消化です。………難しいってのお前ら─────!!!(叫)」

軍師「人をここまでコケにしておいて何を言ってるんですかね。

   そもそもキリリクを変更させて貰うという時点で人として間違ってるでしょう。」

湯葉「ふん、面倒なものだな人という奴は。」

セラ「お前に訳知り顔で説かれたらお終いですね。」

仮面「まぁ、作者に人の自覚があるかどうかも怪しいけどね。」

作者「喧しいわっ! つか、私もここまでお前らが難しいとは思わなかったんだよ。

   魔人熱は冷めつつあったけどルクセラ風味のギャグならなんとかなるだろうと軽く考えてたら、

   纏まらないったらありゃしねぇ。おまけにアルベルト! お前の言葉遣いにどれだけ悩んだか!

   ルックに対しては敬語。それはゲーム見てれば分かる。けどセラやユーバーに対しては?

   結局分からなくて中途半端に敬語で統一して、もう何が何やら…(涙)」

軍師「それ以前に誰もが考える安易なネタに縋ろうというのが問題ですね。(キッパリ)」

作者「ああそうだよ悪かったなコンチクショウ─────!!!(脱兎)」

軍師「言い忘れましたが、そっちは崖ですよ。………遅かったようですね。(さらり)」←根に持つタイプ

仮面「それじゃ、行こうか。無駄に時間を潰してしまった。」

セラ「はい、ルック様。セラは何処までもあなたについて行きます。」

湯葉「腹減った。」

軍師「……………(←結局まだこのメンバーから抜け出せていない自分に密かに泣いているらしい)」







ギャグのくせに全くオチがないです(最悪)。
すみませんすみません瀬里さん、
わざわざ外法帖から幻水にリク変えさせたのにこんなのになっちゃって…っ。
破壊者御一行は嫌いじゃないんですよこれでも。
寧ろ本編が「ふざけんなテメェv」な分、ギャグユニットとしては好きです。
でもいざ一人一人書こうとするとキャラが掴めなくて難しいったらありゃしねぇ(涙)。
彼らのファンの方々には大変申し訳なく…(土下座しながらフェードアウト)