【逆転乙女】後編 4月21日 午後8時35分 レストランの連なる繁華街。 「ごっはんーごっはんー♪」 アーケードの明かりも眩しい歩行者天国を、三人の若者が並んで歩いていた。 正確に言うと、先程から調子外れな音階で楽しげに歌っている小柄な少女(コスプレとしか思えない風変わりな和風衣装を纏っている)を先頭に、20代半ばと見られる男二人がのんびりと後を追っているといった感じだ。 その男達も、一人は心底疲れ果てたといった様子でくたびれた青いスーツを着ており、もう一人はオマエ何処の国の生まれだよと問いたくなるようなヒラヒラスカーフを夜目も眩しくなびかせている。 …傍から見れば怪しい事この上ない組み合わせであるが(実際、他の通行人は明らかに彼らを避けているのだが本人達は気付いていない。慣れとは怖い)、紛れもなく綾里真宵、成歩堂龍一、御剣怜侍の三人である。 彼らが成歩堂法律事務所から程近いこの繁華街を今頃歩いているのは、真宵の歌が表しているようにこれから揃って少し遅めの夕食を摂る為だった。 「ホントのホントに奢りなんだろうな、御剣。」 「しつこいぞ成歩堂。悪いようにはしないと言っただろう。一応、迷惑を掛けたようだからな。」 「一応じゃなくて本当に迷惑だったんだよ。」 「なるほどくん、いい友達持ったよね〜。」 「………説得力ないよ、真宵ちゃん。」 なんとも心温まる会話が交わされる。 そして。どちらからともなく大きく息を吐いた。 「まぁ…なんにせよ、上手く収まって良かったよ。」 心の底から呟くような成歩堂の言葉に、残りの二人もほんの数十分前の事を思い出して遠い目をしたのだった─────。 「…待たせたな。」 結局。御剣怜二自ら成歩堂法律事務所を訪ねてきたのは、その日の業務時間もとっくに過ぎた頃だった。 「本当に遅いぞお前────!! 携帯はずっと着信拒否しやがるし!!」 「わーん、みつるぎ検事────!!」 「ミッチャン、やっぱりあたしを迎えに来てくれたんだね────!!!」 「う…うム。」 それを迎えたのは御剣に飛びつかんばかりの歓迎台詞3連発。 前二つはともかく最後の台詞に心理的ダメージを受けてよろめきながらも、毅然としたスタイルを崩さないのはさすがである。 因みに最初の成歩堂の台詞は「そのバッジを貰うまで帰らないからね!」と本当に事務所に居座り続け、何度も取っ組み合いもどきの奇襲攻撃を仕掛けてきたオバチャンの相手をするハメになった事に対する抗議及び泣き言であり、続いての真宵の台詞はそのオバチャンに事務所の大切な予備食料(おやつ)を大量に消費された事に対する恨み言を含んでいる。 事務所の扉を開けた途端に凄い剣幕で3人に囲まれた御剣だが、意外にも彼はコホンとひとつ咳払いをすると、落ち着いた様子でそのうちの一人に向かい合った。 ───オバチャンに。 「被告…ではなかった、オバチャンは水川ヤスシという男を知っているか?」 淡々と、まるで法廷で尋問するように質問をぶつける御剣。 さらりと彼女を被告人扱いする辺り失礼極まりない気もするが、その目は何かを確信しているようにも見える。 「やだねミッチャン、バカにしないでおくれよ。名前くらいは知ってるさ、確か最近出てきた新人俳優だろう。」 「うん、この春から始まった『平安戦士・ゲンジマン』の主役やってる人だよね!」 「……なんだそりゃ……」 特に興味もなさそうに、それでも愛するミッチャンからの質問だからと律儀に返すオバチャンの返事に、真宵が嬉々として補足説明を加えた。 あまりに突拍子もない話とイージーなネーミングに脱力しているのは当然成歩堂だ。 「なるほどくん知らないの!? 『トノサマン』『ヒメサマン』に次いでブレイクするだろうって言われてる『ゲンジマン』を知らないなんてモグリだよ! ヤングの常識だよ!!」 「いやだから、そんな常識はいらないよぼくは…」 目をキラキラさせて力説する真宵に対するツッコミもなんだか投げやりなのは、この数時間の気苦労と溜まりに溜まった疲れを思えば仕方ないのかもしれない。 随分前にも似たような台詞を真宵に言われた覚えがあるが、トノサマンにせよヒメサマンにせよ事件絡みの嫌な記憶しかないのだ。 成歩堂からするとそのテの話は関わりたくないのが本音である。 そんな事よりもボディーガードと弁護士バッジの話はどう始末つけるんだ、と声を大にして言いたい。 御剣はそれぞれの反応をちらりと見やると、手に提げていた紙袋から一冊の本を取り出した。 A4サイズのフルカラー、そんじょそこらの週刊誌とは比べ物にならない程しっかりした装丁のその本の表紙には20代前半の若い男がでかでかと笑っている。そして左端にはミミズがのたくったような文字。 「…写真集? あ、水川ヤスシの最新のだ! しかもこれ、本人の直筆サインだよ!!」 「ちょ、ちょっとお寄越し!」 真宵が興奮も露わに声を張り上げ、写真集を奪い取るようにオバチャンが覗き込む。 「な…なんだ…?」 マヌケな声しか出ない成歩堂の前で写真集をめくるオバチャンの目がどんどん真剣になっていく。 …かなり、いやマジで怖い。獲物を漁るハイエナはこんな目をしているのかもしれない。 最初は一緒になって覗き込んでいた真宵も、オバチャンの食い入るような迫力に気付いて思わず身を引いたくらいだ。 そういえば表紙の写真を見る限り、この水川という名の俳優は最近多い爽やか路線のアイドルと違って無骨な男らしい男で、オバチャンが今まで一方的に惚れ込んできた俳優達と路線が似ている。 もしや。 ようやく、成歩堂の脳裏に分かり易過ぎる図式が浮かんだ。 反射的に御剣に視線をやると敏腕検事と名高い男の口元には法廷で見慣れた「こっちに向けられると少なからずムカつく勝ち誇りスマイル」が刻まれている。 そして御剣はおもむろに上着の内ポケットから封筒を取り出すと、人差し指と中指で挟んだそれをひらひらとオバチャンの目の前でかざしてみせた。 「これはその水川ヤスシ──『ゲンジマン』を撮っている撮影所の紹介状だ。これがあれば明日からでもそこで警備員として働ける。昼間渡した証文をこちらに返し、私のボディーガードとやらを諦めて帰ればこれをやろう。」 (やっぱり身代わりかよ!!) 御剣も今までの事件で無駄にオバチャンに振り回されていた訳ではなかったらしい。 彼女の性質を正確に把握した予想通りの展開に、心の中でツッコミを入れる成歩堂。 ついでに言うと、声に出さなかったのは下手にオバチャンに気付かせて躊躇させない為である。 なんと言っても不本意ながら自分の弁護士バッジの運命も掛かっているのだ。 御剣がどんな手段でその紹介状とやらを手に入れたかは知らないが、このままオバチャンが思惑に乗ってくれたら問題は綺麗に解決する。 …咄嗟にそんな判断をする成歩堂も、御剣の事を偉そうに非難できないであろう。 素直に「すごーい」と感嘆の声を上げる真宵は気楽なものだが。 ───そして5分後、御剣の尤もらしい説得及び成歩堂&真宵(ここまで来ると真宵も思惑を理解したらしい)の惜しみない後押しもあり。 多大なる迷惑を掛けまくった台風は、驚く程あっさり成歩堂法律事務所から立ち去ったのだった。 その胸にしっかりと写真集と封筒が抱えられていたのは言うまでもない。 「───だけど、あんな奥の手があったならなんで最初から使わなかったんだよ御剣。ぼくの弁護士バッジを引き合いに出す必要ないだろ。」 「だよねぇ。そりゃ、バッジおたくのなるほどくんが簡単に渡すとは思えないけどさ。」 「単純に時間稼ぎだ。いくら私でもあんな物を前々から準備していた訳ではない。検察庁の善良な職員を巻き添えにする訳にもいかないだろう。成歩堂なら構わないが。」 「ぼくが構うわっ!! ていうかバッジおたくって何だよ真宵ちゃん!!」 「え? 違うの?」 「………………」 「とにかく大学の後輩がプロダクションの専務をしていたのを思い出したはいいが、彼女が居ては動き辛いし、電話で済む話でもなかったからな。彼女を別の場所に移してその間に直接交渉する必要があった。まぁ、後輩が私からの頼みを断れないのは分かっていたがな。写真集はオプションでサービスさせた。」 「うわ、何気に黒いよ御剣検事…。その専務さんも災難だねぇ。」 「勿論私はあくまで彼女を紹介しただけで、一度雇った後は解雇しようとどうしようと私の知った事ではない。それを彼女が素直に受け入れるかどうかはまた別だ。労働基準法というモノもあるしな。」 アーケードを歩きながら問う成歩堂達に、御剣はしれっと返す。 ───雇い主は余程の会社事情がない限り、雇用者を本人の意思を無視して解雇する事はできない。 「…そういえばお前って、どんな強引な手を使っても有罪判決をもぎ取る検事として有名だったんだよな…。狩魔冥のインパクトが強すぎて忘れていたよ。」 「フッ、褒め言葉として受け取っておこう。」 「だから褒めてないって。」 「やっぱりなるほどくんの友達だよねぇ。」 「………それもどういう意味だよ、真宵ちゃん。」 結局のところ。 成歩堂の周りには個性豊かな人間が集まるという事なのだろう。成歩堂本人を含め。 それがいいのか悪いのかは未だによく分からないが、一生退屈する事がないのは間違いない。 「でもさ。」 「ん?」 「今までオバチャンが好きになった俳優ってみんな殺されちゃったんだよね。しかもオバチャンが近くに居る時に。それって凄い確率だよね〜。」 ビシィッ。 「………………」 「………………」 「………………」 あはははと。何でもないように笑顔で。 まるで「昨日の天気は晴れるといいね」みたいに放たれた真宵の言葉に、三人同時に固まった。 …それを口に出した真宵でさえも。 「……二度ある事は三度ある……」 「……その場合、殺人を唆した事になるのか?」 「……い、いやまさか……どうだろう……」 重い沈黙がその場を支配した。 ひゅるりと冷たい風が吹き抜けたのは、おそらく気のせいではない。 そんなのは悪い冗談だ。 いくらなんでも気にし過ぎだろう。 理屈で分かってはいるが、なんと言っても相手は「あの」オバチャン。 彼女に世間一般の論理を当て嵌めるのはどうか。 そして煽った以上、御剣だけでなく成歩堂と真宵も同罪と言われても反論の余地はない。 「………………」 「………………」 「………………」 誰かが、ごくりと喉を鳴らした。 「───晩飯は寿司でいいな?」 「あ、ああ。なんだ御剣、太っ腹じゃないかっ。」 「すごーい御剣検事、漢(オトコ)だねっ!」 「皿は150円までだからな。」 「回転寿司かよ!!」 「わーい♪ プリンも食べれるかなぁ♪」 「真宵ちゃんもそこで喜ぶなよ!! ぼくが物凄く貧乏みたいじゃないか!!」 「違うのか?」 「ぐっ…くそぉ、思いっきり食ってやるから覚悟しろ御剣!!」 普段と変わりない他愛ない会話と妙に乾いた笑いが夜の繁華街に響く。 ───無言の同盟。運命共同体。 幼馴染みで友人でその助手という彼らの間に別の絆が生まれた瞬間、であった。 件の俳優の命運がその後どうなるかは、神のみが知る。 取り敢えず。 回転寿司の店を目指して歩き出した三人が、遅かれ早かれオバチャンと再会する事だけは確実である────。 【やっと終わった〜なんでこんなに時間かかったんだよ座談会】 真宵 「終わったって言ってもこんなのオチとして全然纏まってないよねー。 なんかすっごい中途半端。ムリヤリ終わらせちゃえ!ってのが見え見えだし。」 成歩堂「…真宵ちゃん、真宵ちゃん。それを言ったら身も蓋もないから。」 真宵 「だってさー、逆裁SSもコレが3作目でしょ? 普通ならもっと慣れるものじゃん。」 成歩堂「なんでも、前編の半分くらいまで書いた所で半年間完全に止まってたんだってさ。 それで先にキリ番の居酒屋話が完成しちゃったから、慌ててこっちも再び書き出したらしいよ。」 真宵 「あーそれでムリヤリなんだー。今の勢いを逃したら一生完成しないって事だね。」 成歩堂「…まぁ、その通りなんだけど。真宵ちゃん、いつにも増して厳しくない?」 真宵 「だってオバチャンに事務所に置いてあったお菓子全部食べられちゃったんだよ!! ううう。あたしのポテチ〜お煎餅〜チョコレート〜〜〜。」 成歩堂「御剣に回転寿司奢ってもらって、ちゃっかりお土産のシュークリームまで買わせたじゃないか。」 真宵 「それとこれとは別だよ! あたしは完全になるほどくんのとばっちりだったんだからね!!」 成歩堂「はいはい、その分のお菓子はぼくが弁償するよ。」 真宵 「それじゃポテチとお煎餅とチョコとクッキーとアイスと…」 成歩堂「増えてるじゃないか!!!」 ちくしょー。ギャグって狙って書くのは難しい(涙)。 |