【逆転事務所】後編





 一人目の証人・真宵が証言台(応接テーブルで代用。高さが合わないのは暗黙のうちに見なかった事にされた)に立つ。

真宵は背筋を伸ばすと、真っ直ぐに前を見据えた。

この堂々とした態度は伊達に本物の法廷を見慣れていないというべきか。

ついでに彼女ほど殺人事件の被告人席に座った事があり、尚且つ無罪判決を貰った人間も珍しい。

「あたし、なるほどくんに頼まれて郵便局に行っていたんです。帰ってきて控え室の冷蔵庫を開けたら、さっきまであったプリンが消えていました。食べたのはなるほどくんしかいないです!」

「待った!」

 早速、成歩堂の『ゆさぶり』が入った。

「証人、何処の郵便局ですか。」

「異議あり!!」

 だが、すぐに御剣の『異議あり』が入る。

見れば彼はやれやれというように肩を竦めている。

「……弁護人、もしかしてこの調子で細かく進めていくつもりか。言っておくが、私も暇ではない。というか明らかに分かっている事を改めて聞くのは時間の無駄だ。」

「う…」

 言われてみればその通り。

巷で『恐怖のツッコミ男』と呼ばれている成歩堂である。

必要以上にツッコミを入れるのがこの男の戦法だが、本番と同じ調子で進めていたら何時間かかるか判ったものではない。

プリンひとつでそれは───もしかしなくても、かなり虚しいものがある。

「えーでも手抜きはダメだよ。あのプリン、春限定だったんだから!」 

「いつも千尋お姉さまばかりでしたから、やっとわたくしも本物の裁判を間近で見れると思いましたのに…」

「………………」

「………………」

 やっぱり、やりすぎたか。

目をキラキラさせる少女達の言葉に、ちょっと後悔が入っているとは言えない大人達。

それでもここまで来た以上、後には引けないのも確かで。

結局、暫しの協議のうえディスカッション形式で弁護側、検察側の双方から質疑応答がとられた。

そして真宵の証言を纏めると次のようになる。





問題のプリンは、昨日事務所から帰る前に真宵がコンビニで買ってきたもの。

真宵が最後に控え室の冷蔵庫のプリンを確認したのは、本日お使いで事務所を出る直前。

その時に紙パックのウーロン茶を飲んで、空のパックはゴミ箱に捨てたから間違いない。

事務所に戻ってきて再び冷蔵庫を開けるまでの時間は、およそ15分。

成歩堂じゃなければ、誰がプリンを取り出して食べるのか。

因みにプリンを食べた後らしき空パックは、先程のゴミ箱から発見されている。





「証人、ひとついいだろうか。被告人が疑われるのは分かる。だが、今はそこの少女も事務所に残っていたのだろう。何故、最初から彼女は頭数に入っていないのだ。」

(だからぼくは分かるってどういう意味だよ…)

 ぽそりと心の中で呟く成歩堂。

どんな時でもツッコミを忘れないのは、もはや天性のなせる技らしい。

御剣の尤もな質問に、真宵は目を剥いた。

「はみちゃんじゃありません! はみちゃんは黙って余所のお家の冷蔵庫を開けるような子じゃないし、大体はみちゃんはあたしと一緒に食べる約束をしていたもの。」

「一緒に?」

 初耳だ。成歩堂の問いに、真宵は改めて頷いた。その隣で春美もこくりと頷く。

それに御剣も鋭い目を向けた。

「2つセットの徳用パックだったんだよ。こっちのコンビニにしか売ってないの。だから、今日遊びに来るって言ってたはみちゃんにおやつに食べさせてあげる約束してたんだから。」

「2つともなくなってたのか?」

「うん。」

 確かに、その状況で春美が真宵に黙って食べたというのは考えにくい。しかも2つも。

それと同時に春美の性格についても、言われるまでもなく成歩堂はよく理解している。

少々ませたところもあるが、根は素直で純粋な良い子だ。

何より倉院流霊媒道の次期家元である真宵をとても尊敬しており、自分から彼女の信頼を裏切るなんて事は春美の性格からいってあり得ない。

この真宵の証言に異議を唱える事はできないだろう。

そんな事をしたらプリンを盗み食いした犯人として以上に極悪人扱いされるのは自明の理。

大体、春美のいた部屋から控え室の冷蔵庫まで行くには成歩堂がいたデスクの横を通る必要があるのだ。

かといって見知らぬ誰かが黙って控え室に侵入してプリンだけを食べて帰るというのは、どう考えても無理がある。

(まずい…それじゃ、本当に犯人はぼくしかいないじゃないか!)

 聞けば聞くほど不利になる。

成歩堂の顔をだらだらと滝の汗が流れた。

まさか、残されたプリンのパックを指紋鑑定してくれとまでは言えないのが辛いところである。

「どうした、被告…いや、弁護人。尋問はしないのか?」

(うう…こいつ、絶対面白がってやがる…)

 いつもと変わらぬ表情の御剣をこれ程憎いと思った事はない。

「つ…次の証人の入廷を、お願いします。」

 既に絶体絶命の成歩堂は、もはやそこに賭けるしかなかった。








 二人目の証人・春美が証言台に立つ。

「はぁ…これが証言台というものなのですね。わたくし、感動いたしました。」

「良かったね、はみちゃん。頑張ってね〜。」

「………………」

「………………」

 本当に自分達はこんなところで何をやっているんだろう。

そう思いつつも、ここまで来たらヤケだ。

こほん、と御剣が自らを誤魔化すように咳払いをする。

とにかく再び真宵の時と同じように質疑応答が繰り広げられた。

そして春美の証言を纏めると次のようになる。





春美は真宵が出掛ける5分前に「愛蔵版・大江戸戦士トノサマン」のビデオを渡された。

それは真宵が留守の間、デスクの後ろの資料室で時間を潰す為である。

だが自分でビデオをセットして観る事ができないので、真宵にセッティングして貰った。

そのままずっと真宵が帰ってくるまで、春美は資料室で一人ビデオ鑑賞をしていた。

もし、成歩堂が控え室に向かったとしても別室の春美は全く気付かないだろう。





「証人。被告は被害者が留守の間ずっとデスクでうとうとしていたと主張しているが、証人はそれを確認していないんだな?」

「はい。なるほどくんが椅子から落ちた瞬間を見ただけです。」

「というか、いくら暇だからってあたしにお使い行かせて自分は寝てるっていうのも問題だよね、なるほどくん。そんなんだから最近依頼、少ないんだよ。」

「まったくだ。被告人、これについて何か言う事はないか?」

「……………スミマセン。」

 これ以上ないというくらい、状況は悪化するばかりである。

三人分の冷たい目に囲まれて成歩堂は縮こまるしかない。

そしてやっぱりというか──成歩堂の無罪を立証するようなものは、ない。




(もう、本当に駄目なのか…!?)

 目の前が真っ暗になる。

成歩堂がやったという物的証拠はない。

だがここまで状況証拠が揃ってしまうと、被告への疑いは拭い去る事はできない。




(法廷なら、この辺りで千尋さんが出てきて助けてくれるんだけど…)

 つい、この世にいない人にまで助けを求めてしまう。

だが今回に限っては肝心の霊媒師二人が敵だ。

不幸な事件で若くして亡くなった師匠・綾里千尋がこの世に再び現れるには霊媒師自身が強く願う必要があるので、今回はそれは叶わない。




(どうすれば………!)

 成歩堂は頭を抱えた。

周りの状況に染まり易い成歩堂の中で、いつの間にやらコンビニプリンが100カラットのダイヤモンドくらいに進化しているらしい。




───くん……




───なるほどくん……




 その瞬間。

成歩堂の脳裏に懐かしい声が響いた。

今この時、誰よりも聞きたかった声。




(ち…千尋さん!?)

 慌てて顔を上げると、真宵も春美もきょとんとした顔で突然目を見開いた成歩堂を見ている。

これは…彼女達の力じゃない。

そういえば、いつだったか真宵の霊媒師としての力が働かなかった時も、こんな風に千尋の声だけが成歩堂の頭に響いた事があった。

という事は、これは千尋本人の力か。

さすがに生前、綾里でも半端じゃない力の持ち主と呼ばれただけはある。

(良かった、千尋さん…!)

 幽霊が昼間っからこんなにほいほい現世に出てきていいのだろうか(しかもこの程度の事件で)という根本的なツッコミは、敢えて気付かなかったフリをする成歩堂である。

そう。人並み以上に図太くなければ、こんな商売はやっていられないのだ。

とにかく彼女は、どんな時でも弟子を助けてくれる。

成歩堂に今度こそ希望の光が差した。




───なるほどくん、よく聞いて…




(はいっ!!)

 大丈夫。自分は孤立無援じゃない。




───発想を逆転させるの…




(…発想を逆転…)

 それは、いつも彼女が成歩堂に言っている合い言葉。

このヒントで何度救われただろうか。




───時には、潔く有罪判決を認めるのも弁護士には必要よ。




(あなたもですか!!!)

 とうとう幽霊にまでツッコミを入れる男、成歩堂龍一。

がっくりと肩を落とす彼を責められる者はいない。







「あー、百面相は気が済んだろうか、弁護人。」

 ますます見下したような御剣の声に、成歩堂はようやく我に返った。

成歩堂を囲む三人の目にはどこか、同情のようなものまで浮かんできている。

「ううう…そんな悲しそうな目でぼくを見ないでくれ…」

 とてつもなくいたたまれない気持ちになるのは何故だろう。

目は口ほどにものを言う、とはよく言ったものだ。

「とにかく。」

 御剣はバン、とデスクを右手で叩いた。そして腕を組むお決まりのポーズ。

何処までも型通りの男である。

「指紋鑑定ができない以上、被告が犯人だという決定的な証拠はない。だが全ての状況証拠が被告が犯人である可能性を示している。」

「……!!」

 自分でも判っていた事を、御剣の冷静な声によって再確認させられる。




───その時、成歩堂の頭である風景がフラッシュバックした。

どうして今まで思いつかなかったのだろう。

彼だ。彼がいるではないか。彼ならやりかねない。




「待った!」

「弁護人、まだ何かあるのか。」

「た、例えばぼくが寝ている間に誰かが侵入して食べたという可能性もある!!」

 自分でもさっきあり得ないと思ったばかりだが、皆無ではない。

遠いあの日の記憶と近年ついに明かされた真実がそれを示している。

成歩堂の視線を受けて、御剣の目がす、と細められた。

「…学級裁判と同じ、か。」

「ああ。あの時お前はぼくを助けてくれたよな。証拠が全てだと。」

「忘れているようだから念の為言っておくが、矢張は先週から来月末まで北海道の牧場でバイトだ。あれだけ騒いでいたのだからキサマも知っているだろう。」

「あ、そういえば昨日絵はがきが来てたよ。帰ったらゴハン奢ってくれって。ほら。」

「まぁ、可愛い牛さんの写真ですね。なんだかなるほどくんに似てますわ。」

「………………」

「昔と今は、違う。そして私も弁護士ではなく検事だ。」

 スパッ。

まさに、一刀両断。

美しき男の友情ここにあり。

尤も過去の一件があったとはいえ、証拠もないのに幼馴染みを疑った成歩堂もその点では御剣とどっこいどっこいである。





「───裁判長は、必要ないだろう。」

 御剣の決定打が静かに、成歩堂法律事務所に放たれた。

真宵と春美が緊張を走らせる。




(………ここまでか………!!)

 全てが、終わる。

このまま自分は冤罪を背負って生きていくのか。

今度こそ成歩堂は目を閉じた。






「被告人、成歩堂龍一の有…」

「おお、みんな揃ってるッスね───!!」






 その緊張を破ったのは、聞き覚えのある暢気な声。

いつもの少々頼りない笑顔を見せながら事務所に入ってきたのは、トレードマークであるよれよれのコートを着たむさ苦しい男であった。

「「イトノコ刑事!」」

 成歩堂と真宵の声が綺麗にハモる。

糸鋸圭介刑事。そそっかしいのと思い込みが激しいのがたまに傷だが、憎めない男でもある。

御剣の直属の部下らしいが、法廷で会うたびに給料査定が下がっているのは誰もが知るところだ。

「おひげのけいじさん、お久しぶりです。」

「おお、アンタも来てたッスか。元気そうでなによりッス。」 

「はい!」

 その糸鋸は寄ってきた春美の頭をくしゃくしゃと撫でてすっかりこの場に馴染んでいる。

この男は顔に似合わず子供好きなのである。

以前、少女に本物のピストルを見せてやろうとして成歩堂にツッコまれた事もあった。

「イトノコギリ刑事、こんな時間にどうしてここにいる。今日は署で駐車違反者の名簿整理のはずだろう。」

 水を差されたせいか、不機嫌さも露に糸鋸に話を振る御剣。

(殺人担当の刑事なのに駐車違反……苦労してるんだな、イトノコさん。)

 今までの数々の失策ゆえか。刑事にも窓際族というのはいるようだ。

成歩堂の心の呟きも知らず、御剣に睨まれた糸鋸は慌てたように敬礼をとった。

「も、勿論分かってるッス。ほらアンタ、これ、頼まれていた資料の追加ッス。御剣検事が届けられると聞いたんで、これも早い方がいいと思ったッス。」

「あ、それはわざわざすみませんでした。」

 糸鋸の差し出した書類の束を受け取り、成歩堂はぺこりと頭を下げた。

なんだかんだ言っても御剣といい糸鋸といい、成歩堂は警察から信頼されているのだろう。

新米弁護士だった頃とは大違いだ。これも人柄というべきか。

ただ──それは今まさに、たかだかコンビニプリンによって崩壊しようとしているのだが。





 と。

糸鋸はもうひとつ、コンビニの買い物袋らしきものを成歩堂に差し出した。

「それとこれ、差し入れッス。実はさっきもここに来たんスけどね。」

「え?」

「あ─────!!」

 彼の安月給を知る成歩堂が目をぱちくりさせていると、すぐ横にいた真宵がひったくるように糸鋸から袋を奪う。

彼女が取り出したのは、『春の妖精ぷりん』とファンシーな文字で印刷された紙パック。

「これ、あたしが買ったプリンと同じヤツだよ!!」

「なにッ!?」

「どういう事ですか、イトノコ刑事!!」

「証言を求める!!」

 途端に、目の色を変える御剣と成歩堂。

いくらなんでもそんな偶然があるのだろうか。

「ちょ、ちょっと待つッス!!」

 二人の勢いに押されるように、糸鋸が後ずさった。





───般若のような顔をした男達にしどろもどろになりつつ、彼が証言したのを纏めると。

真宵が事務所を出た直後、糸鋸が書類を届けに事務所に来た。

ところが肝心の成歩堂は気持ちよく昼寝中。

起こす前に喉が渇いていたので、勝手知ったる控え室の冷蔵庫へ向かった。

しかし冷蔵庫を開けてもこれといった飲み物はない。

そして目に付いたのが、見覚えのあるプリン。

実は甘いものに目がない糸鋸の、唯一の贅沢とも言える大好物の品。

しかもよく見ると、賞味期限は5月8日───つまり、今日。

これは一刻も早く食べないとまずい、と解釈して自ら2つとも片付けた。

その後、先程のプリンの件も含めて成歩堂を起こそうと思ったが、いざ書類を渡そうとして枚数が足りないのに気が付いた。

慌てて挨拶もせずに一旦警察に取りに戻った。

再びこっちに戻って来るついでにさっき言いそびれたのもあって、親切心から賞味期限に余裕のある同じプリンをコンビニで買ってきた。





「食べ物は粗末にしちゃ駄目ッス。いや自分、こう見えても賞味期限には煩いッスよ〜。」

 はははははと笑う糸鋸の声が、やけに明るく事務所に響く。




「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

 長い長い…永遠とも思われる沈黙が訪れた。

そして。




「「「「異議あり!!!」」」」




 糸鋸を除く四人の声が、一斉にハモったのは言うまでもない。








 
 こうして膨大な時間を無駄にした事件は幕を下ろし。

弁護士・成歩堂龍一の無罪は思わぬ方向から立証されたという。

その後、糸鋸刑事の給料がまたも下がったかどうかは御剣のみが知る事である─────。









                 【逆転裁判2クリア記念・本当にやっちゃったよ座談会】     

成歩堂「は〜終わった終わった。思ってた以上に長かったな…」

真宵 「お疲れーなるほどくん。なんかずっと叫びっぱなしだったもんね。」

成歩堂「実際はそんなに声には出してないんだけど、心のツッコミってヤツもあるからなぁ。」

真宵 「それにしても、本当に逆裁で小説書くなんてチャレンジャーだよね作者。」

成歩堂「どうも最近、ゲームをクリアしたら小説を出すのが当然になりつつあるよあの人。」

真宵 「しかも書き慣れた『らぶこめ』じゃないし。無謀というかなんというか…」

成歩堂「基本はギャグ畑の人だけどカップリングなし、ってのがまず珍しいよな。

    面倒くさがりだからこれだけの人数を一度に登場させるのも珍しいし。

    なんでもゲームプレイ中にネタの神様が降って来たらしいよ。

    本人、本当はもっと本格的に法廷(苦笑)部分を入れたかったんだって。」

真宵 「あ、尋問のとこでしょ。最初は本編と同じようにやるつもりだったって聞いたよ。

    あたしとはみちゃんの証言にいちいち、なるほどくんが『ゆさぶり』入れるの。」

成歩堂「…どう考えても無茶だよ、それは。何十ページになるか分からないじゃないか。

    そもそもこのオチでそこまで引っ張ったら読者に殺されるぞ。」

真宵 「あたし、作者を霊媒するのやだなぁ…」

成歩堂「心配しなくても誰も頼まないから安心していいよ。さて、そろそろ事務所を閉めるか。」

真宵 「じゃ、ミソラーメン食べて帰ろ!」

成歩堂「はいはい…」








ふはー。審議終了(謎)。
まさに勢いで書き始めた訳ですが、書いてる間は凄く楽しかったです。
これだけ勝手にキャラが喋ってくれたのって久しぶりだよ。
ツッコミもボケもできる成歩堂って大好きです(笑)。
リアクション大王な真宵ちゃんも好きだけど、
あんまりこの二人はラブラブになって欲しくないかも。
アナタ達はいつまでも漫才をやっていて下さい。
…オチについては本人が一番分かってるのでツッコミ不可。
勿論事務所の間取りも勝手に作ってます(殴)。
ああ〜冥も出したかった…。