【夢の約束】 ───俺がお前を……ずっと護ってやる。絶対に、この位置は誰にも譲らねェ。 ───髪、長いのも似合うぜ。 それは、あの時あいつが言った言葉。 あいつが知っていたという事実に驚いた。 それと同時に、凄く嬉しかった。 俺が『男』でなくても…今まで通り、『親友』でいてくれるのだと分かったから。 これからも、かけがいのない『相棒』でいてくれる。 ───あの頬へのキスはその証。 それだけで充分だと思っていた。 だけど、それは──────
「わ、悪い京一、俺今日用事があるから、先に帰るッ!」 「ひーちゃん────」 「あ、し、しまった、忘れ物!!」 「ひ───」 「あーッ、裏密、いいとこに!!俺の運勢占ってくれないか!?」 「ひ」 「わ────────ッ!!」 そんなやり取りを何度繰り返しただろうか。 「ふぅ…」 龍麻は薄汚れた壁にもたれたまま、大きく息を吐いた。 ここは新宿真神学園…の旧校舎裏。 既に放課後に入っているので、それでなくても人通りの少ない場所が余計に静まり返っているように感じる。ここまでは部活に励む生徒達の喧騒も聞こえてこない。ついでに周りに比べてやけに涼しくて薄暗い気もするが、この建物の地下に何があるかを考えればそう不思議ではないだろう。 夢中で走って気が付いたらこの場所に来てしまう辺り、つくづく普通の高校生活していないよなと他人事のように思う。 そして。 (何やってるんだろ、俺…) 龍麻は何度目か分からない自己嫌悪に陥った。 ───また、京一を避けてしまった。 しかも今日は肩に触れられたせいで思いっきり動揺してしまい、オプション(掌底・発剄)付きで。 (教室、大丈夫だったかな……京一の後ろには誰も居なかったと思うけど。) …京一の強さを信じているからか、それとも単なる慣れか。 技をまともに食らったであろう京一の身体の心配は全くしていないのが龍麻らしい。 葵、醍醐、小蒔は既に生徒会や部活に向かっていたので彼女達に余計な心配をさせずに済んだのも救いと言えば救いだろう。 それはともかく。 (ほんと、俺って最低…) ───どうしても京一の顔をまともに見れない。 姉に仕組まれて《鳴瀧冬子》という名の少女(姉が命名。直前の会話に出てきた古武道の師匠の名前を捩ったと思われる)として京一とデートした、波乱万丈の日曜日から5日。 背中越しに彼の宣言を聞いてから4日。 不慮の事故(?)による恥ずかしさから校舎の屋上で黄色い龍を召喚してから3日。 あれからずっとこんな状態が続いていた。 皆と一緒にいる時は何とか普通に振舞っているが、どうしても京一と二人になると反射的に逃げ出してしまうのである。 いくら御人好しの京一でも、あんな態度をとられれば気分を悪くしない筈がない。 以前と同じように接してはくれるが、今頃あんな事を言ったのを後悔しているかもしれない。 ───胸が、痛い。本当は一緒に居たいのに。 ───だけど、これが一番いいのだと心の何処かで分かっている。
「お前にだけは言われたくないッ!…って、うわぁぁぁぁ!?」 突然かけられた声に龍麻は文字通り飛び上がった。 振り返りざまにこれまた条件反射で突き出した拳は、それを見越したかのようにあっさり避けられ、逆に手首を掴まれてしまう。 「な…ッ」 曲がりなりにも剣聖。 氣を乗せた本気の一撃ではなかったとはいえ、いいかげん龍麻の行動パターンに慣れてきたようだ。 案の定、飄々と目の前に現れたのは木刀片手に赤茶けた髪を風になびかせた男である。 (やっぱり発剄くらいじゃ効かなかったんだな…じゃなくて!!) 思わず自分にツッコミを入れてる辺り、龍麻も相当動揺しているらしい。 「どっから湧いて出たんだよ京一ッ!!」 本当に、ついさっきまで京一の気配など無かったのだ。 氣に聡い龍麻が彼の陽の氣を読み違える事など有り得ない筈だ。 「人をボウフラみたいに言うなよ…俺だって氣を消すくらい出来るって。つーか、こうでもしなきゃまた逃げるだろ。」 「う……」 ちょっと考えてみれば当然だ。拳と剣の差こそあれ、京一も伊達に氣を操っている訳ではない。 恐らく後をつけてきたのだろうが、龍麻の思考を読んだような尤もな指摘に、反論のしようがなかった。 ───そしてそれ以上に、いつになく真面目な…辛そうな顔をした京一を間近に見て、言葉を失ってしまった。 彼に掴まれたままの腕が熱い。 どう言ったらいいのか分からなくて、やはり京一を見ていられなくて。自然と俯いてしまう。 「───もう、お前が俺と顔を会わせる度に辛そうにするの、見てられねェ。ハッキリさせてェんだ。」 「……………」 そんな龍麻の様子に気付いたのだろう、京一の声は本当に辛そうで。 それでも龍麻を責める調子はない。それが余計に龍麻の胸を締め付けた。 「もしかして、まだ俺が何かしたんじゃないかって疑ってんのか?」 「そ、それはない、けど…ッ」 京一が言ってるのは4日前の事だ。 熱を出して旧校舎で倒れた龍麻を、彼が背負ってマンションまで連れ帰ってくれたのだが。 慌てて否定するものの、思い出すだけで顔が火照るのが分かった。 生来の男勝りの性格もあって普段の言動はまるっきり男であり、無防備とも言える龍麻だが、流石に眠ってる間に同い年の男に胸元のサラシを外されて笑ってられるほど人間が出来てはいない。 男として生活する分にはいいが、女としては密かにバストのサイズにコンプレックスなんかあったりするから余計にショックだったりする。 確かに京一と顔を会わせ難い理由に、その辺の照れも多分にある。 しかしなんだかんだ言って龍麻は京一の事を信頼しており、自分の容姿に全く自覚がないのもあって、京一が不埒な事をするなどとは想像すらしていない。 恥ずかしさを怒りに変換して次の日には屋上で一方的なバトルを繰り広げてしまったが、眠り込んでしまった自分を運び、恐らく寝やすいようにと着替えさせてくれた事には内心感謝している。 ───だけど、前のように京一と一緒に居られない。自分でも、どうしたらいいのか分からない。
とうとう堪えられなくなったように、京一が声を上げた。 彼の肩が僅かに震えているのは気のせいだろうか。
───ずっと護ってやる。 再びあの日の京一の言葉が、蘇ってくる。 その瞬間。 龍麻の中でこの数日間自分でも訳の分からないまま渦巻いていたものが溢れ出た。
───だから、俺は…京一を避けていたんだ。
気が付けば龍麻は掴まれた腕を振り解き、思いっきり目の前の男に蹴りを放っていた。 「うおッ!?」 咄嗟にそれを竹刀袋に入ったままの木刀で受け止める京一に向け、更に連続で回し蹴りを放つ。 氣を纏わせたその一撃に、バキィッ、という派手な音を立てて京一が吹き飛んだ。 「ってェ……、お前なぁッ!!」 普通の人間なら病院行きは免れなかっただろう容赦のない蹴りだ。 何とか立ち上がりながら当然の如く抗議の声を上げる京一を無視し、龍麻は叫んだ。 「俺は護られないと駄目なほど、弱くないッ!!」 知らず、涙声になってしまう自分を抑えられない。 「『護る』なんて、簡単に言うなよ!!そんな『相棒』なんか、いらない!!」
だけど気が付いてしまったのだ。 『男』の時はお互いに背中を合わせて闘えたのに。 『女』だというだけで一方的に護られるなんて絶対に嫌だ。 それなら『相棒』じゃない方がいい。 『親友』なんか嫌だ。そんな関係、壊れてしまった方がいい。 もう、自分を『護って』誰かが傷付くのは嫌だから。 それくらいなら独りの方がいい。 嫌われてしまった方がいい。 親しい人間なんか、いらない。
静まり返った旧校舎裏に、微かな音が立てられた。 「きょ…!?」 ふいに京一の腕が伸びてきたかと思うと、龍麻の頭が彼の肩に抱え込まれてしまったのである。 「な、何すんだよ馬鹿、暑いだろッ!」 予想外の事に、龍麻は再び顔が赤くなるのを止められない。 どうも日曜日以来、京一のスキンシップに過剰に反応してしまう。 慌てて離れようとすると、逆に更に強く抱き締められしまった。 (────ッ!?) もはや龍麻はパニック寸前である。京一の匂いに息が詰まりそうになる。 転校してきてから肩に腕を廻すなどは日常茶飯事だったが、ここまでしっかりと抱き抱えられたのは初めてだ。 いつもならとっくに奥義が出ていそうなものだが、それすら頭に浮かばない。 だけど。 次第に…京一の温もりが不思議と自分を素直にさせていくのが分かった。
あの時は『男』であるがゆえに、泣く事も出来なかった。 皆を…あの少女を騙していた自分には、泣く事も許されなかった。 今だって、泣く資格なんかない。 それでも一度溢れ出た感情をどうする事も出来なかった。 「紗…夜…ッ…なん…で…!」 ───何も言わずにただ、泣かせてくれる京一の存在が嬉しかった。
「俺は、出来ねェ約束はしねェ主義なんだ。」 唐突に降ってきた静かな声は、あの夜のように真剣で。 龍麻の胸が知らず、どきりと鳴った。
見慣れた笑顔。いつだって、自分の隣にはこの笑顔があった。
───俺達は、『相棒』だから。生命を預けられるのはお前だけだから。 ───だから、お前も絶対に死ぬなよ。
それを食い止められるのはきっと《力》を持つ自分達だけ。 その為にこの《力》は目覚めた。 大切なものを護る為に。 だけど東京を護っても、死んでしまったら何にもならない。 自分を犠牲にして誰かを護るなんてのは、絶対に駄目だ。 本当にその人が大切なら。 どんなにカッコ悪くても、絶対に死んではならない。
───本当に、こいつには敵わない。 たったそれだけで、京一はそれまで龍麻の胸を覆っていたものを吹き飛ばしてしまった。 ───俺は、死なない。
やっと龍麻も笑う事が出来た。何だか照れくさくて、憎まれ口を叩いてしまう。 だけど涙はもう止まっていた。 「ひっでェ、それが相棒に言う台詞かよ。」 そんな龍麻に気付かないフリをする京一の心遣いが有難い。 ───が。 「……って、いつまで抱き締めてんだ……?」 「あ、いや、ひーちゃんって抱き心地がいいからさ。」 「〜〜〜〜〜お前は、女なら誰でもいいんだろッ!!!」 やっぱり、京一は京一らしい。 これ以上ないくらい顔を真っ赤にした龍麻の鉄拳が炸裂したのは言うまでもないだろう。
漫才が一段落した後、お互いの背中を護る為の力を磨くべく二人は旧校舎で暴れまわったという。 因みにその時京一が何やら不貞腐れたような、それでいて嬉しそうな複雑な表情をしていたのを、天然記念物並の鈍さを誇る龍麻が知るべくもない。
───いつか、全てが終わったら─────。
龍麻「しっかし、半年以上も何やってたんだろ…。皆、絶対俺の事忘れてるぞ…(遠い目)」 京一「ちくしょー、全部あのクソ作者が悪いんだッ!! 全然関係ない新しい女主人公を出すわ、他のゲームにかまけてサボるわ… おまけにこの程度の話書くのにいくつ没にしたら気が済むんだよ!? 結局コレも中途半端で終わってんのは喧嘩売ってるとしか思えねェ!!」 龍麻「そういやコレ、全く違うバージョンのが他に3つもあったんだっけ。 知る人ぞ知る俺のお姉が出てくる奴とか修学旅行の奴とか。 結局どれも10ページ近く書きながら完成しなかった辺り、終わってるよなー。」 京一「うう、ほんとならひーちゃんと一緒に温泉に入ったりとかあったのに…」 龍麻「……さらっと嘘をつくなぁッ!!そんなのは最初っからないだろッ!!!」 やっぱり、黄色い龍が炸裂。これも作者を貶めた報い(邪笑)。 半年以上。はい、前作から半年以上開いてました(涙)。 |