【夢の足跡】





 薄暗い公園のベンチで街灯に照らされた京一の顔は今まで見た事がないくらい真剣で、少女は思わず息を呑んだ。

そのまま固まってしまった少女の顔に、静かに京一の顔が近付く。



ごく自然な───頬への、キス。限りなく唇に近い場所。



「じゃ、お迎えが来ているみたいだし、俺はこれで帰るな。…また会えたらいいなッ!」 

 今日は楽しかったぜ、と手を振って走り去る京一を、少女はただ呆然と見送るしかできない。

ごとん、と封を開けていないジュースの缶がベンチの足元に転がった。








「あッ、来た来たッ!もう、今日は来ないのかと思ったよ、ひーちゃんッ!」

「おはよう、龍麻。」

「はははッ、お前が遅刻スレスレとは珍しいな。」

 とある月曜日の朝。

教室に入った途端、クラスメートであり大切な仲間でもある小蒔、葵、醍醐に声を掛けられ、龍麻は僅かに乱れた息を整えながら苦笑した。

「おはよう…ちょっと、寝坊しちゃったんだよ。間に合って良かった。」

 取り敢えず、皆の集まっていた窓際の自分の席に鞄を置いて一息つく。

黒板の上の掛け時計を見ると、HRの始まる時間まで残り1分。

常人なら絶対に間に合わなかっただろうがそこは龍麻、家から全力で走ったかいがあってどうにか遅刻は免れたようだ。

こういう時、日頃から身体を鍛えていて良かったと妙に実感したりする。

「へぇ、ひーちゃんでも寝坊するんだ。やっぱ、一人暮らしだと起こしてくれる人もいないから大変だよねー。」

「…うん、まぁ、そうだな。」

 小蒔の言葉に曖昧に頷いた。

本当は昨日の夜は寝つけなくて朝まで殆ど眠っていない。ふと気が付いたらとっくに普段家を出る時間を過ぎており、慌てて朝食も食べずに飛び出してきたのだが(そこで誰かのように開き直って堂々とサボろうとしないのが龍麻らしい)、それを言えば皆が心配するのは火を見るより明らかなので黙っておく事にする。

それでなくても、前々から今日は皆で旧校舎に潜る約束をしてあるので余計な心配をさせたくはない。

…何より、寝不足の理由を訊かれても答えられる筈がなかった。

「…龍麻、大丈夫?何だか顔色があまり良くないみたいだけど…」

「平気、平気。ちょっと走って、疲れただけだから。」

 内心、葵の指摘にぎくりとするが努めて明るく振舞って誤魔化す。

(…そういえば、あいつは─────)

 さり気なく周りを見ても、最大の原因である男の姿は見えなかった。

彼は既に夏休みの補習のメンバーに決定されつつあるのでそれはそれでマズイのだろうが、正直龍麻はホッとした。

今、その顔を見たらどういう反応をしてしまうか自分でも分からない。

「後はあいつだけだな。この様子だと…今日も遅刻か。」

 醍醐が困った奴だと苦笑するのと同時にチャイムが教室に鳴り響いた。クラスメート達がわらわらと自分の席に戻っていく。

と、チャイムの音に混じってガララッと扉が勢い良く開かれた。

「セェ───────ッフ!!」

 薄っぺらい学生鞄と紫の竹刀袋を持った、自称真神一のイイ男の登場である。

(げッ…)

 思わず、龍麻は座った椅子ごと京一に背を向けてしまった。

何気なさを装って窓の外の景色を見るが、顔が火照り、心臓がどきどきと跳ねるのを止められない。

────昨日の事がまた、頭に浮かんでしまった。間近で見た京一の真剣な顔。

そして、唇ではないとはいえ………。

「なに熱心に見てんだ、ひーちゃん。外にすげー可愛い子でもいるのか?」

「…うわあぁぁぁぁぁッ!?」

 ばきぃぃッ。

……いつの間に近寄ったのか、顔を覗き込むように身を乗り出していた京一に、龍麻は気が付けば思いっきり拳を突き出していたのだった。 






「お前、俺を殺す気かよ!?マジで入ってたぞ、あれッ!!」

「京一がいきなり話し掛けるのが悪いんだろッ!!」

 1時間目が終わって休み時間に入ったと同時に、HR直前に醍醐と龍麻によって席に運ばれ、先程ようやく朝寝(気絶ともいう)から目を覚ました京一が食って掛かった。

因みにマリア先生も1時間目の日本史の担当教師も京一が机に突っ伏しているのをいつもの事だとろくに気にも留めなかったのは、日頃の行いのせいだろう。

「でも流石ひーちゃんだよねー。どんなに驚いてもちゃんと『力』をセーブしてるもん。」

「ヘンなとこで感心すんじゃねェ!!」

「まぁ、確かに龍麻が本気だったら教室もただじゃ済まなかっただろうな。」

「京一君良かったわね、その程度で済んで。」

「お前らなぁ…少しはやられた俺の身にもなってみろッ!!」

「仕方ないだろ、反射的に出ちまったんだからッ!!」

 友人達の心温まる言葉に不本意極まりないという様子の京一に対し、龍麻は自分の席で次の授業に使う教科書を用意しながら言い返した。

少なくとも、こうして喧嘩もどきをしていれば変に京一を意識しなくて済む。

…というか、だんだん本気でムカついてきた自分に気が付いた。

京一の龍麻に対する態度は先週までと全然、変わっていない。という事はやはり、昨日のアレはバレていなかったのだろう。

苦労してそのように努力していたのだし、龍麻が『男』としてここにいる以上、それは喜ぶべき事なのは分かっている。だけど…。

 もやもやした気持ちのまま、なおも不毛な会話が続きかけた時。

突然、盛大な音を立てて教室の戸が開かれた。

「ちょっとちょっと、京一ッ!!」

 隣のクラスの遠野杏子が勢い良く駆け込んできて、その場にいた全員が目を丸くする。

「アン子ちゃん…また、何か事件なの?」

 不安そうに眉を寄せる葵だったが、アン子の発した予想外の言葉に龍麻は心臓が止まりそうになった。

「そうよこれは事件よッ!!京一、あんた昨日の夕方、すっごい美少女とデートしてたでしょ!?」

「「「「はぁ!?」」」」

 疑問の声は京一を含む4人分。龍麻は頭がパニックになっている為、声が出ない。

(美少女って誰!?京一って付き合ってる女の子がいたのか!?……………って、昨日って事はそれってもしかして俺の事ッ!?)

…どこか天然が入っている。

普段男として生活しているせいもあるが、全く自分の容姿に自覚がないので美少女と言われてもすぐにはピンと来なかったらしい。

「遠野…それが何で事件なんだ?京一のナンパはいつもの事だろう。」

 呆れたような醍醐に応えるように、アン子は更に言葉を進めた。

「甘いッ!!確かに京一のナンパはいつもの事だけど、その成功率は極めて低いのよッ!!しかも情報によると、昨日京一が連れてた子は長い髪にワンピースが似合う、それこそアイドルも顔負けの物凄い美少女で、もう天使か女神かってカンジだったらしいわ。昨日初めて新宿に現れた子らしいけど、早くも謎の美少女として業界人が目を付けて血眼になって探してるって噂よ。それが、こともあろうに京一なんかと親しげに腕なんか組んで、ホテル街から出て来た──────」

 がたたッ。

「ちょっと待ったぁッ!!」

 全く身に覚えのない内容に、思わず椅子をひっくり返して立ち上がってしまった龍麻である。

誰から聞いたか知らないが、どうやらアン子に伝わるまでに話にどんどん尾ヒレが付いていったようだ。

朝に引き続き、普段どちらかと言うとクールな龍麻の珍しい大声に、教室中の生徒が注目するがそれすら目に入っていない。 

 アン子としては常に真神新聞を賑わすネタの提供者から直々に話を聞き出して、『あの蓬莱寺に恋人発覚!お相手は噂の謎の美少女!』とでも銘打って売上アップを謀ろうというのだろうが、冗談ではない。

そんな事をして、万一その『美少女』が『男』である『緋勇龍麻』だとバレた日には、どうなるのか。

 驚いたような周りの視線に我に返り、慌てて言葉を付け足した。

「いや、そーゆーのって一応、プライバシーの問題じゃないかな、と……」

「さっすが相棒、よく分かってるじゃねェか♪」

 途端、ついさっきまでの会話も忘れたかのようにニヤリと笑って京一が龍麻の肩に腕を廻し、ぐいっと自分の方に引き寄せた。

その言葉自体、少なくとも自分が昨日『美少女』といたのを認める事になるのを分かっているのだろうか。

頭から否定すれば簡単なのに、相変わらず下手に嘘のつけない奴である。尤も、それくらいでアン子が引き下がるとも思えないが。

(ぎゃ───ッ!だからくっ付くなってば、この馬鹿猿ッ!!)

 一方の龍麻は動揺を抑えるのに必死だった。こんなのは随分前から慣れていた筈なのに、どうも昨日から意識してしまう。

また反射的に拳を握りかけたが、幸い、すぐに解放してくれたので今回は行動に至らずに済んだようだ。

「でもさ、本当に京一にそんな子がいたなんて知らなかったよ。真神の子じゃないよね、なんて名前?いつから付き合ってんの?」

「小蒔…お前、人の話聞けよ…。大体、アン子の言ってたホテル云々も全くのデマだからなッ!」

「あら、身にやましいコトがないなら話せるでしょ?」

 アン子の指摘にぐっ…、と京一が言葉に詰まらせる。

救いを求めて周りを見るが、いつもの微笑みを浮かべる葵やこういう事に疎い醍醐ですら興味津々といった風情に、誤魔化しはきかないと悟ったらしい。

一度、龍麻の方を見て何か言いかけたが、諦めたように溜息をついた。

「だから、俺も昨日初めて会ったんで、良く知らないんだって。」

(良く、知らない…)

───それはそうだろう、あの格好…というか、女の姿で会ったのは偶然だったのだから。

分かっているのに、何故か龍麻の胸がずきりと痛む。

「良く知らないでデートしてたの?ホント、節操ないわねぇ。その子も何でこんなナンパ男に引っ掛かったんだか。」

「うっせェぞアン子ッ!言っとくけどな、俺だって見境なしにナンパばっかしてるワケじゃねェからなッ。」

(ナンパばっか…)

───そんなの、知っていた。京一の女好きは。なのに、この苦しさは何だろう。

「はいはい、それじゃ知ってる事を────」

 きーんこーんかーんこーん……

しかしアン子が本題に入ろうとしたその時。

京一、そして龍麻にとって救いの鐘の如く、ようやく2時間目の始まりを知らせるチャイムが鳴り響いたのだった。







 無限に続く階段。薄暗い地下には夏だというのにひやりとする冷気と、人為らざる者の発する妖気が充満している。

春にその隠された意味を知ってから、既に何度も訪れた場所。

 その日の放課後、龍麻達は以前からの予定通り、己の鍛錬と資金集めを兼ねて真神学園の旧校舎を訪れていた。

今日のメンバーは真神の5人衆、高見沢、雨紋、藤咲、紫暮、如月だ。

「はぁッ!!」

 龍麻は大蝙蝠を円空破で吹き飛ばし、それがもう動かないのを確認すると大きく息を吐いた。

身体が石のように重い。いつからか頭もズキズキと響き、微かに寒気も感じる。

どうやら寝不足に加え、眠れないからとぼーっとベランダで夜風にあたって長い間呆けていたのが祟って夏風邪でもひいてしまったようである。

なまじ体力に自信があったのが仇になったのかもしれない。我ながら自己管理の甘さに苦笑する。

それでもその責任感から先頭に立って次々と魔物達を葬ってきたので、いつものように10階層程降りた時には龍麻の疲労はピークに達しようとしていた。

回復アイテムも底をつき、他の皆も疲れが出てきているようだ。時間的にもそろそろ引き上げ時だろうか。

「剣掌…旋ッ!!」

 少し離れた場所で放たれる声に、無意識にびくりと身体が反応する。

何気なくそちらを見ると、ちょうど京一が藤咲に襲い掛かろうとしていた吸血鬼に止めを刺したところだった。

「ったく余計なコト、してくれちゃって。」

「素直に『助けてくれてアリガトウ』くらい、言えよなッ。」

 二人の口の減らない会話が微かに聞こえてくる。

「……………」

 また、何とも言えない気持ちが湧き上がり、龍麻は目を逸らした。




 結局。あの後、アン子は休み時間の度に京一にしつこく真相を確かめようとしていたが、当の京一が面倒はゴメンとばかり、必死で逃げ回っていたので事の真偽は謎のままで終わりそうだった。

まぁ、あのアン子がそれくらいで一応引き下がったところを見ると、最初の京一の口振りから本当に大したネタではないと踏んだのかもしれない。

初めは興味津々だった小蒔達もどうせ京一がそんなにモテるわけないし、とすぐに考えを改めたようだ。

 だが。何とか態度には示さなかったものの、龍麻の胸の苦しさは一向に変わらなかった。

ようやく眠れなかった理由…そして京一の態度にいらいらした理由が分かった気がする。

 もともと昨日のデートは、姉の陰謀で半ば強引に仕組まれたものだった(その姉は混乱する龍麻を余所に勝手に満足して夜のうちに実家に帰った)。

長い黒髪のカツラとメイクに加え、気配を消し、更に声が出ない振りをしたので京一はその少女が相棒である龍麻だとは気付いていない。

という事は。京一は本当に女の子なら───誰でもいいのだ。

誰にでも、あんなに優しくして。あんな笑顔を見せて。それは京一のいいところでもあるのだけど。

────初対面の女の子にも、簡単にキスをするんだ。きっと今までも、何度も。もしかしたら、それ以上の事だって。

それが龍麻の胸をきりきりと締め付ける。

 唇ではなかったとはいえ…龍麻にとってはファーストキス、だった。

実は、真神に転校してくるまでは一応普通の女子生徒として生活していた龍麻だが、生来の男勝りの性格ゆえか、本気で男を好きになった事は一度も無かったのだ。下級生の女の子にバレンタインのチョコを貰った事は多々あるが、異性に告白された事もない。

ただこれに関しては彼女に想いを寄せる男は何人もいたのだが、龍麻が天然記念物並に鈍いうえ、そのずば抜けた容姿と出来の良さに引いてしまって結局誰も行動に移せなかった、という事実を知らないのは本人のみである。

 とにかく、恋愛事については中学生以下の龍麻は予想外のキス──それも、親友だと思っていた京一からのもの──に混乱して、昨日の睡眠時間を犠牲にしてしまったわけなのだが。

(馬鹿だよな、俺……)

 京一にとっては、本当に何でもない事に違いないのに。きっとあいつはもっといろんな事、経験している。

もしかしたら────その少女が、龍麻だと知っていたから…だからあんな事をしたのかもしれないと、ちらりとでも思った自分が可笑しい。

バレないように必死になっていたくせに、本当は気付いて欲しかったなんてムシが良すぎる。

 そこまで考えて、龍麻は今更ながら驚いた。それって───────






「───ひーちゃんッ!!」

 自分に向かって掛けられた京一の叫び声と葵の声にならない悲鳴に、龍麻はハッと我に返った。

すぐ目の前に、亡鬼の振り上げた血塗られた爪が迫っている。

まったく、どうかしていた。今はそんな事を考えている場合じゃない。

「くッ…」

 腰を落として紙一重で爪先をかわし、そのまま反動を利用して廻し蹴りを放つ。

強かにダメージを受け、甲高い声を上げて人外の者が怯んだ。

その隙に止めを刺すべく、龍麻が氣を拳に集約させた瞬間。

 がくん。

突然目の前が真っ暗になり、膝の力が抜けた。思わず冷たい地面に手をつく。

最悪な事に、こんな時に昨日の影響が現れたらしい。

再び爪が自分に向かって振り降ろされる気配を感じたが、すぐには身体が反応しなかった。

(やばい……これは、避けられないな。)

 まるで人事のように状況を分析する。

案の定、次の瞬間には掲げた左腕に鋭い痛みが─────

「秘剣・朧残月ッ!!」

 だが。予想していた衝撃は来なかった。強い陽の氣と共に現れた人物によって、鬼の気配は跡形もなく吹き飛ばされる。

今頃になって回復した視力が赤茶けた髪をぼんやりと映した。

「馬鹿野郎ッ、調子が悪いんなら無理するんじゃねェッ!!」

「…京一…?」 

 走り寄った京一の本気で怒った声が何故か嬉しい。

「え…おい、ひーちゃん!?大丈夫かッ!?」

 温かい氣に包まれるような感覚と共に、龍麻は完全に意識が遠のくのを感じた。







 身体が、温かい。

これは……背中?何だか、凄く安心する。この感じ、嫌いじゃない。

「…う…ん……」

「お、ひーちゃん、気が付いたか?」

 聴き慣れた明るい声に、ようやく龍麻は意識を水面上に浮上させた。

ゆっくりと閉じていた眼を開く。

そのまま周りを見渡すと、既にそこはさっきまで居た筈の地下ではなかった。

街灯と商店街の明かりが道──ここ数ヶ月で通い慣れた通学路を照らしている。

(あ…そうか、気を失ったんだっけ…良く無事だったよなぁ…)

 まだ寝惚けていたらしく、どこか呑気な事を思ったりしたのだが。

ふと、今現在自分がどういう状態なのか理解し、龍麻は今日何度目か分からないパニックに陥った。

「きょ、京一!?何でお前が俺をおんぶしてんだよッ!?」

「わッ、ば、馬鹿、いきなり暴れんじゃねェッ!!」

 わわわッ、とバランスを崩して4、5歩踏鞴を踏んだ京一だが、辛うじて龍麻ごと転がるのは避けられたようだ。

思わず二人揃って大きく息をついた。

「あのな、お前が調子悪いのを隠したりするから、俺がこうしてわざわざ家まで送ってやってんだろが。分かったら、大人しくしてろ。」

 結局背負われたままの龍麻からは京一の表情は分からないが、当然と言わんばかりの言葉に、更に龍麻の顔が赤くなる。

「だ、だからって高校生の男が往来でおんぶなんかされてたら変だろッ!!俺はもう大丈夫だからさっさと降ろせよッ!!」

 確かに夜とはいえ(いや、だからこそか?)学生服の男子高校生(しかもどっちもそれでなくても目立つ整った顔立ちをしている)がくっ付いている図というのは一種異様である。現に先程から時々すれ違う通行人の視線がやけに痛い。いかに鈍い龍麻でもそれくらいは分かるというものだ。 

だが実のところ、龍麻が慌てた理由はそれだけではない。

自分のせいで皆に迷惑を掛けてしまったのも情けなくて涙が出そうだが、何で、よりによって京一なのかと思わずにはいられなかった。

勝手なのは承知しているが、やむを得ず背負われるにしても醍醐とか紫暮とか、もっと他にいるだろうにとつい考えてしまう。

実際問題として、龍麻の身長は男として通すのに不自由しない程度あるのだ。

つまり京一よりは低いが5cmしか変わらない。当然、葵や小蒔より体重もある訳で。この状態はかなり、気が引ける。

───そして何よりもこうしてくっ付いていると、自分の心臓の音が伝わってしまう。

それを知られたくなくて、京一の制止も無視して無理矢理背中から飛び降りた途端────龍麻は、アスファルトの道路にへたり込んでしまった。

「嘘、だろ…」

 脚に力がまるで入らない。おまけに、急に動いたせいか頭がガンガンと響く。

…ここまで身体が参っているとは思わなかった。今までの疲れが一気に出たのだろうか。

旧校舎で受けた掠り傷が消えているところを見ると葵が治療の術をかけてくれたのだろうが、怪我ならともかく体調までは完全には直せないらしい。

 呆然としていると京一が苦笑して龍麻の前にしゃがみ込んだ。背中を龍麻に向けて、顔だけ振り返る。

「言わんこっちゃねェ。ほれ、いいから素直に乗れよ。」

「で、でも俺、重いしッ!京一だって、どーせおんぶするならヤローより可愛い女の子の方がいいだろッ!」

「…アホ。今はそーゆー場合じゃないだろが。」

「悪かったな、お前好みの女じゃなくてッ!いいから、お前はさっさとナンパでも何でも行けよッ!」 

 勢いで言ってしまってから、龍麻は自分の発した言葉に驚いた。

何を口走っているのだろう。そんな事を言うつもりじゃなかったのに。

大体、ここまで運んでくれた京一にまだお礼も言ってない。

(…最低だ。)

京一から目線を逸らして龍麻が自己嫌悪に陥っていると、ぐいっと乱暴に腕を掴まれた。

「お、おい、京一!?」

「ちゃんと掴まれッ!!」

 静かな怒りを含んだ京一の声に、龍麻の身体が反射的に強張る。

その隙に京一は龍麻の腕を自分の肩に強引に廻し、器用に竹刀袋と学生鞄を2つ持ったまま、再び龍麻を背中に担ぎ上げた。






「……………」

「……………」

 沈黙が重い。京一はただ黙々と、龍麻を背負ったまま歩き続けていた。 

普段はへらへらしていても流石に男というか、龍麻と共に鍛えているだけはあるというか、旧校舎帰りにも関わらず殆ど疲れた様子は見せなかった。

このままあと10分もすれば龍麻のマンションに着くだろう。

 龍麻は京一の背中で唇をかみ締めた。

(ダメ、だな…もう、普通の友達にも戻れないのかもしれない…)

 京一は悪くない。だけど、京一に対して前のままの自分でいられる自信がある、とは胸を張って言えなかった。

─────気付いてしまった。

京一の顔を見る度に意識してしまう。京一が女の子と話しているだけで胸がざわつく。

自分が『男』としてここにいる以上、それはあってはならない感情なのに。

こんな自分でも仲間達は『緋勇龍麻』を頼りにしてくれているというのに。

「………………………る。」

「え?」

 唐突な、京一の搾り出すような声に龍麻は一瞬何を言われたのか分からなかった。

「だからッ……俺、お前が倒れた時……何でこんなになるまで気が付かなかったのか、すげー自分に腹が立った。もうこんな思い、二度としたくねェ。」

 少し、間を置いて京一が意を決したように言葉を紡ぐ。 



「俺がお前を……ずっと護ってやる。絶対に、この位置は誰にも譲らねェ。」



 照れたような、ぶっきらぼうな言い方。だがその言葉には真摯な響きがあった。

昨日、京一が『少女』であった龍麻の前で呟いたのと同じ響き。

「………俺、京一がいつもナンパしてるみたいな可愛い女の子じゃないんだけど。」

「まだ言うのかよ、マジで怒るぞ。俺は『お前』を護るって決めたんだ、例えお前が迷惑だって言っても止めるつもりはねェからな。」

「……………」

「……………」

 先程とは明らかに違う沈黙が二人の間に下りる。

たっぷり3分は考えた後、ようやく龍麻は躊躇いながら京一の肩越しに一つの疑問を投げかけた。

「……………………………………………………………ホ○?」

「なワケあるかぁッ!!!」

 あまりと言えばあまりな龍麻の反応に、京一が力一杯否定したのは言うまでもない。






 それでも。

「………髪、長いのも似合うぜ。今も可愛いけどな。」

「………………馬鹿。」

 静かな、だけど全てを物語る言葉が『親友』をそれ以上のものへと変えていく。

龍麻は京一の首筋にゆっくりと顔を埋め………自分を護る温かい氣に包まれて再び深い眠りに落ちていった。







 そして翌日。

「…京一…昨日、俺に何をした…?」

「ま、待てッ、俺は何もしてねェぞッ!!そりゃ制服が皺になると思って脱がしたけど、それ以上はまだしてねェッ!!」

「………………信じられるかッ!!大体、あの時だって知ってて騙すとはいい度胸だなッ!!」

 真神学園の屋上で、たっぷり睡眠をとって完全復活した龍麻と京一の、一方的なバトルが人知れず繰り広げられたという。


まだまだ、この二人に真の春は遠い──────。







       【相変わらず自分で砂を吐きつつしつこくやってる座談会】

京一「…なんか俺、全然カッコイイとこ無かったよな…全国一千万の俺のファンが泣くぜ。」

龍麻「それは俺も同じだ。(←その前に全国云々にツッ込めよ…)

   作者の力量は知ってたけど……(遠い目)。

   あっ、そういやお前、どうやって俺ん家に入ったんだよ。」

京一「そりゃ、ひーちゃんの鞄から鍵を借りたに決まってるだろーが。

   家の場所は前にも醍醐達と行った事があるから知ってたし。

   へへへッ…ではここで読者サマに問題ッ♪

   俺はひーちゃんを送って行った時、何をしたでしょーかッ!?」

龍麻「……………マジ、か…………?」

京一「さぁてな………って、ば、馬鹿、冗談だってッ!!(←本当か?)

   いくら俺でも意識のねェ病人に手を出すわきゃねーだろッ!!

   だからその構えはヤメロォ──────ッ!!!」 

         凄まじい爆音が響く。合掌。





1本の小説としては自己最長記録だったコレ。
しかし…どうしてこのシリーズの京一はこうもクサイんだろう。
時々、書いてて「うが─────!!」と叫びたくなります(笑)。
そして冬子ちゃん。京一への気持ち、一見すると自覚しているようですが…
実はこの時点ではまだそれが『恋』とは気付いていないのです〜♪
(続かせる気がなかった為についうっかり書いてしまったという訳ではない…たぶん…汗)