【約束〜劉〜】





桜の花びらが舞う新宿中央公園。

「劉―ッッ!!」

突然響いた聞き慣れた声に劉弦月は驚いて振り向いた。

見ると、やはり予想に違わず、一人の少年…いや少女が息を弾ませて走ってくる。

「良かったー、逢えて…」

「どないしたんやアニキ、わざわざワイに逢いに来てくれたんか?」

 緋勇麻央。元、真神学園3年。元、というのは昨日が真神の卒業式だったからである。

本当は麻央にお祝いの言葉をかけようと劉も卒業式に駆けつけたのだが、生憎着いた時にはすでに麻央は帰宅したらしく、逢えずじまいだった。今日あたり直接顔を見に押しかけてやろうかなどと思っていたので、向こうからやって来てくれた事に自然、顔がほころぶ。

「一生―ッのお願いだ!!一緒に中国へ行ってくれ!!」

「……へッ?それって……」

 唐突な話に目を丸くする。つまり、それは、自分と……。

「京一の大馬鹿が、一人でさっさと中国に修行に行っちまったんだ。俺と行こうって約束したのに、黙って行くなんて許せない!!絶対、一発殴ってやる!!だけど、追いかけようにも、修行場所なんて見当もつかないし、もう、劉だけが頼りなんだ!!」

「……………」

 そういう事、か。劉は小さく溜息をつく。ずっとこの人を見てきたのだから、薄々そんな気はしていた。同時に、この人にここまで言わせた男、蓬莱寺京一に嫉妬を覚える。

「頼むッ、劉様ッ!!」

「…しゃーないなぁ…、あんたにはかなわんわ。どうせ、近いうちにワイも村に帰るつもりやったし、付き合ったる」

 何だかんだ言っても惚れた弱み、例えライバルに塩を贈ることになろうとも麻央の頼みを断る事などできるはずもない、劉であった。






 麻央と劉の旅はもうすぐ3週間を過ぎようとしていた。

相変わらず麻央は男の服装をし、言葉遣いも男のまま、傍から見れば男二人連れにしか見えない。しかし正直、この状況は劉にとって何とも言いようのないものだった。

 最終目的はこの際横に置いといて、麻央と一緒に旅するのは楽しい。このまま京一なんか見つからなければいいのにと思ってしまう事もある。(かといってさすがにワザと見当違いな場所を選ぶ、といった真似は良心の呵責からできないあたり、劉らしい)

 しかし。運良く宿が取れればもちろん部屋は別々にするのだが、目的地が目的地なだけにどうしても野宿が多いのだ。若い男女が二人っきり、しかも男の方は女に好意を持っている、これで問題が起こらない方が不思議である。

 だが麻央は根っから鈍感らしく、全く劉の気持ちに気づく気配もない。かわいい弟として絶対の信頼を寄せられてしまっては劉としてはただ己を制するしかなかった。もっとも、何かしようとしたところで相手は『黄龍の器』、返り討ちに合うのが関の山である。

 いや、決死の覚悟で完全に寝込んだところを狙えば(オイ)、劉とて《力》がある以上、何かする事もできただろう。だが大切な女性である麻央を裏切るなんて事は死んでもできなかった。

 初めて自己紹介をした時。どうして男の姿をしているのかと思った。

彼女とは生まれたばかりの頃に一度会っている。もちろんその時の記憶など残ってないが、自分の故郷を救った男…緋勇弦麻の話と、彼の子供が女だという事は劉も聞かされていた。

 だが彼女の仲間達の態度を見ていると、誰もそれに気づいてはいないようだった。

最初は奇妙だと思った。しかしすぐに納得した。緋勇麻央という人間は容姿も《力》も並ではなかったが、それ以上に男女の性別を超えた、人を惹きつけるものをもって生まれた人間だった。

 自分の名前『弦月』は弦麻亡き今、その子麻央を陰で支える月と為れ、という意味が込められている。そんな理屈を抜きにして、彼女の魂に惹かれた。

性別については本人が秘密にしているからには他人がばらすわけにはいかない。

劉は彼女を「アニキ」と慕った。そのうち機会があれば直接聞いてみようと思っていた。

 そしてあの時。

柳生宗崇は客家の村を襲った時と同様に突然現れ、一瞬で麻央を真っ赤な液体で染めた。

 劉はただ呆然と見ているしかなかった。脳が情報を処理するのを拒否していた。

我に返った時、崩れ落ちる麻央を眼の端に捉え、慌てて逸早く駆け寄った京一と共に支えた。止血の為に彼女の制服の前をはずす。

同時に、予想もしなかったであろう事実を知り、京一達が息をのむのが分かった。

 劉はそんな事などどうでも良かった。ただ、自分が許せなかった。護れなかった事に。

やっと見つけた、大切な人なのに。活剄を唱え、脱いだ自分の学ランで傷口を押さえて出血を少しでも抑える。ふと見ると横に自分以上に悲壮な顔をした京一がいて、必死で麻央に呼びかけていた。

その時、こいつも自分と同じ気持ちなのだと分かった。






「…劉?どうした、ぼーっとして」

「あ、いや、なんでもあらへんよ」

 麻央の不思議そうな声に劉は我に返った。

「京一はん、次こそ見つかったらいいなーって思ってたんや」

 咄嗟にテキトーな事を言って誤魔化す。実際、中国に渡ってから心当たりを片っ端から探して回ったが今まで何の手がかりもなかった。考えてみれば山篭りをする場所など、この大陸には腐るほどあるのだ。だが今回は少し進歩があった。

とある場所で細長い袋を肩に担いだ日本人らしき青年を見かけた、という情報を偶然仕入れる事ができたのである。

「見つけたら思いっきりぶん殴ってやる!!」

 相変わらず麻央は素直じゃない。何度も聞いた台詞に劉は苦笑する。京一がなぜ自分を置いていったかも気づいてないようだ。

 最後の闘いの時、劉もその場に居た。絶望的な状況を、麻央はその<力>をもって覆した。自分達との圧倒的な差。京一はきっと、その差を埋める為…麻央と同等になる為に姿を消したのだろう。劉も一度は同じ事を考えたのだから彼の気持ちは痛いほどよく解る。

 2人が再会した時、自分はどうすればいいのだろう。

今自分が麻央に必要とされているのはその為だと理解していても、素直に引き下がれる自信はなかった。

 それにしても……。今目指している場所は確かに伝説の修行場、と呼ばれてはいる。

その噂を聞いた京一がそこに向かってもおかしくはない。

 だが、その本当の意味を知る数少ない地元の者は決して近寄らない。単に山奥だから、という訳ではないのだ。

麻央に言うべきか、黙っておくべきか。

でも本当に京一が居るとも限らないし、必ず犠牲になるとも限らない。

それに自分の知っている事だって本当とは思えない。密かに悩む劉であった。






 そして運命の日。見渡す限り、荒涼とした岩々。その中に無数の池。

「秘拳・鳳凰―ッ!!」

 麻央は僅か100メートルしか離れていない所に居ながら、大声で呼びかけても自分に全く気づかない京一に腹を立て(どうやら幻聴とでも思っているらしい)、劉が制止する間もなく奥義を放った。

京一はあっけなく吹っ飛び、間の抜けた叫び声と派手な音を立ててすぐ前方の池…泉に頭から突っ込む。

「呼んでるんだから、返事くらいしな……!?」

 泉に駆け寄った麻央はただ、絶句した。目の前を凝視する。

その様子を見た劉は仕方なく説明する。

「…あのな、ワイも信じてなかったんやけど……ここ、『呪●郷』っていうんや……」 

 つまり、京一の落ちた泉にはウン千年前にソノ生き物が溺れたという悲劇的伝説がある、いう訳らしい。以来、その泉に落ちた者は水をかぶると皆……。

さすが中国。もちろんどんな回復アイテムも効き目はない。

ついでに言っておくと、18年前の龍脈の活性化のせいか、一度呪われたら、例えすぐに男溺泉につかろうともそう簡単には治らない。



『ちくしょーッ、俺が何したってんだーッッ!!!!』



愛する人との感動の再会、成らず。

元、京一の叫び(らしきもの)が青空に響き渡った。






 薄幸の青年、劉弦月にもようやくチャンスがやってきたのかもしれない。           

どうやらもうしばらく2人と1匹の珍道中は続きそうであった。





ははははは(乾いた笑い)。
分かる人には分かるネタっすね。はい、『ら○ま』です。
中国で修行といったら、コレしか頭に思い浮かばないのは私だけ?
結局京一は水を被ったら何に変身するようになったんだろう。
猿だったらそのまんまだからつまんないしなぁ。
↑本当に京一ファンか?