【罪】 どさっ。 俺は半分意識を朦朧とさせている女を、ベッドの上に乱暴に降ろした。 「きょ…いち…?」 自分の身に何が起ころうとしているのか。 ようやく悟ったらしく、そいつは俺を押し退けて身体を起こそうとするが、そうはいかねぇ。 あっさり組み敷いてその細い腕を掴まえ、ベッドに縫い付けてやった。 「ど…して…」 「薬が効いてるんだろ。暫くは流石のお前も俺に勝てねぇ。」 掛けられた疑問の声に、わざと的を外して答えてやる。 実際、女とはいえ徒手空拳でバケモノ相手に渡り合い、全ての決着が着いた今も《黄龍の器》としての絶大な《力》をその身に宿らせているこいつに、素手で俺が勝てる可能性は低い。 ───だから、非常手段を使わせてもらった。 「そ…じゃない…」 薬のせいでマトモに話せないのだろう。だけどこいつの言いたい事は分かる。 『親友』だから。『相棒』だから。いや、だった────から。 「………ッ」 無理矢理、その形のいい唇を俺の唇で塞いだ。僅かに残った力で抵抗しようとする腕を更に抑え付ける。 それでも頑なに拒絶の色を見せるこいつの口内を貪るように侵した。一方的なキス。 やはりどれだけ求めても応えてこない。だけど俺の中の熱は益々強くなっていく。 「つッ……」 ふいに、小さな痛みを感じた。 ようやく唇を離し、身体を起こして手の甲で透明な液体を拭うと、そこには僅かな血が混じっていた。 俺の唇から滲み出たもの。 「……………」 ベッドに横たわった女の瞳は俺を真っ直ぐに見つめていた。唇をぎゅっと噛み締めている。 それでも信じていた者に裏切られた、という顔じゃない。 どうして俺がこんな事をしたのか分からない、とその瞳が言っていた。 まだ、俺を『親友』と思っているのだろうか。それがどんなに残酷な事かも知らずに。 ───次の瞬間、俺はそいつの着ていたシャツのボタンを引き千切った。
あっさり何の疑いもなく自分の部屋に入れる、心から信じた『相棒』。 それ以上でも以下でもない。どれだけ俺が想っても、それが届く事はない。 ずっと側に居た俺には分かってしまった。 分かっていたから、面と向かって言えなかった。 この関係すら失うのが怖かった。 必死で『親友』を演じていた。 もう隠せない。 俺は……こいつを愛している。 この世で一番大切なもの。 こいつを失ったら、きっと俺は狂ってしまうだろう。 いや、もう狂っているのか。 こんな事を思い付いた切っ掛けなんか覚えてねぇ。 どんなに頭を振っても一度浮かんだ考えを消す事は出来なかった。 暴走する心を止める事は出来なかった。 ………誰にも渡せねぇ。 誰かに渡すくらいなら、俺がこいつの全てを奪ってやる。 俺が、こいつを壊す。 一番大切だから。
「…力、抜けって…」 初めてなのだろう。 痛みで整った顔を歪ませ、その漆黒の瞳から大粒の涙を流すそいつを、俺は自らの欲望で貫いた。 白い綺麗な肌には既にいくつもの所有印が至る所に散りばめられている。 俺が、付けたもの。もう何も考えられない。ただ、獣のようにこいつを求めるだけだ。 やがて。 「…ぁ…ん…」 身体の自由がきかなくても必死で俺を拒絶しようとし、恐るべき鋼の精神で唇を噛んで声を抑えていたこいつも、ついには甘い声を響かせた。 今まで聴いた事のない、声。 それがますます俺の熱を高める。 「く…ぅッ」 最奥まで行ったところでその中に、熱いものを放つ。 動かない筈の白い身体が大きく仰け反った。
俺はゆっくりと掛け布団を捲ってベッドから身を起こした。すぐ横ではかつての『親友』が俺と同じく全裸のまま、泥のように眠っている。 壁に掛かった時計を見ると、時刻は8時少し前。 結局昨夜は───夜の早い時間から明け方までこいつを離さなかった。何回やったのかも覚えていない。 どちらにせよ殆ど眠っていない計算になる。 「………………」 改めてそこに眠っている女を見て、思わずぎくりとした。 昨夜の痕が艶かしく残っていた。汗と、俺の放ったものと、鮮血。その頬には涙の痕。 俺はそいつを起こさないように立ち上がり、ベッドの足元に脱ぎ散らかしてあった制服を掴むと風呂場に行ってまずは素早く自分の体裁を整えた。 そしてお湯で絞ったタオルでそいつの身体を丁寧に清め、勝手にクローゼットを漁って見付けたパジャマを着せてやる。 もちろんシーツも取り替え、きちんと掛け布団を掛け直した。 ここまで、こいつは少しも起きる気配を見せなかった。 まるで人形のようにぐったりとして、されるがままだった。薬の効果はもう切れている筈だが、あれだけの事をさせたのだから無理もない。 ────そして、精神的なショックはどれほどのものだろうか。こいつは、信じていた者に裏切られた。 「………すまねぇ………」 疲れきった…それでも別世界の住人のように綺麗な顔を見ているうちに、自然に言葉が出た。 どれだけ謝ったところで、許されるものじゃないのは俺が一番良く分かっている。 こいつを傷つける奴は、例え俺でも…いや、俺だからこそ許す事はできない。 だから。 「もう、二度と…お前の前には現れねぇから安心しろ。」 それが、俺がこいつにしてやれる最後の事。 こいつが俺を殺してくれるならいい。だけど優しいこいつは、自分がどんなに傷ついていても俺を殺す事など出来ないだろう。 それなら俺が自分で消えるしかない。 ────万が一こいつが全てを許してくれても、そうでもしないと俺は再びこいつを傷つけちまう。 きっとどんな事をしてでも再びこいつを手に入れようとするだろう。 俺の中には、未だ《鬼》が棲んでいる。散々闘った実物の《鬼》よりも醜い《鬼》。 これ以上こいつを苦しませる訳にはいかない。 「…元気でな。」 俺は、眠り続ける愛しい女に別れの言葉を告げると、そのまま部屋を後にした。
俺は買い出しの為に久しぶりに人里に降りてきていた。 あれから、約3年が過ぎている。その間、俺は中国の各地を回ってただひたすら剣の修行に明け暮れていた。 もう俺に残されたものはこれしかなかった。東京に戻る事などできない。 自らの欲望によって全てを失ったあの時。 本当は死のう、と思っていた。だけど───直前になって気付いてしまった。 俺のこの命は、あいつが命を懸けて護ってくれたものだという事に。 龍脈を巡る闘いで、背中を預けて共に闘ってきたあいつに何度助けられたか分からない。 それに気付いてしまうと、安易に自分から命を絶つ事は出来なかった。今更だったが、あいつをこれ以上裏切る訳にはいかなかった。 あいつのいない世界に生きていても仕方がないというのに。 だから俺は死に場所を求めて、ひたすら無茶な修行を積み重ねてきていた。
ふいに掛けられた自分の名前に、我に返った。 心臓が鐘のように激しく鳴り響く。 長い間耳にしていない日本語。そして何より、この声は…………。 「……なん、で……」 言葉が出ない。 目の前の光景が信じられない。幻覚だろうか。だけど忘れようのない気配がそれが現実である事を証明している。 呆然としている間に、その人物はゆっくりと俺の方へと近付いて来た。 と、同時に勢い良く吹き飛ばされる。………やっぱり間違いない。 「何で、はこっちの台詞だよ、この馬鹿ッ!!」 懐かしい口調。俺が壊した筈のこいつは、少しも変わっていなかった。 相変わらず動き易さに重点を置いた服装。この3年でどことなく線が柔らかくなり、顔立ちも女っぽさを感じさせるようにはなっていたものの、その雰囲気と精錬な氣は高校生のあの頃のままだった。 それでも何故、こいつがここに居るのかが分からなくて半ば放心したまま、のろのろと地面から立ち上がろうとして。 その女のジーパンの端を握り締め、後ろに隠れるようにして立っている小さな陰にようやく気が付いた。 こいつと同じ、黒曜石の瞳。愛らしい顔立ち。そして……赤茶けた髪の毛の子供。 「この、子…は……」 声が掠れた。全身が泡立つような感覚に襲われる。 「そ。京一の、子供だよ。」 あっさりと宣言されてしまい、俺は二の句が継げなくなってしまった。 もともと容量の多いと言えない頭が完全にパンクしている。 立ち尽くす俺を、そいつは真っ直ぐに見つめてきた。あの時と同じ瞳。 「許すつもりはないからね。…あんな形で私の前から姿を消すなんて、最低だ。」 「………………」 「正直、ショックだった。怖かった。あの時私は京一を一番大切な友達だと思っていたから。…だけど。」 そいつは一呼吸置くと、俺に泣きそうな笑顔を見せた。 「京一が居なくなって──私は狂いそうになった。どれだけ京一が私にとって大切な存在だったのか、その時になってやっと気が付いた。…京一の子がお腹にいるって知って、凄く嬉しかった────」 最後まで聞く事は出来なかった。 気が付けば俺は夢中でそいつを抱きしめていた。 「馬…鹿野郎…何で、あんな事した俺を…お前の人生を狂わせちまったってのに……ッ」 身体の震えが止まらない。知らず一筋の涙が俺の頬を流れた。 これは夢なんじゃないだろうか。全部、俺に都合の良い夢みたいで。 信じられなくて、信じたくて、必死でその存在を確かめるように掻き抱く。 こいつも俺の腕の中で泣いているようだった。 「…京一に馬鹿って言われたくないよ。それに許すつもりはないって言ったろ…これから、一生面倒見てもらうから。」 「ったりめーだ…絶対、離さねぇからな…お前も、子供も…」
やっと言えた言葉。 言いたくて、言えなくて。だけど、そんな言葉以上の感情があるのだと初めて知った。 同時にあれだけ側に居たのに、こいつの何も分かっていなかった事に今になって気付く。 こいつは、結果はどうあれ信頼を裏切った俺をずっと心配してくれていたのだ。 誰よりも強く、誰よりも優しい。こいつはそういう奴だった。 俺の罪は許されるものじゃない。 けど、一生を懸けて償ってみせる。そのチャンスを与えにこんな処まで来てくれたこいつを本当に愛しいと感じた。 俺は静かに目を瞑るこいつの唇に、ゆっくりと誓いのキスを捧げた。
どれだけ長い間、抱きしめていただろう。 ようやく解放すると、そいつは涙を拭ってにっこりと微笑んだ。 不思議そうに俺達の周りをちょこちょこと周っていた子供の頭を撫で、地面に置いてあった旅行鞄の中から何やら取り出す。 改めて向かい合って、入れ物から取り出したそれを俺に差し出した。 「はいッ、卒業おめでとう。」 「…っておい、これって真神の卒業証書じゃねーかッ!」 ちゃんと蓬莱寺京一、1998年度卒業生となっている。 確かに俺は退学届も出さずに東京を去ったが、出席日数からいっても無事に卒業出来る可能性は限りなく低かった筈だ(自慢にならねーが、それまでがそれまでだったし)。 「ん、ちょっと犬神先生に頼み込んでさ、おまけしてもらったんだ。」 「それでどーにかなるのかよ…つくづくお前って凄ぇな…」 確かにマリアセンセーはあの決戦の日以来行方知らずになっていたが、何でまたよりによって犬神なんだ…。 こいつに掛かるとマジで不可能は何もない気がしてくる。 「感謝しなよ?」 「………だな。」
子供がきゃっきゃと子供特有の笑い声を上げ、こいつと二人で顔を見合わせて笑う。 この温もりを二度と離さない。これからは俺が護ってみせる。もう一度、心の中で誓う。 ─────俺達は長い道程を経てようやく『親友』、そして『相棒』を卒業した──────。 生まれて2度目に書いた18禁(爆)。 |