【ちょっと思った事】 いつものように人でごった返す新宿駅西口。 そろそろどの学校も放課後なのだろう、学生服の姿も多い。 「あっ、藤咲じゃねーか!」 自分を呼ぶ聞き覚えのある声に藤咲亜里沙は振り返った。 言葉だけ見ると男のようだが声の主はれっきとした女子高生である。 「あら、雪乃に…雛乃じゃない。珍しいわね、こんな所で会うなんて。」 「ん、今日は部活も休みだからさ、雛に付き合って買い物なんだ。そーゆーお前こそこんな所で何やってんだ?買い物か?」 「まぁそんなとこね。」 本当は何処かにイイ男でもいないかなどと思っていたりもしたのだが、この双子にそのような話をしても仕方ない。2人共、仲間としても友人としても結構面白い子ではあるがどうもその方面に関しては藤咲とは感覚が異なるようだ。 ただ、真神学園の緋勇龍麻という男に関しては揃いも揃って同じような気持ちを抱いている。 もっとも、それは彼に接した事のある女性の大半がそうであり、恋というよりファンという意味合いが強いかもしれない。 「どうでしょう、お暇でしたらその辺りでお茶でもご一緒しませんか?」 「そうねぇ…」 その時、藤咲の携帯電話が鳴った。着メロは流行の男性ヴォーカリストの新曲。 「あ、ごめん、……なんだ、龍麻じゃない。何?旧校舎?OK、丁度新宿に出てたのよ、すぐ行くわ。じゃあね。」 携帯を切って、先程の会話で事情が分かったらしい双子に詫びる。 「悪いわね、そーゆー訳でこれから真神に行かなくちゃ。」 「いいって気にすんな。」 それにしてもオレも久しぶりに暴れてストレス発散したいぜ、などと雪乃がこぼそうとした時、今度は雪乃の携帯が鳴る。これは最近メジャーデビューしたロックバンドの曲のようだ。雪乃は慌ててスイッチを入れる。 「あ、龍麻…くん!旧校舎だろ?こっちはいつでもいいぜ!…雛?うん、分かった!じゃあな!」 「どうやらそっちもお呼びがかかったみたいね。」 「ああ、雛、お前も来てほしいってさ。」 「はい!」 雛乃は見るからに嬉しそうな顔をして微笑む。 「じゃ、行こうか。」 藤咲の言葉を合図に、3人は並んで目的の場所へと歩き出した。
歩きながら他愛のない話をする。 「そう?あたし、あの歌手、わりと好きなのよね。雪乃のもなかなかイイわよ。」 「だろー?雛ももう少しカッコイイのにすればいいのにさー。」 「え……私はあの曲が好きなので……」 ほんの少し顔を赤くした雛乃を見て藤咲は興味をもった。 「え、何の曲?」 「………その、『エリーゼのために』ですわ……」 「……らしいと言うか……ま、いいんじゃない?」 それから自然と仲間達の携帯の着メロは何だろう、という話になってきた。 龍麻から何時呼び出しがかかるか分からないので皆、携帯は持っているはずだ。 1999年の夏くらいになると殆どブームは去ってしまうのだが、98年の冬である今はちょうど着メロの全盛期である。 「あ、でも、壬生の奴は《仕事》があるから、いつも振動モードにしてあるって聞いた事があったな。」 「小蒔様のは、この前お会いした時は『ドラえもん』でしたわ。」 「そういえば舞子はちょっと前までSMAPだったわね……」 その他の仲間達は想像するしかない。 「美里様や比良坂様なら、きっと美しいメロディのクラシックですわね。」 実際は機関銃の乱射音だったり、『ルパン三世』だったりしてもそれを確かめる術はない。 「醍醐や芙蓉はどうせフツーの着信音だぜ。そーゆー柄じゃないからな。」 「京一は……あいつの事だから99%、アイドルの歌、ね。舞園さやかのすごいファンらしいし。」 「それを言ったら、霧島は200%、さやかちゃんの歌だろ?」 しかし、もし万が一、京一がCDでも出そうものなら速攻でそちらを入れるであろう事は誰もが予想可能だ。 「案外、雷人もさやかも自分の曲を入れてるかもね。」 「紫暮はなんか、『柔道一直線』ってカンジだよな。」 「姉様、あの方は柔道ではなくて空手家ですわ……」 気持ちは解る。だが、何故そんな昔のTV番組を知っているのか。(当然、作者も殆ど知らない。) 「骨董屋は……三味線とか尺八、もしかして美空ひばりなんかだったりして……あいつ、顔はイイのに爺くさいのよねぇ……」 『忍者ハットリくん』などにしてくれたら笑えるのだがソレを本人に面と向かって言える命知らずな者はいない。そもそも三味線の音が着メロで出来るのか?他の曲にしても、既にそれが可能かどうかまで考えが至らなくなっている。 「アランの奴は、うーん、やっぱアメリカっぽくビートルズとかゴジラとか?」 因みにアランはアメリカ人ではなくメキシコ人とのハーフである。ゴジラも本場は日本。 「劉様には『笑点』など、お似合いかもしれませんわね。」 ついでにハリセンでも装備してくれたら完璧である。(何が?) 「マリィはディズニーソングあたりが妥当じゃねーか?『ミッキーマウスマーチ』とか。」 「それなら、あの正義の味方3人組は全員『ウルトラマン』なんかの特撮ヒーローものじゃない?」 「そうですわね、『ウルトラマンガイア』『激走戦隊カーレンジャー』『救急戦隊ゴーゴーファイブ』…」 何故そんなにごく最近の特撮に詳しいんだ雛乃。 「村雨の奴は軍艦マーチとか、競馬場のテーマなんて入れてそうよね。」 「それか、『男はつらいよ』なんてのもありそうだぜ。あいつ、オッサンだからなー。」 もし『タイタニック』のテーマが村雨の携帯から流れてきたら恐怖である。 「裏密様は……《悪魔を召喚する音》が入っているかも……」 「それ、洒落にならないからやめとけって!!なんか、御門の野郎も携帯なんか無くてもお告げとか、易とかでじゅーぶんそうだな……」 などなど。勝手な想像に華を咲かせるうちに、3人は新宿真神学園の旧校舎前に辿り着いた。 校舎の入り口では先程の会話に出てこなかった人物、緋勇龍麻がすでに集まっていた仲間達の装備を確認している。 「…なぁ、あいつの着メロ、想像つくか?」 仲間に軽い挨拶をしながらその輪の中に入る。そして龍麻に聞こえないように小声で問う雪乃に、雛乃も藤咲も首を振った。 細身ながら、無駄なく鍛えた身体。長い前髪に隠されて普段はあまりよく見えない表情。それでいて、何かの拍子に覗く顔だちは実はとんでもなく美形だったりする。基本的に必要最低限の事しかしゃべらないクールな性格。だが、間違った事は絶対言わないので皆の信頼は厚い。誰にでも分け隔てなく接し、彼の人を惹きつけるカリスマ性は本物だ。 しかし。どこか、掴み所がないのも事実なのである。 ここまできたら、彼がどんな着メロを使っているのか知りたい(いや、他の仲間にしても単なる予想であって確認した訳ではないのだが)。 龍麻本人に聞いてみようかとも思うのだがそれを躊躇わせる何かがあって、流石に豪胆な雪乃でも切り出せないまま、数分が過ぎた。 「それじゃ行こう。」 装備の確認が終わり、龍麻は旧校舎の秘密の入り口の扉に手をかけながら仲間を促した。 仕方ない、また今度聞こう、と雪乃が2人に目線を向けた時。
………………………………………ラッパのマークの正●丸、である。
何事も無かったかのように携帯の電源を切る龍麻を、雪乃、雛乃、藤咲だけではなく、その場に居た全員が半ば放心して見つめる。それに気づかないのか、はたまた、知ってて無視してるのか。龍麻は珍しく少し微笑みながら皆を振り返って静かに言った。 「待たせたね、行こうか。」 3人の疑問は思ったよりも早く解けたが、ますます緋勇龍麻という人間が解らなくなった一同であった。
今となっては珍しくも何ともない着メロネタ。 |