【素敵な日常2】





 ここは、新宿区のとあるマンション。

1LDKのこの部屋は住人の好みに合わせて木目調でまとめられており、心地よい雰囲気を醸し出している。

時刻は夜7時を少し過ぎたところで、淡いグリーンのカーテンの隙間からは都会のイルミネーションが差し込んでいた。

「自分の家だと思って気楽にしててねー。」

 扉の向こうのキッチンから鼻歌と共に掛けられた声に、劉弦月は頬を緩ませた。

パタパタとスリッパの音が響き、次いでトントンと包丁で何かを刻む音が聞こえてくる。

(わい、ツイとるなぁ…)

 暖かい部屋で炬燵に入りながらしみじみと思う。初めて入った弓奈の部屋は、彼女の氣が感じられて心地良い。

───今日は土曜日。先程偶然、買物帰りの彼女に出遭った。

真冬の夜は早い。既に暗くなっていたのもあって荷物持ちついでに(それまで彼女一人でベランダのプランター用の腐葉土10kgを含む買物袋3つを運んでいたのは流石と言うべきか)このマンションまで彼女を送ったところ、お礼にぜひ夕食を食べて行くようにと薦められたのである。

実の姉のように───あるいはそれ以上に慕っている少女にそう言われて、劉が断る理由などない。

 彼女に想い人がいるのは知っている。それが両想いである事も。

随分前から仲間内でそれを知らぬは本人ばかりなり、という状態だったが最近になってようやく二人は自覚してきたらしい。

それでも。いや、だからこそ。こうして彼女と二人っきりで居られる時間は貴重であり、純粋に嬉しい事だった。






 ピンポーン。

30分程が過ぎた頃。ふいに、玄関のチャイムが鳴った。

「ごめん、弦月。今、手が離せないから出てくれるー?」

「よっしゃ、お易い御用や。」

 扉越しに弓奈に頼まれ、劉は炬燵を出て玄関に向かった。

こんな些細な事でも何だか本当の家族になったように思え、足取りに心持ちスキップが入ってしまう。

 が。

「どちらさんで…」

 ガチャリ。オートロックの扉を開いた瞬間、劉は固まってしまった。

ヒュッと鋭い音がしたかと思うと顔のすぐ横、数ミリの所を何かが掠め、髪の毛が宙に舞う。

つー…と赤い液体が頬を流れた。

「やぁ、劉君。元気そうだね。」

 静かな声と共に目の前に立つのは上から下まで黒一色で染められた長身の男。

片手に携えた白い紙袋だけがやけに浮いていた。

(み、み、壬生はん──────ッ!?)

 声にならない悲鳴を上げる劉。

彼こそが弓奈の想い人であり、仲間内で最も危険な(いろんな意味で)人物なのである。

「どうして君がここに居るんだい…?」  

「そ、その前に今の蹴りは何やったんや!?もう少しで天国の父ちゃん達と再会するとこやったで!!」

「いや…蚊が飛んでいたようだったからね。」

「冬に蚊がおるか────ッ!!って、普通蹴りで蚊をどーにかするもんとちゃうやろッ!!」

 取り敢えず活剄で頬の傷を癒しながらも、きちんと突っ込みを入れるのはエセ関西人の条件反射なのかもしれない。

「それよりも…まだ、質問の答えを聞いてないんだけど。ここは弓奈の家ではなかったかな。」

 …あくまで無表情かつ丁寧なのが余計に怖い。

やましい事は今のところ何もないが、下手な事を言えばどうなるのか。

劉とて封龍の一族であり、宿星に導かれし者。裏の龍と比べても、純粋な《力》で見れば決して見劣りするものではない。

だが、こと弓奈が絡めば話は別なのだ。彼女の為なら通常の戦闘の数倍の実力を発揮し、拳武館の知識と権力を躊躇う事なくフルに活用するこの暗殺者とまともに闘って勝てる人物はそうはいないのが現状である。

うっかり口を滑らせたが為に京一が暫くの間、桜ヶ丘でお世話になったのは記憶に新しい。

更に、戦闘では常に冷静な指示をとばす皆のリーダー的存在である弓奈だが、惚れた欲目か、彼女は殆ど無条件で壬生の味方をするきらいがあるから(それだけ壬生を信じきっていると言える)犠牲者は堪ったものではない。

 と。

「弦月、何を騒いで…って、ぶーちゃん!?」

 やっと料理に一区切りついたのか、キッチンから顔を出した弓奈が驚いたように声を上げた。

今の今まで壬生は自分の気配を完全に絶っていたので気が付かなかったらしい。

因みにこの『ぶーちゃん』という壬生の呼び名は、彼女だけが許される。

最初は二人っきりの時だけにして欲しいと言っていた壬生も最近はどうやら諦め…惚気モードが入っているらしく、黙認しているようだ。その呼び名を聞いて爆笑した者がどうなったかは語るまでもない。

「こんばんは、弓奈。」

 ついさっき劉を脅していたのとは全く違う声で壬生が微笑んだ。彼が二重人格ではないかと疑われる所以である。

「あ…うん…」

 しかし、どうした事か。

いつもなら天然炸裂、屈託なく壬生に飛び付く弓奈が困ったような表情を浮かべた。

それに気付いた壬生が整った顔を微かに歪める。

(ど、どーしたんやアネキ!?あかん、このままやとわい、あらぬ誤解で明日には東京湾に沈められてしまう!!)

 心の中で叫ぶ劉の読みは恐らく正しい。…彼ならやる。間違いなく。

折角の二人っきりの夕食だったが、こうなるとそうも言っていられない。

「ア、アネキ、ちょうど良かったやんか!!御飯は大勢で食べた方が美味いんや、壬生はんにも夕飯ご馳走してやったらええ!!な!?」

 必死のフォローを入れる。だが。

「弓奈、僕なら気にしなくていいよ。お邪魔みたいだしね。…では、また。」

 心の内はどうだか知らないが、壬生は持っていた紙袋を劉に押し付けると、にっこりと笑って背中を向けた。

「壬生はん───ッ!?」

「ぶーちゃんッ!!」

 その途端、先を案じて半泣きの入ってる劉と意を決したような弓奈の呼び声が重なった。

「弓奈…?」

「…夕御飯、食べて行ってくれる…?」

 ふと視線を落とすと、僅かに顔を赤くした弓奈が壬生のコートの端を握っている。

───何処にも行かないで、とでも言うように。

「…いいのかい?」

「ぶーちゃんに、食べて欲しいの。駄目、かなぁ…?」

「駄目な訳ないじゃないか。…有難く、頂くよ。」

「うん!!」

 溢れるような弓奈の笑顔に、壬生が笑う。今度は心からの笑いのようだ。どうやら危機は回避されたらしい。

思わず安堵の溜息をつく劉。…しかしどうでもいいが、今や完全に二人の世界だ。

やけに寒いと感じるのは先程から玄関を開けっ放しにしているせいだけではないだろう…。






「……………」

「……………」

 弓奈に促され(何とか忘れられてはいなかったようだ)、再び部屋に戻ってきた劉は自分の認識の甘さを今更ながら悔やんだ。

突然来た自分が悪いのだから手伝うと言う壬生の申し出を丁重に断り、もう少しだからとキッチンに行ってしまった弓奈が居なければ、この部屋で暫くの間壬生と二人っきりなのは自明の理。

はっきり言って共通の会話がない。

それどころかこの暗殺者は弓奈も気付いていない劉の気持ちに気付いているらしく、隣の部屋の彼女には分からない程度の殺気に似た氣を纏わせているのだ。きっと自分以外の男がこの場に居る事自体が許せないのだろう。

…弓奈が劉を『弟』のように可愛がっているのを知らなければ、事故を装ってとっくに始末されていたかもしれない。

今も彼は炬燵に入るでもなく、立ったままカーテンの隙間から外を眺めているが、一体何を考えているのやら。

一人炬燵に潜り込みながら、ほんの10分前とはまるで違う環境にちょっと涙が出そうになる劉である。

「えーっと…そうや壬生はん、この紙袋、何やの?」

 それでも、少しでも空気を和ませようと努力する彼は褒めてやってもいいだろう。

例え相手が壬生と言えど、こういう無言の闘いは精神衛生上、よろしくない。

 劉の言ってるのは先程押し付けられた白い紙袋だ。

なんとなくそのまま自分が持ってきてしまったので取り敢えず炬燵の横に置いたのだが、気になるのは嘘ではなかった。

「前に弓奈が読みたいと言っていた本だよ。」

「へぇ、見てもええ?」

「どうぞ。」

 ようやく会話らしい会話が成立した事にホッとする。そして許可を貰って取り出した物は。

───『拳武館編 完全暗殺マニュアル決定番1999』

黒い表紙に、渋く光る金の文字と拳武館の校章。どうやらオフセット印刷らしい。200ページくらいだろうか。

「……………」

 ぐらり、と劉の視界が揺れた。

「やはり館長の愛弟子だね…彼女の向上心には感心するよ。教えてあげた暗器の技もだいぶマスターした様だし。」

(アネキィ────ッ!!もうアネキは本当にわいの手に届かないとこに行ってしもたんか────ッ!?)

 何だか本気で泣きたくなる。それでも彼女を嫌いになんかなれない自分が哀しい。 

「…って、何やってるんや壬生はん!?」

 劉が冊子に気を取られているうちに移動したらしい。

何時の間にやら窓際とは反対サイドに立つ壬生の手には、先日クレーンゲームで弓奈が獲得したというクマの縫いぐるみがあった。

そのふわふわの背中に、今にも埋め込まれようとしていたのは。

「…弓奈の事が心配だからね。」

「それは犯罪や────ッ!!つーか、いつもそんなモン持ち歩いとるんかいッ!?」

「冗談だよ。」

 何事も無かったかのように、再び小さなチップを自らのポケットに収める壬生。

顔は笑ってはいるが、目は本気だ。

果してアレは拳武館の支給品か、秋葉原辺りでこの為に購入したものか。

(アネキ、絶対騙されてる………。弦麻はん…アネキを護りきるって断言出来へんわいを許して………)

 …もはや劉には何も言う気力がなかった。どうしようもない疲労感だけが後に残ったのである。






 しかし。劉にとってまだそれは序章に過ぎなかったらしい。

「お待たせ、出来たよー!こっちに来てくれる?」

 無限のように思える時間の中、ようやくキッチンの方から声が掛かった。

どうやら一人用の小さな炬燵では無理と踏んで、ダイニングの大きなテーブルに料理をセッティングしたようだ。

「待ってたでッ!もう背中とお腹がくっ付きそうや!」

 今となっては本当にそれだけが楽しみである。

普段決して良いものを食べているとは言えないというのもあるが、好きな女性の手料理が食べれるなら少々の事には目を瞑るべきだと無理やり自分を納得させる。

そして喜び勇んで料理の並ぶ部屋へと足を運んだ劉だが。

 扉を開けた瞬間、何やら強烈な匂いが鼻を刺激した。





───そう。目の前のテーブルに所狭しと乗っているのは、何とも個性的な匂い、色、形の品々。

普通の食材(恐らく…多分…願わくば…)を使って、あれだけの時間で。

どうしてこうなるのか全く持って不可思議としか言いようのないモノが燦然と輝いている。





(お約束かい────────ッ!!!)

 劉、本日で一番の心の叫び。

そうなのだ。相手は天下無敵の黄龍娘。タダで済む方が可笑しい。

というか、さっきまでこの匂いに気付かなかったのは結界でも張ってあったのだろうか。

「……………美味しそうだね。」

 流石の壬生も、一瞬言葉を失ったらしい。

それでも速攻でにこやかに言い切る彼に、劉は初めて尊敬に近いものを感じてしまった。

そんな二人の様子に気付く事もなく、弓奈は嬉々として冷蔵庫から飲み物なんかを用意している。

「うん、今日は前より上手く出来たみたいで良かったー。ほんとはもっともっと上手になってからぶーちゃんに食べて貰いたかったんだけど…あ、弦月を呼んだのは、別に練習の為とかじゃないよ?やっぱり可愛い弟にもあたしの作った御飯を食べて貰いたいもん。さ、そんな事より二人とも座って座って♪」

「ああ…有難う、弓奈。」

「……………おおきに。」

 つまり先程壬生が来て困ったような様子を見せたのは、まだ料理に自信がなかったからか。

単純というか何というか、分かり易い少女である。案の定こっそりと壬生の方を見ると、顔が緩んでいる。

彼女の性格からいって劉に食べて貰いたいという台詞も嘘ではないだろうが、それでもちょっとヘコむ弟君を誰も責められないだろう。

と、料理の迫力に気圧され、成す術も無く言われるまま椅子を引いた劉は、ある事に気が付いた。

「アネキ…けど、前って?」

「あーうん…前に京一に夕御飯食べて貰った時、京一ってばイキナリ白目剥いて気絶しちゃったんだ。ったく失礼だよねー。朝には気が付いたけどさ。」

 ビシィッ!!

空気が凍ったような感じがしたのは決して劉の気のせいではない。

ぎぎぎと首を回すと、隣に腰掛けた壬生が静かに口を開くところだった。 

「………蓬莱寺君がここに泊ったのかい……?」

「?うん。」

「…そう…」

 壬生の眼がきらりと光る。

隣に座る劉にはテーブルの下の彼の拳がしっかりと握られているのが分かった。

 弓奈はハッキリ言って自分に対する好意というものにかなり鈍い。

壬生や劉だけでなく、いつもドツキ漫才をやらかしている相棒も本当は自分に特別な感情を持っているなんて想像すらしていないのだ。おまけになまじ腕に自信があるからか、男に対して全く警戒心を抱いていない。だからこそ深い意味も考えず京一を家に呼んだのに違いないのだが。

(京一はん…不幸なお人や…また桜ヶ丘に後戻りやな…)

 真の問題はそこではない筈だが、何だか遠い目をしてしまう劉。これも一種の現実逃避なのだろう。

そして。

「さ、遠慮しないで食べてね♪」

────無邪気に、ある意味死刑宣告とも言える声が響いた。

ここでこの料理(?)を食べる事を拒否すれば、折角の弓奈の気持ちを無にする事になる。

なんだかんだ言ってもやっぱり弓奈は大切な女性だから。彼女の悲しむ顔は絶対に見たくない。

ついでに彼女を悲しませたという理由で隣の男が何をするか…考えたくもない。

食べても地獄。食べなくても地獄。

────誰が見ても明らかな未来がそこにあり、『漢』劉弦月は覚悟を決めざるを得なかったのである。







 トトトト…。 

微かに何かの音がする。 

(…う…ん…)

 弓奈が重たい瞼を薄っすらと開けると、カーテンの隙間から入る光が頬を照らしているのが分かった。

(もう、朝なんだ…。あれ…ここ、あたしのベッド…?)

 いつの間にベッドに潜り込んだのか、全く記憶が無い。確か昨夜は…。

「…ぶーちゃんッ!!弦月ッ!!」

 ようやく思い出し、がばぁッと布団から上半身を起き上がらせる。

一瞬くらっと眩暈がしたのを無理やり無視して周りを見渡すが、自分が看病していた筈の二人の姿は見えなかった。

「…ぶー…ちゃん…しぇん…え…ッ…」

 昨夜の事を思うと、柄にもなくじわりと涙が浮かんでくる。毛布を握る手が震えた。

────彼らは、自分の作った料理を残さず食べてくれた。

それこそ弓奈の分まで、あっという間に。余程お腹を空かせていたらしい。

その結果───二人揃って仲良く倒れてしまったのである。

コトの重大さに今更ながら気付いて、慌てて二人を自分のベッドに運び(男二人はかなり狭いが床に寝かす訳にもいかない)、濡れタオルで頭を冷やしたり片っ端から丸薬を口に押し込んだりしたが一向に目を覚ます気配が無くて。

何だか、京一の時よりも二人の氣が弱まっているようで。

自分に出来たのはその横で手を握って氣を注ぐ事だけだった。

元々回復技は得意な方ではないが、その時はそれしか思い付かなかったのだ。

────全てが自分のせい。

なのにそれしか出来ない自分が情けなくて。大好きな二人に申し訳なくて────






「目が覚めたのかい?」

「ぶーちゃん!?」

 ふいに声を掛けられ、弓奈は布団の中で飛び上がった。

見ると、心配そうな顔をした壬生が寝室の扉から顔を出したところだった。

しかも何故かエプロン姿だ。昨日弓奈が使っていた青地にネコのワンポイント付きのそれが、多少サイズは合わないものの妙に似合っている。

「駄目だよ、急に起き上がっては。…二人の人間に氣を送り続けるなんて、無茶にも程がある。」

「だってだって…ッ、あたしが…ッ!」

 大切な人が無事だった事に安心した途端、堪えられなくなった涙が弓奈の頬を伝った。

「弓奈…」

 壬生はベッドに近寄るとその脇に腰を降ろし、そんな少女を落ち着かせるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。

「僕も…劉君も何でもなかったんだから。少しも気にする必要はないんだよ。」

「そうだ、弦月!!ぶーちゃん、弦月はッ!?」

「彼なら急ぎの用があるとかでさっき帰ったよ。もちろんピンピンしてね。」

「そう…良かったあ…」

 心底ホッとしたように言う弓奈に、苦笑を返す壬生。

「それよりも…君の身体の方が余程心配だよ。こんな無茶な氣の放出なんて二度としないと約束してくれるね?」

「…うん…」

 労わるように弓奈の肩に置かれた手が温かい。 

どうしてこの人はあんな目にあったというのにこんなに優しいのか。

料理ひとつマトモに出来ない上に勝手に無理して力尽きて。逆に心配までさせて。

こんな女、嫌われても仕方ないというのに。…ああ、もう嫌われちゃってるに違いない。

そう思うと、弓奈の胸は張り裂けそうになる。

「ごめんね、ごめんね…」

 何度謝っても足りない。俯いたせいで手の甲に涙がぽたりと落ちた。

「弓奈…ひとつ訊いていいかな?…今まで、食事はどうしていたんだい?」

「…朝と昼は、パン…時々葵がお弁当作ってくれるの。夜は…コンビニで何か買って来たり、京一達とラーメン食べたり…」

 今更隠しても仕方ないので正直に答える。

料理は嫌いじゃない。だけど一人っきりの晩御飯は寂しくて…一人分の食事を作るのは気が重い。ともすれば食事そのものを抜く事もある。

───昼間は皆とわいわいやっていても、この部屋に一人で居ると自分がここに居る意味を嫌でも思い出すから。

 加えて京一や葵がそれこそ必死な顔して止めるし、実際問題として毎回一人分のおかずを作るのは不経済だしで、実は東京で一人暮しを始めてから殆ど料理らしき料理を作った事がないのである。

よって冷蔵庫に入ってる物も飲み物の他は保存のきくハムや冷凍食品、生で食べても大丈夫なトマトや果物が大半で。

あげく、昨日のように食べてくれる人が居るという事に喜び勇んでそれらの食品に手を加えてみれば、あのザマだ。

この前の京一の様子から「ひょっとして自分には料理のセンスがないのかも…」とは薄々感じていたが──だから想い人である壬生に食べて貰うのを躊躇った──、正直ここまでとは思っていなかった。

そういえば切ったり焼いたりに必死で、肝心の味見をした覚えは…ない…かもしれない。

…つくづく、女の子としては情けない。

唯一の特技が化物退治じゃお嫁に行けないなと自分の事ながら思う。 






「それじゃ、これからは僕が晩御飯を作ろうか。」

「…え?」

 あまりにも自然に言われた言葉に、自己嫌悪に陥っていた弓奈は一瞬何を言われたのか分からなかった。

慌てて顔を上げると、すぐ目の前にあるのは至極当然のように微笑む壬生の整った顔で。

彼はポケットから出した白いハンカチで優しく弓奈の目元を拭うと、静かに言葉を続けた。

「そして毎日、一緒に晩御飯を食べよう。そうだね、未来の奥さんには僕の手伝いをして貰ってもいいかな?」



───だから。君はもう、一人じゃないよ。






 その時。 

ピ────!

突然、お湯が沸いた事を知らせる音が響いた。

状況がすぐには呑み込めず口をぽかんと開けてしまった弓奈をよそに、壬生は立ち上がると寝室の扉に向かう。

そして戸口で振り返るともう一度弓奈に笑いかけた。

「まずは朝御飯が君の口に合うか試さないとね。着替えたら、キッチンにおいで。」

 ぱたんと扉を閉められ、ようやく弓奈は我に返った。

そして───先程の壬生の言葉の意味と、小さな囁きと共に自分の唇に触れたものがあったという事実と───着替えた覚えがないのにパジャマを着ているという現実に今頃気付き、顔をこれ以上ないくらい真っ赤にしたのだった。






───二人で御飯を作ろう。二人で御飯を食べよう。

もう、一人で強がる必要もない。

魂の片割れをやっと見付けたのだから。

───ずっと一緒にいよう。








 因みにその頃。

マンションから約1km離れた場所にある小さな児童公園前のゴミ捨て場には、ロープでぐるぐる巻きにされ、黒いビニールシートに包まれた怪しげな物体が横たえられていたという。

近所の奥様方の注目を浴び、警察官の出動まで促したその物体がその後どうなったのかは…誰も知らない。





───某中国人留学生が再び新宿に姿を現したのは、最後の目撃証言から2週間後の事であった────。






      【何やってんだろ俺…とか思いつつ、やっぱりやってる恒例座談会】

劉 「なんやこの扱いは─────ッ!!わい、主役と違うかったんかい!?(涙)」

京一「劉はまだマシだッ、いっぱい台詞もあるじゃねーか!!

   俺なんか名前しか出てねェってのに、この後しっかり闇討ちされたんだぞ!?」    

壬生「当然だよ。このシリーズ(?)はあくまで僕と弓奈が愛を育む話なんだからね。」

京一「だから人を撒き込むなと言ってんだ、このバカップルがぁぁぁぁ!!

   油断してたとはいえ、真冬の東京湾は泳ぐトコじゃね──────!!!(怒)」

劉 「壬生はん…盗聴器を仕掛けようとしていたヒトの言葉とは思えへんで…」

京一「(ぜいぜい)…ったく、こんなのを選んだゆんの気が知れねェぜ。

   …まぁ、あいつの殺人的料理もタダモンじゃねーけどよ…(しみじみ)」

劉 「あ、そうやッ、晩御飯を毎日って言っても、仕事はどうするつもりなんやろ?」

京一「こいつなら暗殺中だろーと何だろーと、平気ですっぽかすだろ。(断言)

   例の本といい、こんなのがトップじゃ拳武館も先が知れてるよなぁ。」

壬生「……言いたい事はそれだけかい……?(じゃり、と脚を踏み出す)」

京一「闘るってのか!?眠ってる女の服を脱がすよーな男の風上にも置けねェ奴になんざ、   

   闇討ちでもない限り負けねーからな!!そもそもリベンジに来たんだ俺はッ!!」

劉 「…ってゆーかソレ、確か京一はんも別のアネキにやらんかった?」

京一「馬鹿作者のワンパターンはこの際、無視!!(←おいッ) 

   いくぜ劉ッ、ゆんが側にいねェ暗殺者なんかたいしたコトはねェ!!

   世の為俺の為、この歩く公害を殺るなら今だッ!!諸羽抜きでも何とかなるッ!!」

劉 「このままやとわい、弦麻はんに呪い殺されるかもしれへんしな…。(遠い目)

   …よっしゃあッ、脱がした云々は今は置いといて、その話乗った!!」

京一&劉「「真・阿修羅活殺じ…」」←霧島込みでも攻撃力175

壬生&弓奈「「以下略、双龍螺旋脚ッ!!」」←攻撃力200、麻痺付き

弓奈「もう、京一はともかく弦月も何考えてんの!?

   無抵抗のぶーちゃん一人に方陣技なんて信じられないッ!」

壬生「…有難う、弓奈。助かったよ。(毒針らしきものを仕舞ってる)」

弓奈「へへ、ぶーちゃんが無事で良かった。さ、こんなのほっといて行こう。」

       そしてやっぱり仲良く去って行く二人。

京一「待てコラ、せめて麻痺を解いていけぇぇぇぇ!!(ばたり)」

劉 「さ…流石はアネキや…どっからワープして来たん…?(汗)」





密かに劉はお気に入りです。
京一と一緒でやたら明るくて苛めがいがあるから(おい)。
実は最初から劉が登場する予定で『弓奈』という名前が生まれました。
(姉弟ってのを強調するように『弦麻』の『弦』を捩ったのだ)
劉が壬生の嫉妬によって葬られるのは避けられない運命です(非道)。
…というのは置いといて。
このバカップル、同棲するつもりじゃないだろーな…(汗)
この壬生っちに流されたらお終いだぞ弓奈!!