【素敵な日常】





 下校時刻もとうに過ぎ、そろそろ太陽が完全に地平線に沈もうかという頃。

新宿真神学園の校門前はちょっとした喧騒に包まれていた。

部活帰りらしき女生徒達の視線がある一点で釘付けとなる。

門の影で一人佇んでいる人物に、である。つまり、男。

これから訪れる夜の闇に溶け込むかのような落ちついた雰囲気。この辺りでは見かけない深い蒼色の学生服。

そして何より、180cmは超えているであろうモデル体型と無表情ながら(一人で百面相をしていたらそれはそれで怖い)整った顔立ちに興味を引かれるらしい。

どうやら誰か真神の生徒を待っているようだが─────。






「ぶーちゃん!!」

 その人物、壬生紅葉は声のした方をゆっくりと振り返って彼女以外の人間には滅多に見せない微笑みを浮かべた。

周りの視線に気付いていないのか、無邪気に勢い良く胸に飛び込んでくる白いセーラー服の少女──緋勇弓奈を優しく抱き止める。

「緋勇さん、危ないよ?」

「へへッ…どーしたの、こんなトコで。びっくりしちゃった。」

「気が付いたら足がここに向かっていたんだ。…君に逢いたくて仕方なかったらしい。」

「もしかして拳武館から歩いて来たの?」

「そうだよ。」

「流石ぶーちゃんだねー。足技じゃ敵わない筈だ。」 

 何か論点がずれている気もするが本人達はそんな事はどうでもいいらしい。

しかし一番凄いのは、これだけラブラブ光線を撒き散らしながら実はこの二人、未だにお互いに片思いと思っているところだろう。

その割には行動が大胆のような気がするが、これは全くの無意識だったりする。ある意味最強と言えるかもしれない。

つーか、本気で壬生の台詞を信じているのか主人公。

学校帰りに葛飾区から新宿まで歩いて来たとしたら単なる馬鹿である。

「ところで…」

 ようやく弓奈の細い身体を離した壬生が、先程彼女のすぐ後から校門を出て来た蓬莱寺京一に目をやった。

「…ぶ…ぶーちゃん…ッ…」

 どうやら京一はその呼び名と本人のイメージとのギャップにまだハマっているようだ。木刀を抱えたまま腹を押さえ、笑い転げている。

巨大なブタの着ぐるみ(しかも手作り)を身に付けた壬生でも想像したのかもしれない。

 と、その瞬間。

ぷす、という極小さな音と共に彼はそのままコンクリートの道路に倒れ込んだ。

それでなくても目立つ3人を遠巻きに囲んでいた真神の生徒達の中から動揺の声が上がる。

「ね、今ぶーちゃんの制服の袖から針みたいなのが飛んでったよね、それって隠し武器…暗器ってヤツじゃない?」

「良く分かったね。──仕事柄、構造を知る為にも一通りの武器はある程度使いこなせた方がいいという事さ。尤も、証拠が残ると困るから滅多に使わないけど。」 

「そっかー。けどなんかそーゆーのってカッコイイや。あたし、殆ど素手の技しかないから憧れちゃうなぁ。」

「君くらいの実力があれば必要ないとは思うけど、これくらいなら僕が教えてあげるよ。」

「本当!?わーい、約束だからね♪」

 ギャラリー&倒れたまま動かない京一を無視し、和気藹々と物騒な会話が進んで行く。

壬生はどうだか知らないが、これで弓奈には全く悪気がないのが余計に始末が悪い。

「…………だぁぁぁぁぁぁぁッ!!何しやがる壬生ッ!!!」

 しかし、これも《力》のおかげか。

常人ならとっくにあっちの世界へ旅立っていただろうが、どうにか京一は踏み止まる事ができたようだ。

荒い息を吐きながらも何とか立ち上がったのは賞賛に値するだろう。

この数ヶ月、伊達に弓奈の相棒をやっている訳ではないらしい。

「…薬の分量が少なかったか…ゴキブリ並の生命力には感嘆するよ。」

 ぶち。

とうとう京一の中で何かが切れたようだ。この場合、誰も彼を責められないだろう。

「喰らえッ!!天地むそ…」

 ごす。

だが、壬生に向けて放ちかけた最強の技は、発動する前に呆気なく阻止される。

「こんなトコでそんな技を使ったら危ないじゃないッ!」

 彼女らしくない台詞のような気もするが、曲がりなりにも黄龍。それなりに周りの一般人への考慮はあったらしい。

足技専門の壬生程ではないが見事な踵落としを喰らった京一が再びコンクリートに沈む。

「僕の心配はしないのかい?」

「その必要はないもん。ほら、ぶーちゃんもいい加減その殺気を消してよ。何でそんなに仲が悪いかなぁ…」

 全く分からないといった様子の弓奈に苦笑しつつ、壬生は言われた通り反撃の構えを解いた。

───そう、自分は蓬莱寺に嫉妬している。同じ学校、同じクラスというだけではなく自分が弓奈と出遭う前から相棒として彼女の隣に居た男に。

彼女はなんだかんだ言って彼を心から信頼しているらしい。その証拠に先程毒針で倒れた時もこれくらいで死ぬ事などあり得ないと動揺すらしなかったし、あの踵落としも壬生から見れば明らかに手加減しているのが分かる。

「ゆん、お前なぁ…被害者は俺だって分かってんのか!?」

 案の定早くも復活した京一が弓奈に食って掛かる。それに対し、弓奈はじろりと鋭い視線を向けた。

「うるさいッ!大体、京一のせいで遅くなったんだからね!」

「うッ…」

「…そう言えば、どうしてこんな時間まで学校に居たんだい。君は部活に入っていないだろう。旧校舎に行っていた訳でもないようだし。」

 壬生の尤もな質問に、弓奈がしまったというように一瞬顔を赤くし、京一が顔を青くする。

「…えっと…」

 珍しく口篭もる彼女の態度に嫌な予感がした。ついつい、口調がきつくなる。

「…僕に言えない事?」

「違う!!…………あのね、本当に大した事じゃないんだよ。京一が授業中、指されたってのに爆睡したまま起きないから、隣の席のあたしが起こそうとして…」

「…もしかして寝惚けた蓬莱寺君に抱き付かれて反射的に黄龍でもぶっ放したとか?」

「嘘ッ、何で分かったの!?」

 それで呼び出しを受けて延々今の時間まで説教されていたのか。あまりにもお約束の内容に思わずこめかみを押さえる壬生である。

彼女の《力》で教室がどうなったのかはあまり考えたくはないが、公共物及び巻き添えをくったクラスメートの被害は甚大なものだろう。

まぁ彼女はいつも大量の回復薬を持ち歩いているし(賞味期限は保証しないが)、教室の修理には旧校舎で稼いだ金が当てられるとして、教師の怒りはさぞかし凄まじかったと思われる。

説教に加え、反省文やら追加の課題やらが大量に課せられたに違いない。

それに懲りたから、さっき京一が奥義を放とうとしたのを止めたのかと妙に納得する。 

確かに今ここで再び騒ぎを起こして教師に睨まれるのは望ましくないだろう。

もちろん純粋に一般人を思っての事もあっただろうが。

「それにしても蓬莱寺……緋勇さんに手を出すとはいい度胸だね……」

 だが、そんな事は壬生には関係ない。ゆらり、と身体から静かな闘気──殺気が立ち昇る。その氣は先程とは比べ物にならない。

さり気に呼び方も変わっている。

(げ…)

 京一はこの瞬間、本気で命の危険を感じた。八剣の時もここまで危機感を感じなかった気がする。

たかだか抱き付いたくらいでとは思うが、この男に掛かれば冗談では済まない。

本人はポーカーフェイスで隠しているつもりらしいが、壬生が弓奈に惚れているのは一目瞭然。

そして京一の戦歴や実力も並ではないものの、彼女が絡めば現役アサシンの力は200%発揮されるのだ。

これで弓奈が壬生に惚れていなかったら、自分を含めた他の男共にもチャンスがあったかもしれないが───というのはここでは置いといて。

「ちょっ…待て壬生!!あれはマジで寝惚けてたんだって!!大体ゆんも大袈裟なんだよ、ちょっとキスしそうになったからって…」

「キス…?」

 墓穴。墓の穴と書いて墓穴。京一はまさに自分の墓を掘ったと言えるだろう。

絶対に壬生に言わないと約束させ、一度は京一を許した弓奈も顔を真っ赤にして肩を震わせている。

京一に抱き付かれたくらいでは教室で黄龍を放ったりしない。せいぜい八雲くらいだ。

だが、男と付き合った事のない弓奈にとって、初キスを奪われそうになったのは実はかなりの衝撃だったらしい。

しかもそれを好きな人の前で話されては────握り締めた拳に力が入る。

 壬生は無言でじゃり、と足を一歩踏み出した。

念の為に言っておくと、ギャラリー達はとっくに避難している。この空気に耐えられる神経の持ち主はそうはいないだろう。

「お、落ち付け───ッ!!未遂だ、未遂!!それに俺だってどうせ女の子に抱き付くならAカップよりもっと…」

「……………」

「……………」

「……………」 



「「秘奥義・双龍螺旋脚ッ!!」」

 新宿の街に、光の竜巻が吹き荒れたのは言うまでも無い。







 約
20分後。

「ごめんね、ぶーちゃん。こんな時間まで待たせた上に家まで送ってもらちゃって…それに…」

「僕が勝手に待っていたんだから気にする必要はないよ。ところで…さっき訊きそびれたんだけどその『ぶーちゃん』っていうのは…」

「…気に入らなかった?ほんとはずっと前から『壬生君』でも『紅葉』でもなくて、あたししか呼ばない呼び方って欲しかったの。これなら他に誰も使わないし可愛いかなって…あたし、壬生君の《特別》になりたかったんだ。やっぱ、ダメ…だよね…」

「もう充分、緋勇さんは僕の《特別》だよ。…できればその呼び方は二人っきりの時だけの方がいいかな。」

「へへッ、『ぶーちゃん』がそう言うならそうするねッ!」

「……………」

「…え?」

 弓奈は目を見開いた。すぐ目の前に壬生の顔があって。

「また来るよ、『弓奈』。」

 あっという間にマンションの入り口の前から走り去るその後姿を、弓奈は呆然と見送った。

そっと唇に指をあてながら──────。   








 数時間後。

宿直の見回りをしていた真神学園の生物教師は、真っ暗な校庭の隅に無残に捨てられていた物体を見て大きく溜息を吐いた。

因みにその物体は最初に大きなダメージを受けた後に、まるでトドメを刺すかのように複数の攻撃(しかも全部急所に入っていた)を受けていたと言う………。






     【やっぱりここでも恒例座談会、壬生っち初登場記念の巻】

弓奈「ども、こんにちは。セーラー服の突発女主人公、弓奈です。ほら、ぶーちゃんもご挨拶してね。」

壬生「…だからそれは二人だけの時にして欲しいって言った筈だよ?」

弓奈「だって、嬉しいんだもん。あたしだけが呼べるんだよって皆に言いたいの。…怒った?」

壬生「そんな事しなくても僕は弓奈のものだよ。」

弓奈「あたしだってぶーちゃんのものなんだよ。」

京一「だ──────ッ!!この、最凶のバカップルがぁッ!!

   マジで鳥肌立ってきたぞ、そーゆーのは余所でやれ、余所でッ!!

   つーか、作者に似合わない事をほざくな─────ッ!!!」←作者・心の声(笑)

壬生「陰たるは、以下略。」

弓奈「陽たるは、以下略。」

京一「略すなッ!!…ってまたかよおいッ!!俺の青春を返せ──────ッ!!(謎)」

     そして今日も不幸な京一君でしたとさ♪





…本当に疲れてたんだな私…。
京一以外では初めてのカップルだった訳だけど、書けば書くほど
壬生っちが壊れてゆくのが次第に快感になりました(待てコラ)。
にしても手が早いよなコイツ…下手すりゃ痴漢だぞ(汗)。