【一番長い日〜番外編〜】 俺は確かにおネェちゃんが好きだ。 可愛い女の子に囲まれたいって思うのは男なら当然だろ? けど俺にだって一応好みってのがある。 女なら誰でもいいって訳じゃねェ(誰だ、そこでツッコミ入れてんのはッ!)。 基本はやっぱナイスバディだろ。 顔は可愛いに越した事はねェし、性格だって可愛いのがいいに決まってる。 で、これが重要。護ってやりたいと思わせるタイプな。 …つまり、麻稚に対してはハッキリ言って女だとか恋愛対象だとかいう認識がねェんだよ俺は。 顔…はよく見れば可愛い方かもしれねェがムネなんか全然だし。足は太いし。 ついでに気が強くて乱暴、すぐに手が出る足が出る。しかも手加減全くナシ。 俺とタメを張るくらい…いや、認めたくはねェが《力》で本気でやり合えば俺より強いだろうこいつのどこをどう見れば女だと思えるんだよ。色気のイの字もねェしな。 ───でも。 こいつと一緒にいると退屈しねェ。 馬鹿みてェに騒いで、喧嘩して。背中を合わせて闘って。それが凄く自然だった。 俺達の関係は男女なんかで割り切れねェ。『悪友』ってのが一番ぴったりなのかもな。 それはこいつも同じなんだと思う。 だからこんな関係があってもいい、と思っていた。
放課後、川沿いの道を『麻稚』の一人暮ししているマンションに向かって歩いていた俺達──裏密のフザケた陰謀で今は『緋勇 麻稚』の姿をしている俺と、『蓬莱寺 京一』の姿をしている麻稚──は、突然響き渡った悲鳴に思わず足を止めた。 「な、何だ?」 考え事をしていた俺は反応が少し遅れてしまった。 けど次の瞬間には、隣を歩いていた麻稚が持っていた木刀と鞄を放り出して全速力で走り去っていて。 その先にはこの前の大雨で増水した川がある。 「…っの馬鹿ッ!」 俺も鞄を投げ捨て、慌てて麻稚の後を追う。 麻稚は勉強もスポーツも大抵のものはそつなくこなすが、ガキの頃溺れかけた事があるとかで確か水泳の授業だけは赤点ギリギリだった筈だ(それでも最低ラインは意地でもクリアするのが負けず嫌いなこいつらしい)。 …仲間内ではしっかりしているように見られる麻稚だが、実は結構行き当たりばったりで無鉄砲だという事を知っているのは『悪友』と同時に『相棒』をやってる俺くらいかもしれねェ。 自分の《力》が他の奴らよりも強いのを分かっているから、麻稚はいつだって自分が矢面に立つ。 他の人間が傷付くくらいなら、自分が傷付く方を迷わず選ぶ。 それが自分の役目だと思っているから。 (───だからお前は馬鹿だってんだよッ!) 濁った川の真ん中で辛うじて見え隠れしているのは5、6歳くらいの子供の影。 この先の橋の上ではさっきの悲鳴の主らしい女が何か叫んでいる。状況は一目瞭然だ。 そして岸に着くなり川へ飛び込んだ麻稚に続いて、俺も川へと身を躍らせた。
(ちッ…) 俺は泳ぎはわりと得意な方だったが、見た目以上に流れが速い。 増水も酷くて、身長160cm足らずの『麻稚』の身体では底に足も着きそうもなかった。 この分だと『京一』の身長でも届くかどうか怪しい。 というか制服のスカートがびらびら足に纏わりついて邪魔だ、クソッ! スパッツを履いてるからまだマシだが、でなきゃ確実に麻稚に殺されそうな状態だろう。 おまけに身長が縮んだ分手足が短くなってるせいか、思うようにスピードが出ない。 心の中で舌打ちしつつ、それでも一足先に飛び込んだ麻稚に追い着くべく冷たい水を掻き分けて進む。 案の定、元々泳ぎが得意でないうえに今は慣れない『京一』の身体である麻稚は圧倒的な水圧に翻弄されて四苦八苦しているようだった。 (だからお前は考えなしだってんだ───ってマジで馬鹿かお前はッ!) あげく、あの無鉄砲女は溺れている子供の前に真正面からいきやがった。 例え相手が子供でも、溺れてパニックになっている人間の力を甘くみるのは自殺行為だ。 大人でも簡単に動きを封じられ、そのまま共倒れになるケースも珍しくねェ。 こういう時は後ろから周り込んで、相手に掴まれないように首を抱えるようにして救助するのがセオリーなのだ。 「麻…ッ!」 だが、俺の叫びは一瞬遅かった。 泥水の合間から、麻稚が子供にしっかりとしがみ付かれているのが見える。あれじゃ下手に振り払う事もできないだろう。 更に運の悪い事に、上流の工場から流れてきたらしい2mくらいの材木が凄いスピードで真っ直ぐに二人のいる方向へ向かっているのが視界に入った。 距離は約50m。このままだと激突は免れねェ。 「…やろォッ!!」 ドゴォッ。 俺は咄嗟に立ち泳ぎに切り換えると水中から右手を突き出して最大級の《発剄》を放った。水面を抉るようにして進んだそれは寸でのところで目標を粉砕する。 そして粉々になった木材は二人の脇を何事もなかったかのように流れて行った。 この身体で《力》を使いこなせるかどうかは一か八かだったが、どうやら伊達に麻稚の闘いを間近で見てきた訳じゃなかったようだ。 だがそこで安心する暇もなく。 今度は一際大きな渦が学ランの男と子供を襲ったかと思うと、轟々と唸る水の音に混じって小さく『俺』の悲鳴が聞こえ。
この呪いが解けるタイムリミット…一日が終わるのを待たなくても、俺達が元の身体に戻れる方法が。 麻稚に言い出すタイミングを逃してしまった方法が。 『要は二人のプラーナが入れ替わってるから〜もしかしたら〜それを強制的に交換すれば何とかなるかも〜。』 『マジか!?けど交換つってもどうすんだよ。』 『全てのエネルギーを媒介するのに最も有効な入り口〜そう〜二人の口を合わせてプラーナ〜あなた達の言う《氣》を送るのが一番かもね〜。』 『何だそんな事か…ってちょい待てッ!それってキスと同じじゃねーかッ!』 『う〜ふ〜ふ〜。全てはやってみないと分からない〜。』 すぐには戻れないと聞いて余程ショックだったのか(言っとくが俺だって被害者なんだからなッ)焦点の定まらない目でふらふらと麻稚が出ていった後、霊研で裏密が言った言葉が脳裏に蘇る。 この場合、男と女、どっちの身体が人命救助に向いているのかなんて考えるまでもねェ。 いくら俺でも小柄な『麻稚』の身体で気絶した『京一』と子供の二人の身体を担いで岸に戻るのはかなりの危険を伴う。体重も問題だが、この腕の長さじゃそう長い間二人を抱えて泳げねェ。 …麻稚ならば。自分よりも子供を助けろと言うに違いねェ。 そして俺に身体を返せなくてごめん、と謝るのだろう。 だけど俺は………俺の身体よりも何よりも、麻稚を失うなんて絶対にできねェ。
そして顔を近付けるや否や、目を閉じて唇を『俺』の唇に合わせる。 空気と一緒に、《氣》を目の前の人物に注ぎ込んだ。 ───途端、ぐるりと景色が回転するような感覚に襲われた。 唇を離し、恐る恐る目を開けるとそこには麻稚の閉じられた瞳と水にゆらゆらと揺れるボブカットの漆黒の髪があって。 俺の腕の中には意識を失った子供がいて。 その子供からは残り香のように麻稚の《氣》が微かに感じられた。 俺はもう一度…ほんの一瞬だけ麻稚の小さな唇に自分の唇を重ねると、しっかりと二人を抱え直して水を大きく掻き分けた。
俺はすっかり薄暗くなった道を麻稚のマンション目指して再び歩いていた。 鞄二つと木刀、まだ目を覚まさない麻稚を背中に負ぶって、だ。 冬も近いこの季節に僅かな時間で服が乾く筈もなく、俺もこいつも未だにびしょ濡れで。 すれ違う奴らが怪訝な顔をしていたが、今更そんなのを気にする程繊細な神経なんざ持ってねェ。 ───結局、俺はあの後どうにか二人を担いで無事に岸に戻る事ができた。 子供は幸いにも少し水を飲んでいただけだったらしく。 すぐに息を吹き返し、泣いて感謝の言葉を連ねる母親共々無事に帰っていった。 おそらく…意識を失う直前まで、麻稚は子供の周りに《氣》によるバリアーのようなものを作っていたのだろう。少しでも子供を水から護る為に。 一方、その麻稚はというとこの通りだ。 つまり『熟睡』しているのだからナメてるとしか思えねェ。 裏密の呪いの後遺症なのかもしれねェが、大物というか何というか…岸に運び上げた際に規則正しい呼吸音が聞こえた時には一気に脱力してしまった。ま、らしいっちゃらしいけどよ。 ───そして野次馬やらパトカーやらが出てきて騒ぎになりそうだったので、長居は無用とばかりにトンズラして現在に至る。 と、背中の奴が僅かに身動きしたのが分かった。どうやらやっとお目覚めらしい。 「気が付いたか、この大馬鹿女。」 妙にホッとしたのを隠すようにいつもの調子で軽く声を掛ける。 「な………ッ!?」 予想通り麻稚は俺の背中でパニックになっているようだ。 まぁそうだろうな、まだ裏密の言っていた一日には余裕があるのに身体が元に戻ってるんだから。 「な、何!?どうなってるの!?あの男の子は!?」 やっぱ、まずはそう来たか。 自分だって危なかったってのによ…あの時はそれしか頭になかったんだろう。 「心配ねェよ、無事だ。ちゃんと親が連れて帰った───お前にも有難うってよ。」 「…そう…良かった…」 心底安堵したような溜息が背中越しに響いた。 束の間の沈黙が俺達の間に流れる。 そして──めちゃくちゃ驚いた事に、麻稚は俺の肩に廻されていた腕にきゅっと力を入れてしがみ付いてきた。 「ごめ…ん…京一…ッ…」 掠れた、今にも消えそうな声。 いつも勝気で、何かってーと『馬鹿』だの『猿』だの言いたい放題してくれるこいつが…泣いてる…? 絶対に俺にだけは泣き顔は見せねェと思っていた麻稚の一面に初めて触れたような気がした。 同時に、今の今まで気にもしていなかった麻稚の身体の軽さとか。背中に押し付けられたムネの柔らかさとか。体温とか。匂いとか。 それらが一気に、こいつが『ただの女』だという事を俺に訴えかける。 つーか俺、さっきドサクサに紛れてこいつにキ………! 考えてみりゃ何であんな事したんだ俺は!?身体が戻ったらンな事する必要なかっただろ!? 「お、おい麻稚ッ!?」 どうすればいいのか分からなくて、思わず上擦った声を上げてしまった。 それに我に返ったのか。 麻稚は慌てたように背中から手を離し、支えていた俺の腕を軽く振り払うと、すとんという小さな音と共に道路に飛び降りた。 そして着地と同時に俺の前に走って廻り込む。 暗闇の中で街灯の光が白いセーラー服の女を明るく照らし出した。
───見た事もない表情。 どくん、と知らず俺の心臓が高鳴った。 …こいつって…こんなに可愛かったっけ…?
「………麻稚。」 「ん?」 「………お前、花柄のブラは似合わねェな。」 それを認めるのも癪で。
濡れた白い制服の前を片手で覆った暴力女の必殺黄龍が炸裂して、俺は意識を遠くに飛ばしたのだった。
鈍い音を立て、麻稚の踵落としと俺の木刀が交差した。 「…っの、馬鹿────!!」 「うっせ、この暴力女─────!!」 そして今日も真神の名物となったバトルが繰り広げられる。 その横では醍醐と美里と小蒔がまたかという顔で苦笑していた。平和な、何でもない一日。 ───あれから数日。 結局、俺達は寒中水泳をしたにも関わらず風邪をひく事もなく(あの女、俺に『馬鹿は風邪ひかないってホントなんだね〜』とか言ってやがったが自分だってそうだろうがッ!)、相変わらずの関係──悪友兼相棒を続けている。 何故あの日…一日が過ぎてないのに元に戻ったかは、俺達の間で謎のままだ。 俺は言う気はねェし、麻稚の方も考えても無駄と思ったのか、聞こうとはしなかった。 裏密も敢えて教える気はねェみたいだ。あいつの場合、面白がってるだけなんだろうけどよ。 ───だから、今はこのままがいいんだと思う。
護ってやりたいと思わせるタイプ、って奴な。 これは単に儚い感じってワケじゃなくて。 俺の背中を預けるのに充分なくらい信頼が置けて。 口が悪くて凶暴でバケモノも素手で倒すくらい強くて無敵のリーダーっぷりを発揮してて、だけどその実馬鹿のひとつ覚えみてェに一直線で危なっかしくて泣き虫で…俺がフォローしなきゃどうしようもない女ってのも入る、って事だ。 …ったく自分でも意外だが、気付いちまったんだから仕方ねェ。 乗り掛かった船だ。 最後まで。 とことん付き合ってやるぜ?
麻稚「は〜…。サイト開設記念で生まれた完全突発女主人公だったのに、 まさかまたあたしが登場するとは思わなかったなぁ…皆さん、覚えてます?」 京一「つーか前の話って何ヶ月前だよ。絶対忘れられてると思うぜ。」 麻稚「ふ…あたしはとてもじゃないけど忘れられなかったけどね…。(遠い目) あの悪夢の一日…本気でお嫁に行けないと思ったっけ…(壊)」 京一「あーそういや前回はお前視点のギャグだったよな。ちょい下ネタありだったし。 他のSSのネタに詰まった苦し紛れで(直球)今回俺視点の話を書くに辺り、 作者もホントはもっと弾けようと思ってたらしいけどよ。」 麻稚「弾けようって…まさか…」 京一「おう。下手すりゃ【陰】行きだし長くなりそうだったんで結局止めたらしいけどな。 要するに麻稚視点じゃ書き切れなかったギャグ部分ってこった。 朝起きて麻稚の身体になってた俺が自分のムネを揉んで感想をコメントしたり、 後は便所での青少年の葛藤とか女子更衣室での一騒動とか────」 麻稚「黄龍、黄龍、黄龍──────ッ!!!」 京一「…てめ、今のマジで殺す気だったろ!!」 麻稚「うわ、まだ生きてる!?って何時の間に草人形!?」 京一「この前旧校舎で拾ったのを忘れてた…じゃねェ、何気に認めやがったなこの凶暴女!!」 麻稚「あんたが人の心の傷を抉るような事言うからでしょ………………ッ!!??」 間。 京一「ま、本当に売れ残った時には俺が格安で引き取ってやるから安心しな。」 麻稚「〜〜〜売れ残ってたまるか、この見境ナシのエロ猿が─────ッ!!(真っ赤)」 …何があったのかは、貴方の心の中で♪(笑) はぁ〜…勢いで書き始めたはいいが、 |