【番外・forever love】





「ま、その辺に座ってろよ。」

「う、うん……」

 京一はボクを2階の自分の部屋に案内すると、持っていた竹刀袋を壁に立て掛け、コーヒーでも淹れて来ると言って下の台所に降りて行った。

考えてみれば一人で京一の部屋に入るのはこれが初めてだ。

前に来た時はひーちゃんも葵も醍醐クンもいた(課題のレポートを手伝ってくれと泣き付かれた)。

何だか落ちつかなくて、意味もなく部屋を見渡す。 

前はもっと散らかっていたように思うけど、今は意外に片付いていて殺風景な感じがした。

ふと見るとベッド脇の床に、旅の荷物が詰められているらしいセイル地の大きな袋が置いてある。

(本当に明日、行っちゃうんだ…)

 納得した筈なのに目の前に証拠を突きつけられたような気がして、また涙が出そうになるのを必死で堪えた。





 取り敢えず、突っ立っていても仕方ないので着ていたスプリングコートを脱いで、何も乗っていない勉強机の上に引っ掛けた。

(どうして、来ちゃったんだろ……)

 この展開に自分で自分に問い掛けてしまう。

あの、キスの後。

盛大に二人のお腹が鳴ってしまい、顔を見合わせて大笑いした後、散々通った王華のラーメンを食べに行った。

そしてお腹が膨れた後は、なんとなくその辺をぶらぶらして。

……家に来ないか、と暫くして京一が少し躊躇いがちに言って。 

それは分かってるんだけど。

ちらりと時計を見ると、時刻は午後10時過ぎ。

……………………やっぱり、そういうコト、なのかな。

なんか京一の家の人、留守みたいだし。もしかして今日は帰って来ないとか?

……………やばい、余計に緊張してきた。

一応、御飯を食べて帰るから遅くなる、と家に連絡はしてある。

心配しないように葵と一緒って言ってあるから、外泊してもいつものように葵の家に泊まってると思われるだろう。

葵は…多分、微笑んで協力してくれる。

念の為クール系のガムも噛んだし…ってボク、何を期待してるんだよッ!!

「…何一人で百面相してんだよ。」

「うわぁぁぁぁッ!?」

 いきなり声を掛けられ、本気で飛び上がりそうになった。

何時の間に戻って来たのか、京一は両手に色違いのマグカップを持ったまま、苦笑している。

器用に足でドアを閉め、片方をボクに渡すと自分はカーペットの敷いてある床に座り込んだ。

「インスタントしかねぇから、これで我慢しろよ。ま、少しは温まるだろ。」

「あ、ありがと…」 

 慌ててボクも動揺を隠して京一の向かいに腰を下ろし、カップに口をつけた。 

ミルクたっぷりの熱いコーヒーが美味しい。春とはいえ夜の屋外はまだまだ冷える。

長い間歩いていたせいで知らずに冷え切っていた身体が内から温まる感じがした。

少し、緊張が解れる。恐る恐る気になっていた事を尋ねた。

「ね、京一のご家族は?こんな時間にお邪魔しちゃって悪くない?」

「あぁ、ウチの親、二人揃って今はアメリカに住んでる。大体、俺がガキの頃から1年の半分以上は仕事の都合で海外に行ってるなぁ……要は放任主義って奴か。でなきゃ俺もここまで好き勝手やれなかっただろーけどさ。」

「お姉さんがいるんだよね、確か。」

「いるにはいるけどな…その姉貴もいいトシして週3日はどこぞで遊び呆けて家に帰ってきやしねぇ。今帰ってねぇところをみると今日も多分泊まりだな。ったくこんな環境でよくグレなかったモンだぜ。」

 お陰で嫌でも家事一般出来るようにはなったけどな、と京一は自分のコーヒーを飲みながら小さく笑った。

へぇ、京一って料理とか出来るんだ…ボクより上手だったらどうしよう、じゃなくてッ!

という事はやっぱり、今はボク達二人だけじゃないか〜〜!!  

「で、でもじゅーぶん、成績はグレてたよね。」

「うるせッ!卒業したらンなの関係ねぇッ!」 

「あ、開きなおったな。」 





「………………」

「………………」

 沈黙が、重い。

だんだん何を言えばいいのか分からなくなってしまった。

無意識に既に空になってしまっているカップを手の中で玩ぶ。

何だかまともに京一の顔を見れない。

「……小蒔。」

 さっきとは違う低い声で名前を呼ばれて、心臓が飛び跳ねる。

顔を上げると、ほんの1m離れた所に京一の困ったような、でも真面目な顔がそこにあった。

「今ならまだ、止められる。俺は…最後だからとか、そんなんでお前を抱く気はねぇ。」

「………………」

「そりゃ俺だってお前が好きだから、全てが欲しいとは思う。家に呼んだのも、正直その気がなかったワケじゃねぇ。けど、これが最後だから思い出に、みたいにはしたくねぇんだ。お前が嫌なら無理強いはしねぇ。」

 …そう。京一は女ったらしのようでいて、実は凄く優しい。何時だってボクの気持ちを大切にしてくれる。

ボクがまだ覚悟出来てなかったのに気付いていたのだろう、口ではいろいろ言っても今まで決してキス以上を求めては来なかった。

もしかしたら中国に行く事を決めていたから、余計にそうだったのかもしれない。

ボクが、必要以上に傷つかないように。






「……馬鹿。」

 数十秒の沈黙の後、ボクはやっと応えた。少し声が震えていたかもしれない。

顔が真っ赤になってるのが自分でも分かる。でも再び伏せてしまっていた顔を上げて京一を真正面から見た。

まだ持ったままだったカップを知らず、握り直す。 

「ボクだって、これが最後だからって、そんな気持ちでここに来たんじゃない。」

 黙ってボクを見つめる京一に、精一杯の笑顔を向ける。

…もう会えないから、最後の思い出が欲しい訳じゃない。それでボクの心を…京一の心を縛るつもりもない。

ただ、好きな人…生まれて初めて本当に好きになった大切な人と、少しでも長く一緒にいたい。

…ボクだって、京一にもっと触れたい。京一に触れて欲しい。ようやく自覚した。

「…ボクは京一が好き。だから、ボクはここに居るんだ。後悔なんて、絶対にしない。」






────微かな音を立てて、空のマグカップがカーペットの上に転がった。 






 優しい、優しい、キス。

ボクを抱きしめる京一の腕が、胸が、ひどく温かい。

「どっちが馬鹿だよ…」

 耳元で囁く京一の掠れたような声に、痺れすら感じてしまう。

ドキドキが止まらない。きっと京一にも伝わってしまってる。

キスは額、瞼、頬、耳朶、首筋にまで降ってきて。再び唇に戻る。今度は、深い、深い、キス。

息が出来なくて、でも今まで感じたコトがない感覚に、床に座っているのに全身の力が抜けていく。

「うわッ!?」

 突然京一の腕に抱き上げられて思わず声を上げてしまった。

そのままお姫様だっこされて、ふわりとベッドに降ろされる。

「…もう、止めてくれって言っても無理だからな…?」

 いつもの、京一の顔だ。不敵な、笑顔。

………ボクは更に真っ赤になって………小さく、頷いた。







 身体が、熱い。

京一のキスが雨のようにボクの身体に降ってくる。

あちこちに痕跡を残して。

京一の意外に大きな手が、ボクに優しく触れる。

その度に身体中に電気がはしる。

やがて誰にも触れられた事がない処にも京一の手が伸びて。

痛みと、生まれて初めての感覚に一瞬身体が強張る。

恥ずかしくて仕方ない筈なのに、何も考えられない。

だけど時間と共に徐々に強張りが解き解されて。

それと同時にまるで自分が自分じゃなくなるみたいな感覚に襲われる。

声を抑えようとしても、身体の奥から涌き出る感覚に逆らえない。

どれくらいそうしていただろう。

そして…さっきとは比べ物にならない程の、内側から裂かれるような痛み。

思わず悲鳴と一緒に涙が頬を伝わる。

京一は優しくボクの涙を唇で拭ってくれた。

何度もボクの名前を呼んでくれる。

ボクも必死で京一の名前を呼ぶ。京一の大きな背中に、しがみ付く。

京一が、好き。その気持ちで心が一杯になる。

そのうちに痛み以上の感覚が生まれてきて。

ますます自分が自分でなくなっていく。

「ずっと、愛してる…」





意識がなくなる直前、京一のそんな言葉を聞いた気がした。 







 目が覚めたら、京一は中国へと旅立つ。

でも、これで会えなくなるわけじゃない。きっとここへ戻ると約束した。

だからボクはもう泣かない。笑って見送ろう。

だけど、今は京一のぬくもりを感じていたい。

 もう少しだけ、このままで…………………………………………






   【もう穴掘ってどっかに隠れたいと思いつつも、やっぱりやってる言い訳座談会】

小蒔「………………」

京一「(今までになく上機嫌)どうした、小蒔。あ、もしかしてまだ立てないのか…?」

小蒔「…ッ!!!」

     反射的に弓を掴むが、一応心配してくれてるようなので思い止まったらしい。 

小蒔「……何で、よりによってボクの視点なんだよぉ─────ッ!!(赤面&半泣き)」

京一「なんか俺だと描写が激しくなりそうだから、だとよ。要するに逃げたんだな。

   結局、前振りばっかで肝心のトコは誤魔化しまくってるし。

   しかしどうせヤっちまうならもっと、『ピ───』とか、『ピ───』とか………」

     今度こそ、射程も無視して奥義が炸裂。しかも連発。

小蒔「馬鹿ぁ──────ッ!!!(赤面&マジ泣き)」





あははは。とうとうやっちまったよバージョンです(汗)。
…これを書くまでに、どれだけ葛藤があったか…(遠い目)。
いや、もう多くは語るまい。過ぎた事だ、どうとでも言って下さい(ヤケ)。