【forever love】





 どれくらいそうしていただろう。

ふと気が付くと、西日がカーテンの開いた窓から差し込み、何時間もカーペットに座り込んだまま動かないボクの横顔を静かに照らしてた。

 もうすぐ日が暮れる。そして夜が来て……明日が来る。






「俺は、中国に行く。」

 昨日の卒業式の朝。

いつもより少し早めに登校したボクは、校門でずっと待っていたらしい京一に校庭の隅に連れて行かれ、そう告げられた。

あまりにも突然の事に、初め、その意味が分からなかった。

「もっと、強くなりてぇんだ。師匠が修行を積んだ中国で俺も一からやり直してみる。…やっぱお前には一番最初に言っとかないとな。」

 ひーちゃんや醍醐にもまだ言ってないんだぜ、と付け足しのように京一は小さく笑った。





 ずっと一緒にいられると思っていた。

だけど、卒業後京一がどうするのか聞いてなかったのは確かで。

ボクが警察学校へ行くと言った時も京一は応援してくれたものの、決して自分の将来の事は言おうとしなかった。

京一はどうするの、と尋ねても「まずは卒業だぜ!」と曖昧に誤魔化されてしまい、詳しく追求出来なかったのだ。

…ううん、本当はボクの方が追求する事を怖がっていたのかもしれない。

 京一は、あの最後の闘いが終わった日からどこか変わった。

普段は相変わらずスケベで馬鹿ばっかりやっていたけど、時折見せる表情がひどく大人っぽく感じさせる事があって、それがボクをどきりとさせた。

もうその必要はない筈なのに、隠れて頻繁に旧校舎に潜っていたのも知っている。

ボクは無意識に嫌な予感を感じていたのかもしれない。

それを認めたくなくて、一生懸命気付かない振りをしていた。

「でも…ッ、ずっとボクと一緒にいてくれるって言ったじゃないかッ!」

 京一が中国に行くという事はボク達が離れ離れになるという事。

それも、数ヶ月どころか数年に及ぶだろうという予感がした。

そして…その顔から、京一がボクを連れて行く気は全くないのは明らかだ。

それはそうだろう、修行するのにボクなんかが付いて行っても邪魔になるだけだ。何の役にも立たない。

 分かっている。京一は、一箇所に留まって、それまでの自分に満足しているだけの奴じゃない。

それがボクを不安にしていたから、京一に卒業後の事を追及する事が出来なかった。

「悪ィ……けど、今のままじゃ駄目なんだ……明後日、出発する。」 

 静かな、押し殺すような声。何時の間にか、ボクの腕を掴んでいた京一の腕に力が込められている。

真っ直ぐにボクを見つめた目は本当に辛そうで。 

それが、京一が考えた末に出した答えだという事を物語っている。

だけど。

ボクはその瞬間、掴まれた腕を無理矢理振り解いた。

「京一なんか、どこにでも行っちゃえばいいんだッ!!」

 気が付くとボクはその場から走って逃げ出していた。








 窓から差し込む夕日に、俺は目を細めた。

もうすぐ、日が暮れる。日本で見る夕焼けも暫くは見納めになるだろう。 

ぎゅっとセイル地の大きなサックの紐を締める。立ちあがって改めて自分の部屋を見渡した。

丸一日かけて片付けたので、見慣れた部屋がやけに殺風景になっている。

 因みに流石に真剣を持って国外に出るのは無理だから(金属探知機くらい俺も知ってる)、人外の者との闘いで使っていた刀は旅の資金調達の為に旧校舎で仕入れたものを換金するついでに如月に預けた。

当分の間はちょっと前まで愛用していた木刀を使うつもりだ。攻撃力はこの際関係ない。

それにやっぱりこっちの方が俺にはしっくりくる気がする。

 そんな事を思いながら竹刀袋に入れ直した木刀を袋ごとぶんっと振り下ろした。

鮮やかな紫色の竹刀袋を改めて見下ろす。まだ新しいが、不思議ともう何年も使っているような感じがする。

…今年の誕生日に小蒔がくれたものだ。

 自然と溜息が出た。昨日の小蒔の顔が頭から離れない。





 中国行きを考え出したのは、実はかなり前からだった。

もともと進学なんかガラじゃない。それなら自分の力を試してみたい。限界を知りたい。

なんとなく考えていた時に、龍脈を巡る闘いに首を突っ込んだ。

いや、こういう言い方は気に入らないが宿星に導かれた、という奴か。

兎に角、それで嫌でも自分の本当の《力》を出さずにはいられなかった訳だが、敵は予想を大きく上回っていた。

 ハッキリ言って、俺は1年前までこの新宿じゃ敵なしだった。

その辺のチンピラが束になってかかってきても負ける事はない。醍醐にしたって、互角以上にやり合う自信があった。

それがどうだろう。まず、龍麻だ。醍醐と違って1対1で真剣に闘った事はないが、恐らく俺はあいつにまだ勝てない。

この1年で俺もかなり《力》の扱いに慣れたが、それ以上にあいつは《力》をつけている。

 そして…柳生宗崇。龍麻ですら一度は完全に負け、生死の境に追いやられた相手だ。

寛永寺での最後の闘いで、その《力》を思いっきり見せつけられた。

系統は全く違うが同じ剣術を扱う者として、俺は戦慄した。八剣なんかとは次元が全く違う。

こいつには絶対に敵わない。そう本能が告げる。全身に鳥肌が立った。

 その時、俺のすぐ後ろで弓を構えていた小蒔が小さな悲鳴を上げて奴の剣圧に吹き飛ばされた。

瞬間、俺の中で何かが弾けた。

無我夢中で柳生に突っ込み、俺の最高の技を叩きつけたが、あっけなく返される。

とっさに龍麻が間に入らなかったら俺は間違いなく三途の川を渡っていただろう。圧倒的な《力》の差。

最終的には柳生、そして金色の龍と化した過王須に勝利したものの、それは俺達10人が束になってやっと成し得たものだった。

 あの日、俺は漠然と考えていた事を決意した。





 俺はもっと強くなる。せめて、あいつを本当に護れるくらいに。

その為には例え一度はあいつとの約束を破る事になっても…東京を離れる必要があった。

ここには龍麻を初めとする頼りになる奴らが多すぎる。

小蒔の隣にいる事が当たり前で、それに甘えてしまう。それで安心してしまう。

今の俺は胸を張ってあいつの側にいられるような男じゃない。

あいつは自分の夢に向かって真っ直ぐに進んでいる。俺も進まなくてはいけない。

だから中国に行く。そう、決めた。





 あの時。走り去る小蒔を追いかけようとして、辛うじて思い止まった。

何を言っても言い訳でしかない。強くなりたい、なんて所詮俺の我侭に過ぎない。

 しかも、半月後には小蒔の18の誕生日だ。

本当なら、小蒔が俺にしてくれたようにあいつの誕生日を一緒に祝ってやりたいところだが、出発が延びれば延びるほど別れが辛くなる──決心が鈍りそうなのが分かっているから敢えて出来るだけ早くここを離れる事にした。

…完全に、俺の我侭だ。許してくれ、なんて言えたものじゃない。 

 結果、あの時から一度もまともに小蒔と二人で話す事なく、今に至っている。

龍麻達にも中国行きを告げ、卒業式が終わった後にいつものメンバーで王華のラーメンを食いに行った時も殆ど言葉を交わす事が出来なかった。

そんな資格は無いのに、一度言葉を交わしてしまったら、もう自分を抑える自信がなかった。

───明日、俺は日本を出発する。







 言えなかった。

「ずっと待っている。」と。

そう言ってしまう事で、ボクが京一の重荷になってしまうのが嫌だった。

だけど言って欲しかった。

「待っていてくれ。」と。





 言えなかった。

「待っていてくれ。」と。

俺の我侭に付き合わせて、小蒔を束縛するのは嫌だった。

だけど心の何処かでは聞きたかった。

「ずっと待っている。」と。





 もうすぐ、今日が終わる。






 ピピピピピピピ………

薄暗い部屋の中で突然携帯電話が鳴って、ボクはびくっと身体を振るわせた。

弾かれたように立ちあがり、携帯の置いてあるところまでの短い距離を走る。

だけどいざ手に取ると急に怖くなって、恐る恐る受信ボタンを押した。

「…はい。」

『小蒔?』

「…ひーちゃん?どうしたの?」

 京一じゃなかった事に、がっかりすると同時に少しほっとしてしまう。

今、京一の声を聞いたら泣いてしまうのが分かっているから。

『今、何処にいるんだ?』

「え?ボクのウチだけど。」

『悪いけど、今すぐ出て来れないか?じゃ、学校で待ってるから。』

 ブチッ、ツーツー……。用件だけ言うと、こっちの都合も聞かずにいきなり切れてしまった。

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 思わず繋がらない電話に向かって話しかけてしまう。ひーちゃんらしくない。何か余程の事だろうか。

取り敢えず急いで壁に掛けてあったコートを羽織り、ばたばたと家の階段を駆け下りる。

「ちょっと出かけてくる!」

 何事かと尋ねる家族に一応声をかけて家から飛び出し、ボクは既に日の落ちた道を通い慣れた学校へ向かって走り出した。







「……小蒔!?」

「京一!?」

 ボクは目を見開いた。心臓がどきんと跳ねる。

街灯に照らされた真神の校門前に立っていたのは間違いなく京一だった。

咄嗟にあの時のように回れ右をして、その場から逃げ出そうとした。

…会いたかった。本当は凄く会いたかった大好きな人。

だけど今会ったらきっとボクは……。

「待てよッ!」

───今度は、逃げる事が出来なかった。

何時の間にか走り寄った京一に後ろから抱き止められてしまう。

何度もボクを抱きしめてくれた温かい腕。ボクに勇気をくれた腕。護ってくれた腕。

途端、堪えられなくなった涙が溢れ出す。こんなボクは嫌いだ。こんなボクを見られたくない。

「…悪ィ…」

 ボクが泣いているのに気付いたのか、急に京一が我に返ったように力を緩めた。 

それが何故か余計に哀しくて。悔しくて。

ボクは思わず振り返って京一のコートを掴んだ。

「馬鹿ッ!謝らないでよッ!」

 京一が目を丸くする。ボクだって、もう何がなんだか分からない。

「ボクは、京一が好きなんだからッ!ずっと、ずっと、どんなに離れていたって、好きなんだからッ!」

 京一にしがみ付いた腕が震える。もう、言ってる事もめちゃくちゃだ。

「でも、離れたくないよ…ッ」

 それが本心。ボクはそんなに出来た女の子じゃない。そんなに強くもない。

好きな人を、黙って笑顔で送り出すなんて出来ない。






「馬鹿野郎…俺だって、お前と離れたくなんかない。お前が好きだから……ッ!」

 俺は小蒔を再びそっと抱きしめた。

龍麻に急用だと無理矢理呼び出された筈なのに、暗がりの中に現れたのは小蒔。

…一番会いたかった奴。誰よりも惚れている女。

やられた、と思った。龍麻ならやりかねないのに、あっけなく引っ掛かった自分に驚く。

いや、ココロのどこかで願っていたからこうも簡単に引っ掛かったのか。

 俺を見た途端、身を翻してあの時のように逃げ出そうとする小蒔を、気が付いたら必死で離すまいとしていた。

そんな資格は無いのは分かっているのに、明日には会えなくなると思うとやっぱり自分の気持ちを抑えられなかった。





 小蒔の言葉に、胸の奥が熱くなる。自然と抱きしめる腕に力が入った。

小蒔は俺の腕の中でびくっと小さく身体を震わせた。

「絶対、強くなって…誰にも負けないくらいのイイ男になって帰ってくる。お前の処に帰ってくる。その時はもう二度と、お前から離れたりしねェ。」

 だから。

「だから…待っていてくれ。」

 それが小蒔を縛り付ける事になるのは分かっていたが、もう言わずにはいられなかった。

醜い独占欲。自分から離れるくせに、こいつを誰にも渡したくない。

「…………うん。ずっと、待ってるから……」 

 少しの沈黙の後。躊躇いがちな、だけどしっかりした声が腕の中から聞こえた。






 静かな、誓いのキス。今はそれを信じて。









───青年は微かな微笑みを浮かべると、完全に死角となっていたその場所から音も立てずに立ち去った。

右手に持っていた携帯電話を軽く上に放り投げて空中でキャッチし、上着のポケットに突っ込む。

数十メートル歩いたところで、前方からやってくる長い黒髪の少女に声をかけた。

「……悪かったな、葵。急に呼び出してたりして。」

「それより……本当に良かったの?」

「…まぁ、な。小蒔があの馬鹿を好きなんだから仕方ないさ。そうじゃなかったらとっくに力ずくで奪ってるよ。」

 並んで歩きながら青年──緋勇龍麻は静かに笑った。

そう、初めてあの二人に会った時から分かっていた。

他愛無い悪態をつきながらもあまりにも二人でいるのが自然で、眩しくて。

尤も、本人達は自分自身の気持ちになかなか気付かなかったようだが。

分かっていて、太陽のように明るい少女に惹かれていく自分を止められなかった。

「俺は、小蒔が幸せならそれでいい。」

 ある時を境に、小蒔は京一の隣にいると凄くいい顔をするようになった。

ああ、やっと想いが通じたんだな、と思ったのを覚えている。

それなら自分に出来る事は一つしかない。不思議と京一を恋敵と思った事は無かった。

京一の事はそういうのを抜きにして、本当の意味で大切な友人だと思っていたからだろう。

きっと醍醐も同じ気持ちだったに違いない。

 京一が東京を離れる理由も、同じく武道を極める者として漠然と分かる。

かなり前からそんな気がしていた。あいつが決めた事なら、自分が口を出すものじゃないと心得ている。

 そして京一は中国に行き、自分は日本に残る。実は論文が認められ、某有名大学から誘いが来ていた。

昨日の二人のぎこちなさを見て正直チャンスかも、と思わないでもなかったが、やっぱり小蒔の気持ちを考えるとほっとく事は出来なかった。

…けど、あっちで浮気なんかしたら例え小蒔が許しても俺が許さないから覚悟しろよ、と密かに決意したりする。

そうだな、鳳凰から黄龍へのコンボで100連発くらいか。八雲を混ぜるのもいいかもしれない。

「…あなたって強いわね。」

「葵ほどじゃないよ。それを利用している俺も最低だけどな。」

「……私は、あなたが好きだから。そういう、嘘をつけないところも含めて全部。」

「俺も、葵は好きだよ。もっと好きになれるかどうかは、まだ分からないけど。」

「期待しないで待ってるわね。」

「じゃ、お互い寂しい夜を明るく楽しく過ごそうか。晩飯とカラオケとゲーセン、奢るよ。門限までには送るからさ。あ、晩飯は王華以外にしような。」

「うふふ…そういえば、クリスマスの時以来ね。」

 傍から見れば、自分で言うのもなんだが美男美女のお似合いのカップルだろう。

実際、今も時折すれ違う見知らぬ人が自分達を見て溜息なんかついていたりする。

でも、本当はただの友人。いや、大切な友人。再び何かあれば命を懸けて護ろうとするのは間違いない。でも決して恋人じゃない。

今はまだ、そんな関係があってもいいと思う。

葵とは宿星と遠い昔の記憶によって引き合わされた訳だが、いつかそれを割り切れるようになれば、違う関係になれるかもしれない。

 だけど。 

龍麻は最後に一度だけ、既に見えないのは分かっていたが、後ろを振り返って言葉を放った。

「強くなって帰って来い、京一。」

 それとこれとは別だ。一度は小蒔を不安にさせて泣かしたのは事実。

今は見逃してやるが、帰って来たら黄龍10連発は覚悟しとけよ。

言っとくけど、お前が帰って来る頃には俺だってもっと強くなってるからな。心の中で宣言する。

 すぐ横では、葵がくすくすと笑っていた。













 翌日の朝。

京一は、空港まで見送りに行ったボクの前で中国へと旅立って行った。

「じゃ、行って来るぜ!」

「うん、行ってらっしゃい!」

 それが、ボク達の別れの言葉。

必ず戻ってくるのが分かっているから。ボクはもう泣かなかった。








 そして後日。

航空便で送られてきた小さな包みには、銀の指輪と共に一枚のカードが入っていた。

 ───HAPPY BIRTHDAY & I LOVE YOU────






            【最後もやっぱり座談会】

龍麻「あー終わった、終わった。砂吐きそうなクサイ話もようやく終わった。めでたし、めでたし、と。」

京一「ちょっと待てェ──────ッ!!【陰】はどーなったんだ──────ッ!!!」

    どこからともなく飛んでくる1本の矢。が、逸早く反応してそれを木刀で叩き落とす。

京一「へへへッ…そう毎度同じ手に引っ掛かる俺じゃねェ────」

    直後、大量の矢が間髪を置かず飛来し、見事命中。後には黒焦げの物体が。

小蒔「ほんっっとに京一はそれしかないのッ!?(やはり真っ赤)」

京一「クッ、まずったぜ……時間差攻撃で来るとは……(どうやら気絶したらしい)」

龍麻「……前回読者サマに宣言したからにはちゃんとやるらしいから安心しろ、馬鹿。

   今書いてるところだから(多分)そんなに遅くならないうちにUPするってさ。

   ま、初心者だから大した事ないとは思うけどな。 

   ここまで読んで下さった心の広い皆様、もし宜しければそっちも読んでやって下さい。」





いぇーいッ、クサさ爆発!!(壊)
でも私的には満足です。このタイトル、このラストが書きたかったから続けたようなものですから。
あ、でも結構悩んだんですよ〜。
京一を中国に行かさない訳にはいかないし、当然小蒔を連れて行くなんて無理だし。
女主人公なら迷う事もなかったでしょうがそんな事言っても仕方ないしね。
一応、ハッピーエンドのつもりなんですがオッケーですか?

けど一番ホッとしたのは龍麻の好きな女性の名前を出せた事だったりします(笑)。
在らぬ疑いを掛けられたままじゃ主人公として哀しすぎだから(爆)。←だからお前の文章力のせいだろ!
そして密かに葵もカッコ良くしてみました。
恐らくこの二人はこの先何年も『友人』を続けるでしょうが、
最終的には宿星や全てのわだかまりを捨てて結ばれる事になるでしょう。
その頃には京一と小蒔の子供は幼稚園に行ってるかもしれません☆(ドリーム…)