【secret
love】 2月に入って間もないある日の午後。 ボクは、屋上に出る鉄製の重い扉をゆっくりと開けた。 今日は久しぶりにいい天気だ。日差しが温かくて気持ちいい。 「…やっぱり居た。」 溜息交じりに呟く。 予想通り、京一は誰もいない屋上のコンクリートの床に直に寝転がり、枕代わりに両手を頭の下で組んで熟睡している。 昼休みにここで皆と一緒に昼食を食べ、5限目が始まる前に揃って教室に戻った筈なのに、いざ授業が始まってふと教室の京一の席を見ると何時の間にやら姿を消していた。 どうやら始めからサボる気だったらしい。 全く、懲りない奴だ。ついさっきまで、今までサボりまくったツケで卒業が危なかったっていうのに。 昨日行われた学年末試験で頑張らなかったら留年確実という事で、京一は昨日までの1週間、放課後にひーちゃんの家で猛特訓を受けていたのだ。 葵は国立大学の受験勉強で忙しいし、ボクも醍醐クンも生憎他人に教えられる程勉強は得意じゃない。 力になりたいのはやまやまだけど、自分の勉強で手一杯だ。 だから京一の親友なんかやっていながら、実は学年5位以内を常にキープしているひーちゃんは先生にうってつけだった。 けど、ひーちゃんも親友(悪友?)とはいえ問題児を成り行きで引き受ける事になって大変だったと思う。 そういえばひーちゃん家に陣中見舞いを兼ねて差し入れに行った時、居眠りしかけた京一に躊躇いもなくいきなり雪蓮掌をかましていたっけ……吹き飛ばし技で一人暮しの自分のマンションに穴を開ける訳にはいかないし、巫炎なら火事になってしまうし、その点、雪蓮掌なら眠気覚ましにもぴったりという事なんだろう。 それを見てボクは京一に対して自業自得だと呆れつつ、流石ひーちゃんだと妙に感心してしまった記憶がある。 とにかく、その涙ぐましい努力のせいか、神頼みのせいか(村雨クンに頼み込んでヤマをかけてもらったとか、もらわなかったとか…)、悪魔頼みのせいか(あれだけ嫌がってたのにミサちゃんにまで相談したらしい…結局、実験台になるのが怖くて逃げ帰ったようだけど)、昨日の結果が今日の午前中に出て、京一はめでたく今年卒業出来る事になった。 本当に、良かったと思う。 留年するからといって京一を嫌うような人はボク達の中にはいないけど、この1年ずっと共に闘ってきたのに一緒に卒業出来なかったりしたら哀しすぎる。 好きな人と一緒に無事に卒業する──普通の高校生活を送っていたら何でもない事だけど。 命を懸けて闘ってきたボク達にとってそれはこの上ない幸せだ、と平和になって改めて感じる。
京一は一向に起きる気配もなく、規則正しいとも言える寝息を立てている。 眠っていても相変わらず竹刀袋(中身は真剣だけど…)を肩に引っ掛けていた。 プールまで持って入った時には心底呆れたけど、ここまで徹底してると凄いかもしれない。 ちょっと、笑みが漏れた。 今、京一が使っている竹刀袋は、少し前にボクが京一の誕生日にプレゼントしたものだ。 並べて比べてみないと分からないだろうけど、以前のものとは微妙に色合いが違う。 実は、前のが長い闘いの過程でぼろぼろになっているのに気付いてから、密かに考えていたものだったりする。 京一は照れ臭そうに受け取ってくれ、その日から早速愛用してくれた。 そんな些細な事が、嬉しい。
ヘンなところで感心してしまう。 教室でも頻繁に机を枕にして寝ている京一だけど、外の方が空気がいい分眠り易いなんて言ってたっけ。 とはいえもうすぐ夕方、気温は徐々に下がってくるだろう。 やっぱり風邪をひかないように起こした方がいいんだろうか。 馬鹿は風邪ひかないって言うけど、この前もしっかりひいてたし。 まじまじと京一の顔を見つめて考えてしまう。 よし、起こそう。そう決めた時。 ふいに京一の赤茶色の前髪が微かな風に吹かれてさらさらと揺れた。 ……うわ、京一って意外に睫、長いんだ……。 思わず、見入ってしまった。 よく見ると鼻筋も通っていて、結構整った顔立ちをしている。 それでいて少しも華奢なところがなく、眠っていても精悍な雰囲気を漂わせている。 今まで考えてもみなかったけど下級生の女の子が騒ぐのも無理はない、気もしてきた。 そういえばこんなにじっくり京一の顔を覗き込んだ事はないかもしれない。 とくん。 胸が、小さく鳴った。 とくん。 さっきまでグランドや校舎から聞こえていた放課後特有の喧騒がなんだか遠くに感じる。 とくん。 ごく自然に、眠っている京一のすぐ横に片手を付いた。 とくん。 屈み込むようにして、京一の顔に、そっと自分の顔を近付けていく───────…… その瞬間。 それまでぴくりともしなかった京一の右手が、いきなりボクの首を引き寄せた。 「わッ!?」 当然、バランスを崩して京一の胸に勢い良く倒れ込んでしまう。 驚く間もなく、京一の方から唇を合わせてきた。 (ちょ、ちょっと待……ッ!!) 寝惚けているにしてはやけに熱を帯びたキスに、思いっきり焦ってしまう。 何時の間にかしっかり腕を掴まれているので起き上がる事も出来ない。 学ラン越しに感じる京一の体温が余計にボクを混乱させる。 ……どれくらいそうしてたのか、息苦しくなった頃、ようやく京一が力を緩めてボクを解放した。 身体が火照ってふらつきそうになるのを必死で抑え、ぐいっと京一の胸に手を当ててなんとか上体を起こす。 「へへへッ…お前の方から寝込みを襲ってくるとは思わなかったぜ。」 「……………」 京一は寝転んだまま、いつものように不敵な、からかうような笑顔をボクに向けた。 ────それが最初っから京一が目を覚ましていた事を証明している。
そのまま京一のお腹を思いっきり踏みつけてやる。 冬の澄んだ空に蛙を潰したような奇妙な絶叫が響き渡った…………………。
「チッ…もうちょっとだったのになぁ。あの馬鹿、明日旧校舎で鍛え直してやる。」 「それじゃ、これから私のお買い物に付き合ってくれる?」 「約束だからな。」 その頃、屋上へと続く扉の内側で、気配を完璧に消した美男美女が交わした会話を知る者は誰もいない。 龍麻「という訳で、今回の一番の功労者、緋勇龍麻です。」 京一「ラストしか出なかったくせに…っていうか、覗いてたのかてめぇ!! しかも呑気に美里と賭けなんかしてんじゃねぇッ!!!」 龍麻「……オリジナル設定とはいえ誰のおかげで卒業出来ると思ってんだ、京一。 もう一回地獄の旧校舎ツアー、体験させてやろうか?」 京一「…俺達、本当に親友なのか?マジでクリスマス辺りから性格変わったよなお前……」 龍麻「何を今更。どうせここでは俺は脇役だし。」 京一「…(気を取り直して)しかし2月に入ったってのにまた【陽】か……(遠い目)。 元々信じちゃいなかったが【陰】に行くって宣言はどうなったんだか……(溜息)。 まぁ今回の場合、小蒔の方から襲ってくるとは予想外だったけどな─────」 小蒔「人聞きの悪い言い方するなッ!!ボクはあそこまでする気は無かったよッ!!」 奥義・鬼哭飛燕クリティカルで炸裂。京一、HP0。でも草人形で復活。 龍麻「小蒔…草人形もタダじゃないんだけどね。」 小蒔「また京一に旧校舎で獲ってこさせればいいよッ!(まだ赤面)」 龍麻「ああ、それもそうだな。京一、これからも命を賭けたドツキ漫才、頑張れよ。」 京一「……………グレてやる………………(泣)」 2月の屋上は寒いっつーの!!(自己ツッコミ) |