【first love】 新宿、桜ヶ丘中央病院。 面会謝絶の札が掛かった病室の前の長椅子で、京一は独り、組んだ両手で額を支えるようにして座っていた。 制服には所々赤黒い染みが出来ている。───ひーちゃんの血だ。 ボクは、黙ったままゆっくりと近寄って京一の隣に座った。 「……………帰ったんじゃねーのか。」 京一はそのままの姿勢でこっちを見もせずに言った。 「それはキミも同じだよ。……ボクも、ここに居る。」 「……………………勝手にしろ。」 もう、夜も随分遅い。 どうにか命は取り留めたからさっさと家に帰れとたか子センセーは言ったけど、京一、葵、醍醐クン、劉クン、知らせを聞いて集まった仲間の皆はなかなか帰ろうとしなかった。 ボクも、例え何も力になれなくても今のひーちゃんをそのままにして帰るなんて出来なかった。 結局、最後にはセンセーの迫力に負けて皆、しぶしぶ病院を出たのだけど。 家に帰る途中で皆と別れた後、ふと思いついてボクは独りで引き返した。 受付のオネーサンに見つからないように、こっそりとひーちゃんの病室に向かう。 そして、そこには予想通りの人物…京一が居た。
非常灯だけが点いた薄暗い病院の廊下で静かに時が流れる。 「…………ちっくしょォ…………」 京一の、誰に言うでもない、搾り出すような声が聞こえた。 「…俺は何も出来なかった……あいつの相棒って自分で言ってたくせに………」 「京一……」 ボクは、何も言えなかった。 傍に居たのに何も出来なかったのはボクも同じだったから。 ボクが我に返った時には既にひーちゃんの身体は真っ赤に染まっていて、崩れるように倒れていくのがまるでスローモーションのように見えた。 ボクも、何も出来なかった。それが凄く悔しい。ひーちゃんは大切な仲間なのに。 ううん、一緒に闘ってきた仲間というだけじゃない。ひーちゃんはボクにとって、とても大切な友達だ。 4月に出会ってから、本当にいろいろな事があった。 楽しい事ばかりじゃない。哀しい事、辛い事、苦しい事。 クールなようでいて、どんな時でも彼は自分の事よりも皆の為に一生懸命だった。 男の子なのに綺麗で、カッコ良くて、優しくて、そして誰よりも強くて、頼り甲斐があって。 葵が好きになるのも当然な、完璧に近い人。 本人はあまり気にしていないけど、京一とはまた別の形で女の子達に人気がある。 ボクも、正直に言うと憧れのような気持ちは持っていた、と思う。 だけど。 最近、気が付いた。ひーちゃんの隣にはいつも京一が居たという事に。 馬鹿をやる京一に笑って付き合うひーちゃん。 二人の間には闘いを通じて生まれた、絆があった。常に前線で闘う二人には、お互いの背中を預ける信頼があった。 京一が醍醐クンに対するのとは、またどこか違う絆。 ひーちゃんは『黄龍の器』で、そもそもボク達はひーちゃんを護る為に巡り会ったのだとしたら、それは当然の事かもしれない。 だけどボクは、闘う時はいつも後方支援しか出来ない。 弓は直接攻撃に向かないというのもあるけど、少し強い敵に攻撃されたらボクは体力的に耐えられないからだ。 ………京一の隣で闘えるひーちゃんが、羨ましかったんだと後で気が付いた。 それは、長い間気付かなかったけどボクが京一の事を好きだったから。 京一もボクを好きだと言ってくれた。ボクを護ると言ってくれた。 だったらボクが京一を護る、とその時は言い返したけど、実際には無理な事が多いのも分かっている。 だから、ひーちゃんが羨ましかった。 ボクは確かにひーちゃんが心配でここに戻ってきたのだけど、『相棒』を護れなかった事を思い詰めているに違いない京一の事が心配でもあったのだと、京一の言葉を聞いて改めて分かった。
思わずどきりとする。京一のこんな表情は見た事がない。今にも、壊れそうな………。 突然、抱きしめられた。 「…………悪ィ、ちょっと…こうさせてくれ…………」 小さな、どこか懇願するような声。 驚きと恥ずかしさで反射的に強張った身体から、自然に力が抜ける。 「…大丈夫だよ、ひーちゃんはすぐに元気になるって……」 「そうじゃねェ……それだけじゃねェんだ……」 ボク自身の不安を振り払う為、そして少しでも京一の心の負担を軽く出来ればと言った言葉を、京一はすぐに否定した。 意味が分からなくて、京一に抱きしめられたま次の言葉を待つ。 「………俺、自分が情けねェ……。八剣に負けたあの時も、みんなを護る自信が無くなって逃げ出して。これからは絶対、みんなを護ってやるって決心して戻ってきたのに、結局あいつを護ってやる事が出来なかった。」 京一の腕が…震えている………? 「ひーちゃんだから…何とか死なずに済んだ。だけど…もし、他の奴だったら……確実に、死んでた。それだけの力があの男にはあった。例え不意打ちでなくても、俺はあの男に勝てねェ……小蒔を護ってやる自信がねェ………」 ボクの存在を確かめるように、ボクを失わないように……京一の腕がボクを一層強く抱きしめる。 そうか、京一は………。 ───パンッ! 次の瞬間、ボクは京一の腕から無理やり抜け出し、顔面に平手打ちをかましていた。 「馬鹿ッ!!誰が、京一に独りで闘ってくれって…護ってくれって頼んだんだよッ!!」 病院、しかも消灯時間を過ぎている事も忘れて怒鳴る。知らず、涙声になっていた。 「何の為の、仲間だよッ!!一緒に闘う為じゃなかったの!?今までだって、みんなで闘ってきたじゃないか!!これからも、みんなで頑張れば怖いモノなんかないよッ!!」 京一が目を見開く。 と、同時にドスン…ドスン…と聞き覚えのある地響きが遠くから近付いてきた。 「「まずいッ!!」」 思わず二人揃って声をあげる。見つかったら(特に京一は)、ただじゃ済まないのは分かりきっている。 ボク達はどちらからともなく手を繋ぐと、音の震源から逃げる為に非常出口へと全力疾走した。
一応助かった、って言うのかな…きっとばれているだろうけど。 よく考えたらたか子センセーの事だ、最初から気付いていたのかもしれない。 街灯の明かりの中で京一を見ると、もうそこにはさっき見た表情は無くなっていた。 どこか照れたような、それでいて不敵な、笑顔。 ふと、まだ手を繋いだままだった事に気付く。これってもしかして初めてだったんじゃ…。 慌てて離そうとすると、もう一度、抱き寄せられた。 「わ、何するんだよッ!」 さっきと雰囲気が違うせいもあって、妙に焦ってしまう。今更だけど赤くなってしまうのを抑えられない。 「……へへへッ…サンキュー。」 ふっきれたような京一の声が静かに降ってきた。 言葉は少ない。けど、それで全てが通じたような気がした。 ボクはまた涙が出そうになるのを必死で堪えた。
だからボクは、京一と同じ位置で闘えるひーちゃんが羨ましかった。 ボクを護ると言ってくれたのも、京一なりの精一杯の優しさだというのは分かっている。 正直、本当に嬉しかったのだけど。 ───ボクも、一緒に最後まで闘うから。その方が、ずっと嬉しい。ボクもやっと割り切る事が出来た。 後方からだって充分闘える。敵が京一やひーちゃんの射程に入る前に先制攻撃するのがボクの役目。 どんな奴だって皆で力を合わせれば、絶対何とかなる。それを信じて、ボクも闘う。 大切なものを護る為に。二度と、こんな思いをしない為に。誰も、こんな思いをしない為に。
これといった会話は無かったけど、何故か今は必要ない気がした。 手は、なんとなく繋いだままだ。凍えるような真冬の夜、京一の手がひどく暖かい。 ボクの家が見える所まで来た時、京一がふと立ち止まった。 何事かと京一の方を向いた途端、あっと言う間に唇を奪われる。 掠めるような、短いキス。 「じゃぁなッ、明日また、ひーちゃんの見舞いに行こうぜ!!」 「……………」 慣れないキスに思いっきり動揺しているうちに、京一はさっさと走って行ってしまった。
京一「………何だこれは………」 小蒔「だから、ひーちゃんが柳生に斬られた時の話だよ。」 京一「何で、前回の話(1月24日)から前の時期に戻るんだぁぁッ!! これじゃ俺らも進みようがないだろーがッ!!またしても【陽】かいッ!!」 小蒔「しつこいッ!!お互い告白してすぐの事だし、当然だろッ!!」 京一「しかも、俺が思いっきり情けな過ぎるッ!!作者は俺になんか恨みでもあんのか!?」 小蒔「それは別にないと思うよ。単にまた、他にネタが浮かばなかっただけだろーね。」 京一「ちくしょぉぉぉぉ!!!」 龍麻「うるさいぞ京一!!俺なんか、久しぶりに登場するかと思ったらコレだッ!!(泣)」 八つ当たりの秘拳・黄龍炸裂。しかもクリティカル。 京一「ぎゃ─────────ッ!!!」 珍しくシリアス。座談会でも書いたけど京一が情けないっす。 |