【another Xmas】 世間はクリスマス・イヴ。 色とりどりに飾り付けられた店。陽気なクリスマスソング。幸せそうなカップル。 クリスチャンでもないのに何処もかしこも浮かれきっている街。 「…ごめん…」 その中で。 俺は目の前で静かに佇む少女に頭を下げた。
柔らかい声…心に染み入るような優しい声。だけど強い意思を秘めた声。 「あなたは生きてくれた。こうして戻ってきてくれた。」 すっ、とクリーム色の手袋に包まれた温かい手が俺の頬に触れた。 驚いて顔を上げるとそこにはいつものように微笑む彼女……葵がいて。 「そのうえこうして一緒にクリスマスを過ごしてくれたのだもの。何故あなたが謝らなければならないの?」 「だけど俺は…ッ」
生まれて初めて本気で好きになった娘には───既に好きな奴がいて。 そしてそいつもその娘を好きで。 これがもし他のロクでもない男なら力ずくでも奪おうなんて気も起きたかもしれないが、そいつは彼女を任すには充分な男だった。 こいつなら…諦められる。 心から二人を祝福できる筈だ。そう思った。 俺にとっては彼女もあいつも同じくらい『大切な人』だから。 この気持ちは、誰にも知られずに胸の奥底に仕舞ってしまうのが一番いいと思った。
生死の境をさまよって目が覚めた時。 ───無性に、寂しくなった。 言いようのない苛立ちが俺を襲う。 『こっちの東京』が俺の本来の居場所。 《仲間》の皆は過去から来たという俺の知らない脅威と必死で闘いながらも、俺が目を覚ますのをずっと待っていてくれたのだと岩山先生に聞いた。 『あっちの東京』でも、皆の思念は『符』という形で俺を助けてくれた。 俺がこうして戻って来る事ができたのは、皆のおかげと言っても過言じゃない。 ───だけど本当は自分は誰にも必要とされてないんじゃないかと、ふと思った。 そもそも俺がいなければ《宿星》とやらは動き出さなかった。 皆、こんな闘いに巻き込まれずに済んだ。 なのに何故、こんな俺を待っていてくれるのだろう。信じてくれるのだろう。 それは俺が《黄龍の器》だから? 皆が必要としているのは《緋勇龍麻》でなく《黄龍の器》? 俺のせいで一人の女の子が死んでしまったというのに、だから俺は許されるのか? これが《宿星》というモノの《力》なのか? そう思うと、いたたまれなくなった。 柳生に手も足も出なかったという事実も苛立ちに歯車をかけ、完全に八つ当たりで京一達に旧校舎巡りを言い渡してしまった。
どうしようもない不安に押し潰されそうで。 ───気が付いたら、一人の少女の携帯に…断られる事がないのを承知でコールする自分がいた。
葵の気持ちには薄々気付いていた。 それなのに───彼女の気持ちに応える事などできないのに、優しさにつけ込んで人恋しさだけでクリスマスに女の子を呼び出すなんて最低以外の何物でもない。 そう。俺にとって彼女は……恋愛の対象ではない。 葵の事は嫌いじゃない。好きか嫌いかと二択で問われれば好きだと断言できるだろう。 何も真神の聖女と呼ばれる容姿端麗、頭脳明晰といった表面上の部分を言ってる訳じゃない。 彼女は優しいだけでなく、精神的な強さも持っている。彼女といるとホッとする。 だけどそれは《黄龍の器》と《菩薩眼の娘》という《宿星》が互いに惹き合っているだけで。 少なくとも俺にとってこれは家族愛的なものなのだと自分でも分かっている。 いや…結局のところ、俺には彼女の他に好きな娘がいたから。 まだ彼女を諦められていないから。 そしてまだ自分を許せていないから。…きっと一生、自分を許せないから。 だから葵の事を恋愛対象として見られないだけなのかもしれない。 ───それでも今の俺には、葵しか思い浮かばなかった。全てが矛盾している。
「…え?」 思いがけなく明るく言われた言葉に、目を見張る。 途端、それまで俺の頬に当てられていた彼女の掌がするすると動き。 そのまま間抜けにも、むにーっと頬を左右に引っ張られた。ちょっと、いやかなり痛い。 聖女らしからぬ行動に、俺はどう反応すればいいのか分からなくなってしまう。 「あ、あおいひゃん?」 「龍麻が最低なのは前からでしょう。」 「……………」 いやそうなんですけどね。そんなににっこりと微笑んで言われても…。 「凄くカッコつけたがりで。何もかも自分一人で抱え込んで。自分だけを責めて。自分だけが苦しめばいいと思って。…あげく、まだ告白もしてないのに謝られた私の立場はどうなるの?」 ふっ、と手が降ろされて解放される。 代わりに目の前にあるのは真っ直ぐに自分を見つめる綺麗な瞳。 いつの間にやら降り出した雪が、白い小さな天使のように彼女の長い黒髪に舞い降りた。 「謝らないで。あなたは完璧な人間じゃない。だから私達がいるの。私達を頼ってくれていいの。完璧じゃないから…誰を好きになってもいいのよ。」 何でもないようにふわりと笑う、葵。 「そして皆、あなたが好き。《緋勇龍麻》の事を大切に思っている。あなたに逢えて良かったと心から思っている。」
当たり前の言葉。だけど、誰かに言って欲しかった言葉。 ただそれだけで…ずっと胸につかえていた何かが、軽くなったような気がした。
先程とは違う、悪戯っぽい微笑みと共に手を改めて差し出され。 俺はやっといつも皆の前で見せる、不敵な笑いを浮かべる事ができた。 「喜んで。」 ゆっくりとその手をとる。 まるでお姫様の手をとる王子様のように。
こんな俺に惚れるなんてな。 「当たり前でしょう。」 ずっとあなたを見ていたのだから、とあっさりと返されてしまう。 ───皆、俺の事を強い強いというけれど。 もしかしたら一番『強い』のはこの少女ではないだろうか。
龍麻「これってもう1年以上前に完結した京一×小蒔シリーズだよな…?」 作者「そ。リクがなければまず書かなかったであろう、龍麻クン視点だッ! 本編の『Xmas love』、『番外・Xmas love』の裏側ってとこかな。 いやー、あの時は完全に龍麻は脇役だったからなー。(しみじみ) しかもたまに登場したと思えば振られ役。良かったねやっと主役になれて☆」 龍麻「てめ…絶対面白がってるだろ。(睨み)」 作者「そりゃーもう。考えてみれば片思いの主人公って凄く珍しいんだよね。 でも当時、私の中でキミはかなりのお気に入りだったんだよ。 最終回でのカッコ良さは歴代男主人公(元々少ない)の中でもトップさ♪」 龍麻「それでコレか…なんかあのままにしといた方がまだマシだったんじゃないか? 今回の話で俺、やたらカッコ悪くなってるぞ…(握り拳)」 作者「そこはそれ。ネタ切れ…じゃない、その分葵がカッコ良くなってるから成り行きで。 当時はまだ発売されてなかった符咒ネタも入れたかったしね。 てゆーかこの後本編の最終回に続く訳だから、下手に動かせなかったんだよ(汗)。」 龍麻「……このいーかげん馬鹿作者がぁ!!黄龍ッ!!(堪忍袋の尾が切れたらしい)」 は〜…。このリクを貰った時は連載時に龍麻の心理を殆ど書けなかったのもあって |