【last love】





 そこは、異世界。目の前には、巨大な黄金の龍。

圧倒的な<力>が容赦なく押し寄せる。龍麻が、葵が、醍醐が、吹き飛ばされた。

そして。京一の体が、まるで霧のように消えていく。

「いや─────ッッッ!!!」






「おい、しっかりしろッ!!」

 自分の肩を押さえる力強い腕と、力強い声にボクは目を覚ました。

「あ…あれ…? 京一…?」

 見慣れた天井。あったかい布団。ここは自分の部屋だ。

なのに、目の前に京一がいる、という事に頭がまだついていってない。

「勝手に邪魔してるぜ。…まだ、熱があるみたいだな。ま、今はゆっくり休むこった。」

 京一のこんな優しい声、聞いた事がない。

京一は枕元の洗面器の氷水で額に置いてあったタオルを冷やし、再び絞って額にのせる。

その気持ちのいい感覚に、ようやく意識がはっきりした。時計を見ると、午前11時を少し過ぎている。

そういえばお父さんもお母さんも商店街の会合とかで出掛けるって言ってたっけ。

「そっか、お見舞いに来てくれたんだ……学校は?」

「つまんねーからサボった。みんな、心配してたぜ。」

 それはそうだろうな。元気が取り柄なのに昨日、今日と2日も休んじゃったんだから。

「みんな、だけ?」

「…………………あァ、俺もだよッ!!くそッ!!」

 今更ながら、照れたように言う京一が可笑しい。

ふと、ベッドの脇に座って面白くなさそうにそっぽを見ていた京一が、思い出したようにこっちを見た。

「…なァ、さっきうなされてたけど、やっぱあの時の事、か?」

「ん………」

 京一から視線をそらし、天井をぼんやりと眺めながら応える。

つい先週、東京の命運を賭けた闘いに決着が着いた。

その闘いは本当に熾烈で。全員生きて帰れたのが、不思議なくらいだった。

その疲れが今頃になって出て、こうして寝込んでしまった訳だけど。

「まだ、夢、見るんだ…」

「……夢?」

「うん…夢の中で、ボクはまだあいつと闘っているんだ。闘っても、闘っても、終わらなくて。みんな、どんどん倒れていって。京一、も……。最後は、ボク一人になっちゃって……」

 単なる夢の話なのに涙が出てくる。顔を両手で覆った。

「どうして、だろ…全部、終わったのに…」

 ふいに、頭を撫でられた。

びっくりして手を顔から外すと、京一がベッドの端に座って、ボクの頭をまるで子供にするように撫でている。

「京、一?」

「陽と陰がある限り、こんな事がもう起こらねェって保証はねェ。だけど…その時は絶対、お前には俺がついててやる。お前一人、残すなんて事はしねェから、安心しろ。」

 指で、涙を拭ってくれる。 

いつか聞いた真剣な声に、嘘みたいに心が落ち着くのが分かった。

そうか───ボクは、ただあの闘いが怖かった訳じゃない。次に何かが起こるのが怖かった訳でもない。

全てが終わって、一人になるのが……もうお前は必要じゃない、って言われるのが怖かったんだ。

京一と、一緒に闘えなくなる事が不安だったんだ───────。

「約束、だよ。」

 自分でも気付かなかったのに、京一が分かってくれたのが嬉しい。やっと、心から笑えた。

京一は、何故か焦ったように立ち上がって、憎まれ口を叩いた。

「にしても、いっつも能天気なお前が気弱になるなんて、明日は台風でも来るんじゃねェか?」

「うるさいなッ」

 いつもの調子に、京一がへへへッ、と笑う。つくづく、ボク達ってシリアスが似合わない。

でも、今はこれでいい。このまま、ゆっくりと一緒に歩いていきたい。

…と、京一が机の上にあった薬の瓶に目を留めた。寝る前に、お母さんが置いていったものだ。

「何だ、薬、飲んでねェじゃないか。飲まなきゃ治るモンも治らねェぞ。」

「うッ…だってその飲み薬、苦いんだもん…」

「子供か、お前は。」

 だって、昨日も飲まされたけど、本当にそれ苦いんだよ。抗議しようとして、小蒔は目を丸くした。

京一が何でも無いように瓶に口をつけ、薬を含む。

「きょ…?」

 疑問の声は、すぐに塞がれた。再びベッドに腰を下ろした京一の唇によって。

「ん………ッ!!」

 京一の口伝いに、薬が流れ込んでくる。突然の事に、息が出来ない。額のタオルがシーツに落ちた。

手首は何時の間にか京一に掴まれて、ぴくりとも動かせない。

ごくん。苦しくなって、とうとう薬を飲み込んでしまう。味なんか分からない。

なおも、京一は小蒔の口の中を侵略する。初めての、深い、深い、キス。

「な、な、な、何するんだよッ!!」

 ようやく口が自由になった時、小蒔の顔は火照り、瞳は涙で潤んでいた。

それでなくても体力が落ちているのに、余計に力が抜けてしまう。

「お前が、薬を飲めないって言うからだろ。」

 京一は半分ベッドに寝転んだままニヤリと笑って、飄々と言う。まったく、油断も隙も無い。

っていうか、もしかして、この体勢って………ッ!?

「だからって!!」

「お、まだ残ってるな。何なら、また飲ませてやるぜ?」

「…………」









 次の日、小蒔はすっかり元気になって登校した。

入れ違いのように熱を出して学校を休んだ京一については、いろいろな噂が飛び交ったが、一番の原因が照れ隠しの弓攻撃による負傷だという事を知る者は少ない────────。






ひーん、改めて読み返してみるととてつもなく恥ずかしい───ッ!(汗)
…口移し…お約束とはいえこれ以上ないってくらいラブラブっすねこいつら。
タイトルから分かるように、これでシリーズ最後にするつもりだったので私も開き直っていたようです。
結局この後も長々と続いてしまうんですが(苦笑)。