【キライナヒト】 ────誰にも心を許さず。 ────誰にも頼る事なく。 ────ただ、東京を護る『飛水』の者としてのみ僕は存在する。 だから、今まで僕は自分が誰に何と思われようと気にもならなかった。 他人に関心などない。 僕は常に独りなのだから────他人に対して特別な感情を抱く必要もない。 好きとか、嫌いとか。 そんな感情など僕には必要なかった。 無論、苦手だと思う事はある。 鬱陶しいと思ったり、腹立たしいと感じる事もある。 だが、それを引き起こした人物を軽蔑する事はあっても、嫌いという感情を抱く必要性を感じなかった。 それすらも無駄に思えたから。 それが───今年になって。 僕は初めて、『嫌い』と言い切れる人物に出逢ってしまった。
ガラッ、ピシャッ、メキッ!! いつもの如く、けたたましい音を立ててその人物は現れた。 因みに最後の『メキッ!!』は力任せに開いた為に木製の戸が奇妙な形に歪んだ音だ。 これで何度目だろうかと数える気にもなれない。 「留守だ。」 無駄とは思いつつ、一応言う。 それで諦めて帰ってくれるくらいなら最初から苦労などしないのだが、どうしてもその人物がこの場に居るのを認めたくないのだ。 そして、それまで眺めていた帳簿の頁を何事もなかったかのように繰る。 「ほーそうか、店主は留守か。それじゃ、ここの伏姫の弓と毘沙門天の槍と…」 「……万引きするならせめてもう少し嵩張らないものを選んだらどうだい、緋勇さん。どっちにしろ、壊した扉の修理代と合わせて後で3割増で請求させて貰うが。」 彼女───緋勇 真の手には何処から出したのか異常に大きい風呂敷があった。 不本意ながら僕が突っ込まなかったら本気で持って帰るつもりだったに違いない。 嵩張るだけではなく店でも特に値の張るものを選ぶところが彼女の彼女たる所以だろう。 ───自分専用の武器ではなく仲間のものを選んだところも含めて。 「ふん、客に対してにこやかにイラッシャイマセも言えん奴の横暴には負けへんからな。」 「連日意味もなく押しかけては店を破壊し、お茶を催促するようなのを客と言うとは知らなかったよ。」 「あ、ひっでー、店がボロなのはオレのせいじゃないやろ。それに時々はちゃんと買ってるし、仕入れまで手伝ってるやんか。」 「腐りかけたピザや栄光の手を99個押し付けられる身にもなって欲しいね。」 「あーもう、喧しいなー。細かい事を気にしてるとハゲるで、それでなくても年寄りじみてんのに。」 「……………」 もはや恒例になりつつある低レベルな舌戦に、僕は溜息をつく。 ひとしきり喚いた後、彼女はスタスタとこちらに歩み寄ると、店と母屋の境になる板の間にどっかと座り込んだ。 「如月、お茶。」 お決まりの台詞。 頓着なく足を組んだ為に、彼女の制服のスカートが一瞬大きく翻った。白い太腿がちらりと覗く。 それに反射的に目を逸らし、僕は更に深い溜息をついた。 「…全く、君って人は…。少しは女性の自覚というものを持っても罰は当たらないと思うが。」 「おほほほほ、ワタクシにそのようなモノを求める事自体、間違っておりますわよ。…つーか、すぐにそんな小言が出る辺り、如月ってやっぱ爺やなー。」 「…落ち着きがあると言ってくれないか。」 言いつつも、これ又いつものようにお茶を用意し始める自分に腹が立つ。 断っておくが別に彼女が怖い訳でも、脅されている訳でもない。 出さないと一向に帰らないのだから仕方ないのだ。 客に早く帰ってもらいたい時に箒を逆さに立て掛けるのと同じかもしれない。
黙って立っていれば、整った顔立ちの可憐な少女…とは思う。 肩の辺りまで伸ばされた少しくせのある栗色の髪。小柄ながら均整の取れた体付き。 おそらく、彼女の写真を見せれば10人中9人は美少女だと認めるだろう。 元々僕は女性に対して特別の興味も夢も抱いてはいなかった。 江戸の時代よりこの地を護る飛水の者にとって、好きとか、嫌いなどという感情は必要なかったから。 僕もいずれは結婚するだろうが───それは単に飛水の血を絶やさない為。 時が来れば一族の中で最も《力》を受け継ぐに相応しい娘を迎える事になるだろう。 そこに僕個人の考えや好みが入る余地など初めから存在しない。 それが、飛水の中でも特に強い力──《玄武》の宿星を持つ僕の使命でもあるのだから。 その僕が。 初めて彼女に出逢った時には、思わず目を見張った。 天使。僕はキリスト教徒ではないが、真神学園の白いセーラー服も手伝ってそんな形容詞が自然と頭に浮かんだ。 何よりも纏う空気が違ったのだ。 だが────数秒後にはその認識をあっさり覆された。 それ以降は不覚としか言いようがない。 あの日から、極力他人との関わりを避けようとする僕をまるっきり無視し、あくまで我が道を行く彼女の性格と男顔負けの行動パターンに翻弄されっぱなしとなってしまったのだ。
今更気が付いて、自分でも嫌になってきた。 僕の座右の銘は『無』だ。 なのにどうして、この娘のする事全てにこんなに反応してしまうのか。 彼女といるとイライラして仕方がない。 喧しくて、ガサツで、乱暴で、おせっかいで。おまけに関西弁。 別に関西の人に偏見を抱いているのではない。 表向きの商売がら関西の商人と向き合う事も度々あるのだが、どうも関西弁特有の馴れ馴れしさとでもいうのか──その迫力とでもいうのか、その雰囲気に慣れないのだ。 とにかく、僕にとって彼女は最も近づきたくない人種なのは間違いない。 ────これが『嫌い』という感情なのだと、最近になって漸く僕は認識した。 そして、それと同時に解ってしまった。 いや、これも血の為せる技か──最初からそれらしきものを感じてはいたが、認めたくなかっただけかもしれない。 彼女に自覚はないであろう特殊な氣。圧倒的な《力》。彼女を取り巻く、一般的には不可解な事件の数々。 それの意味するところはひとつしかないのだ。 何とも運の悪い事に、彼女は《玄武》である僕が命を懸けて護るべき存在──《黄龍》なのだと。 今はまだ、誰も気付いていないらしいその事実に僕は戦慄した。
僕は本当に─────素直に、彼女に従えるのだろうかと。
…どうやら僕はしばし物思いにふけっていたようだ。 我に返るとすぐ目の前に少女の大きな瞳があって、表情には出さなかったものの内心焦った。 本当に、彼女といると心臓に悪い。 「…世の不条理さについて少し考えさせられていただけだ。頭より先に手と足が出る君と違って僕は頭脳派なんだよ。」 「単にオレより打たれ弱いだけやろ。けど良かったー、如月がボケたら旧校舎で仕入れたガラクタ…やない、貴重な戦利品を預けるトコがなくなって困るし。」 「…言いたい事はそれだけかい?」 「だから、お茶おかわり。」 「……………」 本日3度目の溜息と共に、僕は黙っていつの間にやら彼女専用となった湯呑みに新しいお茶を注いだ。 世の中には言うだけ無駄というのもあると知ったのも彼女のおかげだ。 そんな僕の気も知らず、彼女は満足そうにずずずっとお茶をすする。 「な、如月。」 「今日はお茶請けはないよ、昨日君が食べ尽くしたからね。」 「ちッ、あの羊羹美味かったのに…じゃ、帰るかな。」 「そうしてくれると助かる。」 やはり今日も特に用事はなかったらしい。余程暇を持て余しているのか、お茶が気に入ったのか。 …とにかく、これも僕の宿星だとしても。 これ以上僕のペースを乱されるのは本意ではない。 帰ると言われて正直ホッとしてしまう自分が情けない気もするが、ここは敢えて無視する事にした。
「如月、お前ちょっと人間っぽくなったで。」 「…は?」 話の脈略のなさに、思わず聞き返してしまう。 というか、僕は初めから人間だ。聞きようによっては失礼極まりない。 「ん。最初逢った時、お前って人形みたいやったもん。使命、使命って顔に貼り付けてな。…そんなのに縛られるのはアホや。お前は、お前やろ。オレが、オレでしかないのと同じや。」 そこにあるのは目も覚めるような眩しい笑顔。 いつも平静であるよう努めていた心臓がどくんと大きく脈打った。 「な…君は…」 言葉につまる僕を余所に、彼女は更に続ける。 「やっぱ、今のすぐ怒る嫌味っぽい如月の方が人間っぽくてオレは好きや。───そうやな、今の如月ならお嫁にもらってやってもいいで。オレがお前と──東京を護ってやるから。」 ────今度こそ、僕は固まってしまった。 数十秒後、辛うじて声を絞り出す事ができたのは奇跡に近い。 「…その言葉、そっくりそのまま返すよ、緋勇さん。」 「おー、言ってくれるやんか。それはオレに勝ってから言えっての、優男。じゃな、また明日ッ!」 悪戯っぽく笑い、店から走り去っていく彼女の後姿を僕はただ見送る事しかできなかった。
側にいても───いなくても、イライラする。 感情を知らなかった僕の心を、いつも掻き乱す。 彼女は何も考えていないようで、実はいつだって自分よりも周りの人間の事を考えている。 乱暴な態度も言葉使いも半分は地だが、残りの半分は自分のそんな面を隠す照れ隠し。 それを知っているから。 仲間の誰もが、振り回されつつも彼女に惹かれていた。 僕も彼女に出逢わなかったら、こんな気持ちを知る事はなかっただろう。 だから、僕は彼女の事を『嫌い』だ。
そんなものはどうでもいいと思えてしまう程に。 数ヶ月前の僕には考えられない。 こんな風に思うようになったのは全て彼女のせいだ。
如月「ふッ…」 京一「何一人でカッコつけてんだ、亀のくせに。」 如月「飛水十字ッ!!」 京一「おっと危ねェ…って何しやがるてめェ!!」 如月「それよりも何故君がここに居るんだ、今回まッッッたく登場してないだろう。 普通この場は今までの傾向からいって主役男女の会話ではなかったのかい?」 京一「知るか、俺だって野郎相手に話なんかしたくねェよ!! 要するに作者が逃げたんだろ、今回のひーちゃんは特に変わりモンだったからな。」 如月「それは…そうだが…」 京一「因みにひーちゃんの関西弁がどこぞの中国人並にアヤシイのは仕方ないらしい。 理由は簡単、作者自身が引越しを繰り返したせいでエセ関西人だからだとよ。 よって関西弁も完全な嘘という訳じゃねーが、大目に見て欲しいってほざいてたな。 それとセーラー服なのに一人称がオレで男っぽくてガサツで口が悪いのは、 男兄弟3人に囲まれて育ったからっつー設定があったらしいぞ。」 如月「…つまり、とことん僕の嫌いそうなタイプにしたかったという訳か。」 京一「ま、そーゆーこった。そーゆー奴だぜ、あいつは…(遠い目)。 例え両想いだろうと、そう簡単にはヤれねーし…ってそれは今回は関係ねェか。 これ、完全に一時の気の迷いで書いた話だから絶対続かないぞ。 へへへッ…その分、次は俺が別のひーちゃんとラブラブ…」 如月「飛水流奥義、龍遡刃ッ!!!(涙)」 真 「おーい如月…って何やってるんや、お前。その足元の物体は?」 如月「いや…気にする必要はないよ。」 真 「じゃ行くか、美味いたこ焼きの店、見つけたんや♪」 なんだかんだ言って仲良く去って行く二人。 京一「……にゃろー……麻沸散と殺生石も使いやがった……(汗)」 私にしてはとても珍しい、女の子からのプロポーズ(?)。 |