【イトシイヒト】




 ちゅん。ちち…。

雀の鳴き声が庭の方から聞こえてくる。



───朝、か。



うとうとしていた間に目に掛かった髪をかき上げると、障子を通して暖かい光が部屋に差し込んでいるのが分かった。

今日は日曜だから、本当ならまだゆっくりしていてもいい時間ではあるのだが。





「う──…」




 僕が起きた気配を感じたのか、もぞ、と腕の中の物体が動いた。           

少しくせのある、栗色の髪が揺れる。

なんとなく名残惜しくて。

そのまま様子を見ていると、ソレはゆるゆると目を開き。




ばちっ、と視線が合った。




「……………」

「……………」




 暫しの沈黙。

どうやら目の前の人物は現在の状況を把握しかねているらしい。 




「…亀?」

「誰がだ。」




 いきなり失礼極まりない。 

昨日の名残か。その寝惚けた顔からして無意識の言葉のようだが、だとしたら尚悪い。

おまけにこの様子ではここが僕の家だという事も理解してないようだ。

尤も───毎日のように店に来ていても君がここで一晩過ごしたのは、これが初めてではあるが。




「ああああああ!!」




 瞬間、その人物…緋勇 真は僕の腕の中からバネ仕掛けの人形のように飛び起きた。

そして布団から身を起こした僕からずざざざざっと音を立てて離れる。

どん、と背中を襖にぶつけた彼女の顔は真っ赤で、動揺の色が浮かんでいた。




「………………………ヤった?」

「………他に言い方はないのかい。───僕を見くびらないでくれ。君はしっかりと服を着ているだろう。」




 そう。彼女は横になっていた為に多少皺にはなっているがきちんと服を着ている。

昨夜ここに来た時と同じ、明るい橙色のシャツとジーパン。

当然僕も裸などではなく部屋着である着物を着用中だ。

…案の定、彼女は何も覚えていないらしい。

僕は大きく溜息をついた。




「昨日の夜遅く土産と称して一升瓶片手に押し掛けてきて、あっという間に酔っ払ったのは何処の誰だい。」

「…オレ。」

「あげく。僕につまみを要求して食べ散らかして暴れまくって、終いには障子を突き破ろうとするのを止めに入った僕に母親にぶら下がった子猿の如くしがみ付いたまま熟睡したのは…」

「…………オレ、です。」




 ようやく経過を思い出したらしく。

流石にバツが悪くなったのかしゅん、と項垂れる彼女はかなり珍しい。

《仲間》達が見れば天変地異の前触れだと言うかもしれない。 

いつものガサツで乱暴で喧しい彼女とは大違いだ。

このように大人しくしていると美少女と言っても差し障りのない外見(一人称が「オレ」というのはこの際置いといて)に相応に見える。




「まぁ…考えてみれば、如月に襲われたところで負けるオレやないか。」

「…一言多いよ、君は。」




 前言撤回。やっぱり彼女は彼女だ。

僕は更に深く溜息をついた。

…確かに《黄龍の器》である彼女の《力》は並じゃない。それは認める。

東京を護る役目を負った飛水家の末裔にして《玄武》である僕も、純粋な《力》で見れば主格である彼女には正直敵わないのも事実だ。

だが僕にも一応プライドというものがある。




「それでも泥酔した君に勝つ自信はいくらでもあったよ。───嫌なら今度から夜中に無防備に男の家に押し掛けるのは止めるんだね。」

「如月は大丈夫やろ?オレを起こさないように、布団に付き添ってくれたくらいやし。」

「……………」




 あからさまに顔には出さないが、内心結構真剣だった忠告はさらりと返され。

思わずこめかみを押さえてしまう。

もしかしなくても僕は人畜無害に思われているのだろうか。

それこそ母親のように。

全く、簡単には離そうとしない彼女を抱えて人がどんな気持ちで夜を過ごしたかも知らずに────






 と。

僕の頬にひどく柔らかいものが一瞬、触れた。

それがいつの間にか再び僕の手の届く範囲に戻ってきた彼女からのキスだったと気付いたのは、数秒後。

さっきよりも間近で見る彼女の大きな瞳には、悪戯を成功させた子供のような輝きがあって。




「でも…如月でなきゃオレも安心して眠れなかったで?」



───
18年前。生まれてきてくれてありがとう。




眩しいばかりの笑顔と共に唐突に紡がれた言葉に、僕は目を見張った。

そういえば今日は…10月の25日だったか。

ここのところ忙しくて、すっかり忘れていた。




「オレ、如月に逢えて良かった。全部終わったらオレがちゃんとお前を幸せにしてやるから♪」

「………だからそれは普通、僕の台詞だと思うんだが。」

「細かい事を気にしてたらハゲるで、っていつも言ってるやろ?」



ホントは
12時になったら速攻でお祝いしようと思ってたんやけどな、とカラカラと笑う彼女。





───やはり、彼女には敵わない。




 母が亡くなり、父が家を出てから…僕は長い間一人きりの誕生日を過ごしてきた。

祖父はそのような事に興味を示さなかったし、僕の上辺だけを見て近寄って来る同級生からの祝いの言葉やプレゼントに心を動かされるほど愚かでもなかった。

それがどういう事か。

今、素直に自分の誕生日を喜べる。

何でもないように…当たり前のように、共に過ごしてくれた人がいる事が嬉しい。

 最初は彼女が嫌いだった。

ずけずけと僕の世界に入ってきた、僕の一番苦手とするタイプ。

だが『嫌い』という感情すら持たずに生きてきた僕に『飛水家の人間』として以外の生き方があると教えてくれたのは他ならぬ彼女だった。

気が付けば彼女に振りまわされている自分がいて。

乱暴な言動の中に隠された彼女の優しさや本当の意味での強さに惹かれている自分がいた。

ずっと独りで心を凍らせてきた僕に、いつからかこんな感情を教えてくれた彼女。

この女性に僕はきっと一生勝てないのだろう。

だけど。





そっと、腕を伸ばして彼女を抱き寄せる。

驚いたような表情を見せたものの、彼女は抵抗するでもなくすんなりと再び僕の腕の中に収まった。




「───いつか僕もさっきの台詞を言わせて貰うよ、緋勇さん。」

「…アホ。オリジナリティも必要やで。」




 ほんの少し顔を染め、照れたようにぶっきらぼうに答える彼女があまりにも彼女らしくて。

それに微笑むと、僕はゆっくりと彼女の額に誓いのキスを落としたのだった。







───感謝しよう。




18年前の今日、この世に生を受けた事を。

彼女に出逢えた事を。






今はまだ、何も終わってはいない。

甘い感情に溺れる事などできない。

それが《黄龍》であり、《玄武》である自分達の暗黙の了解。

自らに課した決まり。

運命なんて一言で片付けられない。

東京を…大切な人を護りたいのは、嘘じゃないから。

だが、全てに決着がついた暁には。







きちんと伝えよう。この気持ちを────愛しい人へ。

《玄武》ではなく、《如月 翡翠》として──────






    【どういう風の吹き回しか(コラ)京一以外のキャラの誕生日SSだよ座談会】

京一「なんだかなァ…好きな女と一晩一緒にいて何もしねェとは…もしかして不感し──」

         突然押し寄せる波。流される京一。

如月「僕は何処かの猿と違って紳士なんだよ。」

京一「てめェ、何しやがるッ!!(びしょ濡れになりながらも復帰)」

如月「それはこちらの台詞だ。前作でも意味もなく(強調)この場に出てきてくれたが、

   まさか今回も君がいるとは思わなかったよ。」

京一「知るか!!文句はワンパターンな馬鹿作者に言え!!」

如月「言っても無駄な事に労力を裂くほど暇じゃないんだ、僕は。」

京一「俺だって別のひーちゃんと愛を育むので忙しいっての!!(←嘘付け)

   そもそも前作って『キライナヒト』だろ、あれからどれだけ経ったと思ってんだ。

   つーかアレって完全突発で続かせる気なんか更々なかった筈だぜ、あいつは。」

如月「そんなのはいつもの事だろう。今更これくらいで驚かないさ。この話にしたって、

   たまたま1998年の1025日が日曜日だったと知って勢いで書いたというのが妥当だろう。

   そもそも僕の誕生日だって人に教わるまですっかり忘れていたらしいしね。」

京一「オイオイ、なんか《陰氣》が出てるぞお前…」

如月「今まで作者には散々不当な扱いをされたからね…あんな事やこんな事もあったっけ…(遠い目)」

京一「………殺るならバレないようにやれよ。」

如月「僕は忍だよ。その辺は心得ているさ。(にこり)」

京一「……………(ちょっと自分の周りの人間関係について考えさせられてるらしい)」






男への誕生日プレゼントが酒一升かい!!(言われる前に自己ツッコミ)
い、いや本当のプレゼントは彼女の初キス(頬だけど・笑)なのです!!
たまには如月氏にもイイ思いをさせてやろうと思ってたのに、この程度。
それどころか蛇の生殺しだった分、かなり不幸かもですこのヒト。
実は結構バカップルなんですけどね〜こいつら(^_^;)

しかし攻めタイプの女主って難しい。
ていうか本気で続編書くつもりも何もなかったからなぁ…。
これぞ誕生日マジック(謎)。