【春の嵐】 「───では。」 「はい。」 多くの言葉は不要だ。 いつものように処理班の者に後を任せ、壬生は一人その場を去った。 つい先程まで『生物』であった物体の上に桜の花弁がひらり、と舞い落ちる。 ───今日のターゲットは某組織の中心的人物。 警察も介入する事ができない程の実力者である奴は長くに渡って己の欲の為に非道の限りを尽くし、多くの人間が奴によって死に追いやられた。 奴はやっとその報いを受けたに過ぎない。 被害者の家族もこれで少しは溜飲を下げる事ができるだろう。 だけど──────
ふいに聞こえた濁声に、壬生は整った眉を僅かにしかめた。 現在の時刻は午前0時を過ぎたところである。場所は僅かばかりの街灯の明かりが唯一の光源である、路地裏。 この状況で聞こえる怒声となれば、喧嘩以外に考えられない。 足を止め声の方向に目をやると案の定、脇の狭い道の奥でチンピラらしき男達5人が1人の人間を取り囲んでいるようだった。 (…多勢に無勢、か…) その様子を謀らずとも目撃してしまった事に正直うんざりする。 こうなるまでに彼等にどういう事情があったのかは分からない。 遠目にも取り囲んでいる者達は善人というタイプではなさそうだが、かといって一方的に奴らが悪いとは言い切れないだろう。現場を見た訳ではないのだから。 大柄な男の背に隠れてここからはよく見えないが、壁際で取り囲まれている方もこんな時間にこんな場所をうろうろするくらいだからロクでもない人種の可能性は高い。 ただ、大勢で寄って集って、というのは端から見ても気分の良いものではなかった。 あちらは壬生に気付いた風もなく、まだ何やら揉めているようだ。 (どうするか…) そもそも壬生は決して自分の事を正義の味方などとは思ってはいない。 『法で裁けない悪を裁く』…どれだけ言葉で飾っても。 自分がしてきた事は許されるものではないというのは自分が一番よく分かっている。 ───何よりも。 自分はたった今、『仕事』をこなしてきたところである。 退路として極力目立たないようにこの道を選んだというのに、ここで下手に騒ぎを起こすのは本末転倒というものだ。 後で目撃証言を消す事は不可能ではないが、自分が今この時間にこの場所にいたという事を一般人にわざわざ知らせるのは愚の骨頂だろう。 ───今ならまだ見なかった事にしてここを去るのは可能だ。 喧嘩などこの街では日常茶飯事だ。そのひとつひとつに反応していたらキリがない。 向こうもまだこちらに気付いていないのだから、自分の胸にしこりが残るのさえ気にしなければこのまま黙って去るのが最善の策だろう。 ぱっと見たところ連中は特定の組織に属しているようには見えなかった。飛び道具などの武器を持っているようにも見えないから、最悪でも死ぬ事はないとは思う。あの手の類は虚勢ばかりで実際に手にかける度胸はないのだ。財布さえ渡せば、意外とあっさり引き下がる事も多い。 ───大事の前の小事。分かっている。 自ら進んで火種の中心となるのは拳武の者として好ましいとは言えない───。
その集団は一応の話の決着は着いたのか、ぞろぞろと移動し始めた。 反射的に壁に背を預け、身を隠す。 彼らはアジトなのだろうか──路地裏に面した倉庫の扉を開け、その中へと吸い込まれて行った。 (………子供、か?) さっきまでは男の背に隠れて見えなかったが、ちらりと見えたその中心となっている人物の姿に壬生はぎくりとした。 逃げられないように周りを囲まれ、腕を引きずられるようにして連れて行かれたのは薄いブルーのパーカーにジーンズ、漆黒の髪をショートカットにした…小柄な少女。 おそらく中学生くらいだろう。ここから見ても、幼さの残るあどけない雰囲気ながらその辺の女とは比べ物にならないくらい整った容姿をしているのが分かる。 そしてその周りを取り囲む男達の下卑た笑い。 「……ちぇッ」 さっさと立ち去っていれば知らずに済んだだろう。 だがこれまでの経緯とこれからの事態を予想できてしまった以上、無視する訳にはいかなくなってしまった。 チンピラ同士の抗争ならともかく、このまま放っておくのはあまりにも寝覚めが悪い。 後の事は後になって考える事にしよう、と自分を納得させ、先程まで奴らがいた道に足を踏み入れる。 一度決めると行動は迅速だ。 足早に倉庫に近付くと、中から微かな叫び声が聞こえてきた。次いでガタガタという何かが倒れた音。 バキィッ。 壬生は勢い良く鉄製の扉を蹴り開けた。
それも自力で飛んで来たのではなく、明らかにこちらに向けて投げ飛ばされたようである。 その物体を紙一重で避けたところで、今度はジーンズの足が壬生の喉元を狙って放たれた。 ガッ。 「……………」 「……………」 こちらも蹴りで相殺すると、後は沈黙が訪れる。 「………僕の助けはいらなかったようだね。」 「………………当然。」 そこでようやく目の前の人物は足を下ろし、壬生に向かってにこりと微笑んでみせた。壬生より30cmは背が低い為、仰ぎ見る形になる。 無数のダンボールと裸電球がひとつあるだけの薄暗い倉庫。 広さは50m四方といったところか。 足元にはさっき飛んで来た男も含め、ぼろぼろの姿で気絶した男が5人。 ───近くで見ると本当に人形のように愛らしい顔は、この場所で思いっきり浮いていた。 「ずっと覗き見してたから、オレはてっきりストーカーかと思ってたぜ。」 「……………」 ガシッ。 突然壬生に向かって繰り出された拳を反射的に交差した腕で受け止める。 「お前今、こいつ本当に女か?──とか何とか思っただろ。」 「………よく分かったね。」 これも以心伝心と言うのだろうか。心持ち顔を引き攣らせて発せられた言葉に半ば感心して壬生は応えた。 「ったくどいつもこいつも…。そーゆーのを偏見と言うんだ、オレがどんな言葉使いしようとお前に関係ねーだろ。」 「………それはそうだね。」 勿論壬生は人を外見で判断するような人間ではない。 だが下の転がっている男達を抜きにしても、この顔でこの言葉使いは普通誰でも驚くのではなかろうか。 そうは思ったが口に出すと話が長くなりそうなので賢明にもやめておく壬生である。 いやそれよりも。 「気付いていたのかい?」 「まーな。これでもちょっとばかり武道をやってたんで人の気配なんかを探るのは得意なんだ。」 拳を収めながら特に強いヤツのはな、と何でもないように言う少女。 その言葉に壬生は苦笑を返すしかなかった。 あの距離で壬生の氣に気付いていたというのもさる事ながら、この少女の実力はちょっとばかりなんてものではない。自分より遥かに大きな男を5人、僅かな時間で夢の世界に送っておいて息ひとつ乱していないのだから。 実際、先程壬生が受けた蹴りも拳も常人のレベルを遥かに超えていた。 しかも最初の蹴りはともかく次の拳は壬生の実力を瞬時に判断し、相殺されるのを承知でそれに応じた力で繰り出しているのだから尚の事只者ではない。 何より今の技の型は自分のとよく似─────
「あん?報奨金の回収。」 「……………」
ごそごそと倒れた男達の懐を漁り、財布を引っ張り出して現金を抜き取る少女が居た。 その姿に壬生としては呆気に取られるしかない。 黙っていれば無邪気な天使のようにも見える少女がやってるから余計に違和感があるのだろう。 確かに5人掛かりで『非力な少女』をどうにかしようとした(揃いも揃ってそういう趣味なのか商売のつもりだったかは不明だが…)チンピラ達は同情の余地もない。 だが、これではどちらが悪人だか分からないと思うのは自分だけではないだろう。 大体彼女のような人間がこの街で夜遅くに一人で出歩く事自体、間違っているのだ。 「心配すんな、全部は取ってねーし。」 「そういう問題でもないと思うけど…」 もしかしたらこの少女はこの為にわざわざこの場に赴いたのではないだろうか。 あれだけの実力があればどんなきっかけがあったにせよ、絡まれた瞬間に撃退する事もできた筈だ。 そう考えると、益々彼女の外見と行動のギャップに戸惑いを感じる壬生である。 「オレは正義の味方じゃないんでね。」 そんな壬生の心情に気付いたのか、彼女はいくらか抜き取った財布をご丁寧にも再び男の上着に戻しながら振り返らずに言った。
そんな壬生に構わず、彼女は次の得物に取り掛かる。 「オレ、今日こっちに引越して来たんだよね。」 「……………」 どう応えたらいいのか分からなくて黙る事で先を促す。 「東京の地理なんか全然分からなくてさ、探検してて気が付いたらこんな時間になっちゃったワケ。 こつん、と少女は倒れた男の頭にスニーカーで軽く蹴りを入れた。 男はうぅ…と低く唸り声を上げる。 この分だと、あと数時間は起き上がる事はできないだろう。骨折している可能性も高い。 「たまたまオレだったからこうして大事にはならなかったけど…ホントに何の抵抗もできない娘だったら?」 ここでようやく振り返った彼女の表情は、暗いライトのせいでよく見えなかった。 「………なんてのは結局、言い訳か。本当の正義の味方なら悪者に出くわしてその場で適当に退治して終わりなんだろうけど早い話、それじゃオレが気に入らなかったんだよ。だからこいつらを邪魔の入らないとこまで誘って叩きのめしたんだ、暫くはこんなフザケたマネをする気にならないくらいにな。ついでにオレの手を煩わせたという事で慰謝料をゲットする。世の厳しさを身をもって教えてやった授業料って言ってもいいかな。それがオレのやり方。でなきゃやってられねーって。」 オレ、こう見えても苦学生なんだよねーと悪びれないで言う少女に、壬生は二の句が告げない。
再び目の前まで戻ってきた少女が明るく笑う。
真っ直ぐに自分を見つめる瞳に、壬生は言葉を完全に失ってしまった。
常識から言えば決して褒められたものじゃないのは明らかだ。 だけどそれだけの事ができないでいた自分に、ようやく壬生は気が付いた。 今まで拳武の名の元に数々の仕事をこなしてきた。 そして。 何時からか、自分の行動すべてに拳武館の者としての理由をつけるようになっていた。 気が付けば自分の意思がなくなっていた。 拳武の意思こそ自分の意思だと思い込もうとしていた。 自分は正義の味方ではない、そう言いつつも拳武こそが正義なのだと思い込もうとしていた。 ───でないと、自分のしてきた事の重さに押し潰されそうだったから。
拳武館暗殺組のトップ、壬生紅葉ともあろうものが。
「ほい、これは口止め料。これでお前も同罪な。」 「な…何で僕まで!?」 細い腕が延びたかと思うと壬生の制服のポケットに札が数枚突っ込まれる。 一瞬で懐に入られた事に驚く暇もない。 「げ、もう1時!?明日初登校なのに遅刻しちゃシャレになんねー!」 だが少女はうろたえる壬生には全く構わず。 左手の腕時計を覗き込んで思い出したように言うと、いきなり踵を返して駆け出した。 そして入り口の手前で一度振り返ると壬生に向かって片手を挙げてみせる。
今になって自分達は名乗り合ってもいないのを思い出す。 そもそも自分はこの場に居るのを知られてはいけないのだ。 ひょっとすると理由は分からずとも壬生の発する空気からそれを感じ取り、『口止め料』という形で彼女なりに壬生を安心させようとしたのだろうか。 無茶苦茶な少女だが、彼女ならそれくらいはやりそうな気がした。 「…また何処かで、か…」 思わずぽつりと呟く。 この広い東京で1人の人間と偶然会うなんて事はそう起こるものではない。 自分が今日この時間にこの場に居たのも、彼女がこの場をアジトにするチンピラに絡まれたのも、全ては偶然の産物だ。
もしまた会う事があれば、もっと変わるのだろうか。 ただ、それは喜ぶべき事ばかりではない気もするけど。 というか絶対に穏便な日常なんてのとは無縁な気もするけど。 確実に自分は貧乏籤を引きそうな気もするけど。 そこまで考えて、己の発想に笑うしかない自分に気が付いた。 何もまた会うと決まった訳ではないのにそんな心配をしてどうなるというのだろう。 拳武に身を置く自分が…いかに強いとはいえ一介の中学生と接する機会などそうあるものではないのに。 それなのに────この表現しがたい感覚は何と言うのだろうか。
転がっている男達についてはこのまま放っておいても大丈夫だろう。 なんだかんだ言って彼女はきちんと力を加減している。目が覚めれば勝手に救急車を呼ぶなりするに違いない。 壬生が入った時点で既に全員が気絶していた為に顔を見られていないのも、双方にとって幸いだった。 いつまでもこの場に突っ立っている理由はない。
副館長から渡された一枚の写真を見て、予感が当たったという事よりも彼女が実は自分と同学年だったという事の方に壬生が衝撃を受けたというのは余談である。 更にその後、紆余曲折を経て彼女が自分と同じ師に教えを受けた同門だったという事を知り。 ついでにどんな敵からも『報奨金』を平然と搾取する『仲間達』を知り、何時の間にやらそれに馴染んでしまった自分に驚くようになるのもそう遠い話ではない。
気が付けば彼女を目で追っている自分に壬生が苦笑するようになるのも、そう遠い話ではない───。
壬生「……これって壬生×女主かい……?」 作者「いや、違う(断言)。というのもこの主人公、初めは男だったんだよね実は。 別シリーズの男主、緋勇龍矢が女の子だったらこうなってましたという…」 壬生「どうりでどこかで見たキャラだと思ったよ…(冷たい目)」 作者「そりゃそうだよ、身長以外は性格も見た目も一緒だもん。(開き直り) 台詞も最初の方と『俺』を『オレ』にしたくらいで殆ど変えてないしね。 それでなくても遅筆なのにボツネタを完全に破棄するのは勿体無くてさ〜。 まぁこれも龍矢で出しても良かったんだけど(つーか最初は本気で男主だった。 つまり壬生は最初男だと気が付かずに助けに入ったのだ)この前別の話を出したし、 あんまり出会い編で引っ張るのもどうかと思って龍矢でやるのは止めたのさ。 これぞ地球に優しいリサイクル。どちらにせよあっちが純粋なギャグである以上、 性別が変わったところですんなりとラブラブになるワケないわな。」 壬生「……………」←元を知ってるだけにどう反応したらいいのか分からないらしい 女主「…で、オレの名前も考えなかったワケか。」 作者「なんだお前も居たのか。名前?だって名乗ってないから必要ないじゃん。 元々ネームセンスないし性転換した奴の分まで名前のストックないっての。 どうせ続かないしさ〜ナンなら龍子にでもしとくか?(笑)」 女主「〜〜〜なんか知らんがムショーに腹立ってきたッ!紅葉ッ!」 壬生「…了解。」 女主・壬生「「以下略・双龍螺旋脚ッ!!」」 断末魔をあげつつ、作者強制退場。 壬生「気は済んだかい?」 女主「うーん…まだ物足りない気もするけどな…そだ、ちょっとしゃがんでくれるか?」 壬生「??……………ッ!!(いきなりの事に呆然)」 女主「突発とはいえ、やっぱ女でないとできないコト、やっとくっきゃないっしょ。 …いっそ最後までスル?…オレ…紅葉になら…(潤んだ瞳で見つめる)」 壬生「な…君は…ッ(汗)」 女主「あははは〜真っ赤になっちゃって紅葉ってばカワイイ♪ 冗談に決まってるだろ、 『俺』の性格分かってないな〜♪(ばしばしと壬生の肩を叩く)」 壬生「…僕に喧嘩を売るとはいい度胸だね。言っとくけど今は僕の方が力はあると思うよ。 『女』の君に抵抗できるかな…?(にこりと笑って腕を掴む)」 女主「抵抗って…ま、待て紅葉──ッ!!コレいつものバトル…だよな!?な!?(滝汗)」 この後、二人のバトルの行方は神のみぞ知る(笑)。 最初、一応は壬生女主という事で日常シリーズと同じファンシーな壁紙だったんですが |