「ごめんね」
今思えば夕飯を食べたばかりでお腹いっぱいだったろうに、
アップルパイを「美味い」と言って食べてくれたエド。
あたしが落ち着くまで、ただそこに居てくれたエド。
ようやく涙が止まって、暫くして。
「じゃ…オレは部屋に戻るな。ちゃんとメシ食えよ」
そう言ってソファーから立ち上がった彼を出口まで送るつもりであたしも立ち上がって。
そうして出た言葉が「ごめんね」だった。
何も知らなかった、あたし。
エドとアルが何をしていたか。
それがどんなに危険な事だったのか。
2人が元の身体を取り戻そうと頑張っていたのは知ってたのに、
そこまで考えていなかった自分の甘さに愕然とした。
本当はヒューズさんが殺されてしまうくらい…危険な事だったのに。
ヒューズさん。
マース・ヒューズ准将。
あたしがあの人に会ったのはほんの2ヶ月ばかり前。
ちょっと強引で、愛娘のエリシアちゃんにメロメロで。
だけど面白くて優しくて頼りがいがあって、とてもいい人だった。
こんな形で再会するなんて想像もつかなかった。
「ごめん。ごめんエド…」
一度は止まった筈の涙が、再び溢れ出す。
それが余計に悔しくて。彼に申し訳なくて。自分が許せなくなる。
俯いたまま握り締めた拳が震えた。
扉に向かいかけていたエドの足が止まる。
「ごめん……」
…本当に辛いのは、エドの方なのに。
自分を責めているのに違いないのに。
───それでもエドは泣けないのに。
あたしは、ずるい。
ドミニクさん家でエドの銀時計の中身を見てしまった時、
「あんた達兄弟が泣かないから代わりに泣くの」なんて言ったけど
結局は自分が泣きたい時に泣いているだけなのかもしれない。
ただ泣く事しか……できない。
その時。
「…っ!?」
突然、前方から腕を引っ張られてあたしはたたらを踏んだ。
そのままぽす、と幼馴染みの少年の肩口に抱き寄せられる。
「………………………………馬鹿」
互いの身体が触れたのは一瞬。
耳元で囁かれた言葉も、実に素っ気無いもので。
目を丸くしたあたしが何の反応も返せないうちにエドはあたしの身体を解放すると
何事もなかったようにすたすたと出口に向かい、振り返りもせずにドアノブに手をかけた。
「おやすみ」
いつもと変わらないエドの声とぱたん、と扉の閉じる音が何処か他人事のように聞こえる。
「………馬鹿はどっちよ」
思わず呟いたあたしの声はエドにはもう届かないだろう。
だけど彼の声にならない声に「有難う」と言われたような気がして。
あたしは泣いてもいいんだって許されたような気がして。
必死で隠そうとしていたけど耳まで真っ赤にしたエドが照れていたのは明らかで。
───あたしは熱くなる胸をぎゅっと抱き締めた。
…そんな訳で。
ようやくコミックス9巻も出たので堂々と書けたアップルパイその後妄想ネタでございました。
9巻万歳ー! エドウィン万歳ー!!(喧しい)
大好きだ原作(強調)ウィンリィ。
そしてエドの表情とか表情とか表情とか!
手を握られてからのエド視点で
(ちょっ…おいウィンリィ、暗い部屋に誘うってまさか…いやそんな訳ないよな?
それともやっぱりこれはそういう意味なのか!? 待て待て何考えてんだオレ!!)
みたいな話も書きたかったんだけどねー。
シリアスな展開でギャグに走るのは流石に自粛しました。
第一、ここで本当に手を出しちゃう男ってのも…ねぇ?
よってウチのヘタレエド君はこれが精一杯。
それでも彼はいっぱいいっぱいなんだよ。いろいろと。
因みに。
何事もなく(笑)どうにか503号室を出たエドは廊下で大きく安堵の溜息。
弟の待つ502号室に入った途端、
「あれ、兄さんもう戻ったの? 今夜は帰ってこなくても良かったのに」
「な、な、な……おま、何言ってんだ────!!!」
「冗談に決まってるでしょ。そんなに動揺するって事は心当たりあるんだ?」
「あ……あって堪るかぁぁぁぁぁぁ!!!」
なんて会話が繰り広げられたと思われます。
弟の方が一枚上手。頑張れ兄さん★
(04.11.29.UP)