※これはエドウィン40の続編です。先にそちらをお読み下さい。
●微えろネタあり。苦手な方は回れ右!●





























「あたし、何してんだろ……」



時刻は既に夜中の0時半を過ぎている。

髪を乾かし、サイドテーブルの上のランプ以外の明かりを消したホテルの部屋であたしはぽつりと呟いた。

バスルームから聞こえる水音がなんだか他人事のように思える。

もそもそとダブルベッドに潜り込んではみるがすぐには眠れそうもなかった。

朝早かったとはいえ、汽車の中で寝てしまったのは失敗だったかもしれない。

それでなくてもやけに大きなベッドは落ち着かなかった。

なんとなく左端の方に寄ってベッドの右側を空けてはみるものの、そこにエドが入るという実感がまるで湧かない。





自分でも、何がしたいのか分からない。

エドは、どうするの?

あたしはどうしたらいいの?





あたしがエドと一緒にセントラルに行くと言い出した理由は、

単純に元から行くつもりだったというのが4割、エドと二人で何処かに出掛けたかったというのが6割くらいだろうか。

エドと二人で出掛けた事が全然ない訳じゃない。

小さい頃はいつもアルも一緒だったけど、アルがシンに留学に行ってからは必然的に二人出掛ける事も多くなった。

だけどその殆どが村の食料店への買出しとか、お祭の手伝いとか、そんなのばかりだった気がする。

1年ほど前に一応コイビト同士になったあたし達だけど、

多分改めて「デート」なんてものをするのが恥ずかしかったんだと思う。

不意打ちのキスなんかとはまた違う別の恥ずかしさというか……

これだけ頻繁にお互いの家を行き来していてもデートだと心構えする事自体に違和感あるというか。

リゼンブールのような田舎には若い男女がデートに利用するようなお洒落なお店も映画館もないから、

お互い仕事で忙しい中、相手の時間を割いてわざわざその為に街まで出掛けるという事に抵抗があった。

だけど、仕事関係なら。機械鎧の新作発表会という理由があるなら。

一緒に出掛けても不自然じゃないよね?

普通のコイビト同士のように二人で旅行してみたいと思うのは、おかしくないよね?

そんな風に心の中で必死にいい訳してしまった自分に苦笑する。

男の人に混じって油まみれで仕事していても、あたしは自分で思っていた以上に乙女思考を持っていたらしい。

好きな人と一緒にいつもと違う場所に出掛ける事が楽しみでない女の子なんていないだろう。

馬鹿みたいに張り切ってセントラル行きの準備をして、

この前ガーフィールさんが見立ててくれた新品の服を用意して、

夜も明けないうちから食べ切れないくらい大量のサンドイッチを作って(それを全部食べたエドも凄い)、

汽車から見える景色にはしゃいで。

セントラルに着いてからはエドと別行動だから、それまでを楽しもうって他愛のない話を喋り捲った。

少しの時間も無駄にしたくなかった。

喋り疲れて自分で寝てしまったくせに、なんで起こさなかったのかと当たってしまってエドには悪い事をしたと反省している。





………正直、夜どうするかは深く考えていなかったと思う。

セントラルに詳しいエドがいればホテルの手配はなんとかなるだろうとか、その程度。

普通ならコイビトと一泊なんて言ったらそういう意味でドキドキするところかもしれないけど、敢えて考えなかった。

───エドは、18になるまであたしに手を出さないと宣言していたから。

エドを信じていた…と言ったら聞こえはいいけど、

ある意味全部の切っ掛けをエドに任せてしまったあたしはズルイと言われても仕方ないのだろう。

エドを誘うつもりも試すつもりもなかったけど、必要以上に旅行にはしゃく事で逃げていたのかもしれない。

そしてホテルに着いたエドがカウンターで「シングルを二部屋」と言った時、

無意識にホッと胸を撫で下ろしたのを自覚した。

情けなくて、ズルイあたし。

エドの事は好きだけど、まだまだあたしは臆病な子供なのかもしれない。





だけどそんなあたしを笑うかのように、ホテルは満室で。

慌てるエドの後ろであたしは一瞬にして現実に引き戻された。

残る部屋はダブルがひとつ。

そこに、泊まるの?

エドとあたしが?

実感のないまま呆然としている間に、エドが次々と打開策を並べて。

そこにリザさんの名前が出てきた時、あたしの中で何かがキレた。

気付けばエドの機械鎧の腕を強引に引っ張り、兄妹だと言い張って記帳し、エドをこの部屋に誘い入れていた。





……………これってあたしが誘った事になるのかな、やっぱり。

今更ながら恥ずかしくてじっとしていられなくて、布団を頭まで被ってベッドの中でダンゴ虫のように縮こまる。

あたしの顔、きっと耳まで真っ赤だ。

勿論、エドを信じてない訳じゃない。

だけどこの状況で「絶対あたしに触れるな!!」とエドを完全拒否するのはあまりにも身勝手というものだろう。

エドは別々の部屋で寝る方法を探してくれたのに、あたしはそれを拒否したんだから。




以前、エドに懇々と諭された事がある。

男というのは、理性だけでどうにかなる生物じゃないんだと。

頼むから、オレを挑発するなと。油断するなと。

何度か「未遂」のような事があって、エドの決意とやらが分かってからの半年は一応気をつけるようにしていたつもりだ。

エドの家に行っても、夕ご飯の後にはすぐ帰るようにしていた。

エドの方も夜にあたしの部屋を訪れるような事は絶対なかった。

それなのに今日のあたしはエドの忠告を無視して同室に泊まる事を選んだのだ。

それはつまり、エドと一緒のベッドで寝るのをあたしが望んだという事だ。

そう解釈されてもおかしくない。

エド本人が18まで手を出さないと宣言していても、あたしが誘った場合はどうなるの?

それに実際に……最後までしなくても、その………えっちな事はやろうと思えばできる訳で。

女友達に聞かされたあんな事とか、そんな事とか。

エドもしてみたいと思ってるの?



「〜〜〜〜〜〜〜っ」



大声で叫んでゴロゴロとシーツの上を転がりたい衝動を辛うじて抑える。

……ああ、今分かった。さっきエドが床を転がってたのはこういう事か。

あたし達って変なトコで似てる。

そう思うとなんだか妙におかしくて、今度は笑い声が出そうになるのを必死に耐える。







その瞬間。ガチャ、とバスルームの扉が開いた音が部屋に響いて、あたしは息を呑んだ。






「……………ウィンリィ? 寝てるのか?」



エドがお風呂から出てきたらしい。

遠慮がちな、ごく小さな声が足元の方で聞こえた。



「……………………っ」



やだ。声が出ない。

布団を頭の方まで被ったまま、あたしの身体は完全に硬直してしまっている。

あたし、このままタヌキ寝入りするつもりなの?

どうしたらいいのか分からないまま、ぎゅっときつく目を瞑る。

備え付けのスリッパを履いているのだろう。

ぱた、ぱた…と静かな足音がベッドに近付いてくる気配がした。

心臓がバクバク言ってる。口から飛び出してしまいそうだ。

あたし、どうなっちゃうの?



だがしかし、その足音は2、3歩こちらに近付いただけでぴたりと止まった。

そして方向転換したかと思うと窓際の方へと静かに進む。

聞こえるか聞こえないかくらいの溜息と一緒にどさ、という音がして足音の主が椅子に腰掛けたのが分かった。

しーんと静まり返った部屋でそのまま何の音もせず、2分くらい過ぎただろうか。



「…………エド?」



沈黙に耐え切れなくてむくりとベッドから上半身を起こすと、困ったように微笑うエドと目が合う。



「バーカ。タヌキ寝入りするなら最後までしてろよ」

「……分かってたの?」

「そんなガチガチに固まってたら布団の上から見ても分かるっての」



ランプの僅かな明かりの中、エドはホテルに入った時と同じシャツとズボン姿のようだった。

さっきと違うのは下ろされた髪が湿っているのと、ボタン2つ分だけ襟元が開いている事だけ。

エドの裸は整備で見慣れている筈なのにそれだけでやけに色っぽく見えて内心どきりとする。

だけどそれは、「さあこれからリラックスして寝よう!!」という格好にはあまり見えない。



「えーっと………寝ない、の?」

「どうすっかな…………」

「……ベッド、大きいから二人くらい入れるよ?」

「んー………………そこはやっぱ遠慮しとく。オレ、そんなに出来た人間じゃないからさ。

一晩くらい眠らなくても平気だし、寝ようと思えば床でもいいし」

「でも」

「これ以上、オレを追い込まないでくれよ」



───おまえとの約束、破りたくはないからさ。



そう言って眉を下げるエドは本当に困っているようで。

だけどあたしを責める様子は微塵もなくて。








「ごめ……んなさ……い………」



気付けば、あたしの口からは謝罪の言葉が零れていた。

肩が震え、目の奥が熱くなる。



「あたし……本当に馬鹿だ…………」



エドは、こんなにもあたしを大切に想ってくれてるのに。

あたし、心の何処かでエドを試していたんだ。疑ってたんだ。

信じていたのに、信じられなかったんだ。

だからその覚悟もないのに、馬鹿な理由でエドを誘った。

エドの気持ちを踏みにじるような事をした。

もしこれでエドがあたしを襲ってもあたしの自業自得だからいいや……なんて投げやりな事を考えた。



「───言っとくけどな、オレがホークアイ大尉ん家に行ったのは2年近く前の事だぞ。

借り物を返しに行って、イシュヴァールの話を聞いて……オレは全然ガキだったし、当然何もなかった。すぐ帰ったよ」

「うん……分かってる。やっぱり気付いてたんだエド……」



あたしがここに泊まるって言い張った理由。

それは子供っぽい嫉妬だ。

リザさんは美人で知的でカッコ良くてあたしから見てもとても素敵な女性で、何もかも敵わなくて。

リザさんならエドが惹かれても無理はないって思わせるような人で。

本気でエドとリザさんの間に何かあったんじゃないかと疑った訳じゃないけど(リザさんに対しても失礼だ)、

あたしの愚かな対抗心に巻き込まれて余計な気を遣う羽目になったエドにしてみればいい迷惑だろう。

それでそんな風に落ち着いていられるエドって凄いと思う。

改めてごめんなさい、と頭を下げるあたしに対しエドはなんとも言えない表情を浮かべた。



「あー……まぁ、オレも風呂で頭から水被って目ぇ覚めたっつーか……おまえに一緒に泊まるって言われて

何も考えなかったって言ったら嘘だし色々やばかったのは事実だからオレもごめんって事でお互いチャラな」

「え?」

「それより、な。それで思い出した」



薄暗い部屋の中でエドの目が、悪戯っ子のように細められた気がした。



「オレ、その時ホークアイ大尉に言われたんだよ」

「何を…?」

「秘密。おまえには言わね」

「何よそれは───!!」



話を振っておいてそれはないでしょ!? 

もの凄く気になるじゃないの!!

ベッドから身を乗り出したあたしに、エドがさも楽しそうに笑う。



「そうだな。覚えてたら、オレらがじーさんばーさんになった時にでも教えてやるよ」

「もう。絶対だからね!!」

「おう」



つられてあたしも笑った。

こうして、エドとあたしの約束は増えていく。

小さな事から、大きな事まで。

昔は気軽に「約束」なんて出来なかった事を思えば、今はなんて幸せなんだろう。

お爺さんお婆さんになる時までって事は

あたし、それまでずっとエドと一緒に居ていいって事だよね?



「……ウィンリィ?」



布団を捲ってダブルベッドから降り、エドの方へとゆっくり歩き出したあたしに彼が怪訝そうに目を瞬く。

閉められたカーテンの隙間から差し込む月明かりが細くテーブルに落ちていた。

少し身体を屈めてそのテーブルに片手をつき、もう片方の手を椅子に座るエドの肩に乗せる。

そして驚いたように固まったままのエドの額に、そっとキスを落とした。











「……約束の、キス。ごめんね。今夜はこれだけで許してくれる?」



言いながら顔が火照る。

唇でもないのにこんなに恥ずかしくて緊張したキスは初めてかもしれない。

でも、エドにキスしたかった。ちゃんと謝りたかった。そしてお願いしたかった。

許されなくてもいい。その時はその時だ。後悔なんてしない。



「おっまえな、オレを何処まで…………反則だっての……………」



項垂れるように機械鎧の右手で自分の顔を覆うエド。

指の隙間から見える顔が耳まで赤いのは気のせいではないだろう。

やがて大きな溜息が部屋に落ちた。



「………18になったら、覚悟しろよ。それと次リゼンブールに帰って来た時、アップルパイな」

「了解。特大のを焼いてあげる」

「楽しみにしてる」



また増えた約束。

18になったら、だけで終わらないのは多分お互いの照れ隠し。

リゼンブールに帰る度にアップルパイを焼くのはいつもの事だから、他愛ないそれはエドの優しさと誠実さなのだろう。

再び顔を上げたエドが苦笑する。

ごめんね。そして有難う、エド。



「そうと決まれば、今夜は朝まで喋り尽くしましょ!」

「はぁ!?」



すぐ傍のハンガーに掛けてあったあたしの上着をキャミソールの上に羽織り、

テーブルを挟んだエドの向かいの椅子にどすんと座る。



「おまえ、朝までって……マジかよ?」

「じゃあ、一緒にベッドで寝る? あたしは構わないけど」

「勘弁して下さい。だからオレは床でいいからおまえベッド使えって」

「それは嫌。あたしと一緒に寝るか、徹夜でお喋りするかどっちかよ」



あんたさっき、一晩くらい平気だって言ったわよね?

あたしなら大丈夫。汽車でも寝たし、あたしも徹夜は仕事で慣れている。

それより、いっぱい話そう。

昔の事でもいいし、これからの事でもいい。

機械鎧の事なら何十時間でも話せるわ。

汽車の時みたいにあたしから一方的にじゃなくて、あんたの話も聞きたい。

折角の旅行だもの。朝まで寝るだけの方が勿体無い。

リゼンブールとラッシュバレーとセントラルを行ったり来たりしているあたし達だから、

たまに一緒にいられる時間は大事に使いたい。

あたしの知らないエドを教えて欲しい。

何ならカードゲームでもいいわよ? 罰ゲームは何がいい? 牛乳一気飲み?



「あーもう分かったよ、今夜は寝かせねーからな!!」



ヤケになったのかなんだか違う意味に聞こえそうな台詞で叫ぶエドに、あたしはとびっきりの笑顔を見せたのだった。







───ねぇ。あたし、思っていた以上にエドが好きだったみたい。

嫉妬でもヤケでも、エドに抱かれたいとほんの僅かでも思わなかったら誘わなかったよきっと。

エドの返事にホッとしたのと同時に、少しだけ残念に思ったと言ったらあんたはどんな顔をしたのかな?







結局、その日は汽車での長旅疲れもあったのか明け方近くに2人揃って撃沈して。

チェックアウトぎりぎりになって飛び起きた(2人でベッドで向かい合うようにして眠っていたが記憶にない)あたし達が

朝食もそこそこにホテルを飛び出した途端、

エドを探しに来たアームストロング中佐と鉢合わせしてなんだか大騒ぎになってしまったのも旅行のいい思い出、かもしれない。





















ふー。やっと終了。長かったー。
EW38の宣言から約半年後の話です。
シリーズ物の中の単体話(ややこしい)としては前後編合わせて自己最長記録か。
最後までエド視点でやるつもりで書き始めたのに、
あまりの長さに書き飽きて途中からウィンリィに変えちゃったっての。
きっと兄さんはこの視点チェンジの間に風呂で以下略。
(つか、チェンジせずにこれ入れてたらウィンリィ関係なく裏行きだったな。大笑)

うん……まぁ、要するにエドとウィンリィ2人だけの夜を書きたかったんです。
幼馴染バージョンの夜はオフ本(ナイトメア)でやった。
恋人同士でえろえろな夜も裏で散々やった。
だけど幼馴染とは違う一歩進んだ関係で、尚且つカラダはまだという状態だとどうなるかなって。
18までやらないという乙女兄さんシリーズの縛りがなければここでハジメテというのもあったでしょうが、
この兄さんには自分で言った事の責任はしっかり取って貰いました。

ははははは朝まで苦悩しまくるがいいさ!!
そして何もやってないのに軍部の皆にからかわれるがいいさ!!(鬼か)
18歳までに、あと1回くらいは寸前の危険な状態(笑)書きたいなー……と思ってたり。
それは表か裏かどっちになるか微妙なところだけど。


しかしエドの右手が元に戻らない可能性高いと思って始めたこのシリーズだけど、
最新本誌の展開的に戻りそうな気がしてきてどうしましょうそれだと初っ端のウィンプロポーズから成り立たないよ!!(汗)


(09.09.19.UP)