※これはエドウィン37の続編です。先にそちらをお読み下さい。
●微妙にえろネタあり。苦手な方は回れ右!●






























「…………………酷い顔」



自室の鏡に映るあたしは、凄く情けない顔をしている。

頭の中はごちゃごちゃで、何がどうしてこうなっているのかも分からない。

ふと、鏡の中の首筋に赤いものが浮かんでるのに気付いた。



「………なに?」



この季節に虫刺され?と疑問符が浮かびかけて………それが何なのか思い当たる。

さっき、エドが。




「……!」



顔が一気に火照る。

そこに掌を当て、へたりと冷たい床に座り込んだ。





───分かんない。分かんない。分かんない。

分かるのが、怖い。









****











「待ちやがれウィンリィ!!」

「いーや───────────!!!」



明日にはラッシュバレーに戻るという日の夕方、

ばっちゃんに頼まれた届け物の帰りにとうとうエドに見つかったあたしは全速力で村を走り抜けていた。

息が上がる。足ががくがくと震える。

こんなに全力疾走したのは何年振りだろう。

それでもあいつに体力や足の速さで勝てる筈もなく、

背後から近付く距離がどんどん縮まってきているのが気配で分かる。

あーなんでもっと身体を鍛えておかなかったんだろう、あたし。

徹夜作業も今度から程々にしよう。

そうだこの前新調した枕、綿の量が多過ぎなのよね。

帰ったら少し減らしてみようかな。



「あ…!」

「危ねぇ!!」



一瞬現実逃避したのがまずかったのか。

舗装などされていない地面のへこみに気付かず、足を取られて派手に前のめりに倒れ込む。

ああ転ぶな、となんだか他人事のように思った。

覚悟して目を瞑る。



「………………」



だが予想した衝撃は来ず、おそるおそる目を開けたあたしは後ろから伸ばされた腕の中に納まっていた。

コートを着ていても分かる、程よく筋肉のついた左腕とあたしが作った右腕。

それらがあたしの腰をがしっと捕まえている。



「せ、セーフ………」



荒い息が耳元で響く。

心臓の音が煩い。こいつの音も、あたしの音も。



「ち……」

「ち?」

「痴漢──────!!!」

「なっ…なんつー事を言うんだおまえはっ!!」

「いーや──────!! はーなーしーて─────────!!!」

「いいから落ち着け!!!!」



暴れるあたしの口元を左の掌で押さえ、慌てて周りを窺うエド。

だけどこの辺り一帯は牧草地と畑。

それも冬も本格的になってきたこの季節の夕暮れ時、

家畜達は皆小屋の中なので視界に入る生き物は僅かばかりの鳥ぐらいだ。

追い駆けっこの間も、人っ子一人すれ違わなかった。

リゼンブールが田舎で助かったわねエド。

これが都会だったら元国家錬金術師だろうと何だろうと現行犯逮捕よ。

明らかにほっとしたように手を緩めた幼馴染の腕からすり抜け、

とりあえず長距離走で上がった息を整える。

エドもそれには逆らわず、あたしに倣って暫く深呼吸を繰り返した。



「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

「なん、で。逃げんだよ」

「……あんたが、追い駆けるから、でしょ」

「そうじゃねぇ! ここ1週間、ずっとオレを避けてたろ!」

「し、仕事忙しかったんだもの!」

「それだけじゃねーだろ!!」



正面から金の瞳で射すくめられ、息を呑む。

ねぇエド。あんた、いつの間にそんなに大きくなっちゃったの?

去年まではあたしの方が背が高かったのに、もう顔を上げなきゃあんたの目が見れない。

さっきだって、転びかけたあたしの体重を難なく腕だけで支えてみせた。

いつの間にそんなに逞しくなったのよ?



「………やっぱ、オレのせいか?」



どきん、と心臓が跳ねる。

やだ。あんたにそんな顔させたい訳じゃないのに。



「悪ぃ………」



謝らないでよ。

そんな目をしないでよ。

本当に、あんたが悪いみたいじゃない。



「……あ、たし………」



声が震える。ダメだ。泣くのは卑怯だ。

懸命に堪えるのに、エドの顔を見てしまったら止まらない。

そんな気がしたから、ずっと会うのを避けていたのに。

仕事部屋に篭って、エドが来ても忙しいからってドア越しに追い返してたのに。

このままラッシュバレーに行くつもりだったのに。



「あたし、エドが分かんないよ……」

「………………」

「なん…で……そんなに辛そうなの? あたしと一緒にいるの、嫌………?」

「そんな訳ねぇだろ!!」

「だったら! なんで、ああいう事するのよ!! あたしが嫌だったら最初から何もしないでよ!!」



あたしはエドに惚れている。

だけど、怖いの。

あたしでいいのかって。

キスを貰っても、不安で堪らなくなるの。



世間一般のコイビト同士がキスの次に何をするか知らないほど、あたしは子供じゃない。



あたし達が世間一般に当て嵌まるかどうかはかなり怪しいけど、

正直、その辺りの事はまだ先延ばしにしたいってのが本当の気持ちだ。

あたしは修行中の身だし、女友達に聞かされた話なんか考えると逃げ出したくなるくらい怖い。

何より、ずっと小さい頃から一緒に育ったエドとそういう関係になるってのが今は全然想像つかない。



でも、エドはどうなのかなって。

この年頃の男の子は普通そういう事したがるものなんだって聞いた。

だから。

エドが本気であたしを望むのなら……………………………多分、許してた。

将来とか約束とか関係ない。

例え惚れてても、本当に嫌なら何が何でも断固拒否する。

男を繋ぎとめる為の自己犠牲なんてあたしの柄じゃない。

だけど他の誰でもないエド、だから。

初めての相手がエドなら…って心のどこかで思ってた気がする。



───だけど、エドはあたしを求めなかった。



なんだかよく分からない『宣言』から、半年以上。

最初のうちはそうでもなかったのに、エドはあたしに対して僅かな距離を置くようになった。

話しかければ普通に応えるし、いつもと同じように見えるのに何か感じる違和感。

恥ずかしいのを我慢してキスを頼めばしてくれるけど、ただの幼馴染であった時よりも感じる壁。

そのくせ、ああいう……『未遂』のような事があったのは、この前が初めてじゃない。

ふとした拍子で、そんな雰囲気になった事は一度や二度じゃなかった。

だけどいつだってエドは、何かを押し殺すように途中で止める。

「悪ぃ」「ごめん」って言って凄く辛そうな顔であたしから手を放す。

エドにそんな顔させたい訳じゃないのに、

未知への怖さから解放されてホッとしてしまう自分も確かにいて。

この前は恥ずかしいのとエドが何を考えてるのか分からないのとで頭がごちゃごちゃになって、

思わずエドを引っ叩いてしまった。

もう、自分が何を望んでいるのか。

エドが何を望んでいるのか。



「分かんないよ………」

「ウィンリィ……」



分からない。知りたくない。知ってしまうのが怖い。

だけど溢れた不安はもう止められない。



「あたし……そんなに魅力ない? だから嫌なの? エド、無理してあたしに付き合ってるんじゃないの……?」



あたしがあんたに惚れてるから、あんたもそうならなきゃって無理してない?

エドは昔から感情を言葉にするのが下手だったけど、凄く優しかったから。

あたしがあんたの腕を一生面倒みるって言った事に、責任感じたんじゃないの?

あたしはただ整備師としてエドのサポートができればそれで良かったのに、

優しいあんたはそれだけじゃダメだって思ったんじゃないの?



ねぇ。

こんな事なら、幼馴染のままの方が良かったねあたし達。

エドだって、そう思ってるんでしょう?



「ばっ……んな訳あるかッ!! オレがどんだけ我慢してると…っ」

「え……な!?」



気付けば、あたしは再びエドの腕の中に居た。

今度は後ろからではなく正面から、ぎゅーっと苦しいくらいに抱き締められる。



「ちょ、エド、苦し…っ」

「あ…悪い」



バンバンとエドの背中を掌で叩くと慌てて力が緩められた。

ったくもう。驚いたせいで涙が引っ込んでしまったじゃないの。

言葉より先に手が出るというか、エドのこういう不器用なところは昔から変わらない。

あたしはそのままエドの肩に顔を埋めた。

ああ。あったかい。

エドの匂いだ。

さっき走ったから、少し汗の匂いがする。

ホッとすると同時に、ドキドキするようになったのはいつからだろう。





「…………………」

「…………………」

「……で、何を我慢してるって?」

「…………なんか声が変わってるんですけどウィンリィさん。さっきまでのしおらしい様子は………」

「吐き出すだけ吐き出したらなんだかスッとしたわ。そしたら腹が立ってきたの」

「ってオイ」

「あたしばっかり悩むなんてズルイわよ、あんたも全部吐きなさい!!」

「ぎゃーギブギブ!! む、ムネ当たってるし!!」



ぎゅううううううううと今度はあたしの方から思いっきり抱きついてやる。

あーもうなんでこんなに筋肉質なのよこいつは。

子供の頃から見慣れているし旅を終えた後もリハビリしながらエドが身体を鍛えていたのは知ってるけど、

機械鎧以外の部分も硬いったらありゃしない。

骨格とか筋肉とか、こんなところもあたしと違う男なんだなぁと思い知らされて少し悔しい。



「ちょっ……頼むから、煽るな!!」



あんまりエドが慌てるので、仕方なくエドの背中に回していた腕を下ろす。

なーにが煽るな、よ。

手を出す気もないくせに。

まだあたし、あんたの理由を聞いてない。



───と。



あたしから解放されたエドが少し離れたかと思うと、ふっと夕日が翳って。

口を塞がれた。今度はエドの唇で。



「……………嫌だったら、こんな事しねぇ」

「…………ズルイ」



ねぇ。あんた、自分で分かってる?

あの日、あんたはあたしの事を「惚れた女」って言ったけど。

あの日から一度もあたしに向かってちゃんと「好きだ」とか「愛してる」って言ってくれてないんだよ?

あんたがそういうタイプじゃないのは分かってるし、言葉が欲しい訳じゃないけど、

たまーに何かの拍子で聞いても「分かってるだろ」とか「言わせんな」とかそんな曖昧な言葉で誤魔化してばかり。

なのに、なんでそんな真剣な目であたしを見下ろすのよ。

あたし、自惚れちゃうよ?



「ズルイのは分かってる。でも、オレにはおまえしかいねぇ。こんな風におまえに触れるのもオレだけだ」



馬鹿。本当に勝手なんだから。

まだあたしの目の端に残っていた涙を、エドの指がそっと拭う。

好きとは言わないくせに、たまにそれ以上の言葉を、態度を、ストレートにぶつけてくる。

どうしようもないヘタレで照れ屋で意地っ張り。

そんな不器用なあんたに惚れるのはきっとあたしくらいだわ。



「18!!」

「……え?」

「オレが、18になったら! そしたら、全部貰う!」

「……はい?」

「だから! その、それまで待っててくれ!」

「待つって………何を?」



続けてエドの口から飛び出たデリカシーの欠片もない単語に、一瞬時が止まる。



「こっっ……の、馬鹿えろ豆──────!!!!」



あたしの渾身の右ストレートがエドの顔面に綺麗に決まり(スパナが手元になかったのが悔やまれる)、

それからエドのしどろもどろの説明が終わる頃にはリゼンブールの太陽はとっぷりと暮れていたのだった────。













───本当に、馬鹿。エドも、あたしも。

だけど凄く嬉しい。

あたし、こんなにエドに大切に思われてたんだね。

ぐるぐるしていたのが嘘みたい。



────エドに惚れて、良かった。















「ねぇ、エド」

「ん? ……もう何もねーぞ」



月明かりの中、ロックベル家へと向かう田舎道。

吐く息が白い、静かな冬の夜。

ぶっきらぼうに差し出されたエドの左手を握って並んで歩きながら、くすりと笑みが洩れた。

彼なりに悩んで色々説明するつもりでこの1週間あたしを捕まえようと躍起になっていたらしいけど、

すっかり白状させられたエドは膨れっ面だ。

まぁ、男の子の事情とやらも少しは分かったから今度から気をつけてあげよう。

…できるだけ、だけど。

それでなくても互いの仕事で会えない時や忙しくて時間が取れない事が多いんだから、

一緒にいられる時くらいは一緒にいたい。

やっぱりあたしはエドにぎゅっとされるのが好きだって分かったから。

散々あたしを不安にさせたんだし、これくらいの我儘は聞いて貰うわよ?

その代わり。







「エドの18歳の誕生日。リボンつけてあたしをプレゼントしてあげるね」




ぶはっと真っ赤な顔で吹き出したエドを残して数歩先に歩き、振り返ってイタズラっぽく笑う。



大丈夫。

その頃には、あたしももっと大人になっているから。

きっともっとエドを好きになっているから。

だからあたしも覚悟を決めよう。

自信を持ってエドのお嫁さんになるって言えるよう、いっぱいいっぱい頑張ろう。






ちっさい頃と、この前と。

3度目のプロポーズ、待ってるからね?















って事でエドウィン36から予想外に続いた3部作はここで一旦終わりです。お付き合い有難うございましたー!
この続きは………どうなるんでしょね?(訊くな) 
1年後で地下にいきなり行くか、エド苛め寸止めを数回挟むか。
まぁそのうちネタが降りればってとこかなー。

しっかしここまで乙女なウィンリィは書くの難しかった!(笑)
や、今まで書いてきたウィン視点ってのは自覚してない思春期バージョンか
既に出来上がっててエドの気持ちに悩む必要もない地下バージョンばかりだったからさー。
ウチの漢前ウィンで恋する乙女ってのに違和感バリバリだよ。
そもそも、これだけ長い間エドウィンやってきて
コイビト設定で尚且つ「まだ」ってのを書いたのが初めてだったんだよなぁ……おお新境地開拓!(大笑)
こんな事を考えられるようになったのもそれだけ原作の終わりが近付いてるからだよなーとしみじみしたり。

あ、エドの「説明」を抜いたのはわざとです。
めんどくさかったからEW37でエドが全部独白しちゃったからね既に。
鋼に限らず昔からなんですが、同じ話を別キャラ視点で書く場合も
微妙に時間をずらしたりして極力同じ台詞・場面を出さないのがへたれ文章書きとしての私のポリシーなのですよ。
だって同じ台詞を2回読むのも面倒じゃんー。オチ分かってるのをなぞるのは書く方もつまらんしさー。
なので抜いちゃった分、唐突な締めになってしまってますがご了承下さい。

ついでに文面には入れられませんでしたが、
ずっと仕事部屋に篭っていたウィンがこの日外出しているのをエドにリークしたのはアルだったり。
1週間もウィンを捕まえられなかった(追い返されてた)へたれ兄を見かねてばっちゃんと組んだ様です。
どんな時でも裏で糸を引いてるのはアル…怖い子…!
まぁ翌日にはラッシュバレーに行っちゃう以上、それながければいくらへたれ兄でもウィンの部屋に強行突破したでしょうが。
ってそれは夜這……それを阻止した意味でもアル様すげぇ…!!(ガクブル)



(09.06.15.UP)