※これはエドウィン36の続編です。先にそちらをお読み下さい。
●ちょっと下ネタを含みます。苦手な方は回れ右!●
「………兄さん、アホだろ」
「喧しいわッ」
心の底から呆れたようにのたまう弟に、オレはキッと視線を返す。
長いリハビリ生活もほぼ終了となり、すっかり自在に動けるようになったアルフォンスは
新築したエルリック家のダイニングでテーブルに腰を引っ掛けるようにして腕を組んで立っていた。
身体を取り戻したばかりの頃は車椅子を手放せない貧弱な体付きをしていたのに、
いつの間にかオレの身長も追い抜かしてしまった弟はそんなポーズもやけに様になっているのがなんだか腹が立つ。
……断っておくが、オレもそれなりに身長が伸びている。
5年分の成長が一気にきた反動なのだろうが、アルのそれは規格外なのだ。
本人に言わせれば「それでなくても足腰が弱っていたのに、成長痛が半端なかった」という事らしいが贅沢な悩みだ。
「それで? 逃げ帰ってきた訳?」
「逃げたんじゃねぇ、戦略的撤退だ!」
「しっかり一発くらってるじゃない」
「…………………これは、いいんだよ」
頬に残っているだろう平手の跡を、ごしごしと左手の甲で擦る。
これくらいの痛みはなんでもない。
心のもやもやに比べれば。
機械鎧の拳を握り締めて床に視線を落とすと、アルが大きく溜息をついたのが分かった。
「あのね、兄さん。僕はウィンリィの味方なんだよ」
「……あ? 何を今更……」
アルが何かというと実の兄のオレよりウィンリィを優先するのは今に始まった事じゃない。
それについては深く追求するだけ無駄なのでとっくに諦めている。
「だから兄さんがやっとプロポーズした時は嬉しかった」
「ぷ、プロ…、だ、誰がっ!!」
「今更照れない!! あれは誰がどう見てもプロポーズなんだよ、いいから最後まで話を聞け馬鹿兄!!」
バン!!とテーブルを叩く音が響き、オレは思わず「はい…」と頷いてしまった。
アルの目が据わっている。こういう時の弟には逆らわないに限る。
「で、どういう形であれ、あの時ウィンリィも了承したんだろ? 兄さんの気持ちを」
「あ、ああ………そうなる、と思う……」
バレバレだったらしいが改めて弟に告げるのは猛烈に恥ずかしい。
もう半年以上前の……あの時の事は今思い出しても顔から火が出そうだ。
アルに嵌められた勢いだったとはいえ、大声で何宣言してたんだ当事のオレ!!
……まぁそのおかげで、幼馴染との煮え切らない関係にも一応の決着は着いた訳だが。
「僕としてはね、あくまでウィンリィが一番なんだよ。恋愛感情を抜きにしても、大切な幼馴染の女の子という意味でね。
だから気持ちが伝わったのをいい事に、嫌がるウィンリィを兄さんが無理矢理襲ったりしたら何としても阻止するつもりだった」
「無理矢理お……ってオレの知らないとこでなんつー決意してるんだおまえはっ!!」
「ばっちゃんにも頼まれたしね」
ばっちゃんもアルに何頼んでんだ!!
無理矢理って、オレは盛りのついたケダモノ扱いかよ。
つーか、もし万が一そんな事態が起きていたらアルなら本気でオレを半殺しにしかねない。
まさかオレを四六時中見張ってた…のか……?
いやまさかそこまでとは思いつつ、背中を冷や汗が伝う。
弟の方をおそるおそる見やると、当の本人は涼しい顔で話を続けた。
「僕らは小さい頃から並大抵ではない多くの事を経験してきた。
ウィンリィも兄さんもとっくにその辺の大人と同列以上の職を持っているし、収入もある。
だけど僕らは世間一般的にはまだ10代後半に入ったばかりの『子供』なんだよ。
だから、『そういう行為』には正直まだ早いと思う。ウィンリィの身体への負担も踏まえてね」
「……………………」
「でもね。ウィンリィが同意の上ならいいかとも思ってたんだ実は。
多分、ばっちゃんも2人が本気なら許すつもりだったと思う。
旅の間も兄さんはずっと生真面目に禁欲生活をしてた訳だしね」
「…だからそーゆー事を素で言うな」
阻止やら同意云々はともかく、禁欲生活について反論できないのが痛い。
最初のうちはそんな事を考える余裕などこれっぽっちもなかったってのが正確なところだが、
あいつが女だと気付いてからはあいつに会う度にいらぬ緊張を強いられる事になったのは事実だ。
うっかり、バレないように。
自覚した事を自覚しないように。
自分をも騙して。
尤も、今現在もその禁欲生活は続いているようなものだが。
「だから!! こっちもあっちもOKだってのに何で今になっても手ぇ出さないんだよこのへタレ甲斐性なし!!」
「趣旨が変わってるぞオイ!!」
泣きたいのはこっちだ。
あれからオレがどんな気持ちで色々我慢してると思ってるんだ。
あの馬鹿は相変わらず薄着だし2人っきりになっても全然警戒しないし、
なまじ幼馴染から一歩進んでしまった状況だから尚の事タチが悪い。
あいつは気持ちが伝わったからといって今までと態度を変えるような奴じゃない。
未だにスパナを振り回す凶暴女だし、無駄に漢らしかったり逞しかったりする。
だけどたまに「キス…して欲しいな」とかすげー可愛く恥ずかしげに言われて断れる男が何処の世界にいるかってんだ!!
流石にあいつからその先を誘ってくる様子はないが、あんな顔されると期待しちまうだろうが!!
あいつの場合、無自覚っつーか天然入ってるから余計に困るんだっつーの!!
あいつと別れた後、こそこそ一人で処理する時の虚しさがおまえに分かるか!?
オレはごく普通の健全な男子なんだよ!!!
「どうせ、我慢できなくて中途半端には手ぇ出しちゃってるんだろ」
「う…」
「そのほっぺの平手も、我に返ったとこで止めちゃってウィンリィに引っ叩かれたってオチじゃない?」
「……………………」
エスパーかこの弟は。
絶句したオレに、アルがやれやれと肩を竦める。
「で? ウィンリィには何で最後まで手を出さないかちゃんと伝えてあるの?」
「……………いや…………言って…ねぇ………」
言えるかそんなもん。
大体その時はそんな余裕もねぇし。
「アホだね、やっぱり」
「………………」
さっきからボロクソじゃないですかオレ。
兄の立場以前にオレのプライバシーは何処に。
「ちゃんと謝って、説明して。ウィンリィならきっと分かってくれるよ」
「……………………」
「ウィンリィにはラッシュバレーの修行がまだある。一度手ぇ出しちゃったら、そりゃ離したくなくなるよね」
「……っ!!」
「男が結婚できる年まで…あと1年か。それまで兄さんの理性が保つか楽しみにしているよ」
「!!!!」
…………もう嫌だ、出来の良すぎる弟って奴は…………。
ぐうの音も出ないオレを残し、階段をすたすたと上がっていくアル。
それをただ見送る事しかできなかったオレは、
そのままずるずると椅子に腰掛けてテーブルに突っ伏したのだった。
────なぁ。オレは馬鹿げた事をしているのか?
やっと、自分の気持ちを認めて。あいつにそれを告げて。
ウィンリィも、オレを好きだと言ってくれた。
白いドレスを纏ったあいつは本当に綺麗で。
思わず抱き締めてキスをした。
あの時はそれだけで凄く、幸せだと思ったんだ。
でも。
もっともっと、あいつを欲しいと思ってしまった。
そしたらなんだか急に怖くなった。
あいつが、何よりも大切なんだ。
壊したくないんだ。
泣かせたくないんだ。
────気付いたら、あいつと微妙な距離を置くようになっていた。
アルのリハビリが落ち着いた後、ウィンリィはラッシュバレーとリゼンブールを往復する忙しい日々を送っていて。
一度リゼンブールを離れれば会えない日が長ければ1ヶ月近く続く。
きっと、今のオレがあいつの全てを手に入れてしまったらあいつを手離せなくなる。
あんな男だらけの街になんて行かせられなくなる。
誰の目にも入らぬよう、あいつを閉じ込めてしまいそうな独占欲の塊の自分を知っている。
だから、手を出せない。
手を出せないから、距離を置く。
これ以上深入りしないように。
なのに、あいつの顔を見れば気持ちが膨れ上がって。
キスしたくて。抱き締めたくて。あいつに触れたくて堪らなくなる。
あいつも強い抵抗をしないもんだから、ついつい勢いのまま深入りしそうになって。
ギリギリで我に返って自己嫌悪の繰り返しだ。
旅が終わってからも、旅時代の禁欲スキルが役立つとは思わなかった。
さっきも、「なんで…何考えてるのよ!!」って。
乱れた服の前を押さえ、真っ赤な顔でオレを睨むあいつの目が忘れられない。
結婚できる年になったら、なんてのは都合のいい言い訳かもしれない。
別に法律的にどうとか、真面目ぶってるつもりもねぇ。
でも、あいつが大切だから半端な事はしたくないのも本当なんだ。
あいつは無邪気にオレに接してくるけど、多分まだ、そういう事に対しては逃げ腰だ。
ガキの頃から一緒にいたオレとそういう関係になるって事に頭がついていってない。
それでもオレが本気で望めば許してくれるかもしれないが、そんなのは違う。
あいつの嫌がる事はしたくない。
一時の快楽の為にあいつを抱きたくない。
あいつはそんな軽い存在じゃ、ない。
機械鎧整備師と患者という関係がなくても、きっと一生で一人の女だから。
「ちゃんと責任取る!」って堂々と言えるようになりたい。
18は、自分の中でのひとつの区切り。
その頃にはオレももっと、大人になってみせるから。
一人前の整備師として頑張るあいつに見合うだけの男になってみせるから。
改めて………嫁さんになってくれって言うから。
認めたくはないが、ホーエンハイムが母さんと結婚しなかったのも何処か心の奥底に引っ掛かってるのかもしれない。
「はぁ……………」
アルに言われるまでもない。
やっぱり…………このままじゃダメ、だよな。
こんなオレじゃ、あいつに愛想つかされても不思議はない。
最悪、アルに横から攫われる事も………絶対ないとも限らないのが嫌過ぎる。
この状況をどうウィンリィに説明するか、オレはひたすら頭を抱えた────。
アメストリスの結婚可能年齢が現代日本と同じかどうか怪しいですが、なんとなく女16歳・男18歳って事でOK?
実はモデルっぽいイギリスでは男女とも親の承諾あれば16歳から結婚できるんだよね……
話が完成してからググって調べて「しまった!」と思いました(苦笑)。
因みにドイツは男女とも18歳、シンのモデルと思われる中国は女20歳・男22歳らしい。(へーへーへー)
ま、まぁ1センズは1円だし! 感覚的に日本に近いという事で!!
ともあれウィンは修行中の身だし、エドもやっと元の身体に戻るという目標意外の道に進み出したばかりなので
青少年にはツライだろうが暫くは自粛して頂きたい。
エドウィン14から漫画「幸せのかたち」へ続く地下のハジメテ話と内容的にちょっと被ってるとこがありますが、
あっちは18で旅終了(腕も足も生身取り戻し)→2ヶ月へタレ→告白→即行(笑)(この時プロポーズ予約)(ウィンは修行終了済み)
→20歳で指輪付き正式プロポーズ(結婚式はまだ書いてない…)という流れです。
基本的な兄さんの性格・考え方は同じですがあれとは別次元と考えて下さいませ。
余談ですが、ここのアメストリス世界は最終決戦後誰も錬金術が使えない状態になっています。
いやだって、原作も普通にお父様倒したら使えなくなるんじゃね?
錬丹術や、賢者の石を使う特例は別としても。
なので軍では国家錬金術師制度自体が既に廃止済み。そもそも人柱選出の為のものだしね。
例え錬金術が使えたとしてもエドはアルの身体が戻れば軍を引退するつもりだった訳ですが、
今のエドは元・国家錬金術師としての頭脳で生活費を稼いでいる設定です。
元々科学者として優秀なので、軍経由で研究依頼を引き受けたり、医薬品の開発に取り組んだり。
軍崩壊の上、錬金術までなくなって混乱したアメストリスでは
リゼンブールでの在宅仕事+出張でいくらでもその手の仕事があるんではないかと。
エドが言う、ウィンに見合うだけの男になるってのはこの仕事が軌道に乗って定期的な収入が得られるようになるって事です。
ついでにエドに許されていた国家錬金術師の研究費の大半は使わないまま国に返したけど、
家を新築する費用とアルのリハビリが終了するまでの生活費分は増田の計らいで残して貰ってたり。
この後もマスタング将軍の元、極秘で軍の面倒事を処理する探偵まがいな仕事を押し付けられる予定。
軍に出入りする時は階級はなしの顔パス、何もかも特例扱いというご都合設定です(笑)。
いいのさ、二次創作だから!
そうでもなきゃエドはウィンのヒモになるしかないから!(前にもどっかで言ったなこれ)
でもってこの話はウィンリィ視点へと続きます。
まだ地下には行かないのでご安心を★
(09.05.18.UP)