───マズイ、と意識した時には遅かった。



「……………………………」



がばりとベッドから上半身を起こし。

そのままぎしぎしと顔を横に向ければ、カーテンの隙間からは眩しい朝の光が差し込んでいる。

微かに聞こえるのは、野鳥の囀り。

近所(と言ってもこの家からかなりの距離があるが)で飼っている鶏の鳴き声。

壁の時計を見やれば短針は6時ちょうどを差している。

澄んだ空気といい、おそらく今日は誰がどう見ても爽やかな朝だと思われた。

───オレ以外は。



「あ〜〜〜………」



ベッドに座ったまま、唸るようにして頭を抱える。

しっとりと汗で湿った髪が指先に絡まった。

ホテルと違って弟が隣にいないのが唯一の救いだ。

ロックベル家に滞在中は、特に患者が寝泊りしていない限り兄弟で別々の部屋を宛がわれている。

いや、これがホテルなら部屋に備え付けのシャワー室に飛び込めば済むだけの話だ。

その方が今のこの状況よりずっとマシだろう。



「………くそ。あいつが悪い。そうだ、オレは悪くねぇっ」



罪悪感。嫌悪感。焦り。

その他のいろんな感情を振り払うように、自らに言い聞かせるべく拳を握る。

そうだ。昨日久しぶりにリゼンブールに帰ってきたら、もう夏も終わりだってのにあの馬鹿はまた薄着で。

あんなちょっとしか肌を覆う箇所がない布着れ1枚でウロウロして。

オレにも普通に近寄ってきて。

そしたらなんか、甘い匂いがして。

整備で腕を抱え込まれた時、一瞬むにっと肩に触れたのは────



「ああもう信じらんねぇぇぇ!! オレだって男なんだぞ、あの馬鹿は何考えてんだ───!!」



思わず叫びかけて、慌てて口を両手で押さえる。

ロックベル家の住人の起床時間にはまだ少し早い。

今無理に起こしてしまうのはオレにとって自殺行為だ。



───とにかくここは、一刻も早く汗ごと洗い流すに限る。



オレはそう判断して原因究明を一旦打ち切ると、急いでベッドから立ち上がった。

そろそろと扉を開けて廊下を確認。敵影は──なし。

そしてオレは足音を極力殺して──左脚が機械鎧である以上、限度はあるのだが──それこそ死に物狂いで、

2階の客室から1階の端の浴室へと猛ダッシュしたのだった。




───これは、単なる生理現象。

オレくらいの年頃の男だったら、普通にある事。

寧ろ全くない方がオカシイ。

その対象が誰かってのは、別に問題じゃなくて。

願望とか。そんなんじゃなくて。

単に他に身近な女がいないから、たまたまあいつだっただけで。

それでなくてもあいつはいつも薄着で、全然警戒心とかないから。

だから、あいつが悪い。



「…………………………」

「あ、おはよ」





冷たい水のシャワーを頭から浴び、ついでに落ち難い汚れは錬金術で分解して流して。

やっとすっきりして浴室から出てきたオレを出迎えたのは、幼馴染の姿だった。



「…………ってなんでおまえ、ここにいるんだよ!!!」

「なんでって、顔洗ってたに決まってるでしょ」



首から下げたタオルで洗面台を差し示しながら、あっさり言うウィンリィにくらりと眩暈。

おかげでついさっきまで頭ん中でぐるぐるしていたモノも全部吹っ飛んだ。

そりゃ、浴室の脱衣所と洗面台は同じ場所にあるけど。

ここはこいつの家であって、オレの家ではないけど。

同じ屋根の下に寝ても、

あまり見る事のないウィンリィのパジャマ姿に一瞬どきりとしたのは否定しないけど。



「だからって普通、男が風呂場使ってるのに堂々と入ってくるか!? 水音してただろーが!!」



台所の方からはトントンと何かを刻む音がする。あれはばっちゃんだろう。

ガシャガシャと床を歩く足音と、「ばっちゃん、庭のトマト摘んできたよー。こっちに置いとけばいいー?」という呑気な声はアルだ。

となると、今この家で風呂場を使ってる可能性があるのはオレしかいない。



「すぐ出てくると思わなかったんだもん。

大体、いつも寝坊するくせに今日に限ってこんな時間からお風呂入ってる方が悪いんでしょ。朝は忙しいんだからね」

「だから、そーゆー問題じゃなくてっ!!」

「ていうか。そんなに気になるなら隠せば?───それ」

「………そーゆー事は早く言えアホ───!!!!」



言われて、今の今まで自分が真っ裸でこいつの目の前に立っていたのに気付く。

慌ててタオル棚から引っ張り出したバスタオルを腰に巻きつけると、

その拍子に手に持っていた物がぼとりと床に落ちた。



「あ、そうだ。──洗剤なら、洗面台の下の棚に入ってるからね。替えの下着はそっちの引き出しの上から2番目」



茫然自失状態のオレを余所に、ウィンリィは何事もなかったかのようにすたすたと脱衣所を出て行く。

後に残されたのは、バスタオル1枚で突っ立つマヌケなオレと───水気を絞った下着。



「…………医者ってこれだから嫌だ…………」

「兄さん? 朝っぱらから何騒いでんのさ。まさかウィンリィになんかしたんじゃないだろうね」



ひょいと脱衣所を覗き込み、疑うように追い討ちをかける弟の声が耳を素通りする。

涙目でがくりと床に膝をついたオレは、当分ダメージから立ち上がれそうもなかった────。















カッコイイ兄さんスキーの皆さんごめんなさい。(何度目だその台詞)
兄さんが朝っぱらからどーゆー状態だったのか分からないお嬢さんは、そのままの清い貴女でいて下さい。
エドウィン10とちょろっと被ってるのはまぁ思春期のお約束って事で。
なんつーか、本誌がエライ事になってるのもあって
アホな日常=兄さん苛めを書きたかったのですよ。(エドウィンじゃないんか)
お風呂ウィンにエドがばったりバージョンは裏で書いたので、逆だとどうなるかなーと。

どっちのバージョンでもやたらウィンリィさんが漢前なのはウチだけですかそうですか。

でもウィンリィも全部が全部分かってる訳じゃないですよきっと。
単に少年の生理現象を知識として知ってるだけで、まさか自分が対象となってるとは夢にも思ってません。
動揺してないのは見慣れてるから…ではなく(当たり前だ)、エドとは小さい頃一緒にお風呂も入った仲ですから。
兄さんのがその頃と殆ど変わってな(略)。
脱衣所から出た後、じわじわと真っ赤になってそうです。
それを見たアルが、なんとなく展開を予想しつつ兄さんをからかった訳ですね★(一番黒いのはやはり弟)



(07.11.09.UP)