「………あー………」
一人っきりになってから、オレはずるずると扉に凭れるようにして床に座り込んだ。
無意識に目元にやった右手の冷たさが気持ちいい。
……という事は相当顔が熱くなっているんだろう。
顔だけじゃなく、頭ん中も沸騰しそうで。
全力で1キロ走った後みたいに心臓がばくばく言ってる自覚は……ある。
今頃になって。
それとも今だから、か。
「やっべー………」
思わず零れた独り言は、本心。
だけど。
気付いてしまった事実は、変えられない。
やってしまった事は、なかった事にはできない。
───初めて触れたあいつの唇の甘さを忘れる事など、できはしない。
ただの幼馴染だと思ってた。
いや、違う。
アルやばっちゃんやデンと同じで、家族にも等しい奴だと思ってた。
凄く大切で、大事にしてやりたいけどそれは家族愛に近いものだと認識してた。
……つもりだった。
本当はずっと前から知っていたのかもしれない。
あいつに対する感情は、それだけじゃないと。
そしてあいつがオレをどう思っているのかも、確信はなくとも薄々感じていた。
どちらも知ってて気付かないフリをしていたのはオレ自身。
今のオレは、あいつに何も言ってやる事はできないから。
その資格もないから。
だから知らないフリ、気付かないフリをするのが互いにとって最善だった。
勝手な言い分だが、確かにあいつも分かってくれてたように思う。
「ほんっと馬鹿だオレ……」
それなのに、その均衡を自ら崩したのもオレ。
驚いて空色の瞳を真ん丸くした後、泣きそうな顔でオレを受け入れたあいつが脳裏から離れない。
本来行動に移す前に言うべき事も何も言わなかったのに。
言葉を、理由を求める事もなく。
約束を強いる事もない。
それがあいつの優しさであり、強さ。
「情けねぇ……」
結局、オレは何から何まであいつに助けられている。
きっと、次に顔を合わせてもあいつは今まで通りオレに接するのだろう。
何事もなかったようにスパナを振り回し、小言を言うに違いない。
あれは冗談だったと、一時の気の迷いだったと自らを誤魔化すのも可能だ。
やってしまった事は消えないが、今はそれが一番いいに決まっている。
───だけど、オレは?
自業自得とはいえ、謀らずとも動き出してしまった歯車を止めるには相当の努力が必要だろう。
なにせこっちは健全な男だ。
これからの事を考えると頭が痛い事この上ないが、
あいつの唇の感触がフラッシュバックしては口元が緩むのを抑えられないのも事実で。
どこまでもゲンキンな男という生き物に嫌気が差す。
約束ひとつできないくせに、やっとマーキングに成功したような奇妙な満足感があるのは否めない。
「………まさに狗、だな」
国家錬金術師を揶揄する別名がふいに浮かぶ。
機械鎧の右手で顔を覆ったまま、オレは大きく溜息をついた。
初キスの後、一人で悶々と苦悩しまくる少年の図。
似たようなシチュでとっくに書いてそうでちゃんと書いたのは多分これが初めてじゃないかと……。
どのSSの続きという訳でもないんだけどねー。
うちの思春期エドウィンは告白せずとも冗談のようなキスの経験はあり、というパターンが多いです。
でもってそれくらいじゃ恋人同士にもなりません。
アルの身体を取り戻すまでは現状維持。頑張れ少年。
(06.08.27.UP)