エドの馬鹿。
アホ。マヌケ。豆。
─────だいっきらい。
そう心の中で呟くだけで、胸の奥がちくりと痛む。
馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿。
なんであたしがあいつの事で胸を痛めなきゃなんないのよ。
あんな分からず屋、さっさとどっか行っちゃえばいいんだ。
あたしの事なんか、忘れて。
あたしもあいつの事なんか、忘れて。
いっそリゼンブールも出てぱーっと都会にでも就職先見付けて、
あんな奴より背が高くて優しくてカッコイイ彼氏作って………
────馬鹿は、あたし。
そんな事できる訳がない。
そして今も、微かに期待している。
「ウィンリィ」
───ほら。
ちゃんと、迎えに来てくれた。
だから嫌いになれないのよ。
「遅い」
「……………」
「どうせ、アルに言われたから来たんでしょ」
「違うっ! いやそうだけど、そうじゃなくて!」
「あんたの意志だと?」
「……………」
はあ。ここまで来てまた黙りますか。
2階のベランダより少し低いくらいの高さ…アルと三人で小さい頃によく登った木の枝に座っているあたしからは、
根元にいるエドの表情はよく見えない。
ただ、蜂蜜色のつむじと風に揺れるアンテナが見えるだけ。
「チビ」
「んだとコラァ!! あークソさっさと降りて来い、危ないだろが!!」
「イヤ」
「あぁ!?」
「まだ、あんたから聞いてない」
「…………………」
ねえ。ちゃんと言ってよ。
「エド」
お願いだから。
「……悪かった。さっきの……撤回、する」
決して大声じゃない。
だけどあたしを見上げるようにして、はっきりと紡がれた言葉が耳に届く。
次の瞬間にはあたしは思いっきり空中にダイブしていた。
「んな──────!!?」
どざざっ。
下で慌ててあたしを受け止めたエドの叫びが夕暮れに染まる丘に木霊する。
「ってぇ……何考えてんだおまえは!!」
支えきれなくて地面で背中を打ったらしいエドの怒鳴り声が耳元で響く。
それでもあたしに怪我させないように自分が下敷きになって庇ってくれた。
分かってた。エドがこういう奴だって事は。
不器用だけど本当は誰よりも優しい。
───だからその優しさを間違わないで。
あたしはエドを下にして地面に転がったまま、身長の割に鍛えられた幼馴染の身体にぎゅっとしがみ付いた。
どこか懐かしい…お日様の、エドの匂い。
いつからこんな風に間近で嗅ぐ事がなくなったんだろう。
「お、おいウィン──」
あたしを受け止めた形のまま背中に回されていたエドの腕が強張る。
修理したばかりの機械鎧の右手がきしりと微かに鳴った。
「待つな、なんてもう二度と言わないで」
「…………………」
「待とうと待つまいと、そんなのあたしの勝手よ。そんな事までエドに決められる筋合いはないわ」
「…………………」
「あたしはあんたと同じように、自分で決めた道を歩くの。誰にも文句は言わせない」
「…………………」
あたしは一緒には行けない。
エドの、アルの代わりにもなれない。
そんな事とっくの昔に分かってた。
だけど待つという権利まで奪わないで。
そんなの、あたしは望んでいない。
「それに……暖かい家で美味しいゴハンを用意して帰りを待つのは『家族』として当然、でしょ?」
あたしにとって、エドもアルも大切な家族だから。
必ず、『ここ』に帰ってくる。
お願いだからそう思わせて。
「……家族……そう、だな……オレ達は家族だもんな」
ぽつり、と呟かれたエドの声にまたちくりと胸が痛む。
でも今は、それには気付かない振りをして。
あたしはやっとエドの上からのそのそと自分の身体を動かした。
立ち上がりついでにうーんと伸びをすると、一番星が目に飛び込む。
気付けば太陽はすっかり地中に沈み、
オレンジ色と深い藍のグラデーションが綺麗な空に真ん丸いお月様が顔を覗かせている。
エドも泥を払いながら立ち上がったのを視界の端で確認すると、
あたしはそのまま幼馴染を置いてすたすたと歩き出した。
「……ウィンリィ?」
「ばっちゃんもアルも心配してるだろうし、さっさと帰りましょ。お腹空いちゃった」
「おまえなぁ、誰のせいで………!」
「エドが迎えに来るのが遅いのが悪いんでしょ」
「あのなっ、心当たりつってもガキん頃の遊び場はいっぱいあるし、よりによって一番遠いトコ選びやがったのは何処のどいつだっ!」
「知ーらなーい。やっぱりちっさいと視界が狭くて人探しも大変なのかしらねー」
「おっまえ……人が下手に出てりゃ喧嘩売るのも大概にしろよ……」
「何処が下手よ、何処が」
くだらない言い合いは日常茶飯事。
うん。これでいつも通り。
エドが馬鹿な事を言い出す前のあたし達に戻れる。筈。
───と。
「わ!?」
ぐん、と後ろから手首を掴まれてあたしは危うく尻餅をつきそうになった。
「何すんの────」
引っ張った張本人に文句を言おうとして後ろを振り返り───言葉が途切れる。
今。なに、が…………?
「ぼーっとすんな、帰るんだろが」
「って、ちょっ、エド、今!?」
あたしを追い抜かし、さっさと前を歩こうとする幼馴染の背中に叫ぶ。
顔が、熱い。
「んー………『家族』のアイサツ?」
ぽりぽりと頭を掻きながら応えるエドの声は、あくまでぶっきらぼうで。
絶対にこっちを見ようとしないのがエドらしくて。
「………そういう事に、しとくわ」
「おう」
そのまま、歩調を緩めたエドの隣に並んで歩く。
月明かりの下、沈黙だけが落ちて。
────そして。
どちらからともなく繋いだ手の暖かさに、あたしは小さく笑った。
青春だね〜というアルの声が何処からか聞こえてきそうですな(笑)。
前にラクガキでやった景色シリーズ番外編の夕焼け手繋ぎエドウィンが元ネタです。
たまにこんな感じの微シリアスほのぼのも書きたくなるのよ〜。
エドが何をやったのかはご想像にお任せしますv
(まぁ大した事はできないだろうけどな!)
(06.08.11.UP)