青い空。白い雲。緑の草原。どこまでも続く田舎道。

そんな中、上機嫌で前をすたすたと歩く幼馴染と───よたよたとその後ろを歩く、オレ。

傍から見ればカッコ悪い事この上ないが、幸いにして周囲にはこの状態を揶揄するような人影もない。

それでも。



「おっまえなぁ……買い出しったって限度があるだろ……」



両腕一杯に抱えた大量の荷物を持ち直し、思わず溜息を溢す。

今日の午前中ずっと降り続いていた雨が止んで、

買い出しに付き合えと言われた時から嫌な予感…というか予想はしていたものの。

いくら普段から鍛えてるとはいえ、キロ単位の砂糖だの塩だの油だの一度に持たされれば重いものは重い。

さっきからオレの足元が妙にふらついているのはこれのせいだ。



「いいじゃない、せっかくの人手は利用しなきゃ損でしょ?」

「だからってこれ全部一気に使うもんでもねーだろが……」

「文句言わないの。これで美味しいゴハン作ってあげるんだから等価交換、よ」

「……へーへー」



こんな時ばかりオレの十八番…錬金術の原則を持ち出す辺り、こいつ絶対楽しんでやがる。

……まぁオレとしてもこんな重い物をウィンリィやばっちゃんに持たせるくらいなら、

たまにリゼンブールに戻って来た時くらいオレが自分でやった方がいいとも思う訳で。

今のは文句というより単なる愚痴、軽いコミュニケーションに等しい。

何よりこいつだってオレ程の重さではないものの両手に今夜の食材をぶら下げているので、お互い様だ。

旅をしていると都会なんかでは自分の小さな手提げ鞄まで男に持たせる女を度々目撃するが(あれって男も情けないよな)、

そういう点ではウィンリィはエライと思う。

おそらくこいつには自分だけ楽をするという発想もないのだろう。



そういえば昔からウィンリィは女を理由にヘンに甘えたり妥協したりする事はない奴だった。

幼い頃に両親と死別した生い立ちと、圧倒的に男が多い機械鎧整備師という職業も関係しているのだろう。

がさつな性格といい、腕っ節といい、肝っ玉といい、こいつは男として生まれてきた方が似合っていたかもしれない。

そんな事を面と向かって言ったら速攻でスパナが飛んでくるに違いないが。

……というか、そう遠くない昔に喧嘩の弾みで本当に「オトコオンナ」呼ばわりして殴られた覚えもある。

今だって仕事着のまま…色気もそっけもないつなぎを上まで羽織った姿だし、

そのくせつなぎを脱いだら脱いだで無駄に肌出して警戒心の欠片もねぇし、

やっぱこいつ、絶対性別間違ってやがる─────



「あーそれにしても晴れて良かったわ。こんないい風も久しぶり────ね、エド」

「………………」



ふいに。

先を歩いてた幼馴染が足を止めてこちらを振り返った。

つられてなんとなく足を止めたオレの前で。

ふわり、とウィンリィの淡い色の金髪が……ポニーテールが風に揺れる。


きらきら。

きらきら。


雨上がりの太陽の光を浴びて、その長い髪の1本1本が宝石のように輝いて見えて。



───まさに、不意打ちだった。



ついさっきまで、オトコオンナだと思っていたのに。

迂闊にも────ウィンリィに見惚れしまったオレがいて。



「エド? どしたの、ぼーっとしちゃって」

「いやななななななんでもねぇっ!」



我ながら挙動不審過ぎる。

つか、なんでこんなに顔が火照るんだオレ。鎮まれ心臓。



「それがなんでもないって態度?」



案の定思いっきり?マークを浮かべたウィンリィが、わざわざオレのすぐ目の前まで道を引き返して詰め寄って来る。

だからそんなに近付くなっての馬鹿野郎!!



「かかか、髪! おまえの髪、伸びたなと思って!!」

「え?」



くそ。咄嗟とはいえ苦しいぞオレ。

でもウィンリィの髪に気を取られたのは嘘ではない。

性格や行動、普段のカッコは男っぽいとも言えるのに

これだけはオンナであるのを主張するかのような真っ直ぐでさらさらの、長い髪。

プラチナブロンドって言うのか?

オレの髪より色素が薄いそれは見るからに細くて柔らかそうで触ったらキモチ良さそう……ってそうじゃなくて!!



「おまえ、なんで伸ばしてるのかなって…ちょっと思っただけだ! いや別に深い意味はないけど!」



そうだ。なんで今まで不思議に思わなかったんだろう。

物心ついたガキの頃は肩にも届かなかったこいつの髪は、いつの間にか長く長く伸ばされていて。

ポニーテールにしても腰まで届くそれは、男は勿論女としてもかなり珍しい方じゃないだろうか。

オレが髪を伸ばしてるのはあの日の戒め…というより単に頻繁に切り揃えるのが面倒だからというのが大きいが、

ウィンリィくらいの長さになれば手入れもそれなりに大変な筈だ。

こいつの性格と仕事内容を思えば、

ショートカットとは言わないまでもある程度短い方が邪魔にならなくていいと考えそうなものだった。



「…うーん。なんとなく?」

「……あ、そ」



───しかし。

オレの突飛な疑問に一瞬首を傾げたウィンリィの答えは至極簡潔なもので。

いつか聞いたピアスを付け始めた理由といい、こいつらしいと言えばこいつらしいが、

なんだか一気に気の抜けたオレの顔を覗き込むようにくすりとウィンリィが笑う。




「───エドが好きだって言ったから、かな」




どさぼとごとん。

見事に持っていた荷物を地面に落とすオレ。

この中に割れ物がなくて良かった、錬金術で直すにしても中身が零れたら限度があるしな……じゃなくて!!!



「すすす好きってオレが!? いつそんな事言ったよ!?」

「うんと小さい頃、長い髪が好きだって言ってたの覚えてない?」

「………あ………なんだ髪、か…………」

「他に何があるのよ」

「ち、違っ! どっちにしても覚えてねぇぞそんなの!!」

「因みに理由は『おかあさんみたいだから』」

「…………………」

「幼馴染の頼みとはいえ、それに乗ってあげたあたしも健気だわー」

「……………マジかよ……………」



……言葉が、出ない。

好き云々や母さんはともかく、まさかこいつの髪にそんな理由があったとは。

それってオレ、何気に責任重大じゃねーか?

しかもウィンリィはわざわざオレの好みに合わせてた、という事で。

平静を装ってモソモソと紙袋から転がった食料品を拾い上げながらも、内心の動揺は隠せない。







「…………というのは冗談だけど」







どすっ。

拾ったばかりの砂糖の袋を足の上に再び落とす。



「おっ、おまえなぁぁぁぁぁ!!!!」

「すぐに完全否定できない辺り、あんたも有り得る自覚はあったのねぇ………」

「ガキの頃の言動なんざいちいち覚えてるかよ!! そしてしみじみ言うな────!!!」



足の痛さよりもこのやり場のない憤りを一体何処へやればいいのか。

とりあえず爆笑する幼馴染をその場に置いて、掻き集めた荷物を抱えてずんずんと早足で歩く。

もう自分でもなんでこんなにイラつくのか顔が赤くなるのか、説明がつかない。



「待ってよ、エド。悪かったってばー」

「知るかっ!」



慌てて後から追い付いてきたウィンリィの声にもイライラは治まらない。

つか、まだ声が笑ってるぞてめ。

長い付き合いだ、顔を見なくてもそれくらい分かる。



………………。


……………………………。



どん。



「いたっ! 急に立ち止まらないでよ!」



道の真ん中で前フリもなくストップしたオレの背中に勢い良くぶつかったウィンリィの抗議は無視。

左手に抱えていた荷物を素早く地面に降ろすと、オレはくるりと後ろを振り返った。



そして。



旧パソの試練3枚目なブツ。うう…タカミンの方がよっぽど描き易い…(涙)。つーか兄さん、こーゆーホストな行動が似合う為にはもうちょっと身長が欲しいよなー。



未だ状況が掴めていないウィンリィの長い横髪を一房そっと摘み上げ───唇を落とす。



「なっ……!?」

「オレが長い髪が好きだって言うくらいで伸ばすなら………これでもっと切れなくなるだろ?」



目を白黒させるウィンリィに、にやりと笑ってみせる。

ほんの悪戯。趣旨返し。

絶対こいつに言う気はねぇが、ウィンリィの髪が綺麗だと思ったのも、

せっかく似合ってるんだからできれば切らずに長いままでいて欲しいと思ったのも本音だ。

───だけどそれ以外の深い意味もなく何の気なしに触れた幼馴染の髪は、予想以上に柔らかくて。

摘んだ指先からさらさらと滑り落ちてゆく感覚がキモチ良くて。

もっと────触れたい、と思わせて。



いっそこれをオレ一人のモノにできたなら、どんなにいいだろうか。



やばい。心臓が煩い。

オレは、何を─────



「うわエド、キモッ! 不気味っ! やだ、せっかく晴れたのにまた雨降るんじゃない!?」

「…って言う台詞がそれかよ!?」

「だってあんたがこんな事するなんて天変地異としか思えないわよ!」



だが。

一瞬浮かんだ思考は当の本人の可愛げの欠片もない台詞によってあっさり吹き飛ばされた。

今度こそ本気で脱力するオレは、人として当然だろう。



「あーのーなー……普通、もうちょっとこう、恥じらいとか……」



流石はオトコオンナっつーか。

そりゃ、アタマに血が昇っていたとはいえ自分でも似合わねー事をしたとは思うが。

逆にこいつに思いっきりオンナノコな反応されても困ったに違いないが。


……………………。


………げ。思い返すだけで顔が熱くなる。

どっかの大佐なら普通にやりそうだが、考えれば考える程ウィンリィが引くのも無理はない気がしてきた。

もしアルに知られたりしたら軽く失踪できる。

自己嫌悪と後悔でまともに幼馴染の顔を見れなくてその場にしゃがみ込み、

空いた手で顔を覆っていたらどんどん深みに嵌ってきた。

マジでアホだオレ。今すぐ数分前の自分を殴り飛ばしたい。

ついでにさっきの思考は気の迷いだ、こいつに対してあんな事思うなんて絶対正常なオレじゃねぇ!!



───と。


「───でも。これでホントに切れなくなったかも」



ぱたぱたと弾むような足音がして。

少し離れた場所から放たれた明るい声に思わず顔を上げたオレの目に、幼馴染の笑顔が飛び込む。

逆光ではっきりとは見えないが、きらきら輝く髪に包まれたウィンリィの顔はほんのり赤くて───嬉しそうで。

男みたいなつなぎ姿でも、その凹凸のあるシルエットは確かにオンナノコで。

───オレの知る誰よりも可愛くて。




どきん、と心臓が今までで一番大きく跳ねる。




そのまま楽しそうにポニーテールと買い物袋を揺らして家の方角へと駆けて行く幼馴染の背中を見送りながら、

オレは今度こそ間違いなく認識させられたそれに改めて頭を抱えたのだった────。
















うおー。めっちゃ久しぶりに思春期へたれエドだー。
自分で仕掛けときながら髪にキスくらいでうろたえる兄さんが今となっては新鮮でした(笑)。
まぁ、ウィンリィの髪もエドの髪もいろんな説があるのでしょうが(牛さんが本当に理由をつけてるかも怪しい…)
こんな自覚前話もアリかもという事で。

余談。話の中では敢えて二人とも語ってませんが、
ウィンリィが買い出し要員にアルを誘わなかったのはエドと二人で行きたかったという以上に、
アルは食べられないのに食料品ばかり持たせるのは哀しいからという理由があったりします。
きっとアル本人はそんなの気にしないだろうし、遠慮されたら却って悲しむだろうけど。
だからエドがいなかったら普通にアルに頼んだだろうけど。
寧ろアルの身体が戻ってたらエドより優しくて強いアルに頼んだ可能性は高いけど。
現時点でエドとアル、両方の選択肢があってどちらに頼むかと言ったらやっぱりエドにする、という感じ。
エドもアルもそれを分かってるから何も言わないでウィンリィに従うのです。
というかアルの方は一石二鳥とばかりに「兄さん行ってきなよ」とむふーんと二人を送り出したに500センズ。

………えーと、何を言いたいかというと。
前にもラクガキ頁で書きましたが、原作ではいつも自分でトランクを持つ兄が凄く好きなんですよ私。
アルのオイルも入ってるのに、アルは荷物持っても疲れないのに、そうはさせないのがお兄ちゃんだなーと。
弟は弟で5巻でさり気なくウィンリィの工具箱を持ってあげてるのが嬉しい。
これはもしアルがいなくてエドが手ぶらだったら、ぶっきらぼうながらもエドが持ってあげたんじゃなかろうかと。
その中身が自分の腕を整備する為の道具で、重たいって分かってて、
黙ってウィンリィに持たせたままほっとけるような奴じゃないからねー。
でも9巻とか普通の鞄(着替え入り?)はちゃんと自分で持ってるんだよねウィンリィ。
そういう何気ない、自然な役割分担ができる彼らが大好きなのです。
アニメはOPから既に崩壊してたがな。

(06.08.04.UP)